EP525 威
少し前のこと、クウは多少の犠牲はやむなしとして力の行使を決めた。人の王国地下で続く分裂天使との戦いを終わらせるためだ。
地上には王都があるので空間を消し飛ばすほどの高威力攻撃は控えていた。
しかしそうも言っていられない。
クウは加護を辿り、自らの主たる虚空神ゼノネイアの力を感じた。
(いける)
居合の構えのまま、クウは言葉を紡いだ。
今は分裂天使からの攻撃を避けるべく、同時に幻術も展開している。しかし、幻術を維持しながらでも術式を安定させることができるのが『言霊』の強みだ。
言葉は意志。
意思は力。
だからこそ、超越者は隙と知りながら術式名や技名を口にしながら戦う。
クウはそれに意思力の発言を補助する『言霊』を込め、言霊禁呪という技術を生み出した。「意思干渉」の応用である。
詠唱と共に意思力は高まり、ただ霊力を込めるよりも大きな力を高次元から引き込む。意思次元という世界や魂の最も深い部分を通して、神の力を引き込むのだ。
故にこの術は禁呪と銘打たれて当然。
「……《神威》」
同時に居合斬りした。
◆ ◆ ◆
人族の国【ルメリオス王国】の王都は、いまや神都と呼ばれている。その理由は光神シンが降臨したからであり、光神シンによって王城が神殿へと作り変えられたからだ。
今やルクセント王は象徴の王に過ぎず、実権はほとんど教会が握っている。
しかし権力が消失した訳ではない。
教会が仕切っているのは司法や律法であり、行政は王家と貴族が手にしたままである。ルクセントは政治における二つの要素を教会に取られたことで時間に余裕が生じ、テラスで家族とひと時を過ごしていた。
「アーサーよ。執政は慣れてきたのか?」
「はい。公爵を中心として貴族の方々に手伝っていただいていますから」
「私はまだ現役だが、今は戦争中だ。魔族がここまで攻め上り、私を暗殺しないとも限らない。冒険者や迷宮攻略を止めたのは良いことだ」
「私はもう少し遊んで……もとい知見を広げることができると思っていたのですがね」
アーサー王太子は迷宮都市【アルガッド】の武装迷宮で攻略を続けていた。それは遊びでもあり、勉強でもあった。そして一時期は勇者を導いた。
しかしそうも言っていられなくなった理由がある。
魔族との戦争により、アーサーは神都となった元王都に呼び戻された。
勿論、そこには王女アリスの姿もある。
「お兄様は意外と真面目ですから、執政も上手です。それに冒険者をしていたからか時間管理も成れている様子でした」
「あなた、アリスったらアーサーに付きっ切りなのよ」
「私もお手伝いしたいですから」
国王、王妃、王太子、王女の四人が揃ったお茶会。
それはここ最近の日課であり、王族たちにとって平穏そのものな時間だった。
しかし、それは突然崩れ去る。
激しい地響きにより王宮と融合した大神殿が揺れた。いや、神都そのものが揺れた。
「なんだこれは!」
「陛下! 早く中へ!」
護衛の騎士たちがテラスから中へと引き入れようとする。驚いた王妃や王女は固まっていたが、王と冒険者経験のある王太子が手を引いて中に連れていく。
地震が酷ければ、テラスが崩れ落ちてしまうこともある。
幸いにもテラスは崩れなかったが、テーブルの上にあったカップは落ちて割れてしまい、お茶も派手にこぼれていた。
だが、そんなことはどうでも良いと思ってしまうほどの出来事が彼らの目の前に現れる。
「な、何……あれ」
王女アリスは震えていた。母である王妃が言葉も出ないほどの恐ろしい出来事である。
「王都……いや神都が裂けている。そんな馬鹿なことが……」
揺れと共に現れたのは、神都を北から南に引き裂く黒い亀裂。いや、斬撃痕。
神都を真っ二つにした一撃はこれで終わらない。
黒い斬撃痕は周囲の物質を吸い込み始めた。付近の建造物は倒壊し、黒き跡地に吸い込まれていく。そこには物質だけでなく、人間もいた。
「陛下、早く避難を! あの攻撃と思しきものが大神殿の一部を破壊しています。このままではここも安全ではないかもしれません!」
「分かった。では我が王妃と娘だけを連れていけ。私とアーサーにはやるべきことがある。良いなアーサー?」
「勿論です。アリスは安全なところに行くんだ。いいね?」
アリスも何か手伝いたそうな顔をしていたので、先にアーサーが釘を刺した。彼は非常に妹想いであり、いわゆるシスコンの領域に至っている。これは譲れないだろう。
仕方なくアリスも諦め、王妃と共に騎士の案内に従って避難した。
黒い斬撃痕から離れる方へと避難していく二人を見て、王は近くの騎士に命じる。
「まずは被害の詳細を把握せよ。宮廷魔法使いを招集し、あれについて調べさせるのだ」
「はっ!」
騎士の数人が去っていく。
幾人かはルクセントやアーサーを護衛する必要があるので、残った。
「さてアーサー。分かっているな?」
「恐らくは魔族の攻撃ですね。冗談のつもりが、このままでは本当になりかねませんよ」
「その通りだ。油断すれば暗殺されると考え行動するのだ」
「分かりました」
二人にとって、神都に魔族が侵入しているのは確定事項だった。元からそのような疑いを元に動いてはいたが、こうして大規模攻撃を受け、実感した。
まさかクウという超越天使の攻撃だとは予想もしない。
(しかし……光神シン様が防御機構を仕組んでいるのではなかったのか?)
神都は真っ二つに引き裂かれ、引き裂かれた周辺が崩落している始末。更には光神シンの住まう場所である大神殿すら破壊されている。
アーサーの中で神に対する疑念が沸き上がる。
(いや、これは不敬というものか)
しかし彼も幼いころから信仰を教え込まれた一人。
クウは分裂天使を消滅させることは成功したが、光神シンへの信仰を消し去るまでは至っていなかった。
◆ ◆ ◆
無事に神都地下から脱出したクウは、上空で軽く伸びをしていた。天使サタナスが具現した時間神殿の効果と時神クロノスの力によりかなりの日数が経過している。
「結構やりたい放題やられたな」
真一文字に北から南へと走る黒い斬撃痕。それはクウの一撃の余波である。あくまでも余波だ。
一撃で分裂天使を全て消滅させた攻撃の結果、結界を破って地上にまで斬撃の被害が出た。その結果に過ぎないのである。
「それに眼も安定しない。《神威》は危険、だな」
危険なのは攻撃力や攻撃範囲のことではない。元から《神威》は超越神を想定して開発していたのだ。この程度の効果なら想定内だ。寧ろ危険すぎるので手加減して使ったほどである。
唯一の想定外は術のリスクであった。
「しばらくは「魔眼」も使えないか。超越者の力が一部使用不能とはね……」
これで手加減した威力の結果だ。
もしも神を殺すつもりで本気で放てば、どれほどのリスクがあるのか。いや、どれほどのリスクを支払えば超越神を滅ぼすことができるのか。
つまり《神威》は使用後に権能を使えなくなる可能性すら秘めている。
神の力を降ろすとはそういうことだ。
「奴らのせいで思ったより時間が経ったみたいだな。俺の感覚では一時間もなかったはずだけど……ユナやリアにも心配させたかもしれないな」
クウは翼を広げ、東へと飛んだ。
◆ ◆ ◆
東の大平原と呼ばれる、人族にとっての危険地帯。そこに築き上げた城塞都市【ルーガード】では再び人族軍が集結していた。
山脈の砦を陥落させ、再び人族は足掛かりとなる場所を手に入れた。
「女王陛下、後詰となる三万が無事に集結しました」
「そう」
指揮権はエルフ族の女王ユーリスに託された。
これまで海、陸と魔族領へ向かって攻め続けたが、尽く撃退されている。そして遂に魔族に打ち勝って、兵を進めることができた。この勢いを崩さず、魔族領への進軍を続けたい。
(やっぱり、物足りないわね)
ユーリスはそう思ってしまう。
それは味方兵士の力量や数の話ではない。彼女が契約した聖霊が物足りないのである。
(フローリアと比べてしまうのは悪い癖ね)
超越者にして精霊王、そして全ての精霊の母でもあったフローリアは契約相手として最高級だった。そんな相手を知っているユーリスからすれば、聖霊では物足りなくて当然である。
(聖霊を使うなら《樹木魔法》を使った方が強い……なんて思わなかったわ)
当然と言えば当然だ。
聖霊魔法はあくまでも世界の法則の延長線上にある力であり、一方で《樹木魔法》は一部法則から外れた【魂源能力】だ。聖霊魔法より強力であって当然である。寧ろ《樹木魔法》の方が弱いと感じるなら、それはスキルを使いこなせていないのだ。
その点、ユーリスは少しずつとは言え《樹木魔法》を使いこなしつつあった。
「陛下。そろそろ」
「……そうね」
集まった冒険者、騎士、聖霊部隊、ドワーフ工兵は三万人ほど。
大軍団である。
統制を取るのは非常に難しい。
故にユーリスが威を見せる。
パチンと指を鳴らした。すると大地が割れ、そこから大樹が生え出る。一気に成長した樹木は、ユーリスを乗せて高くそびえた。
「行きましょう。世界は私たちの神のものよ!」
その一言で良い。
人族の神が何者であるか、それを示せばよい。
何故なら、この三万人には光神シンから与えられた特別な魔道具が配布されている。勿論、それぞれのための魔法武器や魔法防具も用意している。負けるはずがなかった。
当然である。
これまでは迷宮の深い場所でしか見つからなかったような、最高品質の魔道具だ。
それが誰でも手に入る。
人族は再確認したのだ。
やはり神とは人を超えた存在であり、導きの王にも等しい存在であると。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
何度も鬨の声を上げる。
それは大地を揺らし、ユーリスの生み出した樹木を揺らした。
 





