EP519 足止め
【砂漠の帝国】は戦闘民族だ。
彼らは最近まで内戦状態であったこともあり、戦争に縁のある人物が多い。特に、この大戦へと参加した古参兵たちは強者ばかりである。
まさに優秀な兵というわけだ。
「儂に続き、一撃離脱を繰り返せ。《気纏》を忘れるでないぞ」
返事は必要ない。
獅子獣人の長アシュロスの言葉は絶対であり、そのように統率されている。それぞれが武器を構え、気を具現し、標的に向かって駆ける。
魔王アリア、分裂天使、そして深淵の怪物アングラの戦いから逃げ出した冒険者は、前方から迫る魔族の軍勢に驚いた。
「な、なんだよ奴ら!?」
「見ろ! 頭に変なものが付いているぞ……角か?」
「いや、獣の耳だ! 資料にあった獣人じゃねぇのか!」
千年という月日の間、人族と魔族は交わることがなかった。
稀に人族の実力者が山脈を超えて魔族領にはいることもあったが、彼らは死ぬか【レム・クリフィト】に留まって二度と人族領に戻ることがなかったのだ。
結果として、魔族を全く知らない人族が多くいた。
未知は混乱を生み、混乱は動揺を生む。
アシュロスが率いる獣人竜人混成部隊により、先頭を走る冒険者は一気に蹴散らされた。
「うおおおおおおおっ!」
そしてアシュロスは咆哮する。
戦況を見極めた彼は、ここで一度目立つことにした。既にアシュロスは人族が魔族の姿に慣れていないことを悟っていたのだ。
つまり、アシュロスが魔族としての姿を晒す。そして全力で威圧することにより、人族を更に大きな混乱へと陥れるのだ。
切り札である獣化を使用した。
「この儂こそが魔族軍の将が一人! アシュロスである!」
獰猛な牙が剥き出しとなり、筋肉が全体的に盛り上がる。
毛髪がたてがみのようになったことで、より獅子らしさがでる。纏う漆黒の気も相まって、恐ろしい怪物を彷彿とさせた。
名乗り上げたのは怪物の将。
響き渡る宣言は冒険者たちを萎縮させるのに充分だった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
アシュロスが率いる獣人と竜人は、まるで一つの生き物であるかのように進む。完全に統率された精鋭部隊が逃げ惑う人族を食い破り、魔族領の奥へ進むことを許さない。
後ろでは化け物のような存在が災害のような戦いを繰り広げ、前方からは魔族の軍が追い打ちをかける。
人族にとって逃げ場のない戦い。
幾度目かも分からなくなった絶望の戦いが始まった。
希望は今、東の地で【レム・クリフィト】を攻めている。
◆ ◆ ◆
三人の天使と一人の神。
その戦いの結果は分かり切っているといっても良い。たとえ三体の天使がいたとしても、神はそれを凌駕してしまう。世界を壊さないように手加減してもだ。
だが、リグレットは単騎で光神シンを抑え込んでいた。
「く……厄介な神剣を使いやがるな」
リグレットが操るのは神剣・骸。
ただ存在するだけで世界を蝕み、死骸に変える。情報次元を問答無用で殺す剣だ。ある意味、クウの消滅エネルギーと似ている。
異なるとすれば、全く制御不能ということだ。
「厄介なのは僕にとっても同じだよ。この剣は僕自身をも蝕む。常に封印がなければ手に持つことすらできないのさ」
創造神レイクレリアが生み出した負の遺産とすら言える。
天才であるリグレットでなければ決して託さなかった剣だ。柄から刀身の半分ほども封印札によって覆われている状態すら危険である。あまりにも危険であり、世界は警告として空を赤く染めた。夕日のような鮮やかな赤ではなく、血のように不気味な深紅である。
光神シンは近づくことすら難しい。
何故なら、この剣は触れるだけで侵食し、死骸に変える。斬るならばともかく、触れさせるだけならリグレットでもやりようがある。
だが、光神シンとしてはここでリグレットを抑え込むだけでも充分に効果がある。
なぜなら、分裂で無限増殖する三種の天使を従えているのだから。
「まぁいい。魔族を追い立てろ」
光神シンの命令に従い、無数に分裂した天使が進軍する。
数百万、いや数千万という準超越天使が空を覆い尽くしている。海の向こうから昇る朝日すらも隠し、天使たちは自身の輝きによって世界を照らしていた。
天使の大軍によって【レム・クリフィト】を襲い、魔族を避難させる。
敢えて殺さず、移動させるのだ。
これによって意図的に人族と魔族の戦いを引き起こし、目的を達成させる。
超越者以外に準超越天使を倒せるわけがない。
ユナとリアがいても、この数の進軍を止めるのは難しかった。
「リアちゃん、頼むよ!」
「はい!」
権能【位相律因果】によって大結界を張り、進軍を阻もうとする。しかし、幾ら超越者でも大陸と海を完全に隔てるほどの巨大結界では強度が落ちてしまう。
あまり期待できる防御ではない。
そこでユナが権能【聖装潔陽光】を発動した。
ユナがリアに大結界を張らせたのは、分裂天使を止めるためだけではない。ユナの攻撃を大陸に届かせないためである。
「解放」
ユナの権能は「武器庫」の特性により、武器を貯蔵できる。そして貯蔵した武器は自在に複製することも可能だ。
今回、ユナは砲台を取り出した。
これは【レム・クリフィト】で開発された重火器を取り込み、権能で強化したものである。霊力を全て注ぎ込み、リアの大結界に沿って大量の重火器が展開される。そして一斉掃射により、無限の弾丸を吐きだし始めた。
火薬により弾丸を射出するわけではないので、激しい炸裂音はない。
だが、弾丸が分裂天使に直撃した瞬間、弾丸は次々と爆発した。
陽属性により、弾丸が爆発を引き起こすよう仕組んでおいたのだ。
「まだまだいくよ!」
弾丸は霊力で次々と装填している。
超越者には無限の霊力があるので、弾丸は尽きることがない。無限の弾丸をうけた分裂天使は次々とハチの巣となり、爆発により散っていく。
しかし、次々と分裂するので数が減ることはない。
「これ、面倒だね……」
殺しても復活するというのは厄介だ。
一体でも残っていれば霊力の限り幾らでも増えることができる。そして準超越者であるため、光神シンが霊力を注ぎ込めばさらに増やせる。逆に光神シンは自身の霊力を減らすことができるので、わざわざ抑え込まなくてもよくなる。
リアとユナにとっては苦しい戦いだ。
分裂した準超越天使如きに後れを取ることはなく、圧倒することも出来る。
しかし勝てない。
相手は負けないことに特化したような能力だ。
(能力を理解して、対抗術式を考えないと……)
超越者は権能がある限り殆ど無敵だ。
だが、その権能に対する攻略方法を会得すれば倒せる可能性が高まる。超越者の戦いは理解すること。先に相手の権能を理解した方が勝利する。
対処する術がないように見えても、必ずどこかに攻略法があるはずだ。
逆に自身の権能を攻略されないように立ち回るのも超越者の戦いである。
天使マーズ、天使ジュピター、天使サタナスは心理的圧力をかけるため、更に力を解放した。
「これは……リアちゃん気を付けて!」
ユナは警戒を強める。
分裂天使は領域の神殿化を完了し、眷能の本領を発揮する。三種の天使は死ににくさこそが強みというわけではない。神殿化によって無敵の神を具現することだ。
これは神の召喚ではない。
神の再現である。
神殿という領域によって『神の如き具現』を生み出すのだ。
「ユナ姉様! あの紫色の巨人は時間を操ります!」
「え? ホント!?」
リアも時を操る権能保持者であるため、時神クロノスが時間を操るということを理解した。それは勿論、同じ法則を操る気配を感じただけではない。
権能【位相律因果】は時間転移という能力の性質上、未来視や過去視という力が関わっている。時という情報次元変化を見抜き、都合の良い時へと転移する。そして場合によっては意思力に誘導を仕掛け、可能性という未来を確定させる。
つまり時間に対して耐性がある相手は効きにくい。
リアは時神クロノスの未来が朧げにしか読めなかった。
故に時間操作能力を保有していると看破したのである。
「優先して倒すべきだね」
時間操作は面倒な能力だ。
超越者は情報次元によってその力を固定化しているのだが、意思力の影響を受けて常に変化している。立ち止まっている時と走っている時の情報次元は異なっているということだ。
固有情報次元は本質こそ変質しないが、常に変化はしている。
その変化を加速、減速、あるいは停止させられると権能の扱いにも影響が出る。
ユナは「武器庫」から無限にも思える矢を取り出した。
「《尽灼射滅》」
射抜かれた対象は瞬時に燃え尽きる。
一本一本に太陽の如き灼熱が込められた即死級の矢である。複製によって霊力の限り無限に射出するのが《尽灼射滅》だ。時神クロノスを狙っているのは勿論、徐々に侵攻している分裂天使を仕留める意図もある。
焼き尽くす即死の矢が掃射され、分裂天使たちはその一部が消滅した。
分裂によって霊力量が極端に低下しているため、消滅させるのは簡単である。だが、消滅した端から新たな分裂体が現れるため意味がない。
そしてメインの標的である時神クロノスは《尽灼射滅》を時間停止で止めていた。
だが、それをリアが対処する。
権能により止まった時間を進ませたのだ。
大量の矢が時神クロノスを貫く。
「やったねリアちゃん!」
「いえ、回復しているみたいです」
時神クロノスは『神の如き具現』である。
神殿化した領域によって無敵と化しており、分裂天使がいる限りは滅びることがない。そもそも、時神クロノスは眷能で生み出されている。当然と言えば当然だ。
更に戦神アーレスと雷神ゼウスも攻撃を仕掛けた。
紅蓮に輝く斧がユナへと振り下ろされる。戦神アーレスは近接戦闘に特化した無敵の存在だ。受ける攻撃は無効化される上に、斧の破壊力は抜群だ。ユナは神魔刀・緋那汰で受け止める。
流石に神魔装だけあって、戦神アーレスの斧で破壊されることはない。
勿論、破壊されることもある。
それでもユナの霊力が存分に込められた神魔刀・緋那汰は壊れない。本来、刀という武器は受け止めるのに適さない。それは強度に問題があるからだ。勿論、神魔装に物理的強度など関係ないのだが。
「リアちゃん、そっちに白いお爺さんが行ったよ!」
「赤いのはお任せします!」
戦神アーレスはユナ、雷神ゼウスはリアが相手をする。
そして時神クロノスは援護として背後に控えた。
更に三種の分裂天使はリアの張った結界を攻撃して壊そうとする。この結界さえ壊れれば、【レム・クリフィト】へと侵攻することができる。
そして光神シンはリグレットが抑えている……ように見えて、実は光神シンがリグレットを足止めしているのだ。
光神シンの目的は【レム・クリフィト】の民を西側へと追いやること。
そのためには邪魔となる超越者を足止めし、分裂天使により圧力をかけるのが効果的である。
知恵者であるリグレットもそのことに気付いており、どうにかして光神シンと戦いつつも分裂天使を倒そうとしている。
「全く……厄介だね」
「それはこちらのセリフだ」
リグレットも光神シンもアイテム作成が得意な超越者だ。
互いに作成したアイテムを駆使して戦う。
だが、リグレットは創造神レイクレリアから預かった禁忌の神剣を駆使していた。この神剣・骸は神すら殺せる破滅の神装だ。
「ふん。ここで足止めされるのも面倒だ」
光神シンは神剣・骸が自身の霊力体を滅ぼせるほどの神装であると理解している。故に有利な戦いであっても無理はしない。
あくまでも足止めとして慎重な行動に徹していた。
だが、それでは埒が明かない。
なにより、大陸と海とを隔てる大結界が邪魔だ。
(山脈基地には魔法の天使と破壊の天使を縛り付けた。そして虚空の天使は王国地下。残る武装の天使、運命の天使、創造の天使は俺が対処する。あとは面倒な結界さえなければ……)
光神シンが見る限り、リアの結界は単純な空間操作系である。
神としての力を有する光神シンならば、大味なリアの結界など容易く敗れる。
「空間を隔絶する極薄空間を展開する術式……ならば穴を開ければいいだけだ」
右手をサッと薙ぐ。
すると光神シンの背後に無数の光る矢が現れた。
「貫通の因子、止められるかな?」
狙うはリグレットの背後、リアの結界である。
自分を守るだけならともかく、自分よりはるかに大きな他者を守るのは至難となる。特に動けない結界を守るのはリグレットでも難易度が高かった。
世界で最も古くから生きる創造の天使。
そのリグレットですら額から流れるはずのない汗が流れた気がした。
お久しぶりです。
大学院入試も終わり、一息……と思ったらやることができてしまいました。連載中の他小説が書籍化することにもなったので、それ関連でも忙しく、また更新が止まります。10月には再開したいと思いますので、それまでお待ちを。
感想(質問)返信もできないままで、申し訳ないです。





