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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔大戦編
518/566

EP517 深淵の怪物


 【レム・クリフィト】の基地から脱兎のごとく逃げ出した冒険者たちも、人族連合軍基地建設予定地の異変を目の当たりにしていた。



「ちょっ! 嘘でしょ!?」



 リコは悲鳴にも近い叫びを上げる。

 大規模な光の魔法が直撃したと思ったら結界で無事に防御され、安堵した途端に悍ましい怪物が召喚されて結界が破壊。慌てた直後に今度は天使が数えきれないほど現れたのである。

 混乱するなという方が無理である。



「あれが伝説の天使……僕たちは神話を目にしたんだね」


「す、素晴らしいです!」


「驚きですわ」


「本当ね。これなら安心というものよ」



 セラフォルたち『風花』はエルフ族だ。そしてエルフ族は光神シンに対する信仰が深い。また、人族には光神シンの天使伝説も残っている。

 魔族の召喚した怪物に対して現れた無数の天使は感動ものだろう。

 蠢く人型の怪物は天使と戦い始める。

 まだ遠くに見える戦場に向けて走り出した。













 ◆◆◆














 【レム・クリフィト】の東には海がある。

 そして海上では突如として空間が割れ、そこから三種の天使が現れた。天使マーズ、天使ジュピター、天使サタナスの分裂体である。「分裂」は分身と異なり、全てが本物だ。ある程度の弱体化があるとはいえ、本物の準超越者が数千体も出現したのである。

 まして光神シン本人も現れたのだ。

 当然、リグレットはすぐに気づいた。



「さて、お仕事だよ」


「うん」


「頑張ります」



 アリアとの通信を終えたリグレットは指を動かした。《神意の右手デウス・デクストラ》によって情報次元が書き足される。空間を繋げる式によってゲートが開いた。



「敵は光神シンだ。油断してはいけないよ」



 銀髪を掻き上げ、リグレットは歩みを進める。

 そしてユナとリアを伴って渦巻く空間へ飛び込んだ。座標変換の概念を書き込まれた空間は、三人の超越者を一瞬で移動させる。

 海の向こう側では朝日が昇り、それを背に受けた光神シンはまさに光の神だ。

 闇を暁の色に染め上げ、天使を伴って現れた。



「やはり来たか……天使共」



 小さく呟いたようで、その声はハッキリと聞こえた。

 超越者は霊力によって形作られた存在。声一つであったとしても概念と化している。その拡張こそが超越者の奥義ともいえる言霊である。

 世界や人に対して言葉を届かせる。

 そして言葉に宿る力を行使する。

 ただ、聞かせたいと願うだけで声を聞かせるのも言霊の一種だ。



「なるほど。いつ見ても恐ろしい。潜在力で世界が悲鳴を上げている」



 現れたリグレットは呆れたような表情だった。

 今更、光神シンを恐れる必要はない。以前に少し戦っただけで実力差は理解している。世界を壊さないように戦うという制限があるからこそ、光神シンと相対しても瞬殺されずに済んでいるのだ。



「いくよリアちゃん」


「はい」



 ユナは神祖剣メルトリムノヴァを取り出した。

 そしてリアは異空間から神魔杖・白魔鏡を構えて光神シンをじっと見つめる。



「この俺に加えて配下の天使を相手にできると思っているのか?」



 光神シンは元から六人の天使を同時に蹂躙できるほどの実力を持っている。つまり、天使三体など容易く捻り潰すことができるのだ。

 勿論、リグレットは承知している。

 だからこそ切り札も用意してきた。



「対抗はできるよ。そのために封印を解く」



 リグレットはかつて創造神レイクレリアから神装を貰い受けた。その神装はレイクレリアの失敗作でしかなかったが、強力ではあった。

 実を言えば、せっかく作った神装が思ったより使いにくいのでリグレットに処理を任せたというのが真相である。

 神が手放した神装を天使が扱うのは難しい。

 だが、リグレットは使用方法を開発した。故に今まで封印してきた神装を解放することに決めたのだ。



「神を殺せる神剣……これがその鍵だよ」



 一枚の霊式札を取り出し、光神シンに見せつけた。

 びっしりと術式が刻まれており、コピーを防止するための術式すら込められている。神を殺せる神剣の封印がリグレット以外には解けないようにしているからだ。

 封印の鍵は空間に溶ける。

 同時に世界が危機を伝えるように赤く染まった。夜の闇と暁の色、そして世界からの警告が重なり、不気味な色となる。



「これは……まさか世界のエラーサインか? 馬鹿な! 天使の分際で世界を滅ぼすつもりか!」


「そんなはずないだろう?」


「だがこれはまるで裏世界の……っ!」



 裏世界は光神シンが生み出した超越者の住処となっている。超越者や準超越者が覇権を争い、更に【魂源能力】を獲得した存在が超越化するためにしのぎを削る。そんな世界だ。

 世界すら滅ぼしかねない存在が大量にいる世界は、常に『世界の情報レコード』が警告を発している。いつ世界が終わってもおかしくないという、終焉を告げるレッドサインだ。

 その警告が表世界に現れたのだから、光神シンも驚きを隠せない。



(超越者が増えすぎたのか? だが表世界は理性のある超越者ばかりだ。『世界の情報レコード』が受ける負担はほとんどないハズ。裏世界の奴らは無差別に破壊を繰り返す愚か者ばかりだからな……)



 超越者の固有情報次元と『世界の情報レコード』は切り離されている。

 故に超越者が存在するだけで世界に負担をかけることはない。勿論、神のような規格外の超越者は元から世界よりも大きな器であるために負担をかけてしまう。しかし天使クラスなら問題ない。

 ただし、超越者が暴れまわることで『世界の情報レコード』へと影響を及ぼせば、世界は消滅の危機を感じ取る。それがエラーサインだ。空が深紅に染まる現象である。



(あの天使は封印と言ったな……その封印が解けたから、それだけで世界が危機を感じたとでもいうのか! 神を殺せるという神装がそれほど恐ろしいか表世界エヴァンよ!)



 リグレットは右手を真横に伸ばす。

 その先で空間が歪み、そこから剣の柄が現れた。柄には大量の霊式札が貼りつけられており、明らかに危険物だという雰囲気を発していた。そしてそれを掴み、引き抜く。



「これが僕の神装だよ」



 ズルリと歪んだ空間が引きずられ、灰となって散った。

 現れた剣は柄から刀身の半分までが封印式の刻まれた霊式札に覆われ、力を抑え込まれている。ぞんざいに封印が貼り付けられているように見えて、実は緻密に計算された術式だった。

 まだ封印の施された神剣からは赤黒いオーラのようなものが立ち昇り、周囲の空間を侵食している。そして侵食された空間は灰となって滅びていた。

 常に空間が侵食され、滅ぼされるという危機から表世界エヴァンは警告を発しているのだ。



「神剣・むくろ。あまりに危険だから完全な開放はできないけどね」



 リグレットは笑みを浮かべながら軽く神剣・骸を振るった。

 すると灰が散る。

 空間が侵食され、それが死骸となって霧散しているのだ。

 世界すら死骸に変える。

 それが神剣・むくろという神装だった。



「散れ……死骸となって!」



 リグレットは剣を掲げた。













 ◆ ◆ ◆














 遥か西の人魔境界山脈はまだ夜中だった。

 しかし、無数の分裂天使が神殿化による光を発し、あまり夜を思わせない。

 ヴァンパイア族が召喚した深淵の怪物が人族を蹂躙する。



「オオオオオオオオ!」



 呻きのような叫びを響かせつつ、泥のような闇の腕が建造中の建物に触れる。すると「汚染」によって建造物が黒く染まり、ボロボロと崩れ始めた。

 建設に深くかかわっていたドワーフたちは悲鳴を上げる。

 苦労の結晶が砂の城を崩すように消し去られているのだ。



「や、やめてくれえええええ!」


「儂らの作品なんじゃ! お願いじゃああああ!」


「後生じゃあああああ!」


「助けてくれええええええ! 天使様ああああ!」



 神殿化によって異空間を形成する分裂天使たちは次々と怪物に襲いかかっている。元から怪物は《深淵召喚アビス・ホール》というただの魔法から生み出されている。準超越者には及ばないため、終始圧倒されている。

 痛みを感じない怪物は相変わらず建設中の基地を蹂躙している。

 その背中を狙って分裂天使が攻撃を仕掛けるが、「汚染」によってしばらくは耐えられる。

 そしてアリアは顕現した戦神アーレス、雷神ゼウス、時神クロノスと戦っていた。



「しかしこれは厄介だな」



 神槍インフェリクスで分裂天使を突き刺し、神聖粒子で内部から爆発させた。だが、あっという間に分裂天使は元の数に戻る。

 戦神アーレス、雷神ゼウス、時神クロノスが分裂した天使によって維持されていることはとうに理解しているのだ。だが、これほどの数にまで分裂した準超越者を一瞬の差もなく同時に殲滅するのはアリアでも不可能である。

 世界侵食イクセーザを使ったとしても、戦神アーレス、雷神ゼウス、時神クロノスといった無敵の存在が一体でも分裂天使を守れば再び増殖してしまう。

 有効な手立てを打てなかった。

 雷神ゼウスの雷撃が閃く。



「ちっ」



 舌打ちしながら白い閃光を回避する。そこに戦神アーレスが巨大な斧を振りかぶって迫った。紅蓮に染まった戦神アーレスの攻撃を神槍インフェリクスで受け止める。だが威力を受け止めきれず、アリアは地面に向かって弾き飛ばされた。

 しかしアリアは短距離転移によって戦神アーレスの真上に移動し、落下速度をそのままに穂先を戦神アーレスの頭部に向ける。

 神槍による攻撃といえど、神殿によって守られた戦神アーレスを傷つけることはできない。そのため、アリアは権能により崩壊の現象を付与した。



(潰れろ……)



 槍が戦神アーレスの頭部に触れる直前、アリアの動きが止まった。

 それはアリアの意思とは関係なく、固有情報次元が停止させられたのである。



(時間停止だと……)



 犯人は当然ながら時神クロノスである。

 眷能【時間神殿クロノス】により周囲の時間は時神クロノスが思うままに操れる。加速も減速も、そして停止すら容易く実行できる。

 そして動きの止まったアリアに攻撃したのは戦神アーレスである。巨大な斧を叩き付け、アリアの霊力体を砕いた。凄まじい威力によって両断されてしまい、別れた下半身は二撃目として放たれた斧によって粉砕されたのだ。



「鬱陶しいっ!」



 意思力の力はアリアが上回っている。

 権能【神聖第五元素アイテール】が時間停止を解除して霊力体も再生した。そして漆黒の雷が周囲を蹂躙した。アリアの権能に加え、黒いオーラを混ぜ込んだ強力な雷である。神殿が展開されている以上、戦神アーレス、雷神ゼウス、時神クロノスは倒せない。オーラによって意思力を上乗せし、攻撃を通そうとしたのである。

 流石にこの攻撃は効いた。

 そして転移を実行し、暴れまわる深淵の怪物の頭部に乗った。



「折角だ。コイツを強化してやる」



 抜き手を放ち、ズブリと怪物の頭部に右手を沈めた。そこから大量の神聖粒子を送り込む。怪物を維持する術式はヴァンパイア族が成立させているため、アリアはその骨子を補強しつつ、権能で強化するだけだ。

 「汚染」の力は限界まで強化され、怪物はあっという間に準超越者クラスの存在となる。



「この際だ。もっと強くなれ。そして私を助けろ」



 アリアはついでとばかりに加護を授ける。

 これによって怪物は力を得た。



「さぁ生まれ変われ! 深淵より生まれた怪物アングラよ!」


「オオオオオオオオ! オオオオオオオオオオッ!」



 加護と名を授かり、怪物は吼える。

 完全なる準超越者として生まれ変わったのだ。




―――――――――――――――――――

アングラ       0歳

種族 超越深淵獣


眷能 【深淵物質アビスマター

「暗黒(「汚染」「崩壊」「闇」)」

「重力」「穴」

―――――――――――――――――――




 怪物アングラは吼えると同時に眷能【深淵物質アビスマター】を発動する。

 暗黒に満ちた穴が開き、そこから汚染の泥が吐きだされた。








アリアさん、やってることが完全にラスボス

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 超越者の声の概念の拡張が言霊であるなら、例えば凄まじい鍛錬の末、身に付けた剣技と言霊の原理を応用し、超越者の剣技の概念を拡張する技術を身に付ければ、誰でもユナの《神血裂》みたいな剣技、…
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