EP513 災禍の魔物たち
星が煌めく夜、明かりが陣営を照らす。
獅子獣人の元長アシュロスは武器を片手に唸っていた。
既に長の役目は息子へと譲っている。今のアシュロスは武器を振るう戦士だ。眼孔は今までよりも輝いており、息遣いは獰猛さを感じさせる。
「手に馴染む……良い武器だ」
アシュロスの獲物はハルバードだ。
金属製ではなく、魔物の骨を利用した頑丈な武器である。その頑丈さを利用して斧で叩き潰し、鋭い槍で突く。アシュロスほどの膂力に耐えられるのだから、かなりの業物である。
その業物を利用し、戦争のために強化したのだ。
(儂の注文は聞いてくれたようだな)
これから戦争ということは、あまり武器を馴染ませる時間はない。つまり、新しい武器を新調すると使いこなせないかもしれないのだ。
それで獣人族と竜人族は自分たちが普段から使っている武器を改良するという形で解決した。
武器の形状や重さや重心は変えることなく、リグレットが情報次元に書き込むことで性能を向上させたのである。
アシュロスだけでなく、他の獣人や竜人も笑みを浮かべていた。
大人になっても新しい武器というものは心が躍る。
「これならば戦える」
【砂漠の帝国】は正面から人族連合軍を引き付けるのが役目だ。より強力な武具を身に着ければ、より長く戦うことができる。
屍を晒してでも役目を果たす覚悟である。
ここから更に西へと進み、人族とぶつかる。リグレットの衛星兵器で観察した結果、まだ人族連合軍は動き出していない。魔族砦の跡地で新しい砦を建設している。
人族が侵略の態勢を整えている最中、魔族側も迎撃の準備をする。
魔族領側は人族にとって未知の領域だ。
例えば新しい森を生み出し、そこに隠れて奇襲することも出来る。他には落とし穴を用意して罠に嵌めることもできる。
「ふんっ」
気を流すと、強化されたハルバードはいつもより強大な気に包まれる。戦意が高まっている証拠だ。
今頃、【レム・クリフィト】と【ナイトメア】の軍も移動していることだろう。
これまで砂漠で起こっていた内戦ではなく、敵を討ち滅ぼす本物の大戦だ。
手加減や情けは不要である。
「みんな、気に入って貰えたようで何よりだよ」
「うむ。良い仕事だ。儂らの武器を短時間でこれほど魔法強化するとはな」
リグレットは陣営を周りながら、全員の武器の様子を見ていた。何かあれば調整するためである。
全く問題はなかったのだが。
「君たちの防具には自動治癒の効果もある。存分に戦えるよ」
正面から引き付けるという役目は非常に危険だ。
怪我は勿論、死者が出ることは間違いない。アシュロスたちは死ぬ覚悟で出陣しているとは言え、リグレットとしては死ななように装備を用意したい。それ故、撤退用の魔道具まで持たせている。
ただし、獣人や竜人が撤退するとはあまり考えていないが。
(さて、僕は一度本国に戻るとしよう)
リグレットは指を振るい、情報次元に書き込む。
座標移動の空間操作式を上書きすることでゲートを開いた。リグレットはその中へと消えた。
◆ ◆ ◆
人族連合軍は次々と後続部隊を送り出していた。
それは援軍でもあり、物資補給の部隊でもある。特に食料や武具といった物資補給は途絶えさせるわけにはいかない。魔族領という地の利がない場所で戦うには、後方支援が必須だ。
物資が尽きてしまえば、戦うことができずに撤退することになる。
ここまで攻め込んで後退というのは情けない。
砦を攻略した今、次なる侵略のため準備を怠ることはない。たとえ時間がかかったとしても、万全を期すのだ。
新しい砦が用意されるまで、冒険者たちを中心とした探索が行われていた。
「はっ!」
鋭い息遣いと共に剣が振るわれる。
『剣王』とも呼ばれるSランク冒険者ユークリッドの一撃により、魔物は呻いた。人族領では決して見かけない強力な魔物、ヴァリアント・ヴェノム・ローパーという触手の種族だ。物理攻撃に対する耐性があるため、ただの剣技で傷つけることは難しい。
しかし、ユークリッドの魔剣は非常に重いのだ。重さによる運動エネルギーで無理やり耐性を突破し、ダメージを与えることができる。
「気を付けよう。まだ奴は元気だ」
ヴァリアント・ヴェノム・ローパーは耐久力の高い魔物だ。そして軟体を活かした複雑で予測しにくい攻撃と触手の毒が武器である。また、武器を絡めとって奪うこともある。
魔族領においては、魔法で遠距離から倒すのが定石だ。
まだノウハウのない人族は近接武器で無理やり倒そうとしているのだが。
そして少し離れた場所ではマダム・ブラックアイという悪魔系の魔物が猛威を振るっていた。漆黒のドレスを纏う美しい人型の魔物であり、言葉を話すほどの知性がある。高度な《闇魔法》スキルを有しているため、広範囲に状態異常の呪いを放つ。これに苦戦するため、魔法を使わせない近接攻撃が倒すための近道と言える。
「誰か《光魔法》で治してくれ!」
治療を要求する声が響く。
マダム・ブラックアイは激しい魔法攻撃は近寄ることを忌避させる。そして人族は初めて見たマダム・ブラックアイを畏れ、遠距離から魔法で攻撃を仕掛けた。しかし、魔族領の魔物は人族を遥かに凌駕している。スキルもかなりレベルが高い。《闇魔法》も高度なものが使える。
人族の《光魔法》では解呪できない呪いもあるのだ。
「おい起きろ!」
「だめだ。眠りから覚めない」
「こっちは麻痺で動けねぇやつだ!」
「うわあああああ! 手が! 手が腐るぅぅうううっ!」
《闇魔法》は「滅び」や「汚染」といった特性を有している。本来は《付与魔法》だけが可能な状態異常付与も、闇属性の応用で可能となる。
「汚染」により神経に侵入すれば「滅び」で麻痺を誘発できる。
また特定のホルモンを消滅させることで体調不良を引き起こしたり、眠らせることも可能だ。
このような応用はまだ人族で知られていない。
当然ながら治癒など出来ない。
構う必要のない死者よりも、まだ治せる可能性のある者の方が足手まといとなる。
「下がらせろ!」
Aランク冒険者が中心となって指揮をとる。
SSSランクを超える魔物ばかりであり、高ランクの冒険者パーティでも苦戦していた。魔族領の魔物は強力であり、騎士団や聖霊部隊では歯が立たない。それでも光神シンの魔道具を装備して戦闘能力の底上げをしていることもあり、死者を出すことなく戦えていた。実力者揃いの冒険者ですら何とか押さえつけている程度である。
災害のような魔物を足止めし、Sランク以上の冒険者が仕留める。
そんな戦いの繰り返しである。
Sランク冒険者は休む間もなく戦場を飛び回り、魔力も中々回復できない。
「はぁ……こりゃ酷い」
SSランク冒険者、『滅光』のフェイクは魔法武器の滅光弓インドラで次々と魔物を撃ち抜いていく。魔法の矢は魔力で精製されていることもあり攻撃力も高い。しかし魔力が無くなれば攻撃できなくなる。
すでに三度目のMP回復ポーションを服用しており、そろそろ回復の効能も落ちてくる。
回復ポーションは連続して服用すると効能が落ちてしまうため、多用するといずれ効果を失ってしまう。そのため、多くても一度の戦闘で数本で済まさなければならない。フェイクは四本目のMP回復ポーションを握り、そしてポーチに仕舞った。
「もう回復は期待できない、よなぁ」
眠そうな表情のフェイクは肩を落とす。
一度戦線から引くことを決める。同じSSランクには『鬼神』ベルザードや『絶界』セラフォルもいる。またSランク冒険者もかなりの数が参戦しているのだ。休憩のために引いても支障は少ない。
「先に下がらせて貰う……頑張ってくれよ」
「分かりました! フェイクさんが引くぞー! 気ぃ引き締めろ!」
「うおおおおお! みんな死ぬんじゃねぇぞ! 陣形をたてなおして耐えろ!」
土中に隠れて不意打ちするグランド・マザー・ワーム。
光属性を操り天空から襲撃するレインボー・クロウ。
更には嵐を操るエメラルド・ストーム・ドラゴン。
どれもSSSランクとして分類される魔物だ。とてもではないが人族領では出現したこともない種ばかりである。災禍の魔物とも言われる強さであり、まさに災い。
全員が必死である。
そして命を懸けているだけあって、見る見るうちにレベルが上がる。
毎日どころか、一戦ごとに強くなっていた。
「俺らでも出来るって見せてやるぜ!」
「これで俺も竜殺しだああああああああ!」
冒険者が魔物を狩り、騎士や聖霊部隊は建設中の砦を守っている。
元から騎士団や聖霊部隊は都市を守護する訓練をしている。一方で冒険者は積極的に魔物を狩るのが仕事と言える。適材適所と言える。
しかし、昼夜問わずに災害が襲ってくるのは気がおかしくなりそうな生活だ。
外傷はともかく、精神的なトラウマを植え付けられた者もいる。
テントで作った即席の野戦病院は怪我人よりも精神疾患者が多く収容されている。表面上の怪我は光神シンが作った魔道具であっという間に治せる。しかし心の傷は治りにくいものだ。カウンセラーなどの職業が存在しないため、患者は増える一方である。
そして、そんなトラウマを幾人にも植え付けた魔物が吼えた。
「ウオォォォォォオンッ!」
深紅の体毛をもつ人狼、ルージュ・ヴィルコラク。Lv168の化け物である。フィジカル特化のステータスとスキル構成であり、純粋なスペックが人族を圧倒していた。
魔法すら殴り消す身体能力を有するため、動きを止めることすら難しい。結果として攻撃が当たらず、人海戦術でルージュ・ヴィルコラクが疲れるまで戦っては逃げられるという繰り返しだった。
身体能力が化け物じみた魔物と戦うには、やはり化け物がいる。
相対するのは耐久の化け物として知られるSSランク冒険者ベルザードである。加えてリコやエリカも参戦していた。
「グルルゥ……グルァッ!」
ルージュ・ヴィルコラクは鋭い爪で冒険者を切り裂こうとする。だが、それは堅い壁に阻まれた。エリカの《結界魔法》である。スキルレベルが高いだけあって、防ぐことはできた。
しかし、ルージュ・ヴィルコラクもプライドの高い魔物である。
防がれたとあっては魔物も怒り狂う。
近くの冒険者を殴り飛ばした。結界で攻撃を受け止めても、その衝撃で結界が壊れてしまった。より高度な結界構築を必要とする。
今回の場合は硬い壁よりも柔らかいゴムのような結界が有用である。
そのような結界の質を変えるのは高等技術だ。
「下がってください! 結界を張り直します!」
エリカは魔力が続く限り結界を張り、誰も死なない様に奮戦する。
そしてリコは速度のある《雷魔法》で応戦し、ルージュ・ヴィルコラクに叩き込む。しかしルージュ・ヴィルコラクは雷をものともせず、近くにいる人族を攻撃していた。今は前衛が吹き飛ばされつつも抑えているため、戦線は崩壊していない。しかし、ルージュ・ヴィルコラクが本気になればあっという間に壊滅することだろう。
今はベルザードの奮戦とリコやエリカの魔法にかかっていた。
「うおおおおお! こっちだあああああああ!」
右手に斧、左手に剣という変則二刀流でルージュ・ヴィルコラクに立ち向かう。
生まれながらにして《気纏》スキルを有していた彼は、その運動能力、耐性を利用して恐れずに一番前で戦っていた。
爪を剣で防ぎ、斧を叩き込む。しかし斧を気で受け止め、ベルザードを蹴り飛ばしてしまった。更には牙を剥いて咬みつこうとする。それを周りの冒険者が止めた。
すぐに冒険者たちは吹き飛ばされるが、結界のお蔭で無傷である。その隙に魔法使いが魔法を叩き込み、体勢を立て直したベルザードが再び向かって行く。
この繰り返しだった。
決定的となる攻撃が足りない。
ルージュ・ヴィルコラクは血の気が多い魔物だ。幾ら血を流しても倒れず、血まみれになっても延々と戦い続ける。
魔族領はやべーところ。
そりゃ、強くなりますよ魔族





