EP512 新プラン
【砂漠の帝国】の元帝都は復興中だ。
現在、多くの獣人や竜人、それに魔人だけでなく僅かだが【レム・クリフィト】の人族も働いている。
そこに武装した一団がいた。
戦闘にいるのは獅子獣人族の長、アシュロスである。
「そろそろか」
約束の時間は間もなくである。
アシュロスを筆頭として精鋭たちが静かに待ち続ける。飲み込まれるような雰囲気に、復興作業中の者たちも緊張した面持ちだった。
そしてアシュロスが予想した通り、すぐに空間が歪んだ。
歪みは円形に広がり、空間を繋ぐゲートとなる。
その向こう側から最強の吸血鬼、リグレットが現れた。
「お待たせしてしまったようだね」
「ほう。お主が【レム・クリフィト】からの迎えか」
「魔王軍第七部隊、その隊長リグレット・セイレム。よろしく頼むよ」
リグレットとアシュロスは手を結ぶ。
獅子獣人族の里【レーヴェ】は砂漠の南部に位置する。そのため、魔人族とはかかわりが少なく、リグレットと会うのは初めてだった。
「これが噂のゲートか。この向こう側が戦場なのか?」
「残念ながら、この先はまだ戦場ではないね。拠点だよ。色々と事情が変わったから、そのための軍議もしたいんだ。早速だけど来てくれるかい?」
「無論だ」
挨拶もそこそこに、リグレットはゲートの奥へと消える。それに続いてアシュロスも踏み込んだ。恐れ知らずの精鋭たちもそれに続き、次々とゲートの奥へと姿を消す。
あっという間に、復興中帝都はいつもの景色に戻った。
◆ ◆ ◆
歴戦の戦士を引き連れたアシュロスは、ゲートを通ってアドラー要塞を訪れていた。砂漠で一生の殆どを過ごしてきた彼にとって、アドラー要塞のような巨大建造物は初見である。驚きもひとしおだった。
見上げるような黒い要塞。
都市全体を取り囲む城郭。
元は大都市であるため、その規模は戦略級である。
「ほう」
表情こそ変えないが、アシュロスは驚いていた。砂漠で鉄は貴重であり、これほどの鉄資材を建造物に利用するというのは信じられないことだったからだ。
文化の違いを感じて驚いていたのである。
これが外交担当の猫獣人族なら、まだ見慣れていた。事実、精鋭の中に混じっている猫獣人族はあまり驚いた様子はない。だが、それ以外の獣人族や竜人族はソワソワとした態度を隠しきれていなかった。
「頑丈な建物だ。攻め落とすのは一苦労だな」
「普通ならね。でも、楽観視はできないよ」
リグレットは超越者という存在ならば、この要塞が一秒と保たないことを知っている。そして同じく超越者の力を知るアシュロスも理解していた。
分かっている口調で尋ねる。
「人族にもいるのか? 無視できぬ存在が」
「……そうだね、いるよ。砦を一つ落とされた」
「確かに、楽観視はできぬな」
戦争は人族連合軍が魔族領へと進軍してからが本番だ。
これまで、【レム・クリフィト】は人族を魔族領に踏み入らせない方策を採っていた。しかし、ここから人族連合軍は侵略者として本格的に始動する。
その対策のため、援軍として訪れた【砂漠の帝国】と【ナイトメア】とも意見を一致させなければならない。そのための会議が必要だった。
「楽観視できない。そういうわけで、いきなりだけど会議に参加して貰うよ。副官を一名まで伴っていいことになっている。誰を連れて行くかな?」
「ふむ。そうだな……」
アシュロスは眉間に深い皺を刻みつつ思考する。
一番初めに浮かんだのは同年代の獅子獣人族だ。側近と言って差し支えない男も、この精鋭の中にはいるのだ。彼を選ぶのが無難である。
しかし、それは思考の偏りを生み出す。
別種族から選ぶのが妥当だ。
しかし、一人を選べば特別扱いということになってしまう。
塩梅が難しい。
「……儂が一人で行こう」
「そうかい。なら、君の部下はこちらで休む部屋を手配しよう」
アドラー要塞も元は都市であるため、住居は大量に残っている。元住居はそのまま兵舎や倉庫として再利用されており、兵士はそこで寝泊まりすことになっていた。
通常に基地にある小さな部屋ではなく、一軒屋を寝床として与えられる。それは破格の待遇である。
リグレットは獣人竜人を引き連れてアドラー要塞の区画を移動していき、まずは兵舎として利用している区画に入る。そこで一度立ち止まった。
「【砂漠の帝国】はこの辺りを兵舎にして欲しい。食事の時間とかはまた後で別の人を寄越すよ。アシュロス殿は僕について来てくれ。部下たちはしばらく休ませてもいいよ」
「あやつらも疲れているわけではないだろうが……まぁ、今はやることもないだろう。よし、お前たちは休んでおけ」
強者であるアシュロスの命令は絶対だ。
精鋭の獣人竜人も反抗することなく首を縦に振る。装備を外し、休息の準備を始めた。
「じゃあ、会議に向かおうか。【レム・クリフィト】代表アリア、そして【ナイトメア】代表ロウツェ・ヴァレアノは既に着席しているからね」
「おお、待たせてしまったか。ならば急がねばならんな」
獲物を狙うような笑みを浮かべつつ、アシュロスは返事をした。
◆ ◆ ◆
魔族連合軍の会議の場に集まったのは五人だ。
【レム・クリフィト】からはアリアとリグレット、【砂漠の帝国】からはアシュロス、【ナイトメア】からはロウツェ・ヴァレアノと従者であるアミラ。
まずはアリアの一言から始まった。
「急な会議となったが、集まってくれて感謝する。本会議の内容は、後に代表者がそれぞれの軍に伝えるという形をとってくれ」
アシュロス、ロウツェは頷く。
それを見たアリアは続けた。
「まずは情報の共有だ。私たちは人族に攻め込まれようとしている。既に山脈の砦を突破され、今は陣地の敷設をしているようだ」
「アリア女王、一つ宜しいでしょうか?」
「質問を許可する、ロウツェ・ヴァレアノ」
今回はアリアも軍事的な行動中であるため、魔王というよりは魔王軍元帥としての立場となっている。故に女王と呼ぶのは不適切だ。
しかし、ロウツェは敢えてその呼び方をした。
ヴァンパイア族が上位者に仕える性質を持つからである。こればかりは変えられなかった。また、この場にヴァンパイア族の王族であるリグレットがいるのだからなおさらだった。
「人族は強いのですか?」
「弱いな」
アリアは言い切る。
若干面食らったロウツェは言葉を失った。しかし、すぐに自分を取り戻す。
「……といいますと?」
「人族はLv50未満の奴らが殆どだ。一部はLv100を超えているようだが、スキルも微妙だな。人族領側の魔物が弱く、あまり成長できないというのがリグレットの見解だ」
「理解いたしました。そうなれば、恐れるに足りない……と簡単にいかぬからこそ私たちが援軍として呼ばれたのですね。何が人族軍の恐ろしい部分なのでしょうか?」
「一番の問題は光神シンだ。この世界を生み出した六柱の神々に属さない、七柱目の外なる神。奴の力が人族を強化している」
光神シンが魔道具などで人族軍を強化していなければ、そして光神シンが自ら戦いに出てこなければ砦を突破されることはなかった。
魔族軍の練度と機動力で徐々に圧力をかけ、撤退させることも出来たはずである。
しかし、その作戦は失敗した。
そのため、新しい作戦が必要となった。
ここでアシュロスが厳しい表情で告げる。
「神を倒さねばならぬ……か。何をするつもりだアリア殿」
「元のプランは崩れた。まずは私たちが新しいプランを提示したい」
基本的に魔族連合軍は魔王軍を中心として構成されている。そもそも軍事力において【レム・クリフィト】は一歩も二歩も先を行っているのだ。
こうして魔王軍が主導となるのは仕方ない。
アシュロスもロウツェも文句は言わなかった。まずは様子見といった意味も含めてアリアの言葉に耳を傾ける。
「人族連合軍の戦力だが、まず冒険者と呼ばれる者どもについて知っておいて欲しい。どうやら魔物狩りなどを職業とする奴らのようだ。強さはピンキリのようでな……だが、冒険者の中で最高と呼ばれる奴は既に捕虜として捕らえている。丁度、この要塞の中だ」
「ほう……では冒険者というのは大したことのない連中なのか?」
「その通りだ。他にも騎士や精霊部隊という正規軍もいるようだが、それほど強くはない。人族基準ではそれなりと聞いているがな……」
「なるほどな、儂ら魔族と比較すれば大したことはないと」
既に人族連合軍には魔王軍第零部隊が潜入しており、情報を収集している。それにより、人族の強さはそれほどでもないと分かっていた。
潜入に特化し、強さは二の次である第零部隊が連合軍の中でもかなりの強者として認識されている報告もある。そこから戦力予測をすれば、大したことがないと分かる。
アシュロスとロウツェの警戒度が下がったように感じた。
しかし、アリアは強い口調で警告する。
「人族の戦力は大したこともない。強力な魔道具も、既に潜入部隊を派遣して解析済みだ。リグレットが魔道具を無効化するシステムを開発している。だが、敵の力技には注意しなければならない。光神シンが直接攻撃を仕掛けてくると、こちらも対応できない」
「ほう。では儂らに提示するプランとはどんなものだ?」
「私たち魔王軍がゆっくりと撤退戦を実行しつつ、引き付ける。そしてアシュロス殿とロウツェ・ヴァレアノ殿には部隊を率いて背後から奇襲を仕掛ける。一撃離脱の奇襲戦法を続け、人族連合軍の士気と戦力を徐々に奪っていく作戦だ」
ロウツェはなるほど、といった表情を浮かべる。
しかし一方でアシュロスは不満そうだった。
「なぜ、儂らがそのような臆病者のような真似をしなければならんのだ」
獣人の本質として、背後から奇襲する戦い方は不満だった。
しかし、それは奇襲そのものを否定しているのではない。奇襲攻撃は立派な戦術であり、戦争においては必要な作戦として認識している。
アシュロスが不満なのは、正面から引き付けるという役目があるにもかかわらず、その役目を貰えなかったことに対するものだった。
「儂が……【砂漠の帝国】が正面から引き付ける。魔王軍は奇襲に専念するといい」
「しかしな……人族連合軍はかなりの数だ。アシュロスが連れてきた人数では無理があると思うぞ」
「あまり儂らを侮らないで欲しいものだ。所詮、人族共は弱者なのだろう。儂らが正面から粉砕して見せようではないか。儂らの戦意があってこそ、囮役は真価を発揮する」
アシュロスの決意は固い。
部下に相談しなくていいのか、とでも返したいところだがあまり意味はないだろう。獣人や竜人はそういう種族なのだ。アシュロスの意見は、その部下にも当て嵌まると考えるのが妥当である。
「……分かった。リグレットには最高の武具を用意させる。いいな」
「そこは僕に任せてくれ」
アリアとしては犠牲者を最小限にとどめたい。
そのためには、圧倒的な力で恐怖させる必要がある。間違っても、人族に勝利という希望を与えてはいけない。一度希望を与えてしまえば、人族は勝つまで諦めないだろう。
如何に光神シンの力があっても、人族が諦めてしまえば魔族領から引くしなかない。光神シンの目的は魔族を滅ぼすことではなく、泥沼の終わらない戦争を引き起こすことで負の意思力を生み出すことなのだ。
「アシュロス殿、無理はしない程度で頼む。あくまでも撤退戦で囮としての役目を長く続けるのだ。最終的にはこの砦まで撤退し、決戦する。こちらの切り札が揃うまで持ちこたえる。このプランで問題ないな?」
「お待ちくださいアリア女王」
「どうしたロウツェ」
「私たちヴァンパイア族は夜にこそ本当の力を得ます。奇襲は夜にお願いできませんか? あるいは太陽光を遮って頂けるとありがたいのですが」
「それもそうだ。私とリグレットが対処する」
「ありがたいことでございます」
太陽光を苦手とするヴァンパイア族は、太陽の光の下では七割から八割程度にまで能力が低下してしまう。逆に夜は十二割、あるいは十三割という力を発揮できるのだ。
これは当然の配慮だった。
また、奇襲という作戦上、夜の行動は理に適っている。
「ではここから細かい内容を詰めるとしようか」
◆ ◆ ◆
「う……ぅ……」
夜を照らす十字架。
それは巨大なクレーターの底にあった。
磔にされているのは超越者ミレイナ。精神負荷を与える神装の十字架は、ミレイナの脱出を妨げていた。まだ意識はあるが、幻聴や幻覚が襲いかかり、朦朧とする。
「まだ耐えるか。意外としぶといな」
苦しむミレイナの目の前で、光神シンが呟いた。
ミレイナが少しでも権能を使えば、即座に攻撃できる距離である。しかし、ミレイナは動けない。
「助けに来ると思ったが、見捨てられたようだな」
「ぅ、る……さぃ」
超越者は意思生命体だ。精神の在り様こそ、存在となる。
心が折れた時点で霊力体を保てなくなり消滅する。
光神シンは精神負荷を与え、苦しめることでミレイナを殺そうとしていた。まともに戦っては消滅に時間がかかる上、周囲への被害も甚大となる。なにより、光神シンの本気は霊力だけで世界を圧し潰す。本気を出さないためにも、捕らえて地道に意思力を削っていくのが妥当な方法だ。
「し……ねっ!」
だが、ミレイナは反骨精神で意思力を高める。
危険と感じた光神シンは光の剣を生み出し、ミレイナの胸を貫いた。
「っ! く、がっ……ああああああああああっ!」
光の剣には十字架と同じく苦痛を与える効果がある。
ミレイナは急激な精神負荷を受けて絶叫する。
「まだ余裕があるなら、もう少し負荷を上げるとしよう」
光神シンは再び光の剣を生成する。
それを右手首、左手首へと突き刺した。幻覚、幻聴、幻痛によって苦痛を与える即席の神装はミレイナにさらなる負荷を与えた。
だが、それでもミレイナは折れない。
そして光神シンは気付かない。
ミレイナの権能は破壊の力。
破壊という概念が生み出した最悪の権能であることを。
つまり苦痛によって負の意思力が高まるほどに、【葬無三頭竜】という権能は力を増すのだ。
少しずつ、だが着実に臨界点へ近づこうとしていた。





