EP511 神の槍
光神シンは初手で自ら砦を破壊した。
それが最も効率の良いやり方であり、またそれをみた人族連合軍は歓声を上げる。あれほど難攻不落を思わせた魔族砦が一瞬で陥落した。これは喜ぶべきことである。
恐ろしい竜のオーラを具現したミレイナをも斬り捨てたのは、光神シンの強さを示す結果となった。
「こ、固定!」
リアはすぐに空間へ干渉し、崩れる砦を固定する。
流石にリアとリグレットの結界を一気に破られるとは予想しておらず、魔王軍全体に動揺が見られる。
「撤退せよ!」
砦の指揮官はすぐに砦の放棄を決定した。
破壊されてしまった以上、無理に留まっても意味がない。撤退用の転移魔法陣を用意しているため、兵士は魔法陣の用意された部屋へと移動し始めた。
リアが崩壊する砦を固定しているので、まだ移動経路は確保できている。
人族軍からの攻撃もリアが防いだ。
その間にミレイナが光神シンの相手をする。
「手加減なしなのだ」
光神シンを相手に手を抜いてはいられない。ミレイナは《天竜化》を使う。六枚の天使翼が合わさり、二枚の竜翼に変化した。更に気は体を纏う形質ではなく、雷のようにバチバチと閃く。
更には《深蝕竜顕》を発動して、竜の形をした破滅の波動をも纏った。
これでミレイナに触れることすら難しくなる。
だが、神剣・天霧鳴を持つ光神シンを相手に油断はできない。
「邪魔をするか竜人」
「邪魔をしているのはお前だ!」
《深蝕竜顕》が腕を振り上げ、光神シンに向かって振り下ろす。その爪で切り裂こうとした。「崩壊」の特性によって切り裂かれた対象は壊れてしまう。
しかし、光神シンはそれを易々と神剣で受け止めた。
「なるほど。触れた存在を壊すか。だがそれも分解すれば同じこと」
光神シンは「崩壊」の特性を分解した。
これによって破壊を受け止めたのである。
さらに霊力を高め、神剣でミレイナを押し返した。そのまま体勢を崩したミレイナに接近し、神剣を突き刺そうとする。神としての力を少し解放した光神シンの周囲は空間が歪んでいる。ミレイナには回避できない攻撃速度だった。
だが、胸を狙った突きは外れる。
絶対に回避不可能なタイミングだったはずだ。これには光神シンも驚いた。
「助かったぞリア!」
回避できた理由はリアが《時間転移》を使ったからだ。ミレイナが回避できる未来に転移したので、回避不可能という結果は消え去った。
リアはサポートも忘れていない。
ミレイナは恐れず接近戦を仕掛ける。破滅の波動で防御しつつ、《赫蝕竜爪》で攻めたてた。攻性気と権能【葬無三頭竜】が神剣・天霧鳴とぶつかる。
破壊不能の神剣を壊すには足りず、破滅の波動は散る。散った波動が光神シンを傷つける。
すぐに再生するとしても、鬱陶しそうだった。
逆に光神シンの攻撃はミレイナに当たらない。リアの《時間転移》が邪魔をするからだ。
「面倒な」
光神シンにイライラが募る。
その間に魔王軍は撤退を進め、転移魔法陣により少しずつ後退している。転移先は首都【クリフィト】の魔王軍本部基地と、アドラー要塞のどちらか選択できる。今回はアドラー要塞の駐屯魔王軍と合流することになっていた。
現在の撤退率は六割ほど。
魔道具に依存することで駐屯する兵士の数も少なく、撤退は順調だ。
「仕方ない」
光神シンは一度ミレイナの前から消える。
いや、超越天使ですら目で追えない速度で動いたのだ。一度距離を取り、聖騎士へと霊力を送った。莫大な霊力によって活性化した聖騎士は黄金に輝く。
整列し、剣を両手に持って垂直に掲げた。
これにより人族連合軍の全面を覆い尽くすほど巨大な防御壁が展開される。
更に光神シンは別空間から神装を呼び出した。
「神の槍よ。穿て」
キーワードを唱える。
太陽を思わせる輝きと同時に槍が出現した。その穂先は魔族砦を狙い、光神シンの目の前で制止する。
(あれは、まずいのだ)
ミレイナは神の槍が危険なものだと察知した。
急いで止めなければならないと考える。
考えるよりも先に《深蝕竜顕》で咬みついた。破滅の力により、槍を破壊しようと考えたのだ。だが、神装には破壊の概念すら通用しない。不壊という概念によって守られているからだ。クウのように概念ごと切り捨てない限り、神装は壊れない。
《深蝕竜顕》が牙を閉じても、神の槍はびくともしなかった。
「馬鹿が」
破壊不能な神装を壊そうとするミレイナを嘲笑する。
そしてクイッと指を下ろした。
神の槍は光の速さとなり、《深蝕竜顕》の牙から逃れて砦を貫いた。超越者ですら回避不能の光速攻撃である。質量体を光速で飛ばすという物理法則の限界を突破して見せた。
槍の運動エネルギーは質量エネルギーと等価になり、核爆発を遥かに超える大威力の攻撃となる。
当然、人族連合軍を巻き込む威力だ。
だから初めに聖騎士による防壁を張った。
大爆発が引き起こされ、粉塵と瓦礫が舞う。
「リアっ!」
ミレイナは慌てて風を起こし、粉塵を吹き飛ばす。
だが、そこには砦など跡形もなくなっており、気配も全て消え去っていた。
◆ ◆ ◆
「……危ないところでした」
そうリアは呟く。
権能【位相律因果】は時間すら移動する能力だ。それゆえ、未来予知にも似た力を扱うことができる。神の槍によって砦が崩壊する瞬間を未来視したリアは、空間操作によって砦ごと後退したのだ。
現在、崩壊しかけの魔族砦は、リアによって固定されたままアドラー要塞の近くまで移動していた。勿論、中の魔人たちも共に転移している。
大質量の長距離転移すら可能とするのが超越者である。
「どうしたリア!」
「アリアさん」
アドラー要塞に転移していたアリアが慌ててやってきた。
山脈にあるはずの砦が丸ごと転移してきたのだから驚きである。
「光神シンが直接攻撃を仕掛けてきました。今はミレイナさんが取り残されています」
「やはりそうか。奴の霊力が世界に重圧を与えているのを肌で感じる……世界を壊す気か!?」
「それよりもミレイナさんが!」
「分かっている。クウと連絡は付くか?」
「試してみます」
リアは通信魔道具を取り出した。そしてクウに繋げてみる。
しかし、全く反応がなかった。
「だめです」
「となると、あいつ抜きでやるしかないのか」
光神シンへの対策はクウを中心としてユナとリアも関わっている。世界侵食の融合はクウの「意思干渉」を利用しているため、どちらにせよクウがいなければ始まらない。
アリアは難しい表情を浮かべた後、口を開いた。
「仕方あるまい。少しずつ戦線を後退させ、時間を稼ぐとしよう」
「ですがミレイナさんは……」
「救出は後だ。それに間もなく【砂漠の帝国】や【ナイトメア】からの援軍が来る。一度アドラー要塞に集結することにして正解だったな。砦を突破された以上、警戒を一段上げるべきか……」
移動方法はリグレットにゲートを開かせることで解決している。
【砂漠の帝国】と【ナイトメア】の準備ができたらリグレットが直接向かう予定だ。
「ここから予想できる人族軍の動きは……駐屯か」
リアが砦ごと転移させたことで、人魔境界山脈は拠点として相応しくなくなった。まずは魔族領へ進軍するための拠点を作成するハズだ。
魔族領は人族にとって未知の場所であり、魔物も強力だ。
砦を突破したからといって、すぐには魔族領に入ってこないとアリアは推察する。
「……リアにはアドラー要塞の守護を任せることになると思う。まずはリグレットと連絡を取り、人族軍の動きを探るとしよう」
「ミレイナさんを助けに行かせてください。私なら転移で……」
「それは許可できない。光神シンは天使六人を同時に相手しても勝てない相手だ。クウの奴が対抗策を作ってくれたようだが、あいつがいないならどちらにせよ不可能だ」
「ですが! 転移して戻るだけなら!」
「焦るな。幾ら光神シンでもミレイナを倒し切ることはできない。ミレイナの意思力は私がよく知っている。精々、捕らえる程度だろうな。奴の望みは戦争を凄惨なものにすることだ。こちらの軍と人族軍が上手くぶつかるようにしてくる。ここからは砦のようにはならない……と思いたいな」
アリアとしてもここからは予想しか出来ない。光神シンが自ら砦を破壊してきた以上、二度目がないとは言い切れない。それにミレイナも生き残っているかどうかは運の問題だ。
自信たっぷりには語れなかった。
「何とか明日までに部隊の再編制を済ませたいところだ。ミレイナのことも上手く逃げ切ってくれることを願うしかない。今は光神シンと正面から戦えない。ただ、あいつが撤退することは……ないだろうな」
アリアの仕事は多い。
それに冷たい判断をしたことは自覚している。
しかし、今の段階で光神シンとの戦いに介入し、撤退までするのは不可能に近い。「意思干渉」という反則級の能力を有するクウがいれば、撤退戦を完遂することはできただろう。しかし、クウは神都に潜入してから音沙汰すらないのだ。
ミレイナもミレイナで自ら撤退することはないだろう。竜人のプライドが許さないはずだ。
連絡のつかないクウと戦闘狂のミレイナに、心の内で恨み言を投げることは忘れなかった。
◆ ◆ ◆
砦の戦いに勝利した人族連合軍は宴会を開いていた。
魔族の砦が完全に消えたことには驚きこそあれ、勝利を確信するには充分な成果だった。テントを張って野営の準備を行い、食べ物や酒類を大量に振る舞っての大宴会となっていた。
「勝利に乾杯だ!」
「おうっ!」
「かんぱーいっ!」
こういった宴会が好きな冒険者たちは何度目かもわからない乾杯をする。
見知らぬ冒険者同士で木製のコップをぶつけあい、酒を飲み干した。
「勝利の味って奴だな!」
「俺たちは何もしてないけどな!」
「そりゃ、言っちゃいけないぜ! ぎゃはははっ!」
実際に砦を破壊し、魔族軍を撤退させたのは光神シンだ。人族軍が動く前に全て終わった。
もう神が一柱いればいいんじゃないかと思う者もいるほどだ。
それほどに光神シンの力は圧倒的だった。
この宴会はエリカとリコも参加していた。
「絵梨香! あっちに丸焼きがあるわよ!」
「引っ張らないでください。飲み物がこぼれます」
「早く! なくなっちゃうじゃない!」
肉体が資本の冒険者にとって、肉は必須の食材だ。また、騎士や精霊部隊も同様である。平原で狩った魔物の肉がメインだが、家畜の肉もかなりの数が振る舞われていた。
これから人魔境界山脈に新しい拠点を作成する。
故に食料はまた運ぶことができる。だからここで大きく消費しても問題ないのだ。
「私たちにもお肉頂戴! 二つよ!」
「ほらよ。こっちきな」
丸焼きを切り分けている男は、リコの注文通りに二人分の肉を切って寄越す。リコは持ってきた皿に肉を乗せた。
宴会は各所で調理が行われ、各自が皿を手に持って回ることで完成した料理を貰える。
もはや一種の祭りだった。
「ほら、一緒に食べよ!」
リコはエリカを伴って少し外れた場所に向かう。
二人はこれでも有名人であり、人の多い場所をフラフラと歩いてれば捕まってしまう。そしてカップに並々と酒を注がれ、飲まされることだろう。
流石のリコとエリカも飲酒は控えており、それを避けるために静かな所へ移動したのだ。
星の見える場所で腰を下ろし、リコは肉を頬張る。
「意外といけるわね」
「たしかオーク上位種の肉でしたね」
「初めは人型の肉だから食べれなかったのよね……」
「ふふ。そうでしたね」
思えば長く異世界に留まっている。
二人は同時に溜息を吐いた。いつになったら帰れるのか、離れ離れになったセイジとは再会できるのだろうか、そして明日は生きていられるのか。
心配事は尽きない。
異世界にも慣れてきたのは事実で、血を見ることにも耐えらえるようになってきた。
人型の魔物を食べるというのもその一つである。
「エリカちゃん。戦争が終わったらきっと戻れます。だって光神シン様だっているんですよ」
「そう、よね」
初めの約束では、魔王さえ倒せば光神シンが元の世界へと戻してくれるということだった。
もはや勇者が全く役に立っていないというツッコミを入れてはいけない。二人とも、意図的に思考の外へと追いやっているのだから。
実際、勇者という存在は魔王討伐に必要ない。
ただ、世界に穴をあける召喚として利用されただけなのだ。
事実を知らないリコとエリカにとっては残酷な話だった。
(私たち、あんな戦いについていけるのかな)
リコは魔族砦のあった場所を見つめる。
そこには神の槍によって生じた巨大クレーターがあった。
そしてそこには光り輝く十字架と、そこに磔にされた竜人の少女ミレイナ。
同じ勇者のレンやアヤトが語っていた命懸けの戦い。その意味をようやく理解しようとしていた。





