EP490 嫌な戦い
クウの一撃が光神シンの背中に傷をつける。
消滅エネルギーという概念攻撃により、神すら傷付けたのだ。情報次元が消し飛ばされたことで、物理次元上にある光神シンの体にも影響がでる。
「ぐ……」
「完全に切り裂けなかったか!」
クウは神刀・虚月を納刀し、距離を取った。本当は光神シンを上下に切断するつもりだった。しかし、背中へと深めの切り傷を与えただけであり、想定した効果は現れない。
情報次元への攻撃が光神シンの圧倒的な霊力で受け止められてしまったのである。
仕方なく、クウは《幻葬眼》でアリアを捉えている結界を破壊した。
「アリア。光神シンは俺が相手をする」
クウはそれだけ言ってその場から消えた。
同時に光神シンの首が弾け飛ぶ。背後には神刀・虚月を振り抜いたクウの姿があった。
「初めから全開の《熾神時間》で行く」
再びクウの姿は消えて、今度は光神シンの右腕が消し飛ぶ。続いて心臓部に穴が空き、上半身と下半身が千切れる。《熾神時間》の発動中は、クウの攻撃が光速を越えている。攻撃力は極限まで底上げされており、神にすら届く威力だ。
「ぐ……俺が動きを感知することも出来ないとは」
頭部を再生させた光神シンは忌々しそうにつぶやく。弾け飛んだ右腕と穴の開いた心臓部も再生を始めているが、その間にクウは他の場所を攻撃していた。
死角から放たれた突きに気付き、光神シンは神器・八咫鏡で反射しようとする。概念攻撃を反射する神器が光神シンの首元で小さく輝いた。
しかしクウは消え去り、背後から右腕で光神シンの首を絞め、左手で神器・八咫鏡を掴む。そして月属性を左手に集め、消滅エネルギーで神器を消滅させた。
「なに……?」
壊れないはずの神装が壊される。これに動揺した光神シンは、そのままクウに首をねじ切られた。更には神刀・虚月で縦に切り裂く。ここでも《熾神時間》を発動していたので、クウの行動は全て光速を越えている。普通に動いたとしても、世界からすれば物理法則を超越したかのように見えるのだ。
瞬時に再生した光神シンは、光の速さを超えるクウに対抗するため新しい神器を取り出した。
「時間停止だ、神書・海淵現」
パラパラと自動的に書物が捲られる。いつの間にか光神シンの手元には一冊の本があった。これによって時間を止め、クウに対抗しようと考えたのである。
しかし、クウは六芒星の浮かぶ魔眼で神書・海淵現を睨みつけた。
すると書物は爆散し、千切れた紙が舞う。
「馬鹿な……」
ただ見ただけで破壊不能の神器が壊される。
あまりの事態に光神シンは手元を凝視しつつ思考を真っ白にしてしまった。だが、思考加速の中に生まれた一瞬の空白を違和感が塗り潰す。何故なら首元にはクウが消滅エネルギーで握り潰したはずの神器・八咫鏡があったからだ。
(壊れたはず……なぜ存在している? そうか! 幻術!)
神装は初めから壊れてなどいなかった。クウは幻術を使い、あたかも壊れたかのように見せていたに過ぎなかったのだ。神装は使おうという意思がなければ動かない。つまり使用者である超越者がその神装を幻術で見失っていた場合、神装を発動しようという意思がないために動かなくなる。
幻術を見抜けない限りは神装も使えない。
分かっていても使えないというのは何とも歯痒かった。
「ちっ……思ったよりも早く気付いたか」
クウは世界侵食《熾神時間》を発動すると同時に、催眠の幻術によって存在するものを存在しないものであるかのように見せた。
権能【魔幻朧月夜】は直接戦闘能力よりも奇策に長けた能力だ。得意分野で争えば、神に対して対抗することが出来る。何より神という存在は、潜在力が高すぎて世界に収まりきらない。だからこそ、本当の意味で本気は出せないのだ。それこそ、世界を壊す覚悟がない限りは決して本気を出さないだろう。
そのような算段もあった。
「幻術と分かれば、幻術対策をすればよいだけのこと」
光神シンは眼鏡を取り出してかける。これは情報次元の偽装を見抜くという効果を持った、幻術対策の神器である。スキル《森羅万象》の強化版といっても良い。
だが、光神シンはクウの持つ真の力を理解していなかった。
「それで対策したつもりか?」
クウが一睨みすると神器の眼鏡が砕け散った。そしてガラスの破片が光神シンの両目を抉る。幻痛によって凄まじい激痛が走った。
「ぐあああああああああ!?」
久しく受けたことのない痛みに光神シンは呻く。いや、叫ぶ。
幻術対策をしたにもかかわらず、幻術系の術式にかかってしまった。当たり前である。クウの能力は情報次元を偽装する力ではなく、意思次元を操るというもの。思い込みの力を突き詰めた能力だ。情報次元対策をしただけでは決して抗えない。
悶える光神シンに《熾神時間》を発動して近づき、神刀・虚月で縦に切り裂いた。これによって幻術で壊れたように見せかけられていただけの神器・八咫鏡、そして幻術対策の神装まで壊れてしまう。
勿論、光神シンは左右に切り裂かれた。
「ふぅ……」
クウはあまり深く踏み込まず、適度に攻撃して下がる。超越者に対してこの程度の攻撃は意味がない。しかし時間稼ぎとしての役割は十分に果たせそうだった。
そして時間稼ぎは終わった。
「来たよ! くーちゃん!」
「遅れて申し訳ありません兄様」
ユナとリアが転移でこの場にやって来たのである。虚空神ゼノネイアの元で三人は光神シンを倒すための修行をしてきた。その際、まずはクウが光神シンと邂逅して時間を稼ぎ、リアがユナと共に転移で駆け付けるということになった。
いきなり《熾神時間》という切り札を切ったのは、それ以上の切り札が後からやってくるからであった。
「いいタイミングだ二人とも。仕掛けるぞ」
「うん」
「はい!」
再生した光神シンに三人の天使が立ち向かう。
虚空の天使、武装の天使、運命の天使が神を討つために剣を抜いた。
◆ ◆ ◆
光神シンをクウに任せたことで、アリアはセイジだけと戦うことになった。奇しくも魔王と勇者の戦いが始まっていたのである。
「やはり耐性で効かないか」
ユーリスの《樹木魔法》で出現した植物を焼き尽くすも、セイジには全く効いていなかった。権能【破邪覇王】で手に入れた概念に対する耐性は数多に渡り、アリアの権能【神聖第五元素】の攻撃はすべて無効化されてしまう。
「はああああああああ!」
セイジは神剣・天叢雲剣を創造して斬りかかった。嵐を呼ぶ力を持った神剣が暴風を叩きつける。アリアは権能で嵐を打ち消し、合間に攻撃を仕掛けた。
互いに攻撃が効かないという拮抗した状態が続き、時間だけが過ぎて行く。
(これならばリグレットを連れてくるべきだったか。あいつの権能なら耐性を変質させることも出来たはずだ)
情報次元に情報コードを書き込むことで情報次元を変質させる能力。それがリグレットの権能【理創具象】だ。リグレットならば耐性を意味する情報次元にゼロという因子を掛けることで無効化できるはずだ。
書き換えることは出来ないが、そうやって書き加えることが出来る。
それがリグレットの力である。
(あいつには本国と【ナイトメア】の守りがある。呼び出すわけにはいかないか)
リグレットに頼らずとも方法はある。
能力を少し無効化されたぐらいで敗北するようなアリアではない。セイジがアリアの攻撃を無効化できるのは大量の概念に対する耐性を獲得しているからだ。それさえ分かっていれば、出来ることはある。
「その耐性は厄介だが……これは防げるかな?」
大量の鎖を生成し、また強靭な糸も生成する。これを操ってセイジに巻き付かせた。勿論セイジも抵抗はしたのだが、数が多過ぎた。剣で対処するよりも早く腕が拘束され、続いて足、胴体と鎖や糸で縛られていく。
だが、セイジは拘束耐性も持っていた。
それで鎖や糸は弾け飛ぶ。
「無駄だ!」
「なるほどな。拘束という概念にも抵抗があると」
「ああ。君を倒すために光神シン様にしごかれたからね」
耐性を得るまで痛めつけられるという修行をして魔王に対抗する手段を手に入れた。しかし、セイジは魔王を倒すことで満足しない。
セイジが目指す先は既に魔王ではなかった。
尤も、本人は心の奥底に眠るこの感情を認識していないのだが。
「耐性があったとしても防げないものはある。もっと権能と超越者について知ることだな」
アリアは権能【神聖第五元素】を発動し、神聖粒子をセイジの周りに凝縮させる。この神聖粒子そのものはアリアだけが持つ特別な粒子であり、耐性などない。弾かれることなく纏わりついた。
そしてアリアはセイジに対して現象を発現させるのではなく、周囲の空間に発動させた。
「空間固定、時間固定、粒子固定、次元隔離」
「―――っ!?」
アリアはセイジに現象を作用させるのではなく、その周囲にある空間へと作用させた。空間を凍結させ、時間を止め、空気粒子を停止させ、その領域を別次元として隔離までした。
セイジ自身の固有情報次元には耐性があっても、その周囲の空間にまでは効力を発揮しない。周囲の空間を完全に固めることでセイジを封印したのだ。
「これで動けまい。私はあの兵器ベヒモスとやらを潰す必要があるのでな」
アリアはそう言って槍を掲げた。すると、上空が紅く染まる。空を見上げることの出来ないセイジは何が起こっているのか理解していなかった。
権能【神聖第五元素】で生み出されたのは隕石である。
それも一つや二つではなく、数百、あるいは千を越える大岩が赤熱して降り注いできたのだ。
隕石という現象はアリアによって制御され、余すところなく兵器ベヒモスに殺到する。
そして兵器ベヒモスを操作していたユーリスは焦った。
「く……兵器ベヒモス!」
搭載されている陽電子砲の準備をする。三機の兵器ベヒモスは二本の角に電気エネルギーを蓄積した。電子の反物質である陽電子を蓄積し、加速して放つ。隕石も充分に潰せる威力だ。
しかし陽電子砲は三門しかない。
千を超える隕石の雨を全て消すのは不可能だった。そこでユーリスは砲撃を取りやめ、魔法を準備する。
「守って! 『《揺籠守護樹》』」
兵器ベヒモスの側で地面が割れ、そこから勢いよく樹木が育つ。一瞬にしてベヒモスを超えるほどの巨大樹となり、枝葉を広げて兵器ベヒモス三機を守る傘となった。
ハイエルフとして莫大な魔力を手に入れたからこそ出来る大魔法。
しかし、これでユーリスの魔力は殆ど空になった。
「はぁっ! はぁっ! これで!」
隕石は巨大樹に突き刺さり、大爆発を引き起こす。隕石は砕け、枝を折り、葉を散らした。全ての隕石を受け止めきるほどの大樹を生み出すとは見事である。【魂源能力】で権能の力を止めてみせたのだから、なおさらだ。
しかしユーリスが魔力を殆ど使い切ったのに対し、アリアはまるで疲労がない。超越者の霊力は無限なのだ。ただ、一度に扱える量に限度があるだけである。
アリアは神槍インフェリクスの穂先に神聖粒子を集めて凝縮する。
「荒廃せよ」
そんな言葉を発しつつ、アリアは槍を投げた。音速を軽く超えて神槍インフェリクスは飛来し、巨大樹へと突き刺さる。すると穂先に凝縮していた神聖粒子が一つの現象を引き起こした。
一瞬で巨大樹が枯れたのである。
槍は巨大樹を貫通して大穴を開け、そのまま勢いよく地面に突き刺さった。
同時にアリアは召喚で槍を回収する。
「もう一度降り注げ」
再び隕石を召喚したアリア。
次こそユーリスは防ぎきることが出来ない。このままでは兵器ベヒモスが隕石の雨にさらされる。空間ごと拘束されたセイジは見ることしかできない。
「く……どうすればっ……」
ユーリスは必死に手を探る。ハイエルフに進化したことで得た《森羅万象》を使い、使える情報はないかと探った。しかし、得られた情報は役に立たないものばかり。アリアの能力も調べようとしたのだが、情報防御によって弾かれ、余計な隙まで出来た。
(拙い、ユーリスさんが!)
このままでは勝てない。負ける。
そんな思いがセイジの中で雷鳴のように閃いた。
英雄は敗北を認めない。
故に発動条件が整う。
自動発動した《絶対逆転》によって因果が壊れた。
「うおおおおおおおおおおおっ!」
嵐が空を裂く。
神剣・天叢雲剣によって空が洗い流された。
自動的に因果を操って逆転勝利へと導く《絶対逆転》により、空間の固定もすべて外されている。現象という現在に囚われず、望む結果だけを引き寄せる因果系の力。
「またそれか……っ!」
セイジの《絶対逆転》を見るのは二度目だ。流石のアリアも辟易する。苦手な因果系能力というのもあるが、いい時に上手く逆転されてしまうのは気分の良くないことだ。
「僕が止める!」
「お前を倒さないことにはベヒモスとやらは止められないか」
アリアにとっては嫌な戦いが始まった。





