EP481 調査の先兵
光神シンの降臨から二か月。
早くも……いや、ようやく戦の用意が完全に整ったと言うのが正解だろう。本来、戦の用意とは年単位でかかるものであるが、今回に限っては時間がかかったと言える。
何故なら精霊王フローリアが光神シンの神託に偽装して下した命令により、ある程度は戦争準備が出来ていたからである。そして今回は光神シンが魔法道具を提供したことで、準備は加速した。
「賑やかになったわね」
「ああ。何せここは魔族殲滅の足掛かりになる場所だからね。賑やかになるのも当然さ」
二人はギルドに呼び出されたのだ。
この戦争において冒険者は戦力として数えられている。【ルメリオス王国】の騎士や【ユグドラシル】の精霊部隊よりも数が多いため、寧ろ主戦力として挙げられるだろう。更にはパーティによっては諜報に特化したチームもあるため、その必要は計り知れない。
最上級の実力を持つ二人も特別な任務が与えられることになった。
ただ、まだ何の任務なのか不明だが。
騒がしいギルドに入っていく二人に注目が集まる。
「見ろよ」
「ああ、すげぇな。流石は最前線だぜ」
「ランクSSS。初めて見た。威圧感すげーわ」
「あれ程になると美女を従えられるのかねぇ」
「止めとけって。化け物と肩を並べられるんだぜ? 普通なわけがねぇ」
当たりである。
むしろレインよりベリアルの方が遥かに強い。冒険者は毎日命を張って戦っている。故に強者の気配というものに敏感だ。しかし、ベリアルも学習したのか、上手くレインの気配に隠れるよう操作していた。
ベリアルがヤバい奴だとはバレてはいないが、それに準ずる程度の強者という印象を与える。
上手く印象操作できていた。
「や、ちょっといいかい」
レインは受付嬢に話しかける。
受付嬢も高ランク冒険者に慣れているし、レインのことを知っているので特に慌てることもない。更にはギルドマスターから話も通されていた。
「レイン様とベリアル様ですね。ギルドマスターから話は伺っております。こちらが任務の詳細が記された書類です。この袋に入れてあります。読んだ後は燃やしてください」
「分かっているよ」
ギルドからの依頼は人数が多くなったこともあり、こうして書類で渡される。高ランクの冒険者は無暗に情報を漏らさないという信頼があるので、このような方法が取られているのだ。
ギルドマスターのダレンは多忙を極めており、わざわざ面会できない。このような措置が取られるのも当然のことだった。何事も、最も負担を強いられるのは中間管理の事務職という典型である。
「じゃあね。依頼を達成したらまた来るよ」
「お待ちしております。ご武運を」
レインとベリアルはギルドを去って行った。
そして入れ替わるようにして別の冒険者が受付に向かう。ギルドはこれからどんどん忙しくなるだろう。今は進軍ルートの確立に忙しいのだから。
◆ ◆ ◆
数日後、二人は人魔境界山脈の砦へと到着していた。普通は一か月かかる行程だが、ギルドから渡された書類に同封されていた転移の符でここまでやってきたのである。
これも光神シンが与えた魔道具だった。
単純に効率を強化するという意味の他、進軍ルートを冒険者個人に悟られないようにするためである。今は様々な冒険者が転移の符で特定の場所に飛ばされ、その周囲を確認している。得られた情報を繋ぎ合わせて、上層部が進軍ルートを確定するのだ。
レインとベリアルは、実力を買われて最も危険な魔族砦の付近に飛ばされた。
「さて、まずは阻害用魔力ポイントを打ち込むよ」
「なら、私は周囲を確認しておくわ」
後で中継地にするため、魔物を寄せ付けないためのポイントを打ち込む。魔物は瘴気から生まれているため、根源的には全て同じだ。故に、術式を整えればどんな魔物にも対応できる魔物避けが完成する。
当然、これも光神シンが与えた。
転移符と共に同封されていた道具で、これを地面に打ち込むとかなり広範囲が安全地帯となる。この道具があるお蔭で、危険地帯とされる東の辺境平原を少数の冒険者で調査できる。
レインは符から杭のような道具を召喚し、地面に打ち込み始めた。
その間、ベリアルは単独行動を始める。
(そろそろアリアに連絡しないといけないかしら)
今までは連絡を控えていたので、今がチャンスだ。レインとも離れたので、《魔力支配》で感知されることもないだろう。ベリアルは通信魔道具のネックレスを起動させた。
この魔道具はリグレットが作ったものであり、念話での通信を可能とする。
(アリア、ちょっといいかしら? ベリアルだけど)
(ん……ようやくか。丁度、会議していたところだ。進展があったのか?)
(連絡出来なくて悪かったわ。城塞都市【ルーガード】には冒険者が集結しているわね。城塞都市で賄えない分は付近に建設されている基地が対応しているわ。衛星都市の建設も考慮されているそうよ)
(数は分かるか?)
(今のところ三万人ってところかしら? あと二万人は来るわよ)
(ふむ。こちらの把握と一致するな)
その言葉にベリアルは驚いた。
まだ何も連絡していないはずだが、アリアも人族の状況を認知しているらしい。どういった方法を使ったのかは分からない。しかしリグレットが何とかしたのだろうと言う何となくの確信はあった。
(リグレットが何かしたの?)
(ああ、便利な魔道具を開発してくれてな。それより、今はどこにいる?)
(レインっていう人族最強の冒険者の仲間をしているのよ。山脈の砦を調査するために来ているわ。光神シンが転移の魔道具を配っているお陰で、あっという間に辿り着いたわよ)
(転移か……進軍に使ってきそうか?)
(使わないと思うわ。小規模のものだもの)
光神シンがその気になれば、数万人を同時に転移させることも容易いだろう。そのような大規模転移魔道具を与えることも容易い……が、その魔力を確保するのが難しい。光神シンがエネルギーを提供してもよいのだが、そんなことのためにいちいち動いていては神としての威信にかかわる。
神とは神秘である必要があるのだ。
人と関わり、人に馴染むことで神秘が薄れてしまう。
それはつまり、神としての力が失われることに等しい。神とは信仰の力に影響されるのだ。神の力が当たり前という状況になると、それは光神シンの力が失われる。それを避けるため、光神シンが自ら力を振るうのは超越者の戦いの時だけと決めている。
(これから砦を調査するのだけど、何か指示はあるかしら?)
(そうだな……)
アリアは何か考え事をするように間を置いた。
暫くしてから、再び念話が飛んでくる。
(あの砦は……リグレットが魔改造してしまってな。近づき過ぎると自動反撃装置が作動するかもしれない。気を付けてくれ。あとは、山脈を超えるのに山を越えるとは思えないが、海から回り込む可能性はある。山脈の南にあった竜の島も消失しているからな。そちらの情報も注意してくれ)
(いいわ。砦にはあまり近づかないようにするわね。海のルートにも注意するわ)
ベリアルは通信を切る。あまり長く通信する訳にもいかないからだ。
現に、杭を打ち込んだレインがベリアルの方にやってきた。
「周囲はどうだい?」
「魔物はいないみたいね」
砦の付近は魔物が近づかないようにしてあるので、付近に魔物はいない。
ベリアルも気配を探ったが、ゴブリン一匹すらいなかった。砦が放つ魔物避けの力が働いているため、周囲には魔物が一匹として近づけない。
なので杭を打ち込むまでもなく、ここは安全だったのだ。
「準備も整ったし、早速だけど砦の方に行ってみようか。前の遠征では碌に確認できなかったみたいだからね。魔物が新しく住み着いているかもしれない」
本当は既に【レム・クリフィト】が占拠し、再建築まで行っている。しかし、それを知らないレインは確認のために近づくことを提案した。
そこで、ベリアルは忠告する。
「もっと慎重に行きましょ。魔族領に一番近い場所ですもの」
「……確かにそうだね。慎重に行こうか」
ベリアルは実力を示しているだけあって、レインも言うことを聞く。冒険者世界において力はそのまま発言力になる。弱者が何を叫ぼうが無駄なのだ。勿論、限度はあるが。
こういったアドバイスも強きものが言うからこそ効力を発揮する。
「以前に勇者を伴った遠征が行われたのは知っているかい?」
道中、レインは唐突に話しかける。
「ええ、知っているわ」
「今までは二度の遠征が行われ、そのどちらも失敗に終わっているんだ。一度目は魔族を退けて砦を手に入れるも、魔物に襲撃されて撤退、二度目は魔族の奇襲に遭って失敗した……ということになっている」
「なっている……ということは真実は別にあるのかしら?」
「そうさ」
レインはこれでも最高ランクの冒険者。
ギルドが保有する機密情報にアクセスすることも出来る。それによって秘匿された召喚者の裏切りを知っているのである。召喚者ユナの裏切り、召喚者クウの裏切りによって人族は二度に渡って撤退を余儀なくされたと知っているのだ。
真実を言えば、二人の責任とは言い切れないのだが。
「機密上、詳しくは言えないけどね。人族に裏切り者がいたのさ。僕はその裏切り者を何としてでも殺したいんだ。光神シン様のためにね」
「熱心ね。私だったらそこまでしないわ」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
レインの目的はただ一つ。
裏切り者であるクウとユナの始末だ。レインはそのためにあれから更に力を付けた。最も自信のある最上位《魔力支配》を更に鍛えた。もはや、彼より有能なスキルの使い手はいないだろう。
ただ一つ、光神シンのためにそこまでやる。
彼が狂信的であるゆえにだ。
「レイン、砦が見えてきたわ」
「……そうみたいだね。ボロボロになっていると聞いたけど、あれは」
「ええ、明らかに修繕されているわ」
二人が見たのは黒く染まった砦だった。
元は石造りと聞いていたが、あれは明らかに特殊な金属のたぐいである。分厚い装甲版に囲まれた重厚すぎる砦が威容を発していた。
更には装甲の隙間に大砲が備え付けられている。
魔力を感知すると、砦を守るために障壁が展開されているのが理解できた。
「あの砦、確実に生きているね」
「ええ。慎重に近づいて良かったでしょ?」
「君の忠告は正しかったというわけだ。警戒網が張られているかもしれない、すぐに逃げようか」
「あら、てっきりこのまま砦を破壊すると言い出しそうだったのにね」
「僕だって魔法で守られた砦を一人で突破できるとは思わないよ」
レインは光神シンのためなら命を投げ出すだろう。しかし、現実の分からない子供ではないのだ。魔法があったとしても、砦を単独で破壊するなど不可能だ。ましてレインは大量破壊ではなく一点突破型の対人、対魔物スキルを使う。なので、砦を突破するのは難しいだろうと考えていた。
勿論、ベリアルの《闇魔法》――という名の瘴気攻撃――があったとしても無理。そのように判断したからこその撤退である。
「僕たちの知らせがなかったら、あの砦が生きていることも分からない。間違いなく魔族が再建している砦の情報は確実に知らせないといけないよ。それに、あの砦は廃墟になっていることが前提だった。だから廃墟の砦を修復する作戦になっていたはずだよ。その予定が崩れたんだから、作戦の変更もあるかもしれないね」
「魔族の姿は確認しなくてもいいの?」
「報告して、準備をし直してから調べ直す方がいいと思うよ。僕たちはまず帰ろう」
レインは踵を返す。
既に警戒網に見つかっている可能性も考慮して、かなり急ぎ足だ。
(上層部の作戦会議。それを上手く知るにはどうすればいいかしらね)
今ならばレインを暗殺し、魔族砦の犠牲になったと言い張ることも出来る。
人族の最高戦力――超越者は除く――を始末するチャンスだ。
(レインを始末し、私がこの情報を独占する。そうすれば上層部会議に紛れ込めるかしら?)
人族最強のSSSランク冒険者レインの死亡。それを成した砦ともなれば、作戦を立てる段階で避けられてしまう可能性が高い。
魔族の作戦は砦に取る足止めだ。
数が少ない魔族は、防衛戦によって時間を稼ぎ、その間に超越者が光神シンを滅ぼす手筈となっている。このルートを通って貰わないと困るのだ。
「ここで殺すのは下策かしらね」
「ベリアル、何か言ったのかい?」
「早く帰って休みたいって言ったのよ」
「そうだね。早く帰ろう」
二人は再び転移符を使い、城塞都市【ルーガード】へと帰還したのだった。





