EP479 魔族の備え
吸血鬼たちの住む天蓋都市【ナイトメア】。ここはリグレットの故郷であり、その妹である女王レミリアが治める夜の都市だ。天蓋の内側は常に夜の状態であり、昼ではステータス制限を受ける彼らも快適に過ごすことが出来る。
今更だが、リグレットは生粋の王族なのだ。
そして今や魔王アリアの夫としての立場もある。王家の城に入ることなど容易いことだった。
「や、レミリア。会いに来たよ」
「待っていたの兄上」
空間接続で【ナイトメア】の王城にやってきたリグレット。その理由は【ナイトメア】の防壁を今まで以上に固くすること、そして魔法道具を与えるためだ。これまでは余計な力を与えないようにしてきた。だが、そうすると自分で考えることを止め、リグレットに頼り切りとなってしまうだろう。発展の可能性を奪うことになってしまう。
リグレットはそれをさけるため、今まではあまり過度な干渉をしてこなかった。
「今日で天蓋の防御システムを完成させるよ。かなり大きな術式だからね。時間が掛かったよ」
「兄上……本当に戦争をするの?」
「そうだよレミリア。これは避けられないことだ。向こうがやってくるんだから、僕たちは無抵抗で首を晒すわけにはいかない。攻撃しないにしても、僕たちは防御に足りることを行わなければならないんだ」
戦争。
レミリアも経験のしたことがないものだ。何故なら、魔族領は昔から平和だったのだ。魔王オメガも過度に他国へと干渉することなく、吸血鬼の一族は一塊となって暮らしていたのだから。リグレットという天才が生まれるまでは、普通の都市を建設して暮らしていた。
創造迷宮という無限の資源を吐きだす施設を利用し、引きこもっていたのである。
だが、リグレットは創造迷宮をクリアして天使の力を得た。そして天蓋という日差しを完全に遮断するシステムを作り出し、吸血鬼という種に発展を与えた。
魔王オメガが干渉しなかったが故に、密かな発展を手に入れたのだ。
それは現代まで続いた。
「戦争は魔物との戦いと異なる。生きるための戦いじゃない。もっと別の、くだらないもののための戦いなんだ。決して命を懸けていいものじゃない。僕が守るよ……この街と家族たちは」
「兄上、ありがとうなの」
「大切な妹の国だ。当然のことだよ」
そう話しながら、早速リグレットは右手を動かす。すると天蓋システムを司るコンソールが出現した。随分と近未来的である。この半透明なシステムコンソールを操作し、魔法陣をプログラムしていく。それがリグレットの権能なのだから。
「レミリア、天蓋システムのアップデートをしている間に、今後のことを話そう」
「うん」
「【ナイトメア】の精鋭たち……レミリアの近衛を含めた皆は【ナイトメア】を守るために残って貰うことになると思う。もしかしたら一部の精鋭を借りることになるかもしれない」
「大丈夫。いつだってここは兄上の家なの。みんなも拒否なんてしない」
「ありがとう。残念ながら、人族と比較して僕たち魔族……ああ、聞きなれない言葉だったね。向こうでは東側の僕たちを魔族と言っているんだ。で……ああ、そうそう。僕たち魔族と呼ばれる者たちは非常に数が少ないんだ。今回の敵、人族は数が多い。現在の推測では十万を超える兵力を運用してくると思う。これは防衛兵力を抜いた、純粋な侵略兵力での換算だよ」
「十万……?」
壮絶な数である。
無論、超越天使六体が出張って皆殺しにするならば数秒で終わる程度だ。しかし、リグレットたちは人族を殺したい訳ではない。そもそも、死の怨嗟によって悪意の意思力を集める訳にはいかない。
勝利条件はただ一つ。
「こちらは数の少なさを補うため、籠城戦を行うしかない。決して破れない砦を作り、人族に侵攻を諦めさせるしかないんだ」
勝利条件は自発的に諦めさせること。
そうすれば悪意は生まれない。また、数の不利を覆すことが出来る。基本的に魔族は人族よりも能力が高く、文明的兵器も発展している。だが、数の力は偉大だ。それに人族にだって精鋭はいる。魔族は平均的に力がある代わりに、突出した実力者は少ないのだ。
「今は砦を幾つか建設して魔法処理を施している。【ナイトメア】はこの都市を丸ごと兵器に変える。とびっきりの防御兵器にね」
権能【理創具象】の力で情報次元を書き加え、天蓋システムに防御機構をインストールした。超越者の全力攻撃を受けても五分は持つだろう。五分あれば、リグレットも転移でやってこれる。
十分な防御力だ。
「幸い、【ナイトメア】には無限資源倉庫の創造迷宮があるからね。戦争が終わるまで頼むよ」
「分かったの。必要だったら精鋭も持って行っていいの! 私の《夜結界》があれば、いつでも全力を出せるから……」
「ありがとう。でも、君の力を得なくてもいいように僕も頑張るよ」
「応援してるの」
リグレットだって戦争の経験はオメガとの闘争ぐらいだ。相手は意思のない魔人と超越者。籠城戦を想定した耐え切る戦争などやったことがない。
しかし、天使が揃うまで数百年と耐えたリグレットにとって、耐えることは得意分野。知力を尽くし、最適な防御用術式を開発して情報次元に書き加えて行く。
(ここが終わったら、あとは山脈の砦だけだね)
リグレットの眠れぬ日は続く。
◆ ◆ ◆
空間に穴が空き、マーブル模様の揺らめきが目に移る。その向こう側からリグレットが現れた。
ここは人魔の境界にある砦だ。かつてオメガが人と魔を隔てるために作り上げた壁であり、過去に人族が一度だけ占拠したことがある。
しかし、今はもう廃墟となっていた。
それを新しい砦として組み直しているのである。
「来たかリグレット」
「ああ、【ナイトメア】の方は終わったよ。処置をしてきた」
「本当はこうならないように……お前の実験を制限してきたのだがな」
「まぁ、役に立って何よりだね」
リグレットは天才である。
それは過去未来において変わらないだろう。そしてそんな天才が無限の寿命を得た時、それは一種の化け物へと変化する。世界の真理たる情報次元を解析した。その結果、魔法陣という新しい魔法の形を発見するに至った。
単独では制御の難しい魔法を、ただの紋章によって制御する。
それは画期的なものだった。
更には建造物すら魔法的な意味を持たせて配置すれば、都市全体を守護する結界すら構築できる。魔術紋章を刻み、それを最適に配置すれば、砦専用の構成防壁すら可能だ。
しかしリグレットは何もしなかった。
見つけた技術を発表することはなかった。
何故なら、天使ゆえに人から離れなければならないから。
「今は非常時だよ。本来、天使たる僕たちは人に対して過度な干渉をしてはいけない。しかし君が王となって国を作り、更には僕たちが戦争を操作しなければならないほどに事態は悪化したんだ。何としてでも光神シンを倒さないとね」
「それはクウたちの役目だ。私達は……私とリグレット、そしてミレイナは国を守る。人族を決して侵入させない。その間にクウたちが光神シンを倒す。それが作戦の概要だからな」
光神シンも人族と魔族の対戦を望んでいる。それも一方的な虐殺ではなく、血を血で洗うような、血みどろの戦いである。それこそが、悪意の意思力として相応しい。
故に光神シンが自ら魔族を殺しに来ることはないだろう。
それだけは救いである。
また、光神シンは六天使がしばらく世界の狭間を彷徨っていると勘違いしているはずだ。それも、一つのアドバンテージである。
「さて、リグレットも来たことだ。頼むぞ」
「任されたよ。兵士たちの避難は済んだかい?」
「念のために探索させた後、転移魔法陣で一時帰還させた」
「うん。それなら大丈夫だね」
リグレットは両手を前に突き出す。すると無数の文字列が浮かび上がった。リグレットは「理」を解析することでそこに書き込む。
破損した部分も修復し、更には魔法陣を織り込んで物理的に魔法的に強化する。
「アリア、この砦を第一の壁として利用するんだよね」
「ああ」
「自爆機能、付ける? 向こうに利用されると厄介だよ」
「……念のために付けておけ。使わないという選択肢もあるがな」
占拠された場合に自爆で砦を使えなくさせるという使い方もあるし、撤退時に自爆することで壁にすることも出来る。付けておいて損はないだろう。どうせ、起爆できるのはリグレットだけだ。それに最悪の場合はアリア自身が破壊することも出来る。
「魔法砲台、防壁、反射機構、切り札に巨大砲台も付けてみようかな」
「……生き生きしすぎだろ」
「いやー、ついね。これまで試せなかった魔法陣も試せるから、ちょっと興奮しちゃったよ」
「必要なのは防衛ってことを忘れるな」
「分かっているよ。ただ、巨大兵器はあるというだけで威圧感を与えるからね。防衛面でも悪くはないよ」
「威嚇なら私達だけでも充分じゃないか?」
「僕たちがいつでも助けられるとは限らない。自爆機能もあるわけだから、好きなだけ改造するつもりだよ」
可能な限り少数での防衛が理想的だ。
相手に神がいる以上、砦は突破されるモノだと思った方がいい。そして突破される際、配置した兵士を引き上げさせるために転移魔法陣も使うつもりだ。そして撤退の際は少数である方が良い。即座に撤退できるからだ。
そして少数で防衛するには、魔法道具に頼るしかない。
「だがリグレット。増やし過ぎても魔道具の運用が出来なくなるぞ。私達のように、無限の魔素を生み出せるわけじゃない」
「その辺りは考えていあるよ。僕自身が魔素を供給するよ。膨大な魔素を供給できる魔法陣を組み立てる。それで対処できると思うよ」
「……そんな研究もしていたのか」
「時間は無限にあったからね」
何でもないように魔法陣を組み立て、情報次元として書き込んでいるが、これは非常に高度なことだ。人族基準で言えば、三十世代は先を行っている超オーバーテクノロジーなのである。
「そうだ我が妻よ」
「どうしたリグレット改まって」
「敵の進軍ルートはどうなったのかと思ってね」
「クウにベリアルを借りて調べさせているのは分かっているだろ。まだ連絡はない」
剣の持ち主であるクウならばテレパシーで逐一確認できるが、アリアに情報を伝えようと思うと魔道具を使うしかない。光神シンにバレないよう、可能な限り通信は控えている。よほど重要な情報を手に入れた時か、緊急の時以外は使わないよう言い聞かせているのだ。
「そうかい」
するとリグレットは面白そうな笑みを浮かべた。
「それなら、あれも使ってみようか」
「何をする気だ……?」
「ちょっとクウに聞いたんだけど、衛星兵器ってのがあるらしくてね」
怪しげな笑みにアリアは苦笑するしかなかった。





