EP477 対策
人族との戦争。
その情報は魔族領で瞬く間に広がった。それはアリア、リグレット、ミレイナの三人がそれぞれの祖国へと向かい、即座に通達したからである。三人とも、祖国においてはかなりの立場だ。アリアは王だし、リグレットは女王レミリアの兄、ミレイナは竜人族首長シュラムの娘。その言葉は狂言として扱われることなく、真実として認識して貰えた。
念のために再建中の【砂漠の帝国】へは、アリアが魔王の書状を用意してミレイナに持たせていた。それも功を奏したのだろう。【砂漠の帝国】は魔族として戦力を供給する代わりに、リグレットという最強の国家再建最終兵器を手に入れたのだから。
「全く、僕の妻も人使いが荒いね」
リグレットは軽く背伸びしながら呟く。
超越者オロチとの戦闘で完全消滅した旧帝都の跡地は、リグレットの手によって完全に元通りとなった。過去の情報次元を参照しつつ、権能【理創具象】のコピーと錬成によって一気に修復したのだ。
本来ならば数十年単位となる復興も、僅か数分で完了してしまった。
首長たちも唖然である。
「……これは凄いな」
竜人族首長シュラムは大きな溜息を吐く。
綿密に計画していた復興計画が一瞬にして終わったのだから、その溜息も仕方がない。獅子獣人の首長アシュロス、狼獣人の首長エルディス、狐獣人の首長ローリア、猫獣人の首長ヴァイス、そしてレイヒムに代わって新しい蛇獣人の首長となったフリッターも同様だった。
リグレットは振り向き、六人の首長に話しかける。
「これで僕たち【レム・クリフィト】側の条件はクリアした。君たちは人族が攻めて来たとき、この【砂漠の帝国】守護に徹して欲しい。必要なら、砦なんかも用意するよ。武器や防具は魔法の装備を用意するつもりだから、こっちは少し待ってくれ」
「いや、充分だリグレット殿。だが、人族については我らも良くは知らない。何故戦争になるのだ?」
代表として答えたシュラムに同意する形で、アシュロスも質問する。
「人族が攻めてくるのは聞いた。だが、その理由はまだ分からん。何か悪いことでもあったのか?」
それは尤もな質問であり、リグレットもその質問は必ずされると思っていた。超越者や神についての真実をどこまで話すべきか迷うが、既に話すべきラインは決めてある。
アリアとの相談によって決めた境界に沿って、説明を始めた。
「【アドラー】のせいだよ。先日、僕たち【レム・クリフィト】がアドラーを滅ぼした。正確には魔王と四天王を倒したんだ。今は【アドラー】を占領する準備に入っている。だけど、千年前に【アドラー】が人族を攻めた事実は人族側に残っていたみたいでね。千年もの間、魔王討伐のため力を蓄えてきたらしい。【アドラー】が残したツケを僕たちが清算することになったのさ」
それはあまりにも理不尽な話だった。何の言われもない理由で戦争を吹っ掛けられたのである。これが戦い好きの獣人竜人族でなければ抗議の声が無数に挙がっていたことだろう。
首長たちはやりがいのある戦いに密かな喜びを感じているようにすら感じる。
「ある程度納得して貰えたところで、人族の戦力を語ろう。あれは光神シンという神を味方につけた。神を召喚し、戦力にしてしまった。有象無象の兵士ですら、神の加護で大きな力を得ているだろう。油断は禁物だよ。そこで―――」
リグレットが次の言葉を語ろうとしたところで、地上に大きな影が差した。そして巨大な竜翼を広げ、ミレイナが降りてくる。腰には見慣れない袋が取り付けられていた。
「ミレイナか」
「戻ったぞ父上、それにリグレット。資材は集めてきたぞ」
リグレットが復興を手伝っている間に、ミレイナは周辺を飛んで魔物を一掃していた。そして死体を丸ごとアイテム袋に収納してきたのである。
ちなみに資材はリグレットの「創造錬成」でも作成可能だが、魔物を減らすために魔物の死体を資材として利用することにした。魔物は瘴気を凝縮させた存在であり、それを滅ぼすことで浄化される。世界の浄化も兼ねているのだ。
これらの素材は【砂漠の帝国】および、破壊迷宮で手に入れた。
「ありがとうミレイナ。その素材はあとで物質変換するから、僕に全部渡してくれ。魔物素材は魔力も含みやすいから、魔法素材に変質させやすいんだ。助かるよ」
「うむ」
ミレイナは腰の袋を取り外し、リグレットに渡した。それをリグレットは受け取り、代わりに新しいアイテム袋を渡す。こちらは中身が入っていないものだ。
「じゃあ、ミレイナ。この袋もいっぱいになるまで頼むよ。次に僕が来るのは二日後だから、それまでに頼むね。無理だったら、それでもいいよ。狩り尽くしちゃう場合もあるからね」
「ふふん。私を舐めて貰っては困るのだぞ。そんなの一日で集めてやる。見ていろ!」
「いや、だから留守にするから見てはいられない―――ってもう行ったか?」
「娘が済まない」
遠くに消えていくミレイナを横目に、シュラムは頭を下げる。これは首長としてではなく、娘の父としての言葉だろう。どこか、言葉の裏に哀愁が見られた。
【レム・クリフィト】に娘を預かって貰っている身として、思うところがあったのだろう。獅子獣人アシュロスも男臭い笑みを浮かべながらシュラムの肩を軽くたたいた。
「強くていい娘だ。胸を張れよシュラム」
「あ、ああ。だがなぁ……」
この場にいる首長たちは、みな子持ちだ。獣人の子ということもあり、やんちゃな面も多い。ミレイナのようにお転婆な子を持つ気持ちがよく理解できた。
少しぐらい破目を外しても、相応の強さがあるならば許してもいいだろうと。
そんな彼らにリグレットは肩を竦めながらアドバイスした。
「もう子供じゃないんだろう? いつまでも過保護はいけないよ」
家族や仲間を大切にする獣人竜人は、ついつい過保護になってしまう。親の心は親になってみなければ分からず、子の内はついつい無茶をして力を求める。
シュラムたち首長も通った道だ。
しかし、リグレットの言うことも一理ある。ミレイナを含め、彼らの子は既に成人しているのだ。いつまでも過保護であることの方が良くない。
ただ、これから戦争ということもあり、少し過敏になっていたのだろう。
「リグレット殿の言う通りだ。儂の子も次の戦争には出す。あの内乱を経験したのだ。役に立つだろうと儂は思っているぞ」
「ふふ。私の里の子供たちは戦争を知らないものね。こういう経験も必要かしら」
ヴァイスに続いてローリアも微笑みながら返す。
シュラムも、アシュロスも、エルディスも、そして緊張気味だったフリッターも笑った。
(願わくば、こんな平和が続いて欲しいものだよ。僕も頑張らないとね)
リグレットは世界を調整する天使。
神というバランスブレイカーが出現した今、それを排除するのは天使の役割。真理の探究という自身の目的を達するため、天使となった。永久と力の権利を得た以上、義務は果たさなければならない。
その決意を改めて確認したのだった。
◆ ◆ ◆
アリアは魔王軍第三部隊、第六部隊と共に【アドラー】へと来ていた。理由はもぬけの殻となった【アドラー】を制圧するためである。ここを拠点に変え、人族との戦争に備えるのだ。
「躊躇うな。【アドラー】の魔人族は既に抜け殻。人形でしかない。全て殺せ!」
残酷な命令だが、第三部隊がメインとなって殺戮が行われる。【アドラー】の魔人は魂と体が適合しなかったことで、抜け殻の人形となってしまった存在だ。つまりは魔物やゴーレムと同じ扱いである。
しかし、その見た目は自分たちと同じ魔人。
ためらいを覚える者は少なくなかった。
(済まない。だが、これからほとんど同じ姿をした人族と戦争になる。殺し合いになるんだ。私は魔人を守るために天使となった。贔屓と言われようが、これだけは譲れない)
翼を広げたアリアは天から【アドラー】を見下ろす。そこには第三部隊の兵士たちが人形魔人を次々と屠っている様子があった。魂のない魔人は、ただ生きているだけの存在。故に抵抗もすることなく第三部隊の兵士に殺されていく。
部隊長ユージーンも部下に威を示すため、率先して殺戮の役を負っていた。
「皆、続け!」
隊長に与えられた魔道具、魔光銃ラグナログが火を噴く。無数のレーザーが魔人の心臓や頭部を穿ち、最小限の力で殲滅していた。針の穴を通すような攻撃である。彼からは冷静さが失われていないことが分かった。
結局のところ、戦争は相手を殺せなくては話にならない。
意思と意思のぶつかり合い。
意見の相違。
相容れない思想こそが戦争の始まり。もう話し合えないから戦争なのだ。躊躇ってはこちらが死ぬ。それを今の兵士は覚えなければならない。
アリアは心を鬼にして魔王らしく振舞った。
(神聖粒子はこの都市全体に散布した。全ての意思なき魔人も把握している。隠れている魔人は……悪いが強制転移させて貰うぞ。こちらも時間がないのだ許してくれ)
『北地区の制圧完了』
『東地区の制圧完了』
『南地区の制圧完了』
第六部隊の通信によって次々と情報が伝播される。既にほとんどが制圧され、残りは西地区と中央にある黒い城だけとなった。
それも時間の問題だろう。
『西地区の制圧完了』
これでも魔王軍は精鋭部隊だ。銃による殲滅力と、統制された部隊編成が、次々と占領する。抵抗のない【アドラー】など、瞬時に制圧可能なのだ。
残るは複雑な内部を持つ城のみ。
『第六部隊隊長リリス・アリリアスが報告しますわ。魔王城の制圧を完了いたしました。既に物資を運び込み、新たな基地として使用可能な状況へと変えております』
「ご苦労。追加物資搬入は後で第五部隊にも手伝わせよう。まずは医療施設の配置から取りかかれ」
『かしこまりましたわ』
これで【アドラー】の制圧は完了した。
アリアは掃討を続けるユージーンに通信を繋げる。
「聞いたな。これで制圧作戦は完了とする。第三部隊はこれより休息に入れ。第五部隊が到着し、この都市を要塞化する。その時に交代し、休暇を与える。部下にはそのように伝えろ」
『感謝します魔王アリア様。では、これより部隊の集合と点呼を行い、城で待機いたします』
「許可する」
【レム・クリフィト】にとって首都【クリフィト】まで攻められることは敗北を意味する。何故なら、相手には超越者である神がいるからだ。つまり、超越者と超越者の戦いとなり、その場にある都市は消滅することになるだろう。
つまり、確実に一度は光神シンの進軍を止め、天使と神獣の手によって倒さなければならない。
その壁の一つとして【アドラー】を利用するつもりだった。
アリアは【レム・クリフィト】を守るために幾つもの盾を作り上げる。それによって人族の数に対抗し、戦争に勝利するつもりだった。
(だが、ただ戦争に勝利するだけでは勝利とならない。光神シンが悪意の意思力を溜め込み、裏世界とエヴァンを繋げてしまっては困る。邪神カグラの降臨は最も避けなければならない事態だ……)
戦争はいつ始まるのか分からない。
魔族に対して宣戦布告してくれるのかもわからない。
情報はベリアルの潜入捜査にかかっていた。
(頼むぞベリアル。せめて人魔境界山脈の砦をこちらが制圧し、整備するまではな)
 





