EP472 言霊
クウは神速の居合切りを放った。光神シンは神剣・天霧鳴でそれを受け止める。だが、クウが使っているのは神刀・虚月。受け止めようとした神剣・天霧鳴はすり抜ける。
そして光神シンの胸部を背中から切り裂いた。
納刀と同時に、光神シンが真っ二つに引き裂かれる。
「あ?」
「はあああああああああああ!」
そして今度は縦に切り裂き、光神シンは四つに切断された。
霊力の差がある故に、通常の攻撃は弾かれてしまう。しかし、絶対切断の神刀・虚月は霊力を流した状態で斬った対象を強制的に切断させる。
「仕方ないな」
即座に再生した光神シンは左手で胸元にかけられた神器・八咫鏡を触る。
クウは神刀・虚月で斬りかかると、光神シンは神器・八咫鏡を光らせた。これで斬撃という情報次元を反射させようとしたのである。しかし、神刀・虚月は最高位神格の虚空神ゼノネイアが作成した神装である。中途半端な神が作った神器如きでは歯向かえない。
「はぁっ!」
「おや?」
光神シンはクウの攻撃で切り裂かれた。
そこで神剣・天霧鳴をクウに差し向ける。神の霊力で強化された身体能力は、熾天使級天使を遥かに凌駕する。クウの速さでは、光神シンの攻撃速度に追いつけないはずだった。
「消えろ」
「《熾神時間》!」
これは情報次元に作用する力ではなく、意思次元に作用する力。
意思力へと干渉し、認識時間を極限まで遅くする。これによって、相対的にクウは光速すら超えることが出来るのだ。世界と、その世界に存在する超越者さえも、認識時間は百万分の一となる。
つまり、クウは光速の数千倍の速さで動ける。
神である光神シンでさえもクウの動きを捉えることは出来ない。
「ぐああああああああ!?」
光神シンは全身を切り刻まれ、思わず叫んでしまった。
一方でクウは距離を取り、頭痛で表情をゆがませつつ息を整える。既にオメガとの戦いで何度も《熾神時間》を発動しており、クウの体感時間で一秒、つまりは百万分の一秒しか発動できなかった。
幾ら超音速で動けるとしても、たったの一秒では限りがある。
それに光神シンへと通じる攻撃は神刀・虚月のみ。《神象眼》《幻葬眼》《月界眼》もどこまで通用するのか怪しい。消滅エネルギーも霊力だけで抵抗される可能性すらある。
やはり確実に有用なのは《熾神時間》だけだ。
「なんだその動きは! お前は本当に天使なのか?」
「答えると思ったか?」
クウは《神象眼》を発動する。
そして全身を剣で貫かれているイメージを光神シンに認識させた。
「ぐ……鬱陶しい!」
瞬時に霊力で振り払われ、その圧で世界が軋む。空間に亀裂が走り、世界が壊れそうになった。
どうやら意思力ではクウが上回っているらしく、幻術は通用する。しかし、霊力の差で瞬時に振り払われてしまう。
この結果からクウは考察を重ねた。
(《神象眼》と《幻葬眼》は使える。後は《因果逆転》もいけそうだ)
即座に《神象眼》を使い、周囲を霧で包み込む。この霧は体に纏わりつき、五感を混乱させる。当然ながら光神シンは神剣・天霧鳴を振り、因果すら分解する。
あっという間に霧は晴れてしまった。
そこで今度は竜巻を引き起すも、光神シンは即座に分解する。
「だめか!」
「権能は封じたはずだが……どうやって解除したんだ? 気になる……な!」
神剣・天霧鳴を振り下ろすのを察知して、クウは《熾神時間》を発動する。時間の認識が狂い、相対時間が極限まで増大した。
百万分の一まで遅くなった世界で、クウは光神シンの首を刎ねる。
そして制限時間が経過し、相対時間が元の状態に同期した。
「消えろ!」
クウは消滅エネルギーを溜め込み、一気に放射する。赤黒い閃光が光神シンの首を吹き飛ばした。
しかし、身体の方が瞬時に再生を果たす。
「鬱陶しい。こちらが手加減しているからといい気になりやがって!」
神剣・天霧鳴でクウの霊力体を霧散させた。ただ切先を差し向けるだけで因子を分解する神剣の力は凄まじい。
心なしか、光神シンは苛々しているように見えた。
しかし、残念ながら霧散したのはクウが幻術で見せた光景に過ぎない。
本物は《熾神時間》で背後に回っていた。当然、既に光神シンを切り裂いており、神刀・虚月を納刀する。
絶対切断が発動して光神シンの神剣・天霧鳴が折れた。
幻術ではなく、今度こそ本当に。
(見えた……情報次元の底に存在する不壊の性質が!)
クウはその性質を切断することで、本来は壊れないはずの神装を破壊して見せた。因子を分解する神剣・天霧鳴は厄介だ。早々に壊してしまうに限る。
「何……?」
驚く光神シンは隙だらけだ。
そしてこの隙を狙っていたアリアが仕掛けた。既に神剣・天霧鳴で分解された霊力体を再生させ、権能で亜空間に隠れていたのである。
「《背理法》!」
アリアは指を鳴らす。
すると光神シンの左脇腹が神聖粒子となって消し飛んだ。アリアの意思力を世界へと侵食させ、アリアが肯定した現象は残る。そして否定した現象は神聖粒子となって分解される。
そんな世界侵食だ。
「む……相手があれではあまり《背理法》も効果が出ないか!」
「俺が前に出る。アリアは後衛から援護しろ!」
「分かった!」
クウは《熾神時間》を発動する。光速の数千倍という速度で光神シンを追いかける。光神シンは神器・天叢雲剣でクウを消し飛ばそうとするが、それを全て《熾神時間》で回避して逆に攻撃を加える。
如何に神だったとしても、《熾神時間》の力は絶大だ。
霊力など関係ない。
特性「意思干渉」によって世界とあらゆる超越者に時間の認識速度を遅延させるのだから。
「はあああああああ!」
「ちょこまかと!」
背後に現れたクウを神器・天叢雲剣で打ち払い、嵐を引き起こす。しかし既にクウは《熾神時間》で逃れており、嵐は《神象眼》を乗せた斬撃で引き裂かれる。
そしてアリアが《背理法》を発動し、光神シンの存在を現象として認識。その存在を否定することで神聖粒子へと分解する。ただし、霊力の差から神器・天叢雲剣を持つ右手を吹き飛ばすに留まった。
あまり効果がないことは分かっているので、効果を一部分に集中させたのである。
光神シンの厄介な点は、大量の神装だ。多種多様な神装によってクウは苦戦を強いられている。これを封じることは光神シンの戦力を削ぐことに繋がる。
「ちっ……面倒な」
光神シンは忌々しそうに右手を修復する。
しかし、その背後から復活したミレイナが迫っていた。
「食らうのだ!」
《深蝕竜顕》で三頭竜を顕現させていた。破滅と風化の力を波動として制御し、三つの頭部を持つ巨大なドラゴンの形へと変成させる。これが《深蝕竜顕》だ。
半透明の黒い波動がドラゴンの内部で蠢き、それをミレイナが操る。
三つの竜頭が口を大きく開き、破壊の波動を放った。
「愚かな。俺にこれがあるのを忘れたか!」
光神シンは胸元のペンダント……神器・八咫鏡へと触れる。それは輝きを増し、破滅の波動を放つブレス《深淵波哮》を跳ね返そうとした。
しかし、光神シンの真上に現れたクウは呆れたような口調で告げる。
「忘れる訳ないだろ。そんな厄介な神装をな!」
クウは《熾神時間》でミレイナがブレスを放つのと同時に光神シンの懐へと入り込み、神刀・虚月で神器・八咫鏡を透過させておいた。
納刀しつつそんなセリフを吐くクウに呼応して、神器・八咫鏡が割れる。
「なっ―――」
跳ね返す算段だった光神シンは破滅の咆哮《深淵波哮》を回避できず、まともに喰らってしまう。「無効化」「崩壊」「風化」の力で強制的に存在を破滅させる。光神シンも例外ではなく、波動が通り過ぎた時には霊力体が所々壊れていた。
傷口からは青白い粒子が立ち昇り、徐々に修復している。
普通の天使クラスだったら全身が消し飛んでいるところだが、流石は神。その潜在力によってある程度のダメージに抑えてみせたのである。
「鬱陶しい……次々と神装を壊しやがって……」
普通は壊れないはずの神装も、不壊の性質を切り裂くことで壊すことが出来る。虚空神ゼノネイアが与えた神装である虚月ならば、それが可能なのだ。
また、理を魔眼で観測できるクウだからこそ、神装の根源にある不壊の性質を破壊することが出来るので、誰でもできる所業ではない。
そしてこれはクウでもかなり消耗を強いられる戦い方だった
「はぁ……ぐっ……」
両目の六芒星が点滅し、魔眼の発動が曖昧になる。
霊力体も維持できず、左目の周囲に小さな罅が入っていた。罅は広がったり修復したりを繰り返すため、完全に消えることがない。意思力がかなり消耗している証である。
情報次元の根源にアクセスし続け、更に意思力を世界に侵食させる世界侵食《熾神時間》も連続発動している。
アリアも《背理法》で光神シンを攻撃し続けているが、神ゆえに神聖粒子への分解が追い付かず、いたちごっこのように再生されてしまう。ミレイナも権能【葬無三頭竜】で攻撃を試みるが、有効打にはなっていなかった。
「くーちゃん!」
「兄様!」
遠くまで飛ばされていたユナとリアも戻ってきて、まずはクウの側に移動した。二人はクウに回復系の術式をかける。
だが、クウのダメージは意思力の消耗によるもの。簡単には回復しない。
「二人とも……気を付けろよ。光神シンは想定以上に強い……」
「うん。分かってる。多分、私の攻撃じゃ歯が立たないよね」
「ユナ姉様は武器を創造して直接攻撃しますから……霊力の差で……」
「安心してリアちゃん。理解しているから無茶はしないよ」
それでもユナはギュッと両手を握りしめていた。自分の力が役に立たないことを理解し、その悔しさで思わず力が入っているのだろう。
直接攻撃がメインのユナは、光神シンを相手に有効なダメージを与えることが出来ない。
仮に世界侵食の力でもあれば別だったが、ユナに世界侵食は使えない。
悔しくて悔しくて仕方がなかった。
(だったらせめて……!)
ユナは神祖剣メルトリムノヴァを両手に持つ。
基本的に神装は壊れない。つまり、これを盾にすれば、クウを守ることが出来るかもしれない。そう思ったのである。
そしてリアは権能【位相律因果】を使い、早速アリアとミレイナを援護し始めた。
これによって回避できないはずの攻撃を回避することが出来る。
運命の操作により、偶然にも回避できた未来へと転移しているのだ。
(未来が……細い! なんて小さな未来!)
しかし、リアの《時間転移》も簡単ではない。神の潜在力は圧倒的だ。そして潜在力はそのまま身体能力として現れる。
今のところ、光神シンは世界を壊さないため、権能を最小限に留めている。
故に素手や即席神装での直接攻撃が主な戦い方だ。
それでも、アリアやミレイナが攻撃を躱したり、攻撃を当てたりする未来はか細い。膨大な未来の選択肢から最適を選び出し、「意思誘導」によって世界ごと引きずり込む。
「ぶっ飛ばすのだ!」
「否定する!」
ミレイナは小回りの利く《深蝕》を発動し、破壊の波動を秘めた竜爪で光神シンを攻撃する。リアのアシストもあり、少しずつ光神シンの霊力体を削っていた。当然、即座に再生されるが。
そしてアリアは世界侵食《背理法》を発動し、積極的に光神シンを攻撃する。流石は世界侵食ということもあり、世界全体に侵食した意思力が光神シンを攻撃することで大きなダメージを与えることが出来た。
超越者第二段階である世界侵食はそれだけ強力なのだ。
それこそ、一つ間違えれば世界を滅ぼすほどに。
「面倒な奴らだ」
光神シンは本心から嫌そうな表情を浮かべた。
神からすれば天使など大した存在ではない。しかし、こうして世界侵食まで使いこなす天使ともなれば、成り上がりの神である光神シンは苦戦してしまう。
特に、手加減を強いられている今は。
そこで光神シンは選択をした。
(まぁいい。多少、世界が壊れたところで俺が修復すればいい話だ)
手に入れる世界を壊さないため、光神シンは手加減をしていた。六神から表世界を奪い取ったとしても、壊れてしまっては意味がない。裏世界のように荒廃した世界となってはつまらない。
しかし、光神シンは天使たちが邪魔になった。
超越天使であるため、倒すのは少しばかり骨が折れる。
ならば、倒さずして無力化すれば良いのである。
「無力な天使諸君に一つだけ面白い話をしてあげよう。神の言葉は絶対だ。俺は天使から神へと……ッと危ないな。話は聞きたまえよ竜人の娘」
「煩いのだ!」
「耳を貸すなミレイナ!」
「まぁ、いいか。このまま、危ないね……話をさせてもらうよ」
光神シンは攻撃を受けながら話を続ける。
霊力を纏い、白い気で完全に防御体制へと移った。
そして一言、言葉を紡ぐ。
「言葉は力であり、言葉は意思だ。神の言霊は『世界の意思』に作用するんだよ。それこそ、神格を得た超越者の特性「神」。だから刮目しておけ」
光神シンは一度息を吸い込んでから告げた。
「光神シンが告げる。『世界よ。俺に従え』『世界よ。天使を排除せよ』」
ビシリッ! と世界に亀裂が走った。
遠くに合った人魔境界山脈の一部が弾け飛び、海底からマグマが噴き出る。全世界で大地震が発生し、大陸そのものにも幾つかの地割れが起こった。
海では大渦が巻き起こり、各地の岸辺は津波に襲われる。
そして、この惑星を周回していた小惑星が落下してくる。大気圏で摩擦熱による燃焼が始まり、幾つもの流星と隕石が空に見えた。
「これは……」
クウは急いで《幻葬眼》の用意をする。
しかしもう遅い。光神シンの言霊に世界は従ってしまった。
「うわっ!?」
ミレイナの背後で空間が壊れ、謎の黒い手が体に纏わりつく。そしてミレイナを壊れた空間の奥へと引きずり込んでしまった。その後、空間は元に戻ってしまう。
一瞬のことで声をかける暇すらなかった。
「何!」
そして次はアリアが引きずり込まれ、いつの間にかリアも黒い手で体を掴まれている。クウは《幻葬眼》を向けようとしたが、そのクウも背後から黒い手で掴まれ、引っ張られる。
「ユナ! リア!」
「兄様、私は大丈夫です。すぐに空間を飛び越え――」
「くーちゃん。私は無理だから探しに来―――」
「くそ。二人とも待ってろ!」
クウ、ユナ、リアは互いに手を伸ばしつつ、背後の空間に呑み込まれていったのだった。
一人残った光神シンは左手に神書・海淵現を取り出した。
「さて、修復術式を頼むよ」
神書・海淵現は自動的にパラパラとめくられ、因子を自動結合して目的の術式を自動生成する。これによって壊れかけた世界は徐々に修復され始めた。
勿論、世界を管理している六神も急いで修復しているのだろう。
物理世界を襲う大災害はどうにもならないが、『世界の情報』や『世界の意思』そのものが壊れることだけは防がれる。
そして神書・海淵現が発動した修復術式により、周囲で巻き起こっている大災害は収まりつつあった。
「ふぅ。まずはこんなものか。あとは……人族に降臨して力を示すとしようか。丁度、全世界で大災害が起こったんだ。俺が奇跡でも起こせば、あっという間に俺の言いなりだろうさ。天使どもは言霊で世界から排除したし、今頃は世界と世界の狭間を彷徨っているところか?」
光神シンは独り言を呟き、その場から消えたのだった。
人族の国、【ルメリオス王国】へと。
凄くいいところですが、これで『魔王の真臓編』は終わりです。
ひたすら超越者との戦いが長い章でしたね。途中で私も飽きそうになりました。死ににくい設定がこんなところで枷になるとは……
さて、世界の狭間に放り込まれた天使たちはどうなったのか。
消えたリグレットはどうなったのか。
そして光神シンの動きは?
明日からの『人魔大戦編』をお楽しみに





