EP467 総力戦㉘
無事に超越者オリヴィアを倒したミレイナは、息を整えていた。未完成ながら世界侵食を使ったのだ。怒りを起源として無理矢理発動したので、ミレイナの意思次元にも負担がかかっている。
激情は大きな力であると同時に、諸刃の剣でもあるのだから。
意思力は研ぎ澄まし、練り上げられることで強くなる。
一時の激しい波に任せるのは賢いやり方とは言えない。
「ミレイナさん」
「ああ、そろそろ大丈夫だ」
激情に身を任せた反動で、ミレイナは気怠さを覚えていた。霊力は魂から無限に湧き出るので即座に回復できるし、情報次元も意思力があれば再生できる。しかし意思力の回復は超越者でも時間が掛かる。
ミレイナは戦いに参加できないことで苛立ちを感じた。
「早く行くぞリア」
「はい。先程、リグレットさんから世界侵食空間に入る権限を頂きました。空間転移を使えば自由に出入りできるようです。行きましょう」
リグレットは世界侵食《消失鏡界》を使用しているため、通常の空間からは隔絶された世界にいる。
《消失鏡界》はリグレットが独自に作り出した迷宮世界だ。リグレットの意思力によって浸食されている特別空間であり、超越者でも空間転移で入ることは難しい。
しかし、リグレットはリアに《消失鏡界》へと入る権限を譲渡していたので、今のリアは《消失鏡界》を認識し、空間転移で侵入することが出来る。リグレットが世界侵食を発動させる寸前で札を飛ばし、リアに伝えておいた。
「中では魔王オメガと兄様たちが戦っておられるようです。急ぎましょう」
ダメージが殆どないリアは、早速とばかりに転移の術式を組み上げる。元は貴族令嬢の彼女も、随分と強くなった。今では超越者へと至り、権能を操るまでになったのだから。
”リア、私達も同行しますよ”
カルディア、ネメア、ハルシオンもリアの転移範囲へと入る。
そして二人と三体の超越者はその空間から消えたのだった。
◆ ◆ ◆
リグレットの《消失鏡界》へと無事に入ることの出来たリアたちは、早速とばかりに激しい戦闘を目にした。
アリアとオメガは武器を打ち合い、権能を撃ち合い、目にも留まらぬ速さで戦っている。これが世界侵食内部ではなく普通の空間ならば、激しい衝撃波で地形が変わっていたことだろう。
生憎、《消失鏡界》は上も下もない不思議な世界だ。
真っ白な世界に、白い大理石のような島が浮かび、数百枚の鏡が点在している。
壊れるものはほとんど何もない。
ただ、それを見るとすぐにリアたちは別の回廊へと飛ばされた。現在、六王との戦闘は別の回廊で行われている。そのため、リグレットがそちらへと移動させたのだ。
オメガを相手にするのはアリアとクウの二人である。
「消えよ。愚かな娘よ」
オメガは《魔神憑依》で黒紫の魔神を纏い、アリアを攻撃する。しかし、アリアは黒紫の魔神を氷結させてその攻撃を止める。
それでも魔神は概念で凍結された氷を砕き、アリアへと黒紫の巨大剣を振り下ろした。
「私に物理攻撃が通用すると思うなよ。吹き飛べ」
権能【神聖第五元素】を使って神聖粒子を凝縮し、現象へと変換する。爆破に指向性を与えた砲撃を《魔神憑依》したオメガに向かって放ったのだ。
概念攻撃となった破壊の砲撃は、オメガが憑依させた魔神を吹き飛ばす。纏っている半透明な巨大魔神が引き剥がされ、オメガは《黒き魔神の腕撃》でアリアに攻撃した。
「ぐ……」
凝縮した神聖粒子を使い切ってしまったので、受け切れずにアリアも吹き飛ばされる。しかし、すぐに転移でオメガの背後に回り込み、神槍インフェリクスで突き刺そうとした。オメガはそれを察知して大剣で受け止める。
アリアの戦い方は熟知しているので、殆ど勘で受け切ったのだ。
「巻き込まれろ!」
そこでアリアは神整粒子を散布してから収束し、極限まで圧縮した竜巻を発生させる。極細の竜巻内部は自然現象で起こり得ない風圧となっている。
それをオメガは無理矢理に引き裂いた。
「効かぬぞ!」
虚数次元から流れ込むエネルギーを利用し、力技で竜巻を消し去った。
そしてオメガは瞳を光らせる。
「その場で止まれ」
「っ!」
オメガの言葉通り、アリアは体が動かなくなった。情報次元が縛られたのである。
《誓う黒の魔眼》。
これは「魔神体」の中でも眼の部分を「顕現」し、更に「誓約」によって疑似的時間停止を行う術だ。代償は虚数次元から引き出した莫大すぎるエネルギーである。これによってアリアは動けなくなる。
オメガは大剣でアリアを突き刺した。
(ぐ……)
因果の力で情報次元を縛られている今、アリアは転移すら出来ない。アリアの権能は現象系であり、因果系の力を持つオメガは優位に立てる。
しかし、それをリグレットが助けた。
《消失鏡界》の管理空間にいるリグレットは、鏡でオメガの術式をコピーしてそのまま跳ね返す。つまり、オメガまで動きを止められてしまった。
(む……これは)
オメガが戸惑っている隙に、クウが動く。
《幻葬眼》によってアリアにかけられた拘束を幻術に変えた。つまり、無かったことにした。
「助かったぞクウ」
「俺もそろそろ回復した」
「なら、少し助けてもらうぞ。流石に私一人では簡単にいかないからな」
アリアはオメガから目を離すことなく下がり、クウの元に移動する。
世界侵食の反動から回復したクウの力を借りれば、オメガの討伐も楽になる。一人で超越者を滅ぼせる力を持っているのだから、頼りにならないはずがない。
クウも縦に頷いた。
「ああ、あいつの世界侵食はリグレットが抑えているし、六王は神獣たちとリアとミレイナが戦ってくれている。オメガが召喚した裏世界の超越者もユナとベリアルが封じてくれているからな。オメガを倒す一番のチャンスだ」
「ならばクウ。お前はあの術でオメガにトドメを刺せ。私が出来るだけ拘束する」
アリアもクウの《素戔嗚之太刀》が発動に時間のかかる術式であることを知っている。そして《素戔嗚之太刀》を発動中は、それ以外の術式を使うことが出来ない。
必然的に正面攻撃となり、超越者ならば簡単に回避できるということになる。
故に、当てるには足止めが必要になるのだ。
アリアはそれを買って出た。
こうして話し合っている間に、オメガも反射された《誓う黒の魔眼》から逃れる。
「我の力まで反射するか。この空間は厄介だな」
世界侵食には世界侵食で対抗しようと魔神アラストルを呼び寄せる。しかし、リグレットがこの迷宮世界を操ることで、魔神アラストルを足止めしていた。
この鏡の迷宮は幾つもの回廊によって形成されており、魔神アラストルを別の回廊へと飛ばしたのである。
クウやアリアがオメガと戦うのが第一回廊。
魔神アラストルを飛ばしたのが第二回廊。
更にはリア、ミレイナ、神獣と六王が戦う場所を第三回廊とした。これによって乱戦は避けられ、確実にオメガを葬ることが出来る。オメガは空間を超えるための術を持っておらず、この回廊を抜け出すためには《絶対誓約》を使わなければならない。
代償は虚数次元のエネルギーを使うとして、その隙をクウとアリアが与えてくれるはずもない。
「まずは俺がやる。アリアは隙を見て拘束術式をかけろ」
「いいだろう」
その返事を聞く前に、クウは指先をオメガに向けていた。そして気と魔素を圧縮し、銀魔術を使用する。《神象眼》で破壊の幻想を込められた《崩閃》は、オメガに殺到した。
しかし、オメガはそれを《魔神憑依》で防ぐ。
半透明で黒紫の巨大な魔神を身に纏う。それが《魔神憑依》だ。これは纏っているだけで防御となるので、《崩閃》程度ならば簡単に防げる。
だが、所詮《崩閃》は囮の攻撃。
気の爆発によって煙幕が張られた所で、クウは幻術を使っていた。世界すら騙す幻術は、クウの居場所を完全に誤魔化すことに成功する。更に「意思干渉」がオメガに働き、クウの存在が意識から外れてしまう。
「邪魔だあああああああ!」
オメガは《黒き魔神の腕撃》で黒紫の渦から巨大な腕を顕現させ、煙幕を振り払う。すると、アリアが《現界災禍》を発動させていた。
神聖粒子を固めて槍の形に凝縮する。これが突き刺さると、その対象はあらゆる厄災に晒される。
「はっ!」
小さな掛け声と共に、アリアは《現界災禍》を投げる。現象への変換で槍は光速へと達し、オメガに突き刺さるかと思えた。
だが、オメガは魔眼によって睨みつける。
《現界災禍》はオメガの《誓う黒の魔眼》で情報次元を縛られ、空間中で停止した。
更にオメガは《黒き魔神の墜脚》を発動する。黒紫の渦がアリアの頭上に出現して、勢いよく巨大な脚が落ちてくる。強力な踏みつけを防ぐため、アリアは現象変換で鋼鉄の壁を作り出し、盾とした。
ガガンッと激しい音がして、盾にした鋼鉄の壁に足跡が付けられる。
「く……重いな」
アリアは現象変換で鋼鉄の盾を柔軟にする。これによって硬度は下がったが、強靭さは上がった。しなやかに受け止める盾となったおかげで、オメガの攻撃を完全に防御したのだ。
そして、この隙にオメガから意識を外したクウが仕掛ける。
背後から迫ったクウは、神刀・虚月に《神象眼》を乗せてオメガへと突き立てた。《魔神憑依》を使っているオメガの防御すらも貫き、その心臓部を神刀・虚月が引き裂く。
「ぐああっ!」
《神象眼》による効果で催眠効果を与え、オメガに激痛をもたらした。超越者ならば痛覚すら消すことが出来る一方、クウは「意思干渉」で強制的に感覚を与えることも出来る。
これが意思次元を操るということだ。
オメガは魂を引き裂かれるような痛みを感じ、思わず動きが止まってしまう。
「アリア!」
「分かっている!」
再びアリアは《現界災禍》を発動した。世界の災いを個人へともたらす厄災の槍が投げ放たれ、痛みで呻くオメガへと突き刺さる。
この世の災いを詰め込んだ《現界災禍》がオメガの内部で炸裂した。
大火災が情報次元を焼き、暴風が内側から崩壊させ、雷が痺れさせ、地震が感覚を狂わせ、死を呼ぶ毒ガスが苦しめる。オメガは《魔神憑依》すら解いてしまった。
クウはその隙を逃さない。
「《素戔嗚之太刀》」
神刀・虚月を鞘に納め、居合の構えを取るクウ。
その背後には白銀に輝く巨大な意思力の刃が浮かんでいた。





