EP466 総力戦㉗
ラプラスに続き、オリヴィアの魂も滅んだ。
オメガは苦悶の表情を浮かべながらオリヴィアが消えていった場所を見つめる。自身の目的のために仲間とした魔人族の一人であり、決して駒ではなかった。超越者という同じ領域に立ち、同じ目的のために働く仲間に違いなかった。
そして同時に娘でもあったのだ。
ザドヘル、オリヴィア、ラプラスはオメガと同じ魔人族であると同時に、子孫でもある。
オメガが感じたのは喪失感に加えて悲しみ。
そして怒りだった。
「ラプラス、オリヴィア……お前たちの死は無駄にしない!」
オメガは《絶対誓約》を発動し、自身の天使翼を犠牲にする。天使翼を代償として手に入れたのは、虚数次元との接続である。
元々、ザドヘルが消滅するときに莫大な霊力が虚数次元へと吸収されたのをきっかけとして、虚数次元に穴をあけた。オメガは虚数次元との穴から無限のエネルギーを受け取り、準超越者となった六王を維持しているのだ。
ただし、虚数次元との接続は時間制限付きだった。
今回、ラプラスとオリヴィアが消滅したときに開いた虚数次元の穴を利用し、更に虚数次元との接続時間を延長する。
「残りは我だけとなった。だが、我だけでも出来ることはある」
オメガはその手に大剣を持ち、切先をアリアに向けた。
対するアリアは神槍インフェリクスをオメガに向けて告げる。
「これで本当に最後だ。お前には何もさせない」
アリアの願いは魔人族が本当の意味で自由になること。
邪神カグラと光神シンの手で運命を縛られた魔人族が自由となり、エヴァンに生きる民となることである。オメガは魔人族を邪神カグラと光神シンのために利用している。
だが、オメガは自身の創造主のために働いているに過ぎない。
自分が創造された意義を果たしているのだ。
同胞であり妻だった魔人アルファは滅ぼされた。アルファとの間に生まれた子孫の中から超越者に至る魔人も現れたが、全て滅びた。
互いの正義を胸に戦う戦争。
それもようやく最終局面へと移りつつあった。
「クウよ。お前はしばらく休んで回復しておけ」
「悪いなアリア。世界侵食の連続使用で疲れた。休ませて貰う」
「いやいや。君は超越者級の相手と八体同時に戦ったんだ。疲れたなんてレベルじゃないはずだよ。相変わらず規格外だね」
「今更だリグレット。そいつは私とも対等に戦うのだぞ?」
「僕は先輩として情けない気持ちだけどね」
アリアとリグレットはクウを庇う位置に移動した。
同時にファルバッサ、メロ、テスタが現れる。同時にファルバッサは《真・竜息吹》を放ち、光の法則を乗せた。光速に達したブレスは一瞬で通過し、グリフォンを消し飛ばす。
グリフォンの眷能【強欲魔神】は特性「精神支配」で強制的に配下を増やし、「生贄」によって対価とした配下に応じた力を発揮する。つまり、「生贄」で捧げた存在の情報次元を利用する術式を得意とするのだ。
故に配下がいない今のグリフォンは力を殆ど使えない雑魚同然。
防御の余地もなく一瞬で消された。
「おお、流石はドラゴンだね」
「感心している暇はないぞリグレット。私達はオメガを倒す」
「分かっているよ。《消失鏡界》」
リグレットは惜しみなく世界侵食を発動する。
独自に開発した迷宮創造の術式。それが《消失鏡界》だ。鏡属性が付与された回廊に閉じ込め、敵を消耗させる。あらゆる攻撃が鏡属性によって複製反射されるため、回廊を壊す行為は何百倍にもなって自分に跳ね返ってくるのだ。
閉じ込められたことに気付いたオメガはまず初めに魔神アラストルへと命じた。
「この空間を壊せ」
魔神アラストルには勝利の因果が組み込まれている。世界へと侵食したオメガの意思が、因果へと作用して魔神アラストルに勝利を与えるのだ。
当然、世界侵食《終焉の審判》で創造された魔神アラストルならば、リグレットが《消失鏡界》で創造した迷宮をも打ち破ることが出来る。理論上は。
「壊す? させないよ」
リグレットが指を鳴らすと、四枚の鏡が魔神アラストルを囲んだ。そして鏡は情報次元を映し取り、リグレットが空間に満たした意思力から顕現した。リグレットがコピーした魔神アラストルは彼の気色で瑠璃色に変質していた。
四体の魔神アラストルが。
そしてオメガの権能が作り出した化身たる魔神アラストルは鏡の迷宮を壊そうとする。一方で瑠璃色のコピー魔神アラストルは四体で囲みつつ、本物の魔神アラストルを攻撃した。
勝利の因果と勝利の因果が衝突する。
しかし、意思力はオメガの方が上だった。
元からオメガの方が意思力で勝っている上に、魔神アラストルという一点に意思力を集中しているのだ。迷宮という形で意思力を侵食させているリグレットでは勝てない。
「ダメだね。じゃあこれはどうかな?」
魔神アラストルを抑えることは出来ないと悟ったリグレットは、自身の武器である札を取り出す。掌に収まる程度の札はリグレットの権能【理創具象】で作り出されたもの。超越者の力そのものであり、複雑な術式が概念化して込められている。
リグレットが投げた札は捕縛系の呪印術式が込められている。
鏡属性によって瞬時にカードは複製され、数百、数千と増殖して魔神アラストルを包み込んだ。
「連結、呪縛陣」
リグレットが作成した札の良いところは、複数を同時に使用して重ねることで相乗的に効果を上乗せすることが出来る点だ。
数千もの札があれば、その呪縛性能は解呪困難なものとなる。
例え超越者だったとしてもだ。
しかし、流石は世界から勝利を約束された世界侵食、魔神アラストルだ。そんな呪縛でさえ、黒紫の剣で切り裂いてしまう。
「うん。やっぱりだめだね」
そう呟くリグレットの背後へと魔神アラストルが瞬時に移動した。そして勝利の因果によって防御不可能となった黒紫の剣が振るわれた。
オメガとの戦いで魔神アラストルの性質も分かっているため、リグレットは防御札ではなく転移札を使っての回避を選択する。しかし、魔神アラストルが転移の概念を切り裂いたので、リグレットは回避に失敗した。
天使翼と背中を切り裂かれたリグレットは苦痛の声を出す。
「く……」
だが、それで魔神アラストルが止まるはずもない。
続いて二の太刀を繰り出そうとした。
リグレットは即座に世界侵食《消失鏡界》を操り、鏡迷宮の管理空間へと逃れる。
一方、アリアとオメガは互いに武器を打ち合っていた。
「はあああああああああ!」
オメガは大剣を振り回しつつ、《黒き魔神の腕撃》でアリアを多方向から追撃する。権能【憤怒魔神】に宿る魔神の力は凄まじい。アリアは権能【神聖第五元素】で障壁を作るか、短距離転移で回避を強いられた。
結果として攻撃が緩み、上手くオメガを追い詰めることが出来ない。
単純な戦闘経験知で言えば、オメガはアリアの倍以上ある。
その上、虚数次元から莫大すぎるエネルギーを受け取って流用しているのだ。アリア一人では身に余る。クウのように規格外な世界侵食を使わない限りは。
(このタイミングで《背理法》を使うか? いや、味方もいるのだから、慌てる必要はない。残りはオメガと奴が操る六王のみ。リアたちの方も休憩したら、リグレットが迷宮内部に呼び込んでくれるはず。今は様子を見つつ、タイミングを見計らうべき)
アリアが神聖粒子を現象に変化させ、概念の鎖としてオメガを縛ろうとする。だが、オメガはそれを大剣で切り裂き、《黒き魔神の腕撃》で千切ってしまった。
反撃とばかりにオメガは黒い気を大剣に纏わせ、斬撃として放つ。空間を飲み込むような気の攻撃は超越者の基本。アリアも気を以て迎え撃つ。
「穿て!」
そう叫びつつ、神槍インフェリクスへと気を纏わせて突きを放った。一点に集中された気に神聖粒子が収束し、ベクトル操作によって突きの威力を極限まで増幅する。
莫大な気がぶつかりあい、空間を震わせる。
だが、ここで勝ったのは当然の如くアリアだった。
何故なら今戦っている場所はリグレットが《消失鏡界》で作り出した世界侵食の世界。当然ながらリグレット、及びアリアにとって有利な方向へと世界が働く。
「な……これは!」
鏡属性の複製によってオメガの斬撃はコピーされた。気こそリグレットの意思力によって捻出された瑠璃色の気だが、そっくりそのままオメガが繰り出した斬撃である。
それが黒い斬撃と相殺するように放たれた。
更にはアリアの放った突きも複製増殖され、オメガを攻撃する。
鏡の迷宮《消失鏡界》では、敵の攻撃は何百倍にもなって自分に跳ね返ってくる。そして味方の攻撃は幾らでも増殖させることが出来る。リグレットの意のままに操れるのだ。
単独でも充分に強い《消失鏡界》は、味方がいてこそ真価を発揮する。この術式はサポート向きなのだから。
「ククク……リグレットも仕事してくれているようだな。お蔭であちらも上手くいっているようだ」
アリアが目を向けたのはファルバッサ、メロ、テスタと六王の戦いである。こちらは神獣三体で準超越者六体を相手にしているため、数の上では不利だ。しかし、リグレットがサポートすることで充分に戦うことが出来ていた。
ファルバッサがブレスを放つと、宙に浮かぶ鏡がそれを複製して乱射する。数百もの《真・竜息吹》が放たれるのだ。しかもこれには光の法則が付与されている。リグレットはそれを知っているからか、ブレスの放射先に概念で作り出した鏡を置くことで、ブレスを反射せることに成功した。
乱反射する《真・竜息吹》が的確に六王を攻撃する。
天才と称されるリグレットだからこそ出来る離れ業だ。
”ふむ。リグレットもやるではないか。《乱反射竜息吹》でも名付けるとしよう”
《乱反射竜息吹》は光の法則が付与されたブレスだ。当然、その速さは光速であり、回避など出来ない。更にはファルバッサが一度放つだけで自動的に複製され、リグレットの精密な操作によって乱反射させられる。
六王は回避など出来ない。
”全く。ファルバッサに敵を取られてしまいますね”
”カッカッカ。儂らも後れを取るわけにはいかんの。ファルの奴に続くぞテスタ”
”分かっていますよメロ”
眷能【怠惰魔神】を持つインペリアル・アントは特性「吸収」「蓄積」「完全耐性」によってファルバッサの猛攻にも耐えることが出来ていた。
この女王蟻にとって、攻撃は回避するものではなく耐えるものである。
攻撃時のエネルギーを「吸収」して「蓄積」し、己の力に変えるのだ。特殊な攻撃も「完全耐性」があれば問題なく耐えることが出来る。
”妾には効かぬぞ無礼者め!”
無理矢理ブレスを受け切ったインペリアル・アントは、ファルバッサに向かって接近する。そして前足の鎌に毒々しい緑の気を乗せ、吸収してきたエネルギーを込めて切り裂こうとする。
それを助けるべく、テスタが権能【天象星道宮】で足止めした。概念的ベクトルを操ってインペリアル・アントをその場に留めたのである。
”邪魔だぞ。妾に逆らうか!”
直接攻撃を諦めたインペリアル・アントは、気を乗せて斬撃を放つ。蓄積してきたエネルギーを全て込めた斬撃は、そのエネルギー密度ゆえに空間すら崩壊させる威力となっている。
だが、インペリアル・アントが斬撃を放つ瞬間、その眼の前に鏡が六枚出現した。
インペリアル・アントが放とうとしている斬撃がコピーされ、複製されて跳ね返される。
”なぁっ――――”
自分の攻撃によってインペリアル・アントは霊力体が爆散した。
耐久力の高いインペリアル・アントでも、自分の放つ最高の攻撃を六倍にされたら敵わなかったらしい。
”私もそろそろ本気でやりましょう。《星天夜結界》”
”じゃな。来い、儂の下僕どもよ”
テスタを中心にして異空間が広がる。
それは満天の星空であり、その星一つ一つがテスタの制御下にある。星空を操るテスタは、展開した天球の星々から光線を放つ。無数の光がリグレットの力で複製され、更に空間を埋めて尽くしていく。
メロが生み出した瘴魔も増殖して六王を取り囲む。
”所詮は魂無き眷属。負ければ恥であろうよ”
”ファルの言う通りじゃな。油断するでないぞ”
”一番油断しやすいのはあなたですよメロ。ですが、気を引き締めましょう”
神獣三体と六王との戦闘が本格的に始まった。
 





