EP464 総力戦㉕
ミレイナが《深蝕》で形成した竜の頭部がブレスを吐く。それはミレイナの権能そのものを込めた吐息であり、あらゆる物質を瞬時に滅ぼす。
オリヴィアが世界侵食《冥府顕在》で作り出したデス・ユニバースの情報次元を消し飛ばしていく。特性「崩壊」や「風化」は情報次元を侵食する。クウの消滅エネルギーと異なり、これらの力は「波動」で透過するのだ。
つまり、貫通力は最大級なのである。
「っ!?」
異変に気付いたオリヴィアは反射的に回避する。
「く……」
「甘いのだぞ!」
超越者ならば正面攻撃を回避することなど容易い。しかし、それを囮にした攻撃ならばあたる。ミレイナは既にオリヴィアの左側へと回り込んでおり、《深蝕》による滅びの竜を模った爪を振るう。
深紅に閃く雷の形状に変質した気がオリヴィアを切り裂いた。
「《赫蝕竜爪》」
滅びの力を纏った一撃。
それはオリヴィアの情報次元を滅ぼした。しかし超越者は、意思力によって自身の固有情報次元を復活させることが出来る。だが、「崩壊」と「風化」の「波動」がオリヴィアの傷口を侵食し、更に「無効化」の力が回復力を阻害する。そのためオリヴィアは再生に気を取られてしまった。
天翼蛇カルディアが術をかける。
”捕らえましたよ”
時間を循環させることで、その檻に情報次元を閉じ込める。《時間点消滅》が発動した。オリヴィアの両足に円環が生じる。
カルディアは両足の情報次元を捕らえ、それを喰らう。
時を喰らう蛇、カルディアによって情報次元を喰われると、その部分は再生できなくなる。時を奪われたことで情報次元の変化も奪われた。意思力によってでも回復は難しい。
「そんな程度で私が止まるかああああああああ!」
なりふり構っていられないと言った様子でオリヴィアが叫ぶ。そして《英霊屍装》を使い、死者の情報次元を宿す。これによって強制的に両足を復活させた。
複数の死霊による情報次元を組み合わせ強靭な足を作り出した。魔人をはるかに超える頑丈さを持った生命を元にしているのだ。それを超越者オリヴィアが概念化したのだから、元の足よりも強くなって当然と言えるだろう。
「宿れ、アジ・ダハーカ!」
龍刀を顕現させ、その力を放つ。
眷能【霊瘴喰】による千の魔術が発動し、あらゆる属性の攻撃が斬撃に沿って現れる。それは広範囲を殲滅しつつミレイナとカルディアを襲った。
”む、拙いですね。ミレイナさん”
「ああ!」
カルディアは空間遮断で攻撃を防ごうかとも思ったが、千の魔術には空間に作用する属性もある。当然ながら、概念攻撃化した千の魔術を防ぐには防御力が足りない。
そこでミレイナが「崩壊」の力を張り巡らせ、「波動」で散布した。「波動」による破壊の結界が、あらゆる魔術を壊す。情報次元を壊す力なので、概念攻撃である千の魔術にも有効だ。
「く……数が多いのだ」
オリヴィアはたった一度だけ龍刀を振り下ろしたわけではない。何度も何度も龍刀を振るっている。その度に千の魔術がミレイナとカルディアに襲いかかった。
そこで九尾の姿となったネメアが死毒を溜め込む。
”《九重・冥王の死宝》”
九本の尾に情報次元を殺す毒を凝縮させた。それは不気味な色の宝玉となり、禍々しい雰囲気を放つ。そして九つの毒宝玉が勢いよくオリヴィアに殺到した。
しかしオリヴィアは《冥府顕在》による大量の死霊顕現を使い、盾とした。
”リア! やり!”
「分かりました!」
ネメアの呼びかけに従い、リアの《熾天白焔》が発動する。瘴気のようなものに対して特攻とも言える「聖炎」は、瞬時にデス・ユニバースを浄化した。
そしてリアの攻撃は止まらない。
「《時間停止》」
これによってオリヴィアの動きが止められる。時間停止の本質とは情報次元変化の停止だ。リアは停止する情報次元を選別し、《九重・冥王の死宝》は止めることなく、オリヴィアだけを停止させた。
死毒が凝縮した九つの宝玉が炸裂する。
情報次元を殺す毒素が侵食し、オリヴィアの霊力体を分解した。
同時に《時間停止》が解除される。
「ぐぅ……ああああああああ! はぁ……はぁ……」
オリヴィアは即座に復活し、意思力によって霊力体を再構築した。魂の根底である意思次元が壊されない限り、情報次元は無限に再生できる。物質という制限から解放され、世界から超越した存在。
個にして世界に匹敵する超越者の力はこの程度で途絶えない。
「消えて堪るものですか!」
何度も霊力体を消滅させられているオリヴィアには限界が近づいている。それはオリヴィア自身がよく理解していた。超越者五体が相手という圧倒的に不利な戦い。
しかし、魔王オメガが来るまで耐え続ければ勝機はあるのだ。
その希望を信じてオリヴィアは諦めなかった。
超越者の力は意思力。
信じて疑わない強い意志があれば、それはそのまま力となる。
「諦めの悪いやつなのだ」
「クウ兄様が耐えている間にこちらの戦いを終わらせます」
「やるぞリア」
「任せてくださいミレイナさん」
ミレイナは《天竜化》によって「竜」の情報次元を活性化させ、竜人を越えた力を導き出す。竜翼を羽ばたかせたミレイナは、瞬時にオリヴィアの前へと移動した。
そして正面から竜爪を振るう。
深紅の気で形成された鋭い爪がオリヴィアを切り裂こうとした。
当然ながらオリヴィアは回避する。
「甘いですよ」
ここでリアが《時間転移》を使った。リアの権能【位相律因果】の力である。クウの「意思干渉」にも匹敵する「意思誘導」によって、未来を選択することが出来る。
時と空間を支配することで未来を予測し、「意思誘導」によって望む未来へと導く。
運命すらも操る権能だ。
これによってオリヴィアが回避に失敗する未来へと時間転移することなど容易い。
「ぐっ」
「遅い!」
ミレイナはピッタリとオリヴィアに張り付き、《深蝕》で連続攻撃を繰り出す。本来なら正面攻撃など簡単に回避できてしまう超越者も、リアのサポートがあってはその限りでない。
滅びを纏った黒い竜が具現してオリヴィアを噛み千切る。
ミレイナに纏わりつこうとする大量のデス・ユニバースは、更に二つの黒い竜頭が具現してブレスを吐き、それによって消え去る。
滅びのブレスはデス・ユニバースの情報次元を消し飛ばす。
無限の再生能力を獲得したデス・ユニバースでも、情報次元が崩壊すれば復活できない。
ミレイナの《深蝕》は滅びそのものを「波動」として制御し、「竜」の形として顕現させることで力を操る。触れるだけで消滅が訪れるのだ。
ミレイナの権能【葬無三頭竜】は仲間や自分自身も問答無用で滅ぼしてしまう。「波動」という形で上手く制御しなければならない。
しかし、今はリアの《時間転移》によって確率が操作されている。
ミレイナにとって有利な未来が常に待っている。
故にミレイナは安心して能力を解放できた。
「遅いぞ」
ミレイナが《深蝕》を伴って爪を振るうたびに、破壊の波動が飛び散る。それはリアの《時間転移》によって制御され、オリヴィアにだけ被害を与える。
オリヴィアは上手く死霊を盾にしつつ、時間稼ぎのため回避に徹していた。
「ちっ! 消えなさい!」
「《深淵波哮》!」
オリヴィアは龍刀を振り下ろし、千の魔術でミレイナを吹き飛ばそうとする。そしてミレイナは三つの竜頭を顕現させ、そこから放つ強力なブレス《深淵波哮》で迎撃した。
破滅の波動である《深淵波哮》は情報次元を完全に吹き飛ばす。
クウの消滅エネルギーと似た力ではあるが、貫通力はこちらが上である。
消滅エネルギーは情報次元を消すと同時に消費される。
しかしミレイナの使う破壊の波動は、貫通する波動に触れることで情報次元が「崩壊」する。そして「風化」で崩れ去る。
この貫通力の前にはデス・ユニバースの盾など盾にならない。
そして龍刀から放たれる千の魔術すら壊す。
「はあああああああああああああ!」
「ああああああああああああああ!」
しかし互いに超越者の力。
ミレイナは自らと種族の誇りをかけて。
オリヴィアは敬愛する魔王のために。
滅びの波動と千の魔術がぶつかり合い、拮抗する。
「ミレイナさん!」
リアが権能【位相律因果】で助けようとする。
「次元支配」と「時間支配」で未来を観測し、その選択肢から最適な未来へと転移しようと試みた。しかし、感じ取った未来にリアは驚く。
(これは……!)
そしてリアは霊力を鎮め、権能を使うことなく行く先を見つめる。
いや、既に知っている未来を見守るのだ。
「あああああ! うあああああああああああああああ!」
ミレイナは霊力と意思力を極限まで込める。
普段は体に留めている《深蝕》をさらに具現させる。強過ぎる崩壊の力で世界を壊しかねない《深蝕》は、ミレイナが波動を霊力体に留めることで制御している。
今、オリヴィアを倒すことに意思力を注ぎ込んだミレイナはリミッターを外した。
「く……力を貸せアジ・ダハーカ」
「私の意思に応えろ、【葬無三頭竜】!」
龍刀を振るい続けるオリヴィアを押し返す破滅の波動。それはどんどん強くなった。
ミレイナが纏っていた波動は徐々に膨れ上がり、巨大な竜の姿へと変わる。
背中から莫大な波動が噴き出て形を成し、空を覆う翼となった。更に鋭い爪、絶対の竜鱗、鞭のような尾が次々と形成される。一つの形が出来上がる。
「世界を食いつぶすのだ! 《深蝕竜顕》!」
声なき咆哮が世界に響いた。
オリヴィアのアジ・ダハーカにも匹敵する巨大な竜。三つの首を持ち、『世界の情報』すら滅ぼす波動を内に秘めている。
半透明の黒い波動が形を成し、竜の姿に変化した。
《深蝕》の力を抑え込むことなく、本来の形にしたもの。それが《深蝕竜顕》だった。
空に羽ばたく巨大なドラゴン。その胸の部分にミレイナは埋まっていた。
三つの頭を持ち、その閉じられた牙の隙間からは滅びが漏れ出ている。常に『世界の情報』が破壊され、『世界の意志』は即座に修復する。
「それがどうしたというの! アジ・ダハーカ!」
オリヴィアはミレイナに対抗してアジ・ダハーカを顕現した。情報次元に霊力を注ぎ込み、三つの頭部を持つ呪いの龍を完成させる。オリヴィアは中央の頭部に乗った。
そして命じる。
「薙ぎ払いなさい。《瘴厄吐息》」
同じくミレイナも命じた。
「滅ぼせ。《深淵波哮》」
毒のように情報次元を解かす瘴気の力。
問答無用で情報次元を滅ぼす破壊の力。
二つがぶつかればタダで済まない。
そこでリアとカルディアは空間そのものを切り取った。まずカルディアが権能【円環時空律】で時間を循環させ、空間そのものを時の檻で覆う。そこにリアが権能【位相律因果】で運命の操作を行った。
リアとカルディアによる意思の監獄が出来上がり、破壊の力は外に漏れることがない。
”リア、時を凍結させました。貴女は滅びから世界を守る運命を作り上げるのです”
「はい……《時間転移》!」
時の牢獄が完成し、それはミレイナとオリヴィア、そして顕現した二体の邪龍を包み込んだ。世界から隔絶された、時の循環が作り出す檻の中でドラゴンが向かい合う。
三つの竜頭が口を開き、莫大な霊力が集まる。
ミレイナの《深蝕竜顕》は破滅の波動を。
オリヴィアのアジ・ダハーカはあらゆる世界で邪龍と呼ばれた存在が保有する濃密な瘴気を。
二つの……いや、六つのブレスがぶつかり、隔離世界が黒く染まった。
◆ ◆ ◆
「馬鹿な……こんな世界侵食があって……いいのですか……」
「そうだ。これが魔王アリア・セイレムの力だ」
アリアは天使翼を広げて宙に浮かび、『人形師』ラプラスの首を掴んで持ち上げていた。既にボロボロのラプラスは右足が消えている。更にその付け根からは粒子が散っており、崩壊は続いている。
これは超越者の魂が完全消滅する直前の現象だった。
「世界侵食《背理法》。私はこの力を使っている時に限り、現象、因果、法則の全てを掌握する。私に逆らうあらゆる力を無に帰す。滅びなどという生ぬるいものではないぞ」
あらゆる現象、法則、更には因果の力すら神聖粒子に変換してしまう。
それが理を排する力、《背理法》。
「滅びろ。今がお前の死だ」
「―――ぁ」
意思力が尽き果て、意思次元が壊れる。
それはつまり魂の根底が崩壊したことを意味する。
超越者の死。
魂の完全なる死だ。
それを構成する要素は壊れ果て、虚無に還る。
「この戦いは私達が勝つ。私が守ると誓った世界に手出しはさせない」
アリアはラプラスを握り潰す。
すると、死を迎えたラプラスは粒子となって飛散した。
しれっとラプラスを倒しました
 





