EP462 総力戦㉓
《黒死結界》の中で妖精シャヌと戦うユナとベリアルは、かなり戦いを有利に進めていた。
ユナは陽属性を付与した武装を連続で射出し、シャヌに反撃の隙を与えない。数億の矢が降り注ぐ《尽灼射滅》が何度もシャヌを貫いた。
”う~。痛い痛い~”
シャヌは種族特性「幻惑」を使いながら攻撃を避けようと試みる。だが。ユナの攻撃は避ける隙間がないほどの広範囲攻撃だ。「幻惑」の力も意味をなさない。
超越神種妖精シャヌの権能【刺枝叛葉樹】は植物を操ることが主な力だ。そしてユナの力は炎熱に関係している。当然ながら相性は悪い。
ここで概念を覆すほどの意思力があれば、絶対に燃えない植物を生み出すことも出来る。しかし、遊び心で戦っている妖精の彼女には、それほど強い意志力がなかった。
「まだまだいくよ!」
ユナは陽属性の矢を射出するだけでなく、プラズマの雨を降らせる。雷速で降り注ぐプラズマの雨、そして陽属性の矢、これらが天地二方向から襲いかかり、いわゆる十字砲火を完成させた。
逃げ場が本当になくなったシャヌは、あっという間に霊力体を燃やし尽くされる。
すぐに再生したが、その瞬間には再び燃やし尽くされた。
”うぅ~。もう!”
子供のように癇癪を起こしたシャヌは、権能【刺枝叛葉樹】を使って頑丈な繭を作り出す。特性「植物」に「無効化」を付与することで、炎熱を完全無効化した。
更に繭を突き破って鋭い枝が伸び、ユナを貫こうとする。
今度はベリアルが飛び出して、魔神剣ベリアルで枝を斬り払った。
そして死の瘴気が枝を逆侵食し、繭を殺し尽くそうとする。だが、瘴気が繭に触れる寸前、繭は枝ごと霞のように消えてしまった。空気に溶けるようなこの消え方はユナにもベリアルにも覚えがある。
「幻覚だね!」
ユナがそう言いながら右斜め上を神魔刀・緋那汰で斬り払う。
すると、いつの間にか迫っていた枝が焼失した。神魔刀に宿らせた陽属性の力で不可視の炎熱が周囲を蹂躙し、特性「幻惑」で隠れていたシャヌを炙り出す。
”キャハハハハハ! あれあれ? 見つかった!”
「余所見していいのかしら?」
”かいひー! アハハハハハハハ!”
ベリアルが音速を超えた矢を飛ばすも、簡単に避ける。見た目は幼い子供のようだが、やはりシャヌも超越者だ。一筋縄ではいかない。
今のところ、相性の良さから何度か霊力体を滅ぼすことに成功している。ただ、超越者は数十回ほど滅ぼしたからと言って消滅する相手ではない。相手の心を折るほどの力を見せつけ、生きるという意思力を圧し折ることが必要なのだ。
その点、シャヌは戦いを遊びと勘違いしている。
負けることも遊びの醍醐味。
シャヌにとって、霊力体が破壊されることも苦痛ではない。
”的当てゲーム! 《ヤドリギの矢》”
シャヌが手を翳すと、切先が鋭く尖った枝葉の矢が形成される。矢と呼ぶには少々雑なつくりだが、特性「無効化」と「貫通」により、凄まじい攻撃力を秘めているのだ。
「厄介ね。ユナはどうするつもりかしら?」
「うーん……くーちゃんなら超越者を一人でも消滅させることが出来るけど、私じゃ無理かな? あの妖精の力は大したことないけど、簡単には倒れてくれないみたいだよ」
「私もマスターから霊力が送られてこないから、全力戦闘をするわけにはいかないわ」
「多分、くーちゃんもオメガと準超越化した六王を相手にしてるから、ベリアルちゃんに霊力を回す余裕がないんだと思うよ」
ベリアルは本体である魔神剣ベリアルを通して、クウから霊力を送られている。その霊力によって死の瘴気を作り出し、精霊体としての姿を模っているのだ。
今、クウは真の力を取り戻したオメガ、そして世界侵食で顕現している魔神アラストル、準超越化した六王を同時に相手取っている。そのためには霊力をベリアルへと割いている余裕はない。
「くーちゃんに比べたら私たちの戦いなんて大したことないんだけどねー」
「ふふ。マスターは格が違うわ。短期間で己の権能を理解しているのよ? まだ発展途上のユナに敵うはずもないわ」
「私も世界侵食使いたいなー」
残念ながら世界侵食は簡単ではない。
超越者としての第二段階という位置づけなのだ。ある意味、二度目の覚醒と言える。意思力を世界にまで侵食させ、その権能を以て世界を支配する。世界そのものを味方としてしまう秘術だ。
意思力を侵食させるほどの強大な意思、そして権能を深く理解していること、この二つが絶対の条件と言える。まだ超越化して浅いユナには無理な話だった。
簡単に世界侵食を開発したクウは異常なのである。理解するという才能における化け物なのだから。
「ふふ。打つ手なしかしら?」
「そんなことないもんね。私だってやればできる子なんだよ!」
笑みを浮かべながら煽るベリアルに対し、ユナは自信ありげに答える。
そしてユナは権能【聖装潔陽光】に意識を向け、特性「武器庫」からとある武装を「顕現」させる。それは揺らめく黄金の影であり、少しずつシルエットをハッキリさせていく。
「召喚、神祖剣メルトリムノヴァ」
現れたのは黄金の輝きを見せる一振りの長剣だった。神輝聖金という特殊な金属を鍛えて作り上げた神剣であり、リグレットが作った作品である。
これはクウが魔神剣ベリアルの作成を依頼した際、報酬として渡した神剣イノセンティアを加工して作り上げたものだ。リグレットの権能とユナの権能によって神剣としての力が強化され、ユナの専用武装として生まれ変わった。
新たなる銘こそ、神祖剣メルトリムノヴァ。
「さ、私の新しい武器をお披露目だよ!」
ユナは《臨界恒星炉》と《緋の羽衣》を同時に使い、身体能力を極限まで上昇させる。霊力で強化する他、《臨界恒星炉》は情報次元を直接強化することで身体技能を上昇させる。そして《緋の羽衣》は太陽を纏う防御の力だ。
ユナは攻撃に特化した能力であるため、この術で防御を補うのである。
”来て来て来て! 大樹のお化けさん!”
一方、ユナが神祖剣メルトリムノヴァを召喚している間に、シャヌも新しい術式を用意していた。権能【刺枝叛葉樹】で天を衝くような大樹を出現させた。エルフの都市にある大樹ユグドラシルを軽く超えるような大きさであり、無限の広さを持つ《黒死結界》の中ですら、その雄大さを感じ取ることが出来る。
その高さは十キロを超えているだろう。
勿論、この大樹は出現して終わりではない。
まずは太い枝が鞭のようにしなり、ユナに襲いかかった。
「効かないよ」
だが、ユナは冷静に神祖剣メルトリムノヴァをの振るう。その刀身に陽属性の力を宿らせ、ただ一閃を振るってみせた。
すると、迫る枝はその一振りで細切れとなり、瞬時に燃え尽きる。
続いて大量の葉が特性「貫通」を帯びて手裏剣のように襲いかかってきた。何億という葉が刃となって襲いかかってくるのはある意味で壮観である。しかし、眺めていてはその攻撃で蹂躙されるだろう。
当然ベリアルにも葉は襲いかかろうとしており、死の瘴気で盾を作っている。
しかしユナは神祖剣メルトリムノヴァを一度だけ振るった。
「邪魔だね」
すると、億を超える全ての葉がたったの一度で切り裂かれ、瞬時に燃え尽きる。
「変形、刀」
ユナが呟くと、神祖剣メルトリムノヴァは長剣から刀へと形を変えた。粒子が飛散して凝縮し、鋭い光を放つ刀が現れる。同時に出現した鞘に神祖剣メルトリムノヴァを納め、居合の構えをした。
狙うは化け物のように蠢く巨大な樹木。
天を覆い尽くすほど枝葉を茂らせた植物の化け物だ。
「ふっ……」
短く息を吐いて抜刀。
そして納刀。
超越者の動体視力でも捕らえることが難しい神速の抜刀術。
その一振りで化け物の大樹は動きを止めた。
”え? あれ? んん~?”
不思議に思ったシャヌは大樹を眺めつつ首を傾げる。
すると、大樹はサイコロ状になってボロボロと崩れ始めた。ユナは今の一撃で天を衝き、天を覆うような大樹をバラバラに切り裂いてしまったのである。
そして崩れていく大樹の欠片は、陽属性の力を受けて瞬時に燃え尽きる。
大樹に付与されていた「無効化」の力すら突破し、灰すら残さず情報次元ごと焼いてしまった。
”む~。じゃあ、これはどうかな? キャハハ”
シャヌは不気味な植物を生み出した。食虫植物のようだが、その口とも称すべき部分には鋭い牙が無数に並んでいる。そして自発的にウネウネと蠢き、獲物を探しているかのような仕草をしていた。
人食いの花を持つ化け物である。
それが何百と出現してユナとベリアルに襲いかかった。
「面倒ね」
ベリアルは弓を構え、《アルテミスの矢》を発動させようとする。これは因果の確定によって、必中の力を得た一撃だ。ベリアルが敵と定めた対象全てを仕留める。千の対象があれば、矢は千に分裂して放たれるのだ。
たとえ百を超える食人植物が相手でも問題ない。
しかし、それをユナは止めた。
「待ってベリアルちゃん。私がやるよ」
「あら、そう?」
「うん。《天照之太刀》」
灼熱の太陽が神祖剣メルトリムノヴァに宿る。
陽属性に宿る特性「恒星」「神聖」「力場」が巨大な刀身となり、一直線上を焼き切る。情報次元すら燃やすユナの《天照之太刀》だ。
風を切り裂き、空間すら歪めるような一撃が食人植物の化け物を横一直線に引き裂く。
「切り裂いて」
ユナのその言葉に呼応するように、無数の《天照之太刀》が空間を走った。これによって百を超える食人植物は全て切り裂かれ、瞬時に燃え尽きる。
これこそ、神祖剣メルトリムノヴァの力だ。
一つはあらゆる武器の形へと変形すること。剣、刀、槍、斧、戟……といった直接攻撃する武器ならどんなものにでも変形できる。蛇腹剣のようなロマン武器ですら再現可能だ。
そしてもう一つはリグレットの能力が付与されたことで、攻撃が「転写」されるようになった。たった一度の攻撃が情報次元に「転写」され、次々とコピーされる。つまり、一つの斬撃が千の斬撃になるのだ。
一振り千殺。
これが神祖剣メルトリムノヴァの力である。
「変形、槍!」
刀から槍の形状へと変形させたユナは、天使翼を羽ばたかせて一直線にシャヌの元へと向かう。シャヌは「貫通」の特性が込められた枝で攻撃をするのだが、ユナの纏っている《緋の羽衣》がそれを焼き尽くした。
攻撃を完全に無力化されたシャヌは、ユナの接近を許してしまう。
そして達人をはるかに超える腕前で槍が突き出された。
”ぎゃん!?”
シャヌは悲鳴を上げる。
胸を貫かれたと思うと、その攻撃は情報次元に次々と転写されてシャヌの体に大量の穴を空けた。連続して次々と攻撃が転写されていくので、シャヌの再生を覆すかのように、貫通痕が付けられていく。
そしてユナの攻撃はこれで終わらない。
元の長剣へと形態を戻し、そのままシャヌを切り裂いた。
更に切り裂き、切り裂き、切り裂き、切り裂く。
神祖剣メルトリムノヴァの転写能力で斬撃は次々と複製され、何千人ものユナが一斉にシャヌを攻撃しているかのような様相を見せた。
超越者の再生能力すら超えた攻撃が襲いかかり、シャヌを細切れにする。
加えて陽属性の炎熱がシャヌの情報次元を燃やし、破滅に追いやった。
「いくよ、名付けて斬撃封印!」
神祖剣メルトリムノヴァの特性で斬撃は複製され続ける。ユナが切り裂き続ければ、それは無限に終わらない斬撃の檻となるのだ。
封印系を得意としないユナは、物理的に、無理矢理、封印モドキを完成させてみせた。
超力技の脳筋封印である。
「滅びるまで私は止まらないよ!」
「これって私いるのかしら……」
ユナは無尽蔵の体力で神祖剣メルトリムノヴァを振るい続ける。遠くで眺めるベリアルは、ヤレヤレといった様子で眺めるのだった。
ユナには神装を出さないつもりでしたが、方針を変えました。





