EP454 総力戦⑮
ミレイナの周囲に浮かんだ文字列。それは超越化に伴う、固有情報次元の確立だった。通常は生物の情報次元も『世界の情報』に組み込まれているのだが、超越者は自分自身の情報次元を持つ。
故に、場合によっては世界からの影響を無視できるのだ。
―――超越化を開始します。
――『世界の情報』からの解放を確認。
―――固有の情報次元を確立します。
―成功。
――――特性「意思生命体」を獲得しました。
――特性「天使」を獲得しました。
――――特性「竜」を獲得しました。
―――特性「魔素支配」を獲得しました。
――超越化に成功しました。
―――続いて魂の素質より権能を解放します。
――特性「波動」を獲得しました。
―特性「崩壊」を獲得しました。
―――特性「無効化」を獲得しました。
――特性「風化(「黒風」「劣化」)」を獲得しました
―――権能【葬無三頭竜】を発現しました。
――告。
―――エヴァンより新たな超越者が誕生しました。
――規定により、『世界の意思』は創造主への報告を行います。
超越化したミレイナは深竜化も消えて元の姿に戻った。しかし、その内から滲み出る力は以前と比べ物にならない。
ミレイナは自身の内側に意識を向け、固有情報次元から自分の力を把握する。
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ミレイナ・ハーヴェ 17歳
種族 超越天竜人
「意思生命体」「天使」「竜」
「魔素支配」
権能 【葬無三頭竜】
「波動」「崩壊」「無効化」
「風化(「黒風」「劣化」)」
―――――――――――――――――――
手にした権能は、奇しくもオリヴィアの切り札と同じ名前だった。
権能【葬無三頭竜】。
《源塞邪龍》と《風化魔法》が組み合わさり、破壊と滅びに特化した能力となっている。大まかには【魂源能力】から変化していないので、ミレイナは力を試すかのように能力を発動した。
「はあっ!」
ミレイナは右手を横薙ぎに振るう。すると衝撃波が飛び出した。
特性「波動」と「崩壊」を組み合わせた破壊の衝撃波。それがオリヴィアへと襲いかかる。音速などはるかに超えた一撃は、再生したオリヴィアに直撃した。
「く……」
まだ権能に慣れていないミレイナの力はそれほど強くない。しかし、オリヴィアを傷つけるには充分すぎる威力だった。
呻いたオリヴィアの隙を突き、ミレイナは一瞬で背後に回る。そして気と魔素で形作った竜爪がオリヴィアの背中を切り裂いた。これには特性「無効化」が込められており、オリヴィアは再生を阻害される。
更に追撃として蹴りを放ち、オリヴィアは吹き飛ばされてアジ・ダハーカの背中に激突した。
「これだから直接戦闘系の超越者は……!」
悪態をつくオリヴィアは、何とか冷静を保とうと心掛ける。
しかし、リア、アリア、ファルバッサ、ハルシオン、カルディア、ネメア、メロという七体の超越者に囲まれた上、ミレイナまで超越化したのだ。もはや絶望的である。冷静になる方が難しい。
ただ、意思力を乱したままでは本来の実力すら発揮できない。
封じられているアジ・ダハーカを何とか解放し、戦力を確保しなければと策を巡らせる。
(弱い死霊を使う……のは効果が期待できそうにないわね。今更デス・ユニバースを使っても、竜人の小娘を倒すことは出来ないわ。そう言えば、あの娘の母親は死んでいたわね。それを使えば盾ぐらいになるかしら?)
思考を加速させて対抗策を講じる。
だが、すぐにその作戦は断念した。
(余計に怒りを買いそうね。それにステータスに縛られた死霊程度では盾にもならないわ)
そもそも八対一の時点で死を覚悟する戦いと言ってよいだろう。
超越者は意思力を消失しない限り、決して滅びることがない。全身が消滅したとしても、意思力が残っていれば復活可能なのだ。そのため、タイマンでの戦いなら、決着することの方が珍しい。逆に、集団で囲まれたなら、高確率で滅ぼされる。
何度も何度もダメージを受ければ、いずれ心が折れてしまう。
そうなれば、超越者としての死……つまり魂の消滅を迎える。
(せめてラプラスがいてくれたら多少はマシになるのだけど……どこに消えたのかしら)
先程からラプラスの気配を感じ取れず、オリヴィアは内心で舌打ちする。リグレットとテスタの気配もないので、異空間で戦っているのだろうと予想はしているが。
(オメガ様が出来るだけ早く勝って下さるのを期待するしかない……という答えに行きつくのは情けない限りね)
主君である魔王オメガの勝利と助けを信じ、今は耐える。
オリヴィアの方針は決まった。
だが、それと同時に彼女の頭上で魔法陣が発現した。カルディアが《無限時喰》で刈り取ったアジ・ダハーカの属性を利用し、魔法を発動したのである。
発動したのは暗黒属性の魔法。
しかも直接ダメージを与えるのではなく、五感を奪い取る補助魔法である。当然、超越者仕様で概念化してあるため、オリヴィアにも通用した。
「っ!?」
「そこなのだ!」
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を奪われたオリヴィアは、成す術もなくミレイナの一撃を受ける。権能【葬無三頭竜】による破壊の一撃だ。体の中心で拳を受けたオリヴィアは、特性「崩壊」によって全身が霧散した。
しかし死んだわけではない。数秒後には復活する。当然ながら五感消失からも回復していた。
「まだよ! 魔王様が勝つまで私は滅びないわ!」
「では私も加勢しましょう」
「ウチもやるで」
気合を入れ直したオリヴィアを囲むようにして、リアと人化したネメアが現れた。アジ・ダハーカの捕縛はアリア、ファルバッサ、ハルシオン、カルディア、メロで充分だからである。
一方でミレイナは少し不服そうだったが。
「私だけで十分だ」
「だめやミレイナ。アンタはまだ超越化したとこやろ? ちゃんと能力を扱えるようになるまで、ウチらで支援する。これは決定や」
「クウ兄様も超越化したときはファルバッサ様とネメア様が一緒に戦われたそうです。大人しく支援されてください」
「う……仕方ないのだ」
ミレイナも権能を使いこなせていないのは分かっている。コツを掴めば意思顕現はすぐに出来るだろう。だが、真の人外である超越者の戦闘にはそれなりの慣れが必要なのだ。
身体が吹き飛ぶのは当たり前。音速移動や光速攻撃すらあり得る。
そんな戦いをいきなりするのは難しい。
理解や適応の才能が限界突破しているクウは特別なのだ。
ミレイナ、リア、人化ネメアがオリヴィアを囲み、アリア、ファルバッサ、ハルシオン、カルディア、メロがアジ・ダハーカを抑える。
だが、オリヴィアは絶望した訳ではなかった。
(耐えてみせるわ! 《死界門》)
赤黒く渦巻く召喚門からデス・ユニバースを呼び出した。
◆ ◆ ◆
リグレットの世界侵食に囚われたラプラスは、大量の甲虫型ゴーレムを生産することで世界侵食の能力を解析しようとしていた。
しかし結果は散々である。
《過剰生産》によってゴーレムを無数に生み出した瞬間、世界侵食空間で浮遊している数百枚の鏡が情報次元を映し取り、術式を反射してきたのである。つまり、ラプラスが生み出した数百倍もの甲虫型ゴーレムが出現した。
「バハムート、薙ぎ払いなさい」
ラプラスは四体のバハムートに命じてコピーされた甲虫型ゴーレムを熱線で消し去ろうとする。しかし、同時に数百の鏡が熱線の情報次元を映し取り、同じ熱線として放ってきた。更には焼却の概念が追加で書き込まれており、耐性を持つバハムートですら焼かれる。
攻撃すればするほど、負の連鎖を巻き起こす。
「く! 防御を!」
すぐにラプラスは空間遮断による防御を命令した。
だが、この世界に存在する数百の鏡が防御術式を読み取り、特性「反転」により中和術式を発動する。これによってバハムートの空間制御が打ち消され、熱線は直撃した。当然、バハムートの頭部に乗っていたラプラスもダメージを受ける。
(ダメですか……)
肉体を再生させつつ、ラプラスは苦々しい表情を浮かべる。
何をしても墓穴を掘る行為にしかならず、このままでは世界侵食空間から脱出することは出来ない。しかし、行動を起こさなくても結果は同じである。
故に、カウンターが発動すると分かっていて、それでも行動を起こさざるを得なかった。
(背景は真っ白、所々に浮遊島、そして情報次元を映し取り反射する鏡が数百……さてさて、突破口は何処でしょうね)
恐らく、この空間でのことをリグレットもどこかで観察しているハズ。その予想の下、ラプラスは思考を巡らせた。超越者としての高速思考であらゆる可能性を考慮する。
(まずはこの空間についての考察ですか。亜空間と考えたいところですが、吸血鬼の天使は空間系能力を持っていないと判明しています。つまり、空間系能力で生成した訳ではないでしょう)
空間操作系の能力がないからと言って、専用空間を作り出せないわけではない。クウは幻術能力を応用し、特殊な幻術世界を構築できる。
リグレットも特殊な方法でこの空間を作り出したのだとラプラスは考えた。
そしてこの場合、空間操作系の能力で転移しても脱出できないことが多い。何か特別なルールが空間そのものに作用しているからだ。
(今回の場合、私はいつの間にか異空間に引きずり込まれていました。となると、初めから生成していた空間に私をバハムートごと放り込んだといったところでしょう)
ラプラスは身を張って手に入れた情報からそのように予測した。
初めから異空間を生成している場合、その空間には特殊な性質が組み込まれていることが多い。というより、それほどの労力を注がないと、初めから異空間を作成する意味がない。
更にリグレットは書き込む権能【理創具象】を所持している。特殊な異空間を用意するのは造作もないことだろう。リグレットはこれでも最古の天使なのだ。権能の研究は魔王オメガにも劣らぬほど進んでいる。
今、こうしてちょっと解析した程度で簡単に解決する構造になっているとは考えにくかった。
「耐えるしかない……というのは私の美学に反しますね。しかし厄介――おぶぉっ!?」
鏡から放たれた大量の熱線に巻き込まれ、ラプラスは蒸発する。流石に一瞬は耐えたが、元から戦闘タイプではないので簡単に抵抗を抜かれたのである。
………………
…………
………
……
…
「僕の世界侵食、《消失鏡界》に戸惑っているようだね。無事に僕の所まで辿り着けるかな?」
”貴方の世界侵食は意地が悪いですから、難しいのでは?”
「良く練られているといってくれ」
リグレットは、ラプラスを閉じ込めている白い空間と似たような空間で怪しい笑みを浮かべていた。手元には一枚の鏡があり、そこには苦戦するラプラスの姿が映されている。偶に右手を別の鏡に沈めて何かを書き込んでいる。
「今度は雷撃かい? だったら、電気分解の概念を付与してあげよう」
リグレットの世界侵食、《消失鏡界》。
これは対象を鏡の世界に閉じ込める術式だ。
特性「創造錬成」で作成した鏡に特性「鏡(「転写」「反転」「境界」)」で世界を作り上げる。「境界」で鏡の中にまで世界を広げ、内部では情報次元を「転写」「反転」させることが出来る。固有情報次元すら特性「叡智」で解析し、内部に取り込んだ対象の放つ術式を再現することすら出来る。
意思力を世界に侵食させるのは当然として、鏡の中に世界を構築することで、世界侵食の自由度を極端に高めているのである。鏡世界はリグレットが構築した世界であるため、こんなことも可能というわけだ。
つまり、ラプラスのバハムートが雷撃を放った場合、鏡世界に浮かぶ大量の鏡がそれを写し取る。そして写し取った情報次元を再現し、その上リグレットが書き込む力で概念を付け加えることも可能。数百枚の鏡から、コピーした術式を強化して放てるのだ。
「さて。この世界の中では幾らでも強大な術式を使ってくれて構わない。全てコピーして、強化した上で返してあげよう」
”……やはり意地が悪いですよ。悪魔ですか”
「僕の愛する妻のためだよ。それと僕は天使だ」
側にいたテスタは呆れた様子だった。





