EP413 北の山脈へ
少し曇った空の下を、四人の天使が飛行していた。それぞれが翼を展開し、亜音速飛行で西へと向かう。その内の二人は超越天使であるクウとユナであり、残る二人はまだ超越化していないリアとミレイナだった。リアの翼は白い粒子が固まった形をしており、一方のミレイナは深紅で竜翼に近い形状をしている。
超越化すれば天使翼も白い羽状へと固定されるようだが、超越化前はそれぞれの特徴が浮き出るらしい。
クウはそんなことを考えていた。
「ねぇ、くーちゃん」
「ん? どうしたユナ」
「後どのぐらいで着くの?」
「八時間ぐらいかな」
「……そんなに長いんだ」
既に二時間ほど飛行しているのだが、まだ半分にも到達していない計算となる。ユナは少しだけ嫌そうな表情を浮かべていた。
「仕方ないだろ。俺たちが向かうのは山脈の最北端、キメラ系の領域だ。【レム・クリフィト】から出発すると亜音速でも時間がかかる」
「やっぱりアリアちゃんに転移させて貰った方が良かったんじゃない?」
「リアとミレイナの飛行練習も兼ねてるから却下」
「う~……」
アリアにヴァンパイアの国【ナイトメア】まで転送して貰えたら、もっと早く到着できた。しかし、それをしないのは、クウの言った通り飛行練習である。リアだけでなく、ミレイナも天使翼を使った飛行について練習が足りない。クウのように誰もが即座に使いこなせるわけではないのだ。
そこで練習を兼ねた移動を行っているのである。
ちなみに、先程からリアとミレイナが口を開かないのは、喋る余裕がないからだった。
「休憩も挟むから、到着は明日の夕方あたりになる予定だぞ」
「聞いてないよくーちゃん」
「話してないからな」
「えー……」
体力が無尽蔵な超越者と異なり、まだリアとミレイナは生身だ。気を使う必要がある。クウの予定では、一日五時間ほど飛行することにしている。午前二時間、午後三時間が目安だ。慣れないことをするので休憩は多めにとる。
そして二日で十時間分……およそ七千キロを移動するのだ。
ユナからすれば遅いのかもしれないが、リアとミレイナ基準で言えば充分に早い。
「くーちゃん暇ー」
「……お前は常時、結界を纏えるように訓練しておけ」
「はーい」
ユナはそれを聞くと魔素結界を身体に展開し、同時に気も薄く纏う。これを無意識で発動できるようになれば完璧だ。無意識で使えれば、それだけ意識を他のことに割くことが可能となる。つまり、意思力を注ぎ込めるので、攻撃能力も上がる。
超越者には必須の訓練だ。
感覚派のユナなら、すぐに会得しそうだったが。
(竜化したら翼があるミレイナと違って、リアは苦戦しそうだな)
偶に飛行がふらつくリアを確認しながら、クウはそろそろ休憩するべきかと考え始めるのだった。
◆ ◆ ◆
一行は特にトラブルもなく山脈北部の麓へと辿り着いた。
ただ、寒い。
一年の半分が冬という土地であるためか、雪も残っている。クウやユナはともかく、リアや熱帯出身のミレイナには耐えがたい寒さだった。それだけでなく、早くも日が沈んでいるのだ。余計寒い。
そこで、ユナは権能【聖装潔陽光】を使い、暖房機能のある結界を張った。
「悪いなユナ」
「お手数かけます姉様」
「流石はユナだな!」
「ふっふ~ん。凄いでしょ」
事実、これは結構凄い。
魔素結界に自身の持つ概念を付与することは、それなりの高等技術だ。ユナは「陽」の特性を付与した上に、それが人に害を与えない程度で抑えた。緻密な制御能力なしでは出来ないのである。
超越化したばかりだが、『手加減』というコントロールを身に着けつつあった。
この手加減はかなり重要で、例えば気配も上手く抑え込まなければ無駄に畏怖を振りまいてしまうことになる。霊力は魔力よりも遥かにエネルギー密度が高いので、ちょっと霊力を使ったつもりでも、凄まじい威力となる。そう言ったことを自在にコントロールできなければならない。
普段生活するために力を抑える訓練、そして超越者同士の戦闘に備えて権能を自在に操る訓練……この二つが大切となるのだ。
「ユナ、この結界はどのぐらい持つ?」
「明日の朝まで発動し続けても大丈夫だよ」
「じゃ、頼むぞ」
「任せてー」
これで環境の確保は出来た。
「それなら、夕食の用意はリアがやってくれ。食材を出すから、能力で調理完了させてくれ」
「はい」
クウは虚空リングから鍋と食材を取り出す。また、椅子やテントなども取り出し、セットする。リアは鍋の中に食材をそのまま入れ、傍らに水を置いた。そして両手を翳し、目を閉じて集中する。
時間を辿り、未来を予測する。
料理が完成した未来へと、鍋と食材の時間を転移させた。
「《星脈命綴鎖》」
途端に鍋と食材が不明瞭になり、空間が歪む。未来の可能性から料理が完成した状態を見つけ出した。リアの目の前には湯気が昇る完成した鍋が現れる。
「出来ました」
「……うん。上手くいっているな」
「落ち着いて発動できましたから、このくらいは当然です」
リアは少し誇らしげな笑顔になる。
前ならば自信なさそうに首を傾げるだけだっただろう。だが、天使化してから少し変わったようだ。何か一つ、心に芯が入った。
ただ、能力で料理を完成させるあたり、使い方が微妙だが。
「魔力消費はどれぐらいだ」
「MP換算で数百程度です。すぐそこの未来ですから」
「やっぱり転移する時間的距離と消費魔力は比例するか。使い勝手を良くするには、超越化が必須ぽいな」
強力なだけに、消費が大きい。無限に霊力を沸き上がらせることの出来る超越者になって、初めて真価を発揮できるだろう。恐らく、リアが超越化しても時間転移という能力は引き継がれる。将来が楽しみではあった。
他にも理由はある。
それはクウの権能とリアの能力が相性良さそうだったからだ。
クウはある意味、新しい可能性を作る能力と言える。逆に、リアは既にある可能性を確実に選び取る能力だ。組み合わせれば、どんな未来でも作り上げることが出来ることになる。
そういう意味で期待は強かった。
勿論、クウだけでない。あらゆる状況において、常に味方が有利となるように状況を誘導することが出来るのだ。サポート能力として考えるならば、これ以上のものはないだろう。
「さて、リアのお蔭で夕食も出来た。食べるぞ」
「はーい」
「わかりました」
「うむ!」
四人は鍋を囲い、器を片手に食事を始める。明日からは(リアとミレイナにとって)過酷な六王討伐だ。ゆっくりと休まなければならない。
夜が更ける前にリアとミレイナはテントで休み、超越者であり休息の必要がないクウとユナは朝まで仲良く話をしながら過ごすのだった。
◆ ◆ ◆
翌日から四人は山へと昇り始めた。元から人の手が入っていない山なので、登山ルートなど皆無だ。それに北の山脈と言えど、常緑樹が多く茂っているので日当たりも悪い。雪も所々に残っており、非常に歩きにくい場所だと言えた。
更に言えば、ここには大量の魔物が出現する。
キメラ系と呼ばれる、様々な動物の部位が合体した魔物が次々と出現するのだ。
クウとユナは監督し、主にミレイナが倒していた。リアはその補佐である。
「はぁっ!」
《源塞邪龍》による破壊の波動が飛び、魔物たちを一瞬で破裂させる。この辺りはLv70からLv80ほどの魔物が当然のように出現し、上位種ともなればLv120に到達していることもある。普通ならば一切気を抜くことが許されない領域だ。
しかし、ミレイナは強い。
この程度の魔物に後れを取ることもなく、次々と粉砕していく。数が多いので《源塞邪龍》を使っているが、使わなくとも問題なく倒せるだろう。それほどの差がある。
「ミレイナさん! 援護します」
リアは光属性の魔法《流星群》を放ち、魔物を貫く。大量のレーザー攻撃が魔物の群れを蹂躙し、大量の血液を撒き散らした。
それだけでなくリアは時空間属性の攻撃も使う。《星脈命綴鎖》が時間に関する能力であるということもあり、《時空間魔法》は相性がいい。感覚を掴むためにも、リアは積極的にこの魔法を使用していた。
魔物の動きが遅くなり、謎の障壁に阻まれ、いきなり空間ごと引き裂かれる。
アリアという時空間に関する先生がいたお陰もあり、リアは《時空間魔法》をかなり扱えていた。
「ギシャアアアアア!」
上半身がヤギであり、下半身がタコのような触手を持ったキメラが木の上から襲いかかる。そのキメラが狙っているのは四人の中で一番弱いリアである。
だが、リアは無詠唱による《炎魔法》の発動でキメラを吹き飛ばした。火の粉が飛び散り、肉が焼ける音と匂いがする。この辺りは常緑樹の木が多いので、引火する心配も少ない。多少の《炎魔法》なら問題ない。
「私も負けてられないのだ! 《負蝕滅》」
ミレイナは《風化魔法》によるマイナスエネルギーを凝縮して放つ。この世の全ては正のエネルギーなのだが、ミレイナは負のエネルギーを生成することが出来る。このマイナスエネルギーは正と相殺させることで消滅と同様の力を得る。
クウの消滅エネルギーは情報次元を消し飛ばすので厳密には異なるのだが、物理次元上での現象として考えれば殆ど同じだ。
《負蝕滅》は蠢く黒い粒子の塊であり、それが破裂して周囲の魔物をマイナスエネルギーで侵食する。これによって魔物たちはエネルギーを奪われ、脆化してそのまま死に至った。
なお、この際に周囲の木々や土まで消滅させてしまったのは仕方のないことである。
「邪魔なのだ」
右手に深紅の気を集めたミレイナは、それを爪のようにして振るう。すると、三本の爪痕が気となって残り、魔物を大きく切り裂いた。更にミレイナは連続して深紅の爪を振るい、深紅の軌跡を残しながら殲滅していく。
色々と能力を得たミレイナも、結局は直接戦闘が一番得意なのだ。
「そこです! 《星脈命綴鎖》!」
リアが能力を発動した。すると、偶然にもとあるキメラの攻撃が別のキメラへと直撃した。その攻撃はこれまた偶然にも急所にあたり、即死させる。さらに死んだ魔物の死体が偶然にも別の魔物へとあたり、体勢を崩した。体勢を崩したことで、その魔物の攻撃は逸れてしまい、偶然にも別の魔物を殺してしまう。
そんな連鎖が六回ほど続いた。
一万分の一以下の確率で起こるはずだった事象だが、リアは時間転移によって一回目にそれを引き当てたのである。
「『《不可視剣》』」
空間座標をずらすことで、物体ごと切り裂く時空間属性の魔法が発動する。気味の悪いキメラは一撃で真っ二つになった。
リアとミレイナの二人で魔物を倒し続け、日が暮れるまで四人は山頂を目指した。
混獣王グリフォンの待ち構える山頂まで、後少し。





