EP411 六人目の天使
~運命迷宮百階層~
「ゆっくりしていきなさいリア」
「は、はぁ……?」
天翼蛇カルディアの試練をクリアしたリアは、百階層にて運命神アデラートと対面していた。大理石のような素材の机と白塗りの椅子が用意され、リアはそこに座らされたのである。
天使としての覚悟を問われたリアは、自分の心を一つに決めてカルディアの見せる夢から抜け出した。それもあってか、以前よりも強い目をしている。
「お茶でも飲みながら説明しましょうか」
アデラートは美しい金髪を揺らしつつ、指で円を描いた。すると、机の上に紅茶が用意され、同時に幾つかのお菓子も皿の上に並ぶ。
超常の光景には慣れているつもりだったが、何もないところからお茶とお菓子が現れるというのは不思議なものだった。
「じゃあ、まずは貴女のステータスについてね。さっき私が真名の加護を与えたから、かなり変貌しているはずよ。それを確認しましょう」
「はい」
「ではステータスを開いて」
アデラートに言われた通り、リアはステータス画面を開く。
すると、天使化した新しいステータスが映し出された。
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リア・アカツキ 15歳
種族 天人 ♀
Lv170
HP:37,293/37,293
MP:40,294/40,294
力 :30,448
体力 :31,992
魔力 :36,924
精神 :36,308
俊敏 :35,444
器用 :35,368
運 :100
【魂源能力】
《星脈命綴鎖》 New
【通常能力】
《礼儀作法 Lv4》
《舞踊 Lv4》
《杖術 Lv5》
《炎魔法 Lv8》
《光魔法 Lv8》
《回復魔法 Lv8》
《時空間魔法 Lv3》
《魔力支配》
《MP自動回復 Lv8》
【称号】
《運命神の加護》
【称号】
《運命の天使》《元伯爵令嬢》《魔法の申し子》
《妹》《到達者》《浄化師》
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《星脈命綴鎖》
過去や未来の事象へと干渉し、星の運命すら掌
握する。1%の奇跡すら一番初めに引き当てるこ
とを可能とする力。
「これが私の【魂源能力】ですか……?」
「興味深いですね。つまり、ものすごく運が良くなる能力と言ったところでしょう」
「要領を得ない能力ですね」
「そこは試していくしかないでしょうね」
残念ながら、【魂源能力】はシステムとして定めてあるスキルではない。そのため、使いこなすためにはいろいろと試すしかない。神であったとしてもアドバイスの方法はない。
「しかし応用性は高いと思いますよ。それに、私の権能【分布収束】とも似ていますから、少しは教えましょう」
「はい。お願いしますアデラート様」
能力だけでなく、天使としての特性、右手の甲に刻まれた魔法陣についても教わり、リアは六人目の天使として正式に覚醒したのだった。
◆ ◆ ◆
~魔法迷宮九十階層~
勇者三人分の聖装を手に入れたクウは、それを破壊するためにこの場所へと来ていた。勿論、アリアとリグレットも一緒である。
指輪は光神シンが作成したものであるため、破壊には相応の準備が必要なのだ。
「まずは結界を張って界を遮断するぞ。頼んだアリア」
「ああ」
指輪はスキルシステムを蝕むので、まずは情報次元を遮断する結界を張る。アリアの権能【神聖第五元素】はピッタリな能力なので、補佐を頼んだのだ。
元々、迷宮には階層ごとに断層結界が張られているので、その上でアリアが結界を張れば、相当な強度となる。これだけの準備があれば、指輪を虚空リングから出しても問題にならない。
アリアはクウの注文通り、断絶結界を張って結界内部を異世界化させた。
「これで外部へと影響は漏らさない。指輪を出して構わないぞ」
「助かる」
クウは勇者から押収した指輪を三つ取り出し、左手に持った。そしてまずは《真理の瞳》によって解析を掛け、破壊できるかどうか探る。
(やっぱり、破壊不能か。神の力で定義されているから、俺では壊せないな)
試しに月属性の消滅エネルギーを生成し、指輪を情報次元ごと消し飛ばそうとする。だが、指輪を構成している情報次元は消滅エネルギーを弾き、存在を保っていた。
神が不壊と定めたのならば、同じ神でなければ破壊出来ない。それだけの霊力が込められているからだ。
これがルールである。
如何に「意思干渉」があっても、この差は覆せない。光神シンは邪神カグラから霊力を分け与えられることで神に近づいただけなので、何とか通用すると思っていた。しかし、やはり神は神だったらしい。霊力量の差は圧倒的だった。
「壊せないみたいだねクウ君」
「ああ。リグレットはどうだ? 情報次元に割り込んで無効化できないか?」
「多分、無理だよ」
これはもう、封印するほかないだろう。クウ、アリア、リグレットの意見は一致した。そして、封印するならば虚数次元が丁度いい。情報次元が虚数化されるので、あらゆる現象や効果が失われるからだ。クウが虚数次元に封印するならば、《虚無創世》を使うことになる。
対象が超越者ならば、意思力と霊力で無理やり破られるが、指輪はモノなので消し飛ばせる。
「よっと……《虚無創世》」
クウは三つの指輪を遠くまで放り投げ、右手を翳してから《虚無創世》を発動させた。霊力を原子以下の小さな一点に凝縮させ、爆発によって意図的に空間崩壊を引き起こすのがこの術だ。物理次元を引き裂いて無理やり界を生成し、「夜王」と「力場」で安定化させる。
内部を異世界化させて全てのエネルギーを一点に引き戻し、超重力で全てを虚数次元へと封じ込めることを可能とする。
宙を舞う三つの指輪は漆黒の球体に飲み込まれ、そのまま一気に収縮した。最後にバチリと音を立てながらエネルギーが弾け、極小の一点へと消え去る。
これで封印完了だ。
「終わったかクウ?」
「終わったぞ。アリアも結界を解いてくれて構わない」
「分かった」
思ったよりも一瞬で終わり、アリアとしても拍子抜けである。念のために三人で集まったものの、それほど事を構えるような事態にはならなかった。
「思ったより簡単だったね。流石だよ」
「俺としてもホッとしてる。スキル異常も直ったし、【レム・クリフィト】の混乱も収束したんじゃないか?」
「お蔭さまでね。でも、魔道具は使えたからそれほど大きな問題にはならなかったよ。普段の生活にスキルは必要ないし、魔物討伐が仕事の兵士たちにも魔道具や銃で対応して貰ったからね」
「その辺りは流石だな」
技術力の高さで言えば、【レム・クリフィト】は世界一である。それは魔法だけに留まらず、科学技術も同様だ。あと百年もすれば半導体技術も出来上がるのではないかとクウは考えている。
魔人族には邪神カグラによる呪いがないので、文明を発達させることが可能なのだ。お蔭で、スキル異常の際にも大きな被害がなかった。寧ろ、復興中である【砂漠の帝国】へと援助を行っていたほどである。
ちなみに、これらの計らいは全てアリアとリグレットが行った。
「さて、今回の事件も収束したな」
一息つけると思ったのか、アリアは軽く伸びをしながらそんなことを口にする。ずっと政務に追われていたので、肉体はともかく精神的に疲れているのだろう。
しかし、残念ながらまだまだやることはある。
「クウにはまた魔王オメガの居場所を探って貰うことになりそうだ。頼むぞ」
「それもいいけど、オリヴィアとザドヘルを足止めしている内にミレイナを超越化させたいな」
「ああ、それもあったか……」
《崩黒星》による時間遅延でオリヴィアとザドヘルはしばらく封じておける。その間にミレイナを超越化させたいところだ。また、出来ればリアの天使化も終えたいとクウは考えていた。
「一度ユナに連絡を取って状況を聞いてみるか」
クウはそう呟いて虚空リングからペンダント型の遠距離通信魔道具を取り出す。だが、それを取り出すと同時にユナの方から通信が入ってきた。
「ユナ?」
『くーちゃん元気? 今連絡して大丈夫?』
「丁度こっちからも連絡しようとしていたとこだ」
『それなら良かったー。えっとね、リアちゃんが天使化したよ』
「本当か?」
実にタイミングが良い。
そして最低でも【魂源能力】を使いこなすために費やす時間が確保できた。オリヴィアとザドヘルを封じ込めている内に、リアとミレイナを鍛え上げれば最低限の準備は終わる。
アリアやリグレットも同意見なのだろう。クウに目を合わせつつ頷いた。
そこで、クウはユナに告げる。
「三人とも【レム・クリフィト】に戻れ。ユナは超越化したから、俺と訓練だ。リアとミレイナも【魂源能力】を使いこなすために練習する」
『わかった! すぐに戻るね! さぁいくよリアちゃん、ミレイナちゃん!』
『引っ張らないでくださいユナ姉様!?』
『落ち着けユナ。リアが《時空間魔法》を使えるから、転移で戻れるぞ』
『そう言えばスキル異常も直ったんだっけ? 忘れてた』
そんなやり取りが通信機から聞こえ、すぐに切れた。
久しぶりにクウに会えるということもあり、ユナはかなり興奮気味らしい。
「ふ……都合がいいな」
「そうだね。それに、クウ君がリア君とミレイナ君を鍛えてくれるみたいだし、僕たちは魔王オメガについて色々調べることにしよう」
「そうだな。奴の持つ不死身能力も仕組みをハッキリさせておくべきだ」
アリア、リグレットもやることが決まったからか、決意に満ちた表情を浮かべる。何百年も【アドラー】に対して防戦を強いられていたが、ようやく反撃に移ることが出来た。どうにかこの流れを維持して魔王オメガの討伐まで漕ぎつけたい。
魔王オメガは謎の能力であらゆる攻撃を無効化してしまう。情報次元攻撃だけでなく、クウの意思次元攻撃すらそよ風のように受け流してしまうのだ。その理由を解析しなければ、オメガを倒せない。この能力を破る方法を見つけ出すことは絶対条件だ。
新たな目標に向かい、三人も動き始めるのだった。
◆ ◆ ◆
その頃、遠征部隊に参加していたセイジたちは帰路についていた。勇者の力が失われたので、砦どころではなくなったのである。一度帰還し、色々と話し合わなければならないだろうと結論付けられた。
残念ながらセイジはスキルが消失してしまったので、転移による帰還が出来ない。地道に馬車で戻ることを強いられていた。
「クウが言った通り、スキルは元に戻ったみたいやな」
「まぁ、僕たちは弱体化しちゃったけどね」
馬車の中でレンとアヤトが会話する。
リング・オブ・ブレイバーを失い、三人は勇者としての最も大きな力を失っていた。スキルポイントや《融合》で弄ったスキルは全て消去され、かなりの弱体化を強いられている。特に、セイジの弱体化は酷かった。
しかし、セイジの表情に暗い影はない。
「朱月の言っていたことは本当だった。僕たちがスキルを狂わせていたなんてね。でも、今回の件で僕たちは一つ上のステージを発見したんだ。収穫と言って差し支えないよ」
セイジはそんなことを言いつつ、腰に刺した聖剣エクシスタへと触れる。聖剣解放によって一時的に潜在力封印を全て解放することが出来るというのが主な力だ。
【魂源能力】を持つセイジがLv200へとなることで、一つ上のステージへと到達する。
それは超越者の領域だ。
「きっと朱月はこの領域に立っている。僕たちじゃ敵わないはずだよ」
「俺らも驚いたわ」
「初めて覚醒したセイジ君を見た時は腰を抜かしそうになったね」
超越者は存在するだけで周囲に威圧を振りまく。上手く気配や霊力をコントロール出来なければ、その場に立っているだけで周囲の人間を気絶させてしまうだろう。
幸いにも、聖剣エクシスタによる解放を解除することで、再び潜在力を封印される。つまり、超越化が解けるのだ。解放していない今のセイジは、ステータスに縛られている。
超越者と一般人の間を行き来する、不自然な超越化。
しかし、本来の超越者を知らないセイジは気付かない。
「僕の新しい力、【破邪覇王】。きっと使いこなして見せるよ」
馬車の中で、セイジはそう決意するのだった。
今回で『聖剣と聖鎧編』は終わりです。
勇者のスキルポイントシステムにもこんな罠があったのです。上手い話には裏があるという奴ですね。あとはユナの過去話も出ました。これでもう、完結まで走り切るだけですね。
次回からは本格的に魔王オメガ討伐へと移っていきます。
『魔王の真臓編』をお楽しみに。
……章のタイトルが若干ネタバレとか言っちゃダメですよ(小声)
 





