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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
196/566

EP195 ネメアの技量


 ミレイナとネメアの戦いは一方的だった。

 一方的にミレイナが攻撃をし続ける戦いだったのだ。

 だが、それはミレイナが優位に立っているという意味ではない。圧倒的な力量差の上で成り立っているに過ぎない砂上の楼閣の如き戦いだ。



「はああああっ!」



 ドゴン、バゴンッ!

 叫ぶミレイナと同時に鳴り響く轟音。それは地面が爆ぜる音だ。

 あらゆる衝撃を操るミレイナの《竜の壊放》の威力は凄まじい。だがその攻撃を直撃したハズのネメアは美しい舞の如き動きで受け流し、衝撃を逸らしていく。

 防ぐのではなく受け流す。

 これは武術においても高等技術に相当している。

 桜が染め抜かれた振袖には汚れ一つないほどであり、ミレイナが遊ばれるように扱われていることは明らかだった。



「その程度なん? がっかりやねぇ」


「煩い煩い!」



 煽られて動きが乱雑になっていくミレイナ。元から雑な動きではあったが、今では武術の欠片もない力任せな攻撃ばかりになってしまっている。

 これにはさすがのネメアも溜息をつかざるを得ない。



「もう止めにしよか」



 ポツリと呟いて一瞬だけ尻尾に魔力を纏わせ、それをミレイナに叩き付ける。魔力を相手の体内に捻じ込んで攻撃する浸透魔力撃に近い技だ。

 さすがに殺傷力は抑えてあるが、それでも耐久力の高い竜人の防御を貫く威力はある。ミレイナはボールのように飛ばされて地面を転がった。

 咲いていた花が散り、土煙の代わりに花吹雪が舞う。



「ミレイナ!」



 シュラムは慌てて駆け寄り、ミレイナの状態を確認した。

 傷はなく、息もしているが気を失っている。

 だが逆に言えば、ネメアがミレイナを一撃で昏倒させるほどの能力を有していたことを意味していた。【固有能力】を有しているミレイナでも傷一つ与えることができず、逆に相手はミレイナに傷一つ負わせることなく気を失わせるだけの技量を有している。

 ネメアの実力は計り知れなかった。

 戦慄を覚えるシュラムとレーヴォルフに対して、クウは思いのほか冷静だった。



(これが超越者か……確かに能力自体も圧倒的だけど、何より技量が凄まじい。スキルに縛られている内は勝てないだろうな。スキルレベルに直せばLv15相当の体裁きか?)



 超越者にとってはスキルも制限に過ぎない。

 確かにスキルがLv10に到達している者の技量は凄まじいが、所詮はそこ止まりだ。世界からの制限によってそれ以上は技術を伸ばすことが出来なくなる。

 しかし超越者はそれ以上になれる。

 もちろん相応の努力は必要だが、努力した分だけさらに技量を伸ばすことが出来るのだ。さらに、最後にネメアが行っていた魔力撃も、相当な魔力操作技術が必要になる。戦闘において瞬間的に、ミレイナに傷を負わせることなく、気絶させる適量を練り上げるなどクウにも出来るとは思えない。最上位スキルである《魔力支配》でも無理なのだからスキルに縛られている内は無理な芸当だろう。



(俺がやったら……必要以上の威力になるか、威力が足りないかになるだろうな)



 クウが見た限り、ネメアは権能を行使していない。基礎的な武術のみでミレイナをあしらってみせたのである。

 何故分かったかと言えば、《森羅万象》を使ってクウはネメアの能力を解析していたからだ。




―――――――――――――――――――

ネメア   1866歳

種族 超越天九狐あまつここのえきつね

「意思生命体」「神獣」「魔素支配」

「変身」「並列思考」「魅了」


権能 【殺生石】

「粒子操作」「性質改変」「変化無効」


―――――――――――――――――――




 九尾の狐ではなく、尻尾のある人型をとっているのは「変身」の特性のお陰だろう。体術を扱う上では人型である方が都合が良いので、合理的な能力運用だと言える。

 また特性「意思生命体」「魔素支配」によって気力と魔力を操り、体術に組み込むことで《魔闘体術》を再現していたのである。



(それにしても権能【殺生石】か。伝承のままならば毒物を生成する能力か? 空気粒子を「性質改変」で毒物に変化させて周囲にばら撒く。そして自身はどんな毒物でも「変化無効」で抵抗レジストできる。多分……普通の幻術は効果がなさそうだな)



 敢えて年齢の部分には触れないクウ。

 さすがに思考の中だけとはいえ、女性の年齢のことを考えるのは憚られた。こういったとき、女性の勘というのは非常によく働く。

 たとえクウが普通では察知できないハズの《森羅万象》で能力を開示していたとしてもだ。



「ふふ、天使の坊や? 女性をそんなに見つめるなんて無粋なことをしはるねぇ」



 ギクリと内心で焦るクウ。

 最上位情報系スキルである《森羅万象》は相手にステータスを覗かれたことを察知させない。何故なら《森羅万象》は覗く能力ではなく開示させる能力だからだ。

 これが《鑑定》や《解析》や《看破》ならば力量差によって気付かれることもあるだろう。

 だからこそクウは《森羅万象》に気付かれたことに少し動揺していた。



(まさか気づかれた? いや、本当に俺の視線を感じ取っただけという線もある。カマをかけられていると思った方がいいかもしれ―――)


「ウチの能力を喋ったら殺すからね」


(バレてたーっ!)



 本来、超越者の情報は世界から切り離され、記録されていない事項だ。それを《森羅万象》は無理矢理に情報開示しようとして世界から対象に向けてハッキングを仕掛けることになる。幸いにもネメアにはそのハッキング行為を防ぐ手段がなかったために上手く情報開示出来たのだが、何か情報を抜き取られたという感触は残ってしまう。

 それによってクウの行為がバレていたのだった。



「あー、うん。すみませんでした」


「分かればええんよ」


「どうしたんだいクウ?」



 クウとネメアの謎の会話に疑問符を大量に浮かべるレーヴォルフ。クウは愛想笑いで誤魔化そうとしたが、ネメアはそれを許さなかった。



「その代わり今からウチと戦ってな?」


「やっぱりクウが何かしたでしょ!?」


「どうしてこうなった……」


「さっきの戦いはつまらんかったからねぇ。口直しみたいなもんや」



 クウはこんなことなら好奇心にかられて《森羅万象》を使わなければよかったと後悔する。好奇心は猫をも殺すというが、まさにその通りだったというわけだ。

 超越者=勝てないの図式が頭に残っているクウは溜息を吐くことしか出来ない。オロチとの戦いで超越者がどれほど規格外なのかを学んだばかりだ。その上、オロチよりも技量が上のネメアと戦うということなのだ。

 つまりはネメアと戦っても負けが決まっているのである。

 だが、クウは逆に考えた。



(まぁ、どうせネメアも俺を殺すことはないだろ。それに死ぬような攻撃を食らってもどうにかなる切り札・・・は残っているしな)



 ネメアは破壊神の使い。

 つまり虚空神ゼノネイアの天使であるクウを殺すようなことはしないハズである。ならばこれを貴重な鍛練の機会だと思って望めばよいのだ。



「わかった。胸を借りるつもりでやらせて貰おう」


「ふふふ。ええ気配やねぇ」



 どこか嬉しそうにそう語るネメア。

 こうして迷宮の九十階層で待ち続け、久しぶりに強い相手が現れたのだ。強いと言ってもネメアからすれば大したことのない程度だが、それでも超越化一歩手前の強者であることには変わりない。

 上手く戦えば超越者にも傷を負わせることが出来るほどの実力にまで上り詰めている。やりがいのないミレイナとの戦いで逆にストレスの溜まってしまったネメアは思わず口角を上げていた。

 妖艶な風貌のネメアがそのような表情をすると引き込まれそうになる。それほどの魅力を発しているのは特性「魅了」が自発的に発動しているせいなのだが、クウはそれを弾き返していた。



(俺の魔眼は精神攻撃を無効化できる。「魅了」も問題ない)



 意思干渉によって自らへと向けられた精神攻撃は全て撃退できる。自発的に発動している幻術無効のようにはいかなかったが、それでも少し意識を向ければ十分に対処できた。

 そしてクウが能力を発動させていることに気付いたネメアは、ようやく自分が「魅了」を発していたことにも気づく。



「ふふ。つい興奮してしまったみたいやねぇ」



 また「魅了」に囚われそうになっていたシュラムとレーヴォルフからすれば迷惑だと言わざるを得ない話だが、逆に言えば無意識に垂れ流している精神攻撃ですらそれ程の効果を齎していることになる。

 クウはさらに気を引き締めて虚空リングから神刀・虚月を取り出した。



「じゃあ行くぞ」


「いつでもええよ」



 お互いに十メートルほど距離を開けて相対する。

 抜刀の姿勢で鋭い気配を放ちながら構えるクウと、扇を片手に余裕のネメア。二人は対照的だが、そこには確かに戦いが起こっている。

 一ミリも動かない戦い。

 それは視線誘導や、意識の隙を突くために気配を探る見えない戦い。

 ミレイナを抱えて避難したシュラムも、すでにレーヴォルフの隣へと戻って固唾をのみながらその戦いを見守っている。

 そして一陣の風が花弁を掬い上げたとき。

 クウの姿が掻き消えた。






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