EP194 不可能だ
三週間にも及ぶ下準備や工作活動を終えたクウ、エブリム、ヘリオンは破壊迷宮へと帰還していた。蛇獣人を除く獣人の首長に話をつけることで協力を得たのである。尤も、狐獣人に関しては協力というよりも敵対しないという約束に過ぎないのだが……
それでも各首長にはレイヒムからの命令を拒否してもらい、もし何かが起こっても余計な援軍は出さないように約束を取り付けることは出来た。さらに獅子獣人の里【レーヴェ】、狼獣人の里【ヴォルフ】、猫獣人の里【カーツェ】では、クウが【帝都】で行ったような情報操作を実行することでレイヒムに対する疑いの目を持たせておいた。さらに各里の住民がもしも首長に噂の真偽を聞いてきたならば、真実だというように頼んであるのだ。
それも『ここだけの話……』『実は……』『今まで黙っていたが……』などと声を小さくして秘密の話のように語ることで、より真実味を増すとアドバイスもしてある。首長自らが噂を広めるのではなく、自然と広がった噂を肯定することで着実に味方を増やしていくのだ。
なお、狐獣人の首長ローリア・ホルスは中立(というよりは勝った方に味方する)宣言をしたし、蛇獣人の首長は皇帝でもあるレイヒムなので情報操作は行っていない。
「久しぶりに戻ってきたな」
「ああ、もう二度とあんな旅は御免だが」
「……それよりも堂々と【帝都】を歩いても気付かれなかったのは凄い」
地下二十一階層へと転移して呟く内容は三者三様だ。クウは幻術や催眠を利用した情報操作で疲れていたし、エブリムは慣れない空の旅で凄まじい疲労を感じていた。別行動していたヘリオンは情報操作によってすっかり変化した【帝都】に驚いていたようだった。
ヘリオンも帰りはクウに掴まって空の旅をしたはずだが、それほど印象には残らなかったらしい。
「それよりもミレイナたちはまだ帰ってきてないみたいだな」
「いや、三週間程度で迷宮攻略なんか出来るはずないだろ」
「あのレベルでシュラムとレーヴォルフがいれば簡単だと思うけどなぁ」
疑いの目を向けるエブリムにクウはそう返す。
そもそも【固有能力】である《竜の壊放》を所持しているミレイナならば九十階層までの攻略は問題なく終わっていても不思議ではない。むしろその後の試練が一番大切なのだ。
クウの時も試練をクリアするまで一週間もかかっているため、ミレイナも今頃は試練に挑戦している頃だろうと予想していた。
(俺も一応見に行ってみるか? 九十階層までならすぐだし)
天使化し、能力もある程度は使いこなしているクウならば攻略は容易い。数日以内には九十階層へ辿り着くことが出来るだろう。こうしてミレイナが帰って来るのを待って過ごしていても無駄に食料を消費するだけなので、追いかけてみるのも選択肢としては有りだ。
九十階層から帰る分には転移クリスタルで一瞬なので、一度見に行って様子を確認しておくのは悪いことではない。一度でも行けば、次からは転移で一瞬だからだ。
もしもミレイナの試練クリアが予想外に時間のかかるものだとすると、いつ終わるかもわからないままクウたちは二十一階層で待ち続けることになるのだ。
早期解決のための強襲作戦だったので、これでは本末転倒である。
ならば擦れ違いの可能性を考慮してもクウ自身が見に行った方が良い。
「俺はちょっとミレイナ達を追いかけてみる。二人はここで待っていてくれ」
「追いかけるって……何言っているんだ?」
「……一人で攻略は無理」
急に無茶を言い出したクウに二人は窘めるような言葉をかけるが、クウは全く気にした様子もなく先程の考えを述べる。
「ミレイナの試練がいつ終わるか分からないからな。俺も一度は奥まで潜っておいて、転移でいけるようにしておきたい。余りにも時間が掛かり過ぎるようなら攻略中止も考えられるな。用意してある食料も無限じゃないし。それに俺なら迷宮攻略も一人で十分だ。今から行くからもしも途中でミレイナ達が帰ってきたらそう言ってくれ。一応は数日以内に戻ってくるから」
「あ! ちょっと待て!」
クウはエブリムの制止も聞かずに奥へと向かう。
確かにクウの言い分は分かる。早期解決をしなければレイヒムが奴隷首輪を使って戦争奴隷を用意してしまうのだ。さらに竜人の里ではレイヒムの呪いによって苦しんでいる者もいる。
さらにヘリオンが猫獣人の里【カーツェ】で別行動している間に入手しておいた食料や水も無限ではないのだ。今は仕入れたアイテム袋に二週間分ほど入っているが、逆に言えば二週間分しかないのである。如何に【帝都】で反レイヒムの噂が横行していると言っても、基本的には敵地だ。堂々と食料物資を仕入れるのは難しい。ヘリオンの地元である【カーツェ】だからこそ出来たのである。
時間が掛かるようなら連れ戻さなくてはならない。
エブリムもヘリオンも納得できることではあったが、それでもクウが一人で破壊迷宮を攻略できるとは思っていなかった。
「……行っちまった」
「…………」
追いかけることも出来ずに佇む二人の獣人。
だが二人はクウの本当の実力を理解してはいなかった。彼らの心配が全くもって無駄で、意味のないものであるということを二人は知らない。
◆ ◆ ◆
結局クウが九十階層に辿り着いたのは二日後だった。圧倒的な身体能力と超絶的な能力を所持しているクウにとってはもはや迷宮も試練とは言い難い。せいぜいアスレチック程度の感覚である。
十階層ごとに出現するボスも大抵は瞬殺していた。天使化する前ならば苦戦していたであろう強力な魔物たちも今のクウにとっては物足りない程度であり、以前は半年もかけて攻略した迷宮を二日でクリアしてしまったのである。
そして今、クウは九十階層の扉に手を掛けようとしているところであった。
「九十階層を守っているのは……狐か。天九狐だったか?」
五十階層を越えてから見られ始めたボスの告知。扉に彫り込まれた模様はどのような姿のボスであるのかを示していた。ファルバッサから迷宮を守護する神々の使いを聞き及んでいるクウは、すぐに破壊迷宮を守っているのが天九狐であると理解できた。
「それにしてもやっぱり試練の最中だったか。俺の時とは違った試練みたいだけど」
クウは気配や魔力を感じ取ることで扉の向こう側の状況を理解できている。二つの強大な存在が扉のすぐ向こう側で佇んでいるらしく、この二つはシュラムとレーヴォルフだろうと判断した。そして荒れ狂うような気配と魔力を放ちながら戦闘をしている存在が一人。これはミレイナだろうと予想できる。
だがミレイナの相手をしている存在はクウにも強さが計りきれなかった。いや、比べることも烏滸がましいほどの気配を持っているとは判るのだが、その気配は霧に包まれたようにハッキリしない。以前に山脈で戦ったキングダム・スケルトン・ロードよりは上だが、オロチよりは下といったところだろう。
しかしこのハッキリしない気配にクウはさらなる戦慄を覚えていた。
(俺に見せられる程度の気配でこれか……やはり超越者)
シュラムやレーヴォルフ、そしてミレイナとは違って気配を感じることが出来てしまったクウ。次元の違う超越者の領域へと近づいているクウには天九狐ネメアが隠している気配を一部だけ感じることが出来た。それ故に一瞬だけ扉を開けることを躊躇ってしまったのである。
しかしこのまま中の状況を見ることなく帰ったのでは負けた気分だ。確かに気配と魔力を感じ取ることで中の様子は大体分かっている。だからといってこのまま帰るのは少し違うのだ。
クウはそう自分に言い聞かせて豪華な装飾の扉を両手で押す。
そして先に声を掛けてきたのはレーヴォルフだった。
「やっぱりこの気配はクウだったね。一人で来たのかい?」
クウは『ああ』と返事をしようとしたが、それよりも先に激しい戦闘へと目を奪われた。
いや、正確には嵐と凪が両立している戦闘というべきか。
力の限り暴れまわり、スキルを発動させて攻撃を途切れさせないミレイナと、その場から一歩も動くことなく狐の尾を流れるように動かして全てを防御するネメア。
クウはネメアが何者か初めは分からなかったが、薄っすらと見える強大な気配と九本ある尻尾から天九狐だと判断した。地球では九尾の狐が美女に化けていた伝説があるのだ。それが頭に浮かんだため、すぐに納得できたのである。
クウは少し遅れてレーヴォルフへと返事を返した。
「ああ、そうだ。こっちは仕込みが終わったからな。念のため様子を見に来た」
「そうかい。まぁ、ミレイナは見ての通りだよ」
「どういう試練なんだ?」
「ネメアに傷を、っとクウは知らなかったね。あの狐の尻尾を九本も生やした美女がネメアだよ。本来はそこの扉に描かれていた姿をしているらしいけどね」
レーヴォルフをそういいながら開かれたままの扉に目を向ける。クウが扉を開けて九十階層へと入ろうとしているところで固まったので、未だに扉はクウの手によって開かれたままなのだ。
クウも自分がフロアに入りきっていないことを思い出して足を進める。背後で静かに扉が閉まったのが感じ取れた。
「それで……何の話だっけ?」
「試練だよ。ミレイナは何の試練の最中なんだ?」
「ああ、そうだったね。どうやらネメアに傷を付けることが試練の内容らしいよ」
「……なんだそれは?」
クウは訝しげに聞き返す。
それは試練が簡単そうだったからではなく、絶対にクリアできない内容だったからだ。
(絶対に乗り越えられないようなものは試練ではない……だったか? どういうことだ?)
ファルバッサが以前に語っていた言葉を思い出して眉を顰める。
ネメアが提示した試練はどう頑張ってもクリアすることが出来ない。何故ならクウ自身もネメアに傷を付けるのは難しいだろうと考えているからだ。
それは《幻夜眼》や《月魔法》を使ってでも、である。
圧倒的な地力と技量差によって防がれてしまうだろうと考えられた。不可能ではなく難しいと考えるのは、《幻夜眼》の意思干渉がギリギリ届き得る能力だったからに過ぎない。ネメアはオロチすらも越えている強さだとクウは感じ取っていた。
少し考え込んでいたクウにレーヴォルフの隣にいたシュラムが声を掛ける。
「クウ殿。ミレイナは試練に合格できるのだろうか?」
「うん。僕もクウの意見を聞かせて欲しい」
二人は実に一週間も九十階層でミレイナの試練を見続けている。その中で二人はある程度の見通しを立てていたのだが、ここで自分たちよりも力量が上のクウにも尋ねてみたのだ。
もしかしたら自分たちでは気付いていない何かがミレイナにあるのかもしれない。そんな淡い期待を胸に尋ねたのだが、クウはそれに対して即答した。
「無理だな」
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