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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
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EP193 狐獣人の首長


「ぎゃああああああああああああああああああっ!?」



 そんな叫び声が響き渡る快晴の空。

 おもわず地中の魔物すら飛び出てくる昼の砂漠の上空を北に向かって何かが高速で通過していった。



「五月蠅いぞ。いつまで叫んでいるつもりだ」


「黙れェッ! 空を飛ぶとか非常識すぎるだろ!」


「慣れろ」



 そんなやり取りをしながら遥か上空を飛翔するのはクウとエブリムである。砂漠の各地に散らばっている獣人の里を回っている二人は移動時間短縮のために空を移動していたのだった。形としては翼を出したクウがエブリムの両腕を掴んで浮遊している状態になる。クウの一存で地上に叩き付けられてしまうエブリムとしては当然の主張なのかもしれないが、クウは軽くあしらって飛翔を続けていた。



「落ちてもすぐに助けてやるから問題ないぞ」


「分かっちゃいるけど……やっぱり非常識だ!」


「いまさら常識的な方法でレイヒムに勝てると思うなよ」


「うっ……」



 そう論破されてエブリムは言葉を失う。

 確かにレイヒムは常識では有り得ない方法で【砂漠の帝国】を手に入れたのだ。取り返す方法も常識的ではいられないのである。

 それにクウもエブリムを落とすつもりなどない。もしも何かの間違いでエブリムが落ちてしまったとしても地上まで落下する心配はないのだ。



「それに後は狐獣人と猫獣人の首長を説得するだけだ。猫獣人の方はヘリオンがやってくれているし、俺たちは早く狐獣人の里に行かないとな」



 こうしてクウがエブリムを運んで砂漠を飛び回っているのには理由がある。それはきたるレイヒム強襲作戦のために獣人たちの意思を統一するということだ。

 レイヒムの本性を知っている一部の者たちは味方をしてくれるだろうが、多くの者はレイヒムを病魔から救ってくれた英雄だと思っている。そんなレイヒムに対して反乱のような行為をすれば、非難されるのはこちら側となるのだ。

 そしてそれを避けるためには各獣人の首長を味方に引き入れるのが近道である。幸いレイヒムは呪いの力を明かして各首長への牽制としている。つまり首長たちはレイヒムに自分たちの民が人質として取られていることを知っているのだ。クウたちの話を聞いてくれる可能性は高い。

 現にエブリムがいたこともあって獅子獣人の首長であるアシュロスの説得は簡単だった。やはり息子であるエブリムがいたことも決め手となったのだろう。クウが獅子獣人の里で呪いを破壊しつくしたことも良かった。その後で向かった狼獣人の里でもアシュロスの手紙があったことと、エブリムがいたこともあって説得は難しくなかったのである。

 だがエブリムは少し厳しい顔つきで口を開いた。



「猫獣人は大丈夫だろうが……狐獣人はやはり難しいかもしれんな」


「そうなのか? 俺は余り知らないんだが」


「狐獣人は保守的だ。今の平穏が守られているなら動かない可能性が高い」


「下手に反抗されるより厄介だな」



 獣人族は基本的に戦闘種族だが、種族ごとに特徴がある。

 まず有名な獅子獣人は力で正面から戦うことを良しとする種族だ。パワーがある彼らは竜人にも届き得る身体能力で相手を叩き潰すことを良しとする。そして同じく戦闘能力が高い狼獣人はスピードを重視している。蛇獣人は近接戦闘よりも魔法の方が得意だ。猫獣人はしなやかな体を生かして隠密性の高い行動をとる。暗殺者のように気配を消し、背後を取るようにして戦うのだ。そして問題の狐獣人は元から進んで戦おうとはしない。戦う力は守る力であり、進んで力を行使しようとは思わないのだ。身を守るためだけに戦うのである。



「ミレイナ達には三週間って言ってあるからな。残った時間はあと五日程度だ。時間が足りなかったら諦めることも考慮にいれよう」


「たしかに……ヘリオンを回収して【帝都】まで帰ることを考えれば、説得に使える時間は三日が限度だろうな。協力はなくともこちらの事情を理解してくれるだけで十分じゃないか?」


「……そうだな。【フクス】から【カーツェ】までは遠いしそれが限界か」



 この国は【帝都】を中心に六つの里が周囲に散らばっている。謂わずと知れた竜人の里【ドレッヒェ】は最南端であり、獅子獣人の里【レーヴェ】は南東に位置している。また先程まで二人がいた狼獣人の里【ヴォルフ】は南西である。

 そして狐獣人の里【フクス】は北西に位置しているため、【ヴォルフ】からはほど近い。しかし北東の地中海で港町を構える猫獣人の里【カーツェ】と【フクス】はかなり遠いのである。如何にクウの移動速度が速くとも、それなりの時間はかかるのだ。亜音速飛行が出来るなら問題ないが、エブリムを抱えている以上は仕方がない。

 クウとエブリムは不安を抱えながらも遥か先に見え始めた【フクス】へと向かって行ったのだった。







 ◆ ◆ ◆







 日も暮れて空に星が見え始めた頃、狐獣人の里である【フクス】では三人の人物が顔を合わせていた。状況としては机を挟んで二人と一人に分かれている。異様なほど緊張に包まれいるこの部屋には物音ひとつしない。

 そしてその内の一人である獅子獣人エブリムには強い疲労の色があるように見えた。そんなエブリムを気遣ったのか、対面に座る人物が声を掛ける。



「お疲れのようですね。薬草茶でも飲みますか?」


「あ、いえ! 大丈夫です」



 慌てて遠慮するエブリムだが、その人物は立ちあがって湯を沸かし始める。どうやら断るという選択肢はないようだ。

 この人物は狐獣人の首長ローリア・ホルス。女性でありながら首長を務めており、強さだけでなく女性らしい細やかな気遣いや所作が垣間見えていた。それだけでなく見た目も十分な美貌と言える。まさに才色兼備だった。



「事情は先ほど頂いた手紙で把握しています……」



 薬草茶を用意しながらそう語るローリア。どうやら手慣れているらしく、言葉を話しながらも手が止まることはない。乾燥した茶葉を器に入れてお湯を注ぎ、そこで一旦手を止める。



「協力してもらえると思ってもいいのか?」


「はい……とは言えませんね」


「ま、そうだろうな」



 クウはそう言って溜息を吐く。無茶なことを言っているのはクウ自身も理解しているのだ。守るべき民が人質となっている以上、余計なことをしてレイヒムを刺激したくないのは当然のことである。それにかつての戦争で狐獣人はレイヒムの側についていた種族でもある。今更こちら側に付くとしても感情的に色々と難しいものがあるのだ。

 感情面を抜きにしても、ローリアはまずクウのことを信用できない。今は顔を晒しているので獣人でないことは分かっているのだが、その見た目から魔人でもヴァンパイアでもないと理解しているのだ。そして魔族のどの種族にも当てはまらないとすれば人族ということになる。そういったロジックの思考が出来たために余計クウを信用できなかったのである。



「どうすれば信じて貰える?」


「信じることなど出来ませんね。私が信じるのはこの里の民と私自身だけです。私たちは確かにこの国の一部ではありますが、同時に独立した部族でもあります。本当の最後に信用できるのは……わかりますよね?」


「そうか」



 クウは小さく呟いだだけなのだが、耳の良いローリアには聞こえていたようだ。そうですよ、と小さく返して再び手を動かして薬草茶の用意をする。

 茶葉とお湯が入れられた器に色が染み出たところで清潔な布で濾しながら二つの湯呑に薬草茶を注いでいくローリアの姿はどこか楽しげだ。恐らく趣味として日頃から薬草茶を淹れているのだろう。手つきも相当手慣れているように思える。

 ローリアはそうして用意した二つの薬草茶をクウとエブリムの前に置き、彼女も椅子に座った。



「どうぞ」


「ああ、頂こう」


「い、いただきます」



 何故か緊張しているエブリムを横目にお茶を一口含む。薬草茶と言っていたが、どちらかと言えばハーブティーのような香りが鼻を突き抜け、リラックスした気分になる。エブリムも恐る恐ると言った様子でお茶を飲み、その美味しさに驚いていた。

 だが驚いていたのはエブリムだけではない。



「思いのほか簡単に飲むのですね。毒が入っていたらどうしたのですか?」


「なっ! 毒!?」


「まぁ入っていませんが」


「えっ!? えぇぇ……」



 思わず立ち上がってしまったエブリムは恥ずかしそうにしながら再び座る。確かに出されたお茶はクウとエブリムの二人分であり、毒が入れられている可能性は否めなかった。

 だがクウにはそんなものは通用しないのである。



「もしも毒が入っているなら見て判る。俺も初めて会う人物を信用するほど御人好しじゃないからな。例えばこのエブリムみたいにローリアの美貌に騙されて内にある腹黒さを見抜けないような馬鹿じゃない」


「おい!」


「まぁ頼もしいですね」


「ええ!?」



 二人の会話について行けずに残念な子のように扱われるエブリム。確かにローリアは非常に美しい見た目をしており、独身であるということから興味が出てしまうのは仕方ない。だが上辺に騙されているようではエブリムもまだまだである。

 そしてクウは薬草茶を一気の飲み干して立ち上がり口を開いた。



「俺の言葉が信じられないならばお前自身が判断するといい。それだけの材料は用意してやる。今はこちらの味方に付いてくれなくても、結局あんたたちは被害者だからな。好きにするといい」


「あら、優しいのですね」


「優しさついでに呪いの原因は破壊しておいてやるよ」


「そういえば手紙にも書いてありましたね。温情を頂けるというのでしたら遠慮なく」



 そう言って白マントで身体と顔を隠し部屋を出ていくクウ。それを見たエブリムは慌てて残ったお茶を飲み干し、クウを追いかけて出て行ったのだった。

 残された首長ローリアは呟く。



「願わくば……信じさせてほしいですね」



 ローリアが選択したのは『どっちつかず』だ。最終的にクウが勝とうがレイヒムが勝とうが関係ない。今は『どっちつかず』で状況を鑑み、勝った方について行くのだ。

 今の平穏を愛するが故の選択肢だ。この腹黒さは狐らしいといったところだろう。ローリアとの会話の中でそれが分かったクウは無理に引き込むことを諦めて自分も信頼に足る行動で示そうとしたのだ。

 【帝都】への帰還予定まで残り四日。

 クウとエブリムの二人は明日から猫獣人の里へと向かうために人知れず体を休めるのだった。







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