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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編

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EP177 レイヒムの召喚獣

 一方で、クウが幻術で創りだした巨大蛸の怪物は【帝都】を蹂躙し続けていた。感染する幻術の効果によって、巨大蛸の攻撃は実際の痛みのように感じられる。負った怪我も現実のようであり、壊された建物も本当のことのように感じるのだ。

 しかし獣人たちはそのようなことを知るはずがない。こちらの攻撃は無効であり、巨大蛸からの攻撃だけは効果があるという余りにも一方的な状況に絶望しかけていた。



「《気纏オーラ》は効いたか?」

「ダメだ。あのブニブニした体表に弾かれる」

「範囲魔法も無理か?」

「ああ、効いてない」

「クソ! 獣化しても歯が立たねぇ……」

「鑑定結果はどうだ?」

「ダメよ! 私の《鑑定》が効かない!」

「なら《解析》スキルはどうなんだ?」

「解析不能だよ! 僕もこんな結果は初めてだ!」



 初めて見るモンスター、初めて見る性質、そして《鑑定》も《解析》も通じない相手。十メートル近い八本の触手によって本体に近寄ることも出来ず、だからといって触手を切断することも出来ない。しかもこの巨大蛸は【帝都】に七体も出現しているのだ。

 まさに地獄の様相である。

 そしてこの状況にはレイヒムもギリギリと歯を鳴らして打ち震えていた。



「くっ! このようなときに何故あんな化け物が……」



 最近の状況はレイヒムにとって散々なものだと言えるだろう。

 オロチを利用した竜人を従える計画は半分しか成功せず、むしろ神獣ファルバッサの出現によって奮い立ってしまったように感じられた。そのせいで早急に奴隷首輪を揃える必要も生まれ、そうかと思えば【帝都】に化け物が現れたのだ。

 レイヒムとて悪政を敷いているわけではない。皇帝である以上は【帝都】を守る義務があるのだ。



「ミレイナ、あの化け物を潰しなさい」


「ちっ! わかった」



 灰色のローブのような服を纏ったミレイナが嫌そうに返事をする。自らの首に奴隷化の魔道具が装着してあることは嫌というほど理解しており、反抗しても体に激痛が走るだけだと分かっているのだ。それに仲間の竜人と戦うことならまだしも、【帝都】で暴れている化け物を止めるためということなら多少は妥協できる。

 ミレイナは近場にいる巨大蛸を見据えて走り去っていった。



「あの【固有能力】……味方になれば頼もしいですね」



 レイヒムはそう言ってミレイナの後姿を見つめる。ミレイナの能力である《竜撃の衝破》は超振動の波を操って対象を破壊する効果を有している。しかも魔力の消費なく全方向に撃ち続けることが出来るため、無差別破壊に特化した攻撃能力だと言えるのだ。

 制御しなければ味方にも被害を及ぼす危険な能力ちからだが、奴隷化してしまえば制御も楽である。レイヒムとしては非常に優秀な手駒を手に入れたことになるのだ。



「さて、私もあの化け物に対処しなければならないでしょうね」



 ミレイナを送ったことで安堵しかけていたが、あの巨大蛸は全部で七体もいるのだ。つまりミレイナ一人だけでは残り六体に対処できないのである。こうしている間にも被害は増え続けるため、レイヒムとしても何かしらの対応をしなければならないのだ。



「『我と契約せし眷属たちよ

 この地に呼び出そう

 我が盟約に基づき顕現せよ

 全地に示せ

 汝らの力、叡智、勇気を!

 《眷属召喚コール・ファミリア》』」



 レイヒムは《召喚魔法 Lv7》を用いて自らと契約した眷属を呼び出す。神種として進化したことによって手に入れた膨大な魔力を使って展開された魔法陣のような幾何学模様は、レイヒムの周囲で魔力光を放っており、そこから六体の魔物が出現した。

 真怪鳥ジーロック

 大毒蛇ポイズンコブラ

 死毒蠍デッドスコーピオン

 帝砂狼デザートエンペラーウルフ

 悪魔将デーモンロード

 混合獣マンティコア



「さぁ、行きなさい!」



 人族の基準ではSランク越えと言われる魔物たちが一斉に【帝都】へと散っていく。

 真怪鳥ジーロックは翼を広げることで二十メートルもの巨大な姿となり、その圧倒的な物量で押しつぶす事で知られている。大毒蛇ポイズンコブラは強力な麻痺毒を使って動きを止め、エサとして丸呑みする蛇の魔物だ。死毒蠍デッドスコーピオンは一撃必殺の毒であらゆる敵を仕留める。前皇帝のシュラムの父親を殺害した毒でもあるのだ。帝砂狼デザートエンペラーウルフはクウも迷宮で戦った砂漠の帝王。悪魔将デーモンロードはヤギの頭に蝙蝠の羽を生やした巨体であり、相手の生命力を吸い取りながら近接戦闘と精神攪乱の魔法で襲ってくる厄介な存在だ。混合獣マンティコアは獅子の体と悪魔の羽、そして蠍の尾を持ったキメラであり、圧倒的な速度から繰り出される毒攻撃が非常に強力な魔物である。

 この六体はレイヒムの命じるままに【帝都】を襲っている巨大蛸の元へと向かって行き、その役目を果たそうと力を行使する。



「キイィィィィィッ!」



 地上に大きな影が落ち、轟音と共に襲って来た風圧が全てを地面に叩き付ける。戦っていた獣人は悲鳴を上げるが、そんなことにはお構いなくジーロックが巨大蛸へと掴みかかった。それでも巨大蛸は十メートル近い蛸足と五メートルほどの頭を保持している巨体だ。負けじと巨大蛸もジーロックに絡みつき、あっという間に拮抗した戦いへと変化する。

 これを見た獣人たちは状況を素早く判断して行動に移す。



「レイヒム様の召喚獣だ! 避難しろ!」



 皇帝であるレイヒムの召喚獣は多くの獣人が知っている。遂に皇帝自らが動き出したのだと察知して一斉に避難を開始した。レイヒムの召喚する怪物は魔族にとっても強敵である。巻き込まれないように、そして邪魔しないようにしなければならないのだ。



「シャーーーッ!」



 ポイズンコブラは縫うようにして建物の間をすり抜け、巨大蛸の隙を突いて巻き付く。同じ柔軟な肉体を持つポイズンコブラは難なく巨大蛸を捕らえ、間髪入れずに咬みついた。そして得意の麻痺毒を一気に流し込んでいく。

 だが巨大蛸は全く動きを鈍らせた様子もなく逆にポイズンコブラへと蛸足を絡ませた。決して逃がさないように力を込め、こちらもまた拮抗した状態となる。麻痺毒が効いた様子の無いポイズンコブラは一瞬動揺するが、それでもさらに毒を流し続けて締め付ける力を徐々に込めていく。

 一方で同じく強力な毒持ちのデッドスコーピオンも毒の効かない巨大蛸に困惑していた。デッドスコーピオンは三メートルもある巨大な蠍型魔物であり、あらゆる敵を毒で殺してきた。しかし目の前の自分より大きな蛸モンスターは毒が効いた様子もなく元気に暴れているのだ。一撃必殺の毒による戦いしか知らないデッドスコーピオンは戸惑いを見せ、状況は不利といったところだろう。

 カチカチッ

 迫りくる八本の触手を二本の鋏で捌くのは至難の技であり、必死になって尻尾を突き刺したり毒を噴射したりしながら奮闘しているのであった。



「グルルゥ」



 砂漠の王者であるデザートエンペラーウルフはその俊敏さを用いて巨大蛸を翻弄していた。鞭のようにしなる蛸足さえ回避できれば本体は非常に鈍間なのだ。動きにくい砂漠地帯で素早さを武器としているデザートエンペラーウルフの敵ではない。しかしデザートエンペラーウルフも巨大蛸に決定打を与えることは出来ない。

 デザートエンペラーウルフ有利でありながらも仕留め切れない戦いは続く。



「グオオォォォォッ!」



 ヤギの頭と蝙蝠の羽を持った巨体の悪魔デーモンロードは咆哮を上げながら巨大蛸を蹂躙する。叩き付けられた蛸足をものともせずに殴りつけ、自慢の耐久力とパワーを十全に使って巨大蛸を抑えていた。

 しかしデーモンロードも《HP吸収》と《MP吸収》が起動しないことに困惑はしていた。まるで抜け殻でも相手にしているかのように手ごたえがないのだ。しかしそれがなくとも巨大蛸を相手に有利な戦いをすることが出来ている。デーモンロードは圧倒的な力で巨大蛸を殴り続けるのだった。



「…………」



 マンティコアはデーモンロードとは対照的に計算されたような落ち着いた動きをしている。キメラとしての見た目から想像もできない狡猾な魔物がマンティコアであり、まるで人間のような戦術を披露することすら珍しくないのだ。

 めぐるましく動く瞳の奥では常に数十手先を想定しており、蠍の尾の毒や、爪による攻撃で相手の特徴を探っている。未だに弱点を見つけるには至っていないが、六体の中では最も勝利に近い行動を取っているといえるだろう。

 そうはいっても巨大蛸はクウの幻術であり勝利は有り得ないのだが……

 そしてデーモンロードに並んで派手な戦いを繰り広げていたのはシュラムの娘ことミレイナだった。



「はあぁぁぁぁぁっ!」



 ズガンッ!

 気合の掛け声とともに衝撃が鳴り響き、巨大蛸は大きく変形する。破壊の波動を操って対象を崩壊させる《竜撃の衝破》を存分に使って巨大蛸を一方的に攻撃していた。巨大蛸も触手を操ってミレイナを攻撃しようと試みるのだが、ミレイナの《竜撃の衝破》は全方向に放つことが出来る無差別破壊スキルだ。蛸足は問答無用で弾き返される。

 だが攻撃が効かないのは巨大蛸も同じだ。



「くっ! 何なのだコイツは!」



 ミレイナは正面から迫る触手の一本を全力で殴りつける。そしてそれと同時に《竜撃の衝破》を起動。凄まじい衝撃となって蛸足は弾き返される。しかし八本ある蛸足を一本防いだ程度で安心するのはまだ早い。次の攻撃がミレイナに迫っていた。



「っ! 《気纏オーラ》!」



 咄嗟に発動した《気纏オーラ》がミレイナを包み、身体能力を向上させる。そして次々と迫る蛸足を何とか回避することが出来た。彼女の赤いオーラは父親譲りであり、周囲で見ていた獣人たちは一瞬だけシュラムを連想するが、そんな筈はないと首を振って戦いを観察することに集中する。

 突如参戦してきた目の前の人物は圧倒的な能力で巨大蛸と戦っており、悔しいながらも自分たちでは足手まといにしかならないと感じているからだ。実力を弁えない者が数人ほどミレイナの《竜撃の衝破》に巻き込まれて吹き飛ばされたことも理由の一つである。



「すげぇな。何者だ?」

「さぁ、とにかく助かった」

「他の場所でもレイヒム様の眷属が戦っている。恐らくレイヒム様の隠し玉だろう」

「顔が見えないのが残念だな」

「赤いオーラ……竜人族を思い出すな」

「反逆者シュラムだろ?」



 そんな会話もミレイナには聞こえない。無尽蔵に放たれる衝撃が街ごと巨大蛸を破壊しようとするが、やはり効果がある様子はない。遠距離の衝撃波は受け流すようにブニャブニャと震えるだけであり、直接攻撃でも巨大蛸を弾き飛ばすだけで精一杯だ。



(せめて糸があれば捕縛できるのに……)



 さすがに武器となるモノはミレイナに与えられていない。《操糸術 Lv4》による糸を使った武術はレーヴォルフから教わった戦い方だ。裏切者に教わった戦闘技術を使うのは癪だが、この状況ではそんなことも言ってられないのである。

 尤も、捕縛したところで巨大蛸は糸をすり抜けることが出来ることをミレイナは知らないのだが……

 そして全ての戦いを少し高い場所から見ていた皇帝レイヒムは呟く。



「私の《鑑定》でも通じないか……。一体あの化け物は何なのでしょう?」



 誰にも聞こえないその言葉は晴れた空へと消えていったのだった。






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