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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編

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EP176 収監名簿と奴隷

 クウが地下一階まで降りた先で見たのは上の階と同じような光景だった。ただ少し違うのは地下だけあって少し空気が淀んでいることだろう。相変わらず壁や天井には多数のパイプが敷き詰められており、空調の管理を行っている。明かりも最小限であり、十メートルも奥になれば全く見えない闇だ。囚人の様子も地上に比べればピリピリとしている様子であり、たまに何か暴れているような騒音も聞こえる。

 何も知らない子供が来れば泣き出してしまいそうな空間ではあるが、クウは全く気にした様子もなく目的の管理室を探す。



「降りてすぐの場所にあるはずだけど……あれか」



 暗くて分かりづらいが、確かに扉には管理室の文字が書いている。相変わらず知らない文字ではあるが、召喚の効果なのか読むことに問題は無い。便利なので特にツッコまなかったが、よくよく考えれば不思議なことである。



(ん? というか人族と魔族は同じ文字を使ってるんだな。山脈で隔絶されている上に千年以上も交流がないのに。それにあまりにも自然過ぎて気付かなかったけど、リアも竜人と普通に会話してた)



 地球では幾つもの言語が混在している。そしてそれは地形的な関係で行き来しづらい場所であるほど特異な言語形態であることも多い。例えば日本が良い例だろう。英語ではアルファベット二十六文字であるにも拘らず、平仮名とカタカナが五十音ずつで漢字も無数にある。文字数だけでなく文法的な違いも顕著であるため、日本人が英語を習得するのは困難に感じるのだ。

 しかしエヴァンでは人魔境界山脈で領域が分断されているにも拘らず同じ言語を保っている。しかも長い時を経ても変わっていないのだ。例えばラテン語は長い年月の中で英語、ドイツ語、フランス語、イタリア語などに分岐している。かりに千年前は人族と魔族で同じ言語を使っていたとしても、現代では全く異なる言語へと変化しているはずなのだ。



(いや待て、時間による言語変化はステータス画面のお陰で保たれた可能性があるな。昔からステータス画面の言語を見続けていたなら言語が変わらなくても不思議じゃない。

 ってそんなことを考えている場合じゃなかった!)



 無駄な方向に思考が飛んでいたことに気付いてクウは意識を浮上させる。些細なことから思考の海に浸ってしまうことはクウの悪い癖であり、地球でもそれが災いして様々な分野に手を出していた。お蔭様で料理や裁縫などの家事スキルから、勉強に至るまで多様な能力を身に付けることが出来たのだ。

 悪い癖ではあるが、決して無駄な事ではない。また朱月 優奈がエヴァンに召喚されて、クウの記憶からも消されてからは謎の空虚感を満たすためにその傾向が強くなっていた。それが異世界に召喚されて役立っているというのも因果な話である。

 ともかくクウは意識を戦闘モードに切り替えて集中を深める。



「管理室に一人……上で見張っていた四人の小隊長か? たしか五人一組の小隊を組んでいるんだったよな。どちらにせよ眠らせておくか」



 クウはフードを深く被り直して管理室の扉の前に立つ。小窓一つない無骨な鉄の扉であり、開けるだけでもかなりの力を必要としそうだ。クウは一度だけ深呼吸をして右手を胸の高さまで持ち上げ、意を決してノックする。

 ガンガン

 密閉された場所で金属を叩いた音が鳴り響く。

 少しすると、扉の向こう側に誰かが立つ気配が感じられ、すぐに向こう側へと開かれた。



「誰だ? ノックするなもう少し―――」


「眠れ」



 クウは間髪入れずに《幻夜眼ニュクス・マティ》を使って眠らせる。さらに夢の中で仕事をしている状態を再現し、目覚めた時に記憶が混濁するように細工しておいた。次に目が覚めた時にはもうクウのことを覚えてはいないだろう。



「よし。名簿を探すか」



 バタリと倒れた獣人を持ち上げて中に入り、先程まで座っていたと思しき椅子に座らせる。どうやら書類仕事をしていたらしく、デスクの上には紙とペンが散らばっていた。

 クウは早速とばかりにデスクの上の書類に軽く目を通す。



「これは……刑罰に関する書類か? 重犯罪者を奴隷にするのか。まぁ珍しくもない書類だな」



 クウの頭には先程のミレイナの姿がチラリと浮かんだ。スルーしていたが、あのように人質として捕まえたはずのミレイナを奴隷化させるのはおかしい。普通ならば頑丈な部屋にでも幽閉しておく程度だろう。ミレイナの《竜撃の衝破》対策なのかもしれないが、それでも違和感が多かった。

 迷宮に隠れていた反レイヒム派を襲撃したのもミレイナらしき人物だというし、クウにもレイヒムの目的が計りかねた。



「やっぱり竜人を戦力として傘下に置くつもりなのか? ミレイナはそのための人質だと思ったけど、普通に戦力として使っているよな……」



 悩みつつもクウはさらに書類を漁っていく。ミレイナや竜人の件も大事なことだが、今は早く反レイヒム派に関する名簿を見つけることが先だ。机の上や、デスクの引き出しを手当たり次第に探っていく。

 そして上から二段目の引き出しを開けたとき、クウは一枚の書類に強い違和感を覚えた。



「ん? この書類に記されている囚人……さっきも机の上で見た気がするな」



 普段ならば書き直しただけだろうとスルーするところだが、クウの勘が良く調べるべきだと語っていた。そこでクウは再び机の上に視線を戻して幾つかの書類をどける。

 すると探していた物はすぐに見つかった。



「モライ・ラマ、殺人及び強盗の連続犯。死刑が確定している。そしてこっちもモライ・ラマ、殺人及び強盗の連続犯。奴隷兵の終身刑になっている。どういうことだ? 死刑から一転して奴隷化になっているぞ」



 クウはまさかと思って机の上に目を向ける。さっきは気にしていなかったが、そこにあった書類に記されている囚人は全て殺人以上の重犯罪者であり、刑罰に奴隷兵の終身刑となっていた。

 そしてモライ・ラマの書類を見つけた二段目の引き出しをさらに漁ってみると、机の上で見た囚人の名と同じ名前の書類が大量に見つかったのだ。



「死刑囚、一定以上の監禁囚をメインにして奴隷兵化されようとしている。レイヒムは戦争でも起こす気なのか? それなら竜人を戦力として欲している事にも納得がいく」



 クウがシュラムや反レイヒム派の残りであるエブリムとヘリオンから聞いた情報を統合して出した結論は、レイヒムが竜人を戦力として欲しているということだった。そのためにオロチを利用して心を折ろうとしたのであり、今こうして呪いで竜人を降伏させようとしているのは不本意な状態に違いないと考えたのだ。



「もしかしてレイヒムは竜人全てに奴隷化の魔道具を使うつもりか? 俺が呪いの核を破壊したからレイヒムも竜人に呪いが進行していないことには気づいているハズ。ならば謎の病が呪いだと気付かれたのではないかって疑っているかもしれないな。奴隷化してしまえば好きに口封じ出来るし、普通に心を折るよりも簡単に従わせることが出来る。まぁ、奴隷化の魔道具の数が揃うかが分からないけど」



 さらにデスクの中身を探り、一番下の段まで調べ尽くすとその証拠となるようなものが見つかった。



「奴隷首輪の取引書だ。五千も発注してんのかよ。相手国は……【アドラー】か。たしか人族を嫌っている魔人の国だったっけ。そうだとしたら戦争の相手は【レム・クリフィト】の可能性が高いな。予想では優奈もいるみたいだし、魔王が俺と同じ天使だったはずだ。

 取引の日時は三か月後になっているから、戦争が起こるとすれば早くて半年後ぐらいか? いや、既に兵力以外の準備は整っていると考えれば四か月以内だと思った方がいい」



 想像していた以上に壮大な状況であると理解してクウは顔を引き攣らせる。この世界に来て命の奪い合いは幾度となく経験したが、さすがに戦争は初めてのことだ。戦争も人の営みであるために、クウの勝手で止めるのは気が引けるが、それでも今回に限ってはレイヒムが関わっている。

 加護無しに【魂源能力】を開花させたことも含めて謎も多く、さらにレイヒムは【魂源能力】を利用して世に混乱を齎している。それを広げて戦争まで起こそうとしているならクウは介入することを厭わない。



(まさかゼノネイアは戦争まで止めろとかいうつもりで俺を送ったんじゃないだろうな? たしかに相手が俺たちの味方の【レム・クリフィト】なら有り得る。いかに魔王が天使でも同じ【魂源能力】を使う相手なら面倒なことになるかもしれないしな。

 まさかファルバッサの呪いを解くつもりで戦争に巻き込まれるとは思わなかったけど)



 虚空神ゼノネイアは真なる神だ。間違いなく超越者であり、潜在力に関しても他に追随を許さない量を秘めていることだろう。そしてその力ゆえに虚空迷宮の百階層ですら情報制限がされていた。その中には今回の戦争に関することも含まれていたのかもしれない。

 このタイミングの良さで偶然だと思うのは些か楽観的だ。



「俺が取れる選択肢……まず奴隷兵士を減らすために囚人を解放する。でもこれは犯罪者を野に解き放つことになるから却下だよな。少なくとも反レイヒム派の奴らは解放だな。何気にこいつらも奴隷兵の終身刑になっているし」



 クウは机を調べ回ったことで既に囚人の名簿を見つけている。その中にはクーデターを画策したということで捕らえられている囚人の名が大量にあったのだ。どうやら奴隷化の首輪が足りないために取りあえず牢に閉じ込められたままになっているらしい。



「早急に戦力を整えてレイヒムを強襲。そして『神種』や【魂源能力】について問い詰める。さらに俺の幻術でファルバッサの呪いを解かせる。作戦は変わらないけど、調べるべき情報はさらに増えたな。

 それに戦力としてミレイナは確保しておきたい。呪いの代わりに奴隷化を受けているみたいだし、発注書通り首輪タイプなら俺の意思干渉でどうにかできるかもしれない。戦争まで四か月あると考えて、ミレイナを天使化させることも視野に入れるか」



 呪いで苦しんでいる竜人のためにも早急な解決をするべきではあるが、これほど大きな話ならばこちらの戦力も十分以上に整えるべきである。ミレイナが《壊神の加護》を持っている以上、おそらく破壊迷宮の攻略によって天使となることができるはずだ。

 クウの予想ではレイヒムはオロチを召喚できないだろうと考えている。しかしそれも確実ではないため、揃えられる戦力は可能な限り揃えておきたいのだ。



「ミレイナは既に《到達者》だ。俺も協力すれば九十階層までの攻略は二週間で十分。問題はミレイナが試練をクリアできるかどうかだ。たしか俺の時は一週間もファルバッサの幻術空間にいたからな」



 【魂源能力】を手に入れる資格として重要なのは能力を扱う精神的な強さ。レイヒムのような力の使い方をしないためにも能力に振り回されない精神こころの強さが求められる。九十階層ではファルバッサと同じく神の使いがそのための試練を出してくる。

 ミレイナはどれぐらいの期間で試練を乗り越えられるかが一番の問題なのだ。



「いや、素質が認められているから加護を得ているんだ。大丈夫だろ」



 クウは首を振って自分に言い聞かせる。シュラムが言うにはミレイナは竜化も使えるのだということだ。つまりはそれなりの精神力も備えているということ。すぐに試練を乗り越えることだろう。

 そう考えたクウは名簿をパラパラと捲り、反レイヒム派と思しき者を確認していく。



「地下三階まであるのか。結構凄い収監所だな。やはり地下に行くほど重犯罪者ばかりになると……。当然ながら反レイヒム派の連中もここだな。というかこの辺りの奴らは全員が奴隷化に決定されている。あとは魔道具が届くの待つだけってか?」



 名簿を見る限りはかなりの数である。普通に百人は超えているのではないだろうか? しかも厳重に収監されているだけあって、かなりの強者ばかりのようである。たしかに奴隷兵として扱えば十分な戦力となることだろう。

 そうしてページを捲って最後の一枚となったとき、クウは眉を顰めて呟いた。



「最重要機密囚人……決して殺さないようにすること。食事の配給は扉の下方にある小さな窓から素早く与えるべし。顔も見てはならない。顔も年齢も種族も能力も名前も罪名すらも全てが機密事項。何だこれは?」



 クウの疑問の声は吸い込まれるように部屋の中で消えていった。






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