Chapter2-2
※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。
※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。
以上を注意の上、読んでください
狩桶のオフを利用した二日間は、警護に万全を期すため、徹底的な現場の再確認に費やされた。
狩桶が住むマンションや事務所、通うレッスンスタジオ、および付近の地形の確認。そして、事前に聞き取りを行った、狩桶が利用するコンビニや商業施設につながる道や、その近辺の見回りも怠らない。
こうして綿密に危険な場所を洗い出し、起こりうる事案のシミュレーションを幾度も重ね、万全の体制で仕事当日を迎えた。
狩桶の今日のスケジュールは、午前十時から事務所で打ち合わせがあると報告を受けている。
午前九時。明良と絵理佳は本社で準備をする。
メンズのスーツに着替える際、スーツの下に鋭利なナイフの刺突を一撃だけ防げる、金属混じりの特殊繊維で作られたペラペラな防刃チョッキを仕込む。
靴の外見はピカピカな革靴だが、中身は走りやすい運動靴と同じ構造だ。
ズボンを締めるベルトの上には、物をぶら下げるための幅が太いベルトの帯革をもう一重巻いている。
帯革には、鞘に納めた警戒棒、止血帯とガーゼと綿玉が入った応急キットや、食料が入ったポーチがぶら下げられ、それらの装備は長いスーツの裾で隠れている……明良は警戒棒を二本装備していた。
最後に隊員間で迅速に情報の共有を行うことができる無線機がクリップで帯革に止められていて、無線機から伸びるピンマイクが胸元につけられていた。服の下に隠したコードの先には片耳イヤホンが左耳に装着されている。
ボディーガードとして模範的な姿をしているふたりは、警護車両となる黒塗りのセダンに乗って狩桶の自宅へ向かった。
明良が運転し、助手席に絵理佳が座っている。
ハンドルを握り、進行方向から目を離さない明良が隣の絵理佳に声をかける。
「珍しいな、絵理佳が仕事前にもじもじしてるなんて、どうしたんだ?」
「いや~、だって今回の仕事は認知してる要人を初めて守るんだよ。それも、私が高校生の頃から知ってる、アイドルちゃん? 声優さん? どっちでもいいけど、憧れの人に会えるなんてドキドキしちゃうに決まってるよ~、グヘヘヘヘ~」
安全運転を心がけているため絵理佳の顔が見えない。だが、その声だけで丸出しな下心が伝わってきた。
「わかるぞ。それは俺も新人の頃、何度も味わってきたからな。だけど、興奮して集中力が途切れることがねぇように、しっかり意識を保って仕事しろよ」
「はーい! 絵理佳ちゃん全力でやるよーん」
「あと、絵理佳なんだかんだ仕事は真面目にやってるから心配してねえけど、間違っても憧れの要人に気安く話しかけんなよ!」
ビシッとした声で注意を促す。
――業務連絡や緊急事態以外は、ボディーガードから要人に話しかけてはならない――
全世界のすべてのボディーガードに共通する、絶対に破ってはいけない鉄の掟だ。
当然のルールだ。
ボディーガードが有名人にベラベラと気軽に話しかけていたら、職権を乱用して仲良くなろうとしているのではないかと疑われて信用を失いかねない。
「さすがに仕事中はふざけないよ。始末書なんて書きたくないし、楽しくなってきたこの仕事クビになりたくないもん」
「わかってんならいい」
信号機のライトが赤に変わり、ブレーキをふんわりと踏んでゆっくりと停車させる。
絵理佳が明良の左腕をガシッと掴んだ。
「おい、運転中にイタズラすんなって言っただろ?」
気だるく目を薄めて振り返る。
「いや~、ふたりでお出かけするのひさしぶりだな~って思って。仕事終わったら、ボルダリングとかボウリングとか、どっか遊びに行こっ?」
白い歯をピカッと光らせ、屈託のない笑顔で誘ってくる。
「全然ひさしぶりじゃねえだろ。昨日も現場の下見に行ったじゃねえか」
「明良と遊べない時間が八時間もあると、絵理佳ちゃん寂しくて死んじゃうの」
「大袈裟な、絵理佳はウサギかよ」
「そうだよっ! 絵理佳ちゃん、寂しがり屋でかまってちゃんのウサギちゃんだよっ! ぴょんぴょん!」
両手を頭の上に乗せ、耳のようにぴょこぴょことさせている。
「だ・か・ら、仕事が終わったら運動しにいこ? それか、バニーガールのコスプレして、鞭でビシバシとシバいてあげよっか?」
「鞭を持ってる相手の練習ならつき合ってやるけど、生憎、俺はそういう趣味はねえ。ひとりでやってろ」
「む~、明良のいけず~、このかわいくてかわいそうなウサギちゃんと遊んでよ~」
絵理佳は不満気にモチモチの頬をプクーっと膨らませ、明良の左腕を掴んで駄々をこねるように激しく揺さぶった。
「おい、信号変わったからやめろって、鞭の手合わせはしてやるから離せって!」
「バニーガールのコスプレしてみたいの!」
「それはひとりでやってろって!」
などと、緊張感が微塵も感じられない雑談をしながら、都会のビル街を警護車両で走り抜けていく。
車はオフィスビルが立ち並ぶ幹線道路を抜け、ベッドタウンの住宅街に入った。
その住宅街も、見上げるほどに高いタワーマンションが乱立していて、富裕層が作り上げるイケ好かない静かな空気が漂っている。路肩には手入れが行き届いた木々が植えられ、ゴミひとつ落ちていない。
都会の一等地に建てられたタワーマンションの一室の家賃は、並みのサラリーマンの月収を軽く超えるだろう。二〇歳という若さでこの高級住宅街のタワーマンションに住める狩桶はさすが大物アイドルだ。
治安がすこぶる良さそうな路地を進んでいき、狩桶が住んでいるタワーマンションに到着する。
地方のターミナル駅すら凌駕するような、巨大なロータリーに警護車両を停めてエンジンを切った。
ふたりは車から降り、警護車両の前で向き合ってミニミーティングを始める。
「今回の仕事は危険性が高い仕事だ、気合い入れていけよ」
「了解だよっ!」
「わかったならば総員、配置に就け!」
「了解!」
ふたりは一五度ほど頭を下げ、マスゲームさながらの完璧にそろった敬礼をする。
この敬礼は単なる気合を入れるためのルーティンではない。この様子を犯人が窺っていた場合、統率された動きを見せつけることで犯行をあきらめさせる抑止力としての意味も込められている。
「ヨシ! それじゃあ狩桶様を迎えに行くぞ。今日から絵理佳が基本的にエスコートするから、失礼のないようにしろよ」
「了解」
カチッと社会人モードにギアを切り替えたふたりの隊員は、足をそろえてエントランスに入った。




