Chapter3-2
※この物語は97%ほどフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※ヒロインがVtuberですが、作者はVtuberの仕事を引き受けたことがありません。また、顔を隠して活動している方々の仕事を引き受けたこともなく、実際の警備体制と異なる場合があります。
※作者は完全な専門家ではないので、物語の内容と現実の内容が異なる場合があります。書いてある内容が正しいと思って読まないでください。
以上を注意の上、読んでください
狩桶がルルエラのファンだと判明し、ニパーラで買い物をした日の夕方過ぎ。
帰社した絵理佳は白いタンクトップと黒い短パンに着替え、分厚く盛り上がる六つに割れた自慢の腹筋を晒していた。
そして、退勤前にトレーニングをしようと思い、スポーツドリンクが入ったペットボトルを持って、オフィスの廊下をドスドスっと歩いている。
(なんなの! 絵理佳ちゃんを差し置いて、ふたりで仲良くして!)
ニパーラの店内で明良と世奈が身を寄せ合い、楽しそうに話に花を咲かせ、ワイワイと服を選んでいた光景が油汚れのように頭にこびりついて離れない。
(いくらMONEちゃんだからって、仕事相手の明良とあんなに仲良くするなんて許せない!)
スタッフに優しい性格で、かつお金を支払っているとは言え、仕事の関係以上に親密になっていることがありえない上に……非常に腹立たしい。
(明良も軽くあしらってよ!)
最も信じられなかったことが、明良があそこまで童心に帰っていたことだ。
これまで明良と一緒に仕事をして、要人と親しく話す場面は何度か見てきた。だが、それはあくまでも表面上のつき合いで、プロ意識のフィルターを通して振る舞っていると肌で感じ取っていた。
普段明良はアイドルと接するとき、決められたテンプレートの受け答えをしている。
しかし、今日の明良は長年の友達とバカ騒ぎでもしているかのように、砕けた会話をしていたのだ。明良と一緒に仕事を始めてから初めて目にした光景だ。
(っていうか、ルルエラって誰なの?)
そして、もうひとつ気にかかっていたことは、ふたりが口をそろえて言っていたルルエラという存在。
(話についていけなかったなぁ~……)
共通の話題についていけなかったことが、悔しくて悔しくてたまらない。
明良がドルオタだったのは知っていたが、今まで誰を推していたのか聞いてこなかった。
普段から遊んでくれている、頼れる人が好きなものを日頃から知ろうと積極的に勉強してこなかったのが完全に悪い。聞き出さなければいけない。
(でも、死んだって……)
不穏なワードを思い出していると、トレーニングルームに到着した。
重たい扉を開け、目的の人を探す。
トレーニングルームの壁に沿うように設置されている、はしごのようなトレーニング機器、肋木。その肋木に明良はぶら下がり、反動をつけずに閉じた両足を頭の上まで上げる腹筋のトレーニングを黙々とこなしていた。
「九八、九九、一〇〇! ハァハァハァハァ……」
目標の回数が終わったのか、肋木からストンと降り、汗でぐっしょりとしている体をゼェゼェと激しく上下させる。
「絵理佳ちゃんビーム!」
右手に持っていたスポーツドリンクが入ったペットボトルを思いっきり投げつける。
ペットボトルはほぼ一直線の放物線を描いてすっ飛んでいき――明良はノールックでバシッとキャッチした。
「同じ遠距離攻撃が通用すると思うなよ、暴力バーサーカー女」
「さすがに愚かなるパラディン様でも同じ手は効かないか、ヘヘッ。トレーニングお疲れ様。それはおごりだよっ!」
「サンキューな。けど、食べ物を粗末にするなよ」
「いや~、鈍感なパラディン様にブチ当たって、クッションになるかなって思って」
「本当にプロのピッチャーかって思うぐらいの速球で飛んできてビックリしたぞ」
フタをカチッと開けてゴクゴクと喉を鳴らしていく。
「足上げ腹筋何回やったの?」
「一〇〇回だ」
「キツイ?」
「キツすぎる」
「そんな回数で根を上げてたら、いつまで経ってもこの女勇者様に勝てないよっ?」
「俺の元の体重が重たすぎるから仕方ないだろ。ぶら下がってるだけで腕が辛いんだ」
「うん、そうだね、ハハッ……」
「ん? なんだ、絵理佳、煽りにキレねえぞ。いつもなら、絵理佳ちゃんは三〇〇回できるよ、キャハッ☆ とか自慢してくるだろ。明日も仕事があるんだ、疲れてるなら遊んでないで帰ったほうがいいぞ」
「さすがに二年もつき合いがあるとバレちゃったか」
絵理佳は人差し指で、ハリのある白い頬をポリポリとかいている。
「疲れてるっていうか、ちょっと気になることがあってね。でもでも、明良に聞いていいのかなって思って」
「俺と絵理佳の仲だろ。遠慮なく話せよ。その気の迷いで体がとっさに動かず、要人を守れなかったら困るからな」
「わかった、じゃあ聞いちゃおうかな。でもでも、明良、機嫌悪くならないでね」
「普段から煽ってくるやつが、今さらなに怖気づいてるんだよ」
「だって……人の死にかかわることだから……」
普段は自然と出ている笑顔が引きつっているのがわかる。
「ルルエラのことか」
「うん。明良がMONEちゃんと話してるとき聞いちゃってさ。絵理佳ちゃん、明良がボディーガードになったきっかけ深く聞いてなかったなって思って」
「まあ、聞かれてたなら仕方ないか。本当は絵理佳がもう少し仕事ができるようになって、重圧に耐えられるメンタルに育ってから話そうと思ってたけど、この際だ、教えてやろう。なんで俺がボディーガードになったのかを」
「教えて」
絵理佳はおふざけモードが一切感じられない、接客時と同じような真剣な顔になる。
明良はひと呼吸置いて、一瞬でセリフをまとめ上げる。
「今から一〇年前……俺が高校三年生のとき、ルルエラっていう俺が推してたアイドルがいたんだ」
「うん」
「ルルエラは本当にかわいくて、配信を見てるだけで幸せな気持ちになって、人生を捧げてもいいって思った俺の生き甲斐だった」
明良の声のボリュームは上がっていない。
「でも、その生き甲斐だったルルエラが……恋愛を拗らせた犯罪者の手によって、殺されたんだ」
「っ――」
息を飲み、目がガバッと見開く。
全身の血の気が引いていくのがわかる。
「それで俺はルルエラが殺されたことに絶望して、天国のルルエラに会いに行こうと思って飛び降り自殺したんだ。そしたら、その日偶然ビルの警備をしてた陽子さんに助けられて、スカウトされて、ボディーガードになったんだ。これが俺がボディーガードになった経緯だ」
話が終わったが、かける言葉が見つからず、数秒の沈黙が舞い降りる。
その絵理佳に、明良は強くしゃべることを意識して語り続ける。
「アイドルの人生を守るということは、そのアイドルについて回る、ファンの人生も守るということになるんだ。仮にアイドルを守れなかったら、何万人ものファンたちの怒りと悲しみを背負うことになるんだ」
実際に悪いのは襲いかかった加害者だが、信頼を受け、命を預かる仕事をしている以上、依頼を完遂しなければボディーガードも批判を受ける。
「絵理佳は戦いたい志でボディーガードになっただろうけど、ボディーガードの仕事の本質は戦うことじゃねえ。守ることだ」
目を震わせている絵理佳と視線を合わせながら、明良は大きく息を吸い込む。
「絵理佳には誰かの推しのアイドルを守るために、命を投げ出せる覚悟はあるか?」
明良からの心揺さぶる強い問いかけで、絵理佳はようやく硬直から解放された。大きな胸に手を置いて数秒うつむき、明良と顔を合わせる。
「今、この瞬間、その覚悟ができたかな……今まではなんとなく戦える仕事ができたらいいなって思ってたけど、明良の重たい志を聞いて、お客様とその周りの人の人生まで考えて仕事してなかったな~って思った」
「俺、絵理佳、華倫、萌絵、陽子さん、その辺を歩いてる人。そして、アイドル本人やアイドルを崇めてるファン。誰にでもひとりひとりの人生がある。そのかけがえのない尊い人生を守るために、俺たちは仕事してるんだ」
「明良の志を聞いて、よーくわかった」
「わかってくれてよかったな。それじゃあ、これからもその尊い命を守るボディーガードとしてよろしく頼んだぞ」
明良は神妙な顔から一転、軽く微笑み、グーにした手を差し出した。
「うん! 任せてねっ! このエリートボディーガードの女勇者、絵理佳ちゃんがアイドルちゃんっていうお姫様を守ってあげちゃうんだから! キャハッ☆」
絵理佳もグーにした手を差し出した。
そして、乾杯でもするかのように拳同士をぶつけ合う。
「どのタイミングで俺の志望動機を言うか悩んでたけど、今の絵理佳を見てると、思い切って言ってよかったな」
「聞かせてくれてありがとっ。絵理佳ちゃんが戦いたい夢をもうひとつ見つけることができて……仕事に楽しさを見つけることができて、ホントによかった」
絵理佳は天井を仰いで大きく息を吹き出した……新入社員の頃、蛍光灯を見ていたときよりも輝いた目で蛍光灯を眺めている。
そして、その場でピョンピョンっと飛び跳ねて、重たそうな胸を揺らしながら体中の筋肉をほぐす。
「ふうーっ、気になってたことがわかって楽になった~」
軽いストレッチを終えると、走り幅跳びの選手が着地点を睨みつけるような鋭い目を明良に向ける。
明良は両手をスッと上げて、素早く反応できるように構えた。
「おい! なにする気だ!」
「気が楽になったら体も軽くなって、トレーニングしたいな~って思って」
「それじゃあマシーンやギア使ってこいよ。俺は帰らせてもらうぞ」
「帰っちゃうの? せっかく明良に足上げ腹筋のお手本見せてあげようと思ったのに」
絵理佳は腫れぼったい顔をしながら、肋木の前に立ち、軽くジャンプして上部のバーを握った。
「いーち、にー」
反動をつけず、軽やかなリズムで足のつま先を頭の上までゆっくりと持っていく。
実際に足上げ腹筋をやると腹が焼き切れるぐらいに痛みが走る。普段運動していない成人では一回もできない上に、力むと顔が真っ赤になる。
だが、絵理佳は汗も流さず、涼しい顔で機械のモーターのように足上げ腹筋をしていた。
「はーち、えい!」
足を下すと同時に肋木から落下し、明良の顔面目がけてドロップキックを仕かける。
「――っ!」
惨めなほどに油断していた明良だが、とっさに両腕を顔面の前に出してガードする。
「うほう!」
顔への直接的なダメージは防げたが、位置エネルギーと体重を乗っけた強烈な蹴りの衝撃まで受け止められない。
背骨がボキボキと鳴り響くのが聞こえてきそうなぐらいに、背筋がゆっくりと反っていき……明良は背中からドゴッと倒れた。
絵理佳はキレイに屈んで着地をし、立膝をつく。
「ふふーん、よわよわなパラディン様? そんなんじゃ、明良が大好きなアイドルちゃんたちを守れないよ? キャハッ☆」
絵理佳はガッツポーズを取り、倒れている明良を見下ろしていた。
「ゲホゲホ、だから、疲れてるところに不意打ちを入れるのは卑怯だって言ってるだろ!」
「極限状態でも動けるようにならないと、一流のボディーガードにはなれないよ?」
「くっそ……なら、俺も絵理佳が疲れてる時を狙ってやるからな」
明良はじわじわとダメージが効いている背中を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる――リベンジに燃えた細い目をギロリと絵理佳に飛ばす。
「あれ? 絵理佳、どこだ⁉」
「ねぇ、ザコザコのパラディン様。疲労とスリップダメージが入ってても、敵から目を離しちゃダメだよ?」
「っ――」
明良の顔に頬擦りする。
絵理佳は明良の太い体に、コアラのように背後からしがみついて、顔の高さを明良と同じにしていた。
「いつから、そこに……」
「第……何粘性術かわからないや、えいっ!」
「うほう!」
首に腕を回し、思いっきり締め上げる、背後からのヘッドロック。
明良は息が止まり、フラフラとふらつき始める。
「うほっ……ギブ! ギブ! 離してくれ!」
命の危機を感じ、絵理佳の細い腕を力まかせにバシバシと叩く……が、痛覚がないようにビクともしない。
こうして、絵理佳は新たなボディーガードとしての心構えを胸に、その日は幕を閉じたのだった。




