最終章 輪廻の果てに待つ未来 第2話「肯定の光、そして別れ」
「クロノ・シンク(時間共鳴)……最大出力!」 俺とリーシャから放たれた黄金と青白の光が、極大の奔流となって『時の狭間』を照らし出した。 それは破壊の光ではない。時間を巻き戻し、過去を無かったことにする歴史改変の魔法でもない。 失敗も、後悔も、悲しみも――すべてを内包して明日へ進むための、「肯定の光」だ。
『やめろォォォッ! 俺を……失敗を否定しなければ、世界は完璧にならない!』 漆黒の泥の巨体――ゼロが、断末魔のような叫びを上げながら、光の奔流に抗おうと両腕を交差させる。彼を構成する無数の「失敗した世界線」の残骸たちが、光に触れた端から悲鳴を上げ、そして次々と穏やかな表情に変わって溶けていく
。 『なぜだ……俺は完璧を求めた! 間違いを正そうとした! なのに、なぜお前たちはそれを拒む!』 「間違いなんてないんだよ、ゼロ!」 俺は両手に魔力を込めながら、目の前の巨体――かつての前世の自分自身に向けて叫んだ。 「どんなに悲惨な過去でも、そこには必死に生きた軌跡がある。お前が切り捨てようとしたその『失敗』が、今の俺たちを強くしてくれたんだ!」
光がゼロの巨体を包み込んでいく。 俺の脳裏に、ゼロの……いや、かつての『時の賢者』クロノスが抱えていた記憶が流れ込んできた。 世界を救うために何度も時間を巻き戻し、それでも救えない命に絶望し、次第に心を凍らせていった孤独な賢者の姿
。彼は冷酷だったわけではない。優しすぎたからこそ、完璧な世界を求めて狂ってしまったのだ。
「もういいんだ、クロノス。お前は十分に苦しんだ。もう、背負わなくていい」 俺の言葉が届いたのか、ゼロの巨体を覆っていた漆黒の泥が、ボロボロと崩れ落ちていく。 『……俺は……間違っていたのか……』 「間違ってなんかない。ただ、完璧じゃなかっただけだ。人間なんだから、それでいいんだよ」 光に包まれたゼロの中心から、俺と瓜二つの姿をした青年の幻影が浮かび上がった。 青年の顔からは憎悪が消え、憑き物が落ちたような穏やかな表情を浮かべていた。彼は俺とリーシャ、そして背後で限界まで立ち尽くしている仲間たちを見渡し、最後に俺と視線を合わせた。 『……頼む。俺が愛し、そして見捨ててしまったこの世界を……今度こそ』 青年はそう言い残すと、肯定の光の中に溶け込み、完全に浄化されて消滅した
。
ゼロが消滅した瞬間、世界から色が失われていた灰色の侵食が嘘のように引いていった
。 「やった……のか?」 ボロボロになった大剣を杖にして、ガルドが息も絶え絶えに呟く。 「ああ。過去の亡霊は消え去った。正しい時間の流れが戻ってくる
」 ザインが炎の剣を納め、ルシウス皇太子も安堵の息を漏らしてその場に座り込んだ。
「時道さん……!」 限界を超えた魔力行使でよろめいたリーシャを、俺はしっかりと抱きとめた。 「ありがとう、リーシャ。君がいなかったら、俺はまたクロノスと同じ過ちを繰り返していたかもしれない」 「私一人じゃありません。みんながいたから、勝てたんです」 リーシャが俺の胸の中で微笑む。
だが、安堵したのも束の間だった。 ゴゴゴゴォォォッ! 俺たちの足元の空間が激しく揺れ、周囲の星空がパラパラと剥がれ落ち始めた。 「なんだ!? まだ何かあるのか!」 ガルドが叫ぶ。 「いや、違う! ゼロという特異点が消滅したことで、この『時の狭間』そのものが崩壊しようとしているんだ!」 俺の『時間支配』の目に、この異次元空間が数分で完全に崩壊する未来が見えた。
『その通りよ、時道。あなたの役目は終わったの』 凛とした、しかしどこか優しげな声が響いた。 崩壊しゆく空間の中心に、眩い光の粒子が集まり、一人の少女の姿を形作る。 銀色の長い髪に、不思議な紫色の瞳
。俺をこの異世界に導いた張本人であり、時の神殿の案内人――クロノアだった
。 「クロノア!」 『よくやったわね、時道。そしてリーシャ、ザイン、ガルド、ルシウス。あなたたちの意志が、千年の呪縛を解き放ったのよ』 クロノアはふわりと空中に浮遊しながら、俺の前に降り立った。 「クロノア、お前は一体何者なんだ? ただの案内人じゃないだろ」 俺の問いに、彼女は少しだけ寂しそうに微笑んだ。
『私は、先代のクロノスが遺した「バックアップシステム」よ。もしも自分が狂って世界を滅ぼしそうになった時、歴史を正しい方向へ導くための、未来への希望として作られた存在
』 「バックアップシステム……」 『そう。そしてシステムである私は、真の「時の賢者」が覚醒し、闇の王が浄化された今、その役割を終えるの』 彼女の身体が、足元から少しずつ光の粒子となって消え始めていた。 「消えるって……おい、嘘だろ!」 『嘘じゃないわ。これからは、あなたたちの時代よ。私は、この神殿のシステム権限のすべてをあなたに譲渡する。これを使って、みんなを現実世界へ帰還させなさい
』 クロノアが俺の胸に手を当てると、膨大な情報と、神殿を操作する究極の権限が俺の頭の中に流れ込んできた。 これで、空間転移を使って全員を安全に現実世界へ帰すことができる。だが、それは同時にクロノアの消滅を意味していた。
「待ってくれ! お前も一緒に現実世界へ行けばいいだろ!」 『無理よ。私はシステム。実体がないもの。この時の狭間が崩壊すれば、私という存在も消滅するの』 クロノアは微笑んだまま、静かに目を閉じた。 「俺をこの世界に引っ張り込んでおいて、自分だけいなくなるなんて、勝手すぎるだろ!」 俺はクロノアの手を強く握った。 「時道さん……」 リーシャが心配そうに俺を見る。
実体がないなら、実体を作ればいい。 俺の頭の中には、クロノスの記憶と、神殿の究極権限がある。俺は今、「賢者」として神に近い力を持っている
。 (クロノアというシステムを物理的な肉体に定着させ、現実世界に実体化させる……できるのか? いや、やるんだ!)
「クロノア。俺は『完璧な過去』なんていらないって言った。だけどな、目の前で仲間を見殺しにするような未来も、絶対に選ばない!」 『時道……? 何をする気!?』 俺は神殿の全権限を起動し、自分の中に流れる「時の賢者」の膨大な魔力と、すべてのチート能力を代償として術式を組み始めた。 「俺の『時間支配』の力、神殿の管理者権限、そのすべてを代償にして奇跡を起こす! お前を普通の少女として、この世界に定着させる!
」 『そんなことしたら、あなたは手に入れたチート能力の大半を失うのよ!
また「最弱」に戻ってしまうかもしれないのに!』 「別にいいさ! 俺には最高の仲間がいる。それに、俺は元々、過労死寸前のしがないプログラマーだ
。神様みたいな力なんて、身に余るんだよ!」 俺の言葉に、ガルドとザインが顔を見合わせてニヤリと笑った。 「違いない! お前にはその頭脳と、俺たちがいれば十分だ!」 「無茶をする男だ。だが、それでこそ私が認めた友だ!」 ルシウスも小さく頷いている。
「リーシャ。力を貸してくれ」 「はい、時道さん! 私の力、全部使ってください!」 俺とリーシャは再び手を結び、クロノアを包み込むように魔力を放出した。 「クロノ・シンク(時間共鳴)!
究極変換――生命創造!」 黄金と青の光がクロノアを包み込み、彼女の消えかかっていた身体に確かな「重さ」と「温もり」を与えていく。 『ばか……本当に、馬鹿なんだから……!』 クロノアの紫色の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。それはがシステムが流すエラーではなく、心を持った一人の少女の涙だった
。
「さあ、帰ろう。俺たちの世界へ!」 俺の最後の魔力で作られた転移魔法陣が、崩壊する時の狭間から俺たち全員を包み込み、光の彼方へと弾き飛ばした。
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それから、数ヶ月の時が流れた。
王都ベルガードは、かつてないほどの活気に満ちていた。 北の国境に現れた「光の柱」の消滅と、帝国軍の撤退。そして、フローレンス王国とフェルディナンド帝国との間に、歴史的な和平条約が結ばれたのだ
。 ルシウス皇太子とリーシャ王女の「政略結婚」の話は白紙に戻された
。ルシウス自身が「両国は対等な友として歩むべきであり、個人の自由を縛る同盟はふさわしくない」と宣言したからだ。 もちろん、その裏でザインが皇太子にどのような[説得(物理を含む)]を行ったかは、俺たちの間だけの秘密である
。
「時道さん! こっちです!」 王宮の広場で、リーシャが手を振っている。 彼女の隣には、銀色の髪を風に揺らす少女――クロノアが、焼きたてのパンを頬張りながら立っていた。 「ちょっとリーシャ、私のパン取らないでよ!」 「ふふっ、ごめんなさい。でも美味しそうだったから」 実体化したクロノアは、俺が日本にいた頃の妹のような、生意気だがどこか憎めない普通の少女として
、王宮での新しい生活を楽しんでいた。
「遅いぞ、時道。書類仕事で手間取ったのか?」 私服姿のガルドが、呆れたように腕を組む。 「仕方ないだろ。便利なチート能力がなくなっても、宰相たちからの相談事は減らないんだから」 俺は苦笑しながら肩をすくめた。 あの決戦で「時の賢者」としての強大な力を手放した俺は、今やただの『時間認識強化 Lv.3』程度の、少し未来が予測できるだけの凡人に戻っていた
。 だが、後悔はしていない。 「お前にはその方が似合っている。力に頼らず、知恵で運命を切り開く姿こそ、佐倉時道だからな
」 帝国の使節として王都に滞在しているザインが、涼しい顔で言い放つ。
俺は日本に帰る道を選ぶこともできたはずだ。 だが、このアルカディア大陸で得た絆と、共に生きるという「選択」をした
。 過去の後悔を肯定し、今を生き、未来を選ぶ。それが俺の出した答えだ
。
「さあ、行きましょう、時道さん。みんなが待っています!」 リーシャが俺の手を引く。その手はとても温かく、俺の心を穏やかにしてくれた。 「ああ。行こう」
見上げる空は、どこまでも青く澄み渡っていた。 輪廻の果てに辿り着いたこの世界で、俺たちの新しい物語は、まだ始まったばかりだ。
(『輪廻のクロノス〜記憶を継ぐ転生者〜』 完)
そんなに長い物語ではないのですが時間をかけてしまいました。これにて完結となります。
プロットにはまだまだ使える部分があったのですが、私にとって輪廻のクロノスが処女作ということもあり皆さんに満足できる仕上がりだったか実は不安でたまりません(笑)
サイドストーリーが欲しいという要望があれば応えられるプロットです。
では次の作品でまたお会いしましょう。




