第4章 第5話(最終話)「崩壊する因果と帝国の決断」
崩れ落ちた天井の瓦礫を踏み越え、金髪の青年――帝国皇太子ルシウスが優雅な足取りで進み出てきた。 彼の背後には、重武装の帝国精鋭部隊と、見たこともない無骨な魔導装置が並んでいる。
「ルシウス殿下……なぜ、あなたがここに?」 ザインが剣を構えたまま、鋭い声で問いただす。
「ご苦労だったね、ザイン。そして佐倉時道」 ルシウスは俺たちを一瞥し、そして倒れ伏しているゼロを見下ろした。 「君たちが彼を弱らせ、そして君自身が『真の時の鍵』として覚醒するのを待っていたんだ」
「時の鍵……俺のことか?」 「そうだ。時の神殿を完全に起動させるためには、全盛期のクロノスと同質の力を持つ者が必要だった。だが、ただの力だけでは足りない。世界を改変するほどの巨大な術式を制御するには、帝国の最新魔導技術と……この『鍵』が必要なんだよ」
ルシウスが懐から取り出したのは、かつてアトラスたちも探していたという、黄金の装飾が施されたアーティファクトだった。
「殿下、まさか本気で歴史を改変するおつもりですか!」 ザインが叫ぶ。その声には焦りがあった。 「帝国は確かに衰退の危機にあります。だが、過去を書き換えて得た繁栄に、何の意味があるというのですか!」
「意味はあるさ。犠牲になった多くの民を救い、大帝国フェルディナンドの輝かしい未来を確固たるものにする。それこそが次期皇帝たる私の使命だ」
ルシウスは悲痛な決意を宿した瞳で、魔導装置に黄金の鍵をセットした。 「君の力、利用させてもらうよ、佐倉時道。帝国のより良い歴史のために!」
魔導装置がけたたましい駆動音を上げ、強烈な魔力の光を放ち始めた。 その光は、神殿の中枢である『玉座』へ、そして俺と……床に倒れていたゼロへと向かって照射された。
「やめろ! その力は制御しきれるものじゃない!」 俺が叫ぶが、遅かった。
『……ク……ククク……』 地を這うような笑い声が、広間に響き渡った。
「なんだ……?」 ルシウスが怪訝そうに目を向ける。
魔導装置の光を浴びていたゼロの身体が、ドロドロの黒い泥のように溶け出していた。 いや、溶けているのではない。装置が放つエネルギーと、黄金の鍵の力を『吸収』しているのだ。
『愚かな人間め。過去を書き換えたいというその欲望……実に心地よい』 「馬鹿な……! 魔導装置の制御が奪われているだと!?」
ルシウスが慌てて装置を止めようとするが、コンソールから黒い雷が放たれ、帝国兵たちを吹き飛ばした。
『俺は失敗の集合体。お前たちが「やり直したい」と願うたびに、俺の力は増していくのだ!』
ゼロの泥のような身体が爆発的に膨れ上がり、巨大な漆黒の怪物へと変貌していく。 その姿は、千年前の伝承に語られる『闇の王』そのものだった。
「ゴォオァァァァッ!」 巨大化したゼロが咆哮を上げると、神殿そのものが激しく揺れた。 それだけではない。ゼロの足元から灰色の波が広がり、触れたものの色を奪っていく。
「時間が……停止している?」 俺の『時間支配』の目が、その現象の恐ろしさを正確に捉えていた。 灰色の波に触れた瓦礫が、そして逃げ遅れた帝国兵たちが、完全に静止し、色彩を失っていく。 それは物理的な破壊ではなく、存在そのものの時間を喰らい尽くす力だった。
「『時間喰らい』……! このままじゃ、神殿どころか外の世界まで全部飲み込まれるぞ!」
「そんな……私のせいで……世界が……」 ルシウスは膝から崩れ落ちた。自分の国を救うための行動が、結果的に世界を滅ぼす引き金になってしまったのだ。その事実に、彼の心は完全に折れかけていた。
「殿下ッ!!」 ザインがルシウスの胸倉を掴み、強引に引き上げた。 そして、その美しい顔面に容赦なく拳を叩き込んだ。
ゴッ! という鈍い音と共に、ルシウスが床に倒れ込む。
「ザ、ザイン……お前……」 「目を覚ましてください、ルシウス殿下!」 ザインの拳からは、怒りのためか炎が立ち上っていた。 「帝国の未来は、過去にすがるものではない! 今を生きる我々が、自らの手で切り開くものです! 過去を書き換えたところで、それは別の誰かの未来を奪うだけだ!」
ルシウスは頬を抑えながら、ザインのまっすぐな瞳を見つめ返した。 そして、ゆっくりと立ち上がる。
「……君の言う通りだ、ザイン。私は、大きな過ちを犯した」 ルシウスの瞳から迷いが消え、代わりに皇帝としての強い覚悟が宿っていた。 彼は手から青白い冷気を放ち、自身の周囲に迫っていた灰色の波を凍らせて押し留めた。
「佐倉時道。私の愚行のせいでこんなことになった。だが、どうか協力を頼めないか。この世界を……帝国も、王国も、守るために!」 ルシウスが俺に向かって頭を下げる。
「頭を上げてください、皇太子殿下」 俺は剣を構え直し、黄金の魔力を纏わせた。 「過去の失敗は、取り戻せる。今から、俺たちの手で」
「時道さん!」 リーシャが俺の背中に手を当てる。彼女の青い魔力が、俺の黄金の力と混ざり合う。 「私もいます。一緒に戦いましょう!」
「俺の剣も健在だぜ!」 ガルドが大剣を肩に担ぎ、豪快に笑う。
「帝国の騎士として、そして『時の守護者』として、この命に代えても奴を止める」 ザインが炎の剣を構え、ルシウスも氷の魔力を極限まで高めた。 生き残った帝国兵たちも、武器を取り、俺たちと共に巨大なゼロへと立ち向かう構えをとった。
王国も、帝国も関係ない。 昨日までの敵が、今日は世界を守るために肩を並べている。
(ゼロ。お前は俺の切り捨てた過去だ。だが、俺はもう逃げないし、なかったことにもしない!)
俺は仲間たちを見回し、そして前を向いた。
「行くぞ! 俺たちが、未来を選ぶんだ!」
時道たちの全魔力が解放され、光と闇が激突する最終決戦の火蓋が、今切って落とされた。
(第4章 完)
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【後書き】
次回予告:最終章「輪廻の果てに待つ未来」
世界を飲み込もうとするゼロに対し、時道、リーシャ、ガルド、ザイン、そしてルシウスの総力戦が始まる。 時道とリーシャの「時間共鳴」の最大出力が、絶望の闇に光を穿つ。 そして、ついに明かされるクロノアの本当の役割とは――。 過去と未来の因果を断ち切り、彼らが選び取る結末をお見逃しなく!




