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追い詰められた胆礬色の男爵令嬢~(逆)ハーレムを作る為に必要なもの~  作者: 紺名 音子


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第3話 惚れ(るかも知れない)薬


『……惚れ薬?』


 聞くからに怪しげな薬について、普通に問い返すのも抵抗があったから念話で問い返すと、シュゼムは念話を続けた。


『そう、厳密に言えば《《惚れるかも知れない薬》》。この薬に自分の魔力を込めて、相手に食べさせると、翌日には魔力を込めた人の事が気になって仕方なくなる……その間に良いところを見せれば惚れてもらえるかも知れない、って薬だよ』

『そんな薬、聞いた事無いけど』


 自分に注目してもらえる薬なんて存在するなら、この学院の中で1度位は耳にするはずだ。

 この学園には私以外にも玉の輿目当ての令息や令嬢達がたくさんいるのだから。


 だけど、恋と未来に悩む彼女達から漏れ聞こえてくるのは、相手にどうアプローチするかとか、どう自分を美しく見せるかとか、そんな話ばかり。


『そりゃあ僕が卒業課題の為に初めて作った薬だからね。聞いた事なくて当然だよ。でも安心して、猫にも人にもバッチリ効果あったから』


『猫……もしかして、貴方が何節か前に猫を何匹も引き連れて歩いてたのって』

『察しが良いね。この薬の実験だよ』

『うわぁ……猫、可哀想……』


 変なもの食べさせられて、変な奴に惚れさせられて――学園の中庭で、シュゼムに纏わりついていた何匹もの猫に同情する。


『大丈夫だよ、この惚れ薬の効果は1週間ちょっとで切れる。もう僕についてくる猫がいないのが何よりの証拠だ。まあ僕はまだ猫の「うにゃあ~う、うななぁぁ~ん」って幻聴がたまに聞こえてくるけどね。さっき先生からも合格もらったから、効果は保証するよ』


『……合格もらったって事は、先生もそれ飲んだの?』

『さあ……? 先生が飲んだか誰かに使ったかは知らないけど、合格もらったよ』


 なにそれ怖い――薬学部の闇を垣間見てしまった事を後悔しつつ、本題に戻る。


『……それで? 私にそれを使って男と既成事実作れって?』

『簡単に言うと、そういう事。でね、これをあげる代わりに1つお願いを聞いて欲しいんだけど……これ、ベスタハーレムの奴らに飲ませてほしいんだ』

『は……何で!?』


 ベスタハーレムについては説明されなくても理解できる。

 レナ・ジーベン・ベスタを取り巻く男達の事だ。


 だけど、何で私に惚れるかもしれない薬を、あの人達に飲ませなきゃいけないのか理解できない。

 

『学院の卒業課題は合格したんだけど、来節アベンチュリン領の文官になる為の試験が控えててさ。その試験内容に論文または小説の提出があって、それで高評価を得られたら希望の部署に就かせてもらえるんだよ。だから一夫多妻や一妻多夫……いわゆるハーレムについての論文を書こうと思って』


 文官試験も、論文の提出も、高評価を得られたら良いところに付けるから頑張りたいのも分かるけど――


『何でわざわざハーレム……?』

『ヴィオラ……ハーレム、と一言に言っても、その内情は様々でとっても奥が深いんだよ? この国にもハーレムを形成してる人間は複数人いるけど、例えばラリマー公とアルマディン女侯のハーレムの傾向は殆ど真逆と言っていい』


 片手で足りない数の妻を持ちながら誰も愛していない事で知られる公爵と、これまた片手の手で足りない数の夫を皆愛していると公言する女侯爵の話を皮切りに、シュゼムは淡々とハーレムについて説き始めた。


 この国では一夫多妻、一妻多夫が認められている――というか、広大な領地を治める公侯爵レベルになると、恋愛婚より子作り婚や政略婚が重要視される。


 ただ、彼らは権力も財力も一般貴族とは桁違いなので恋愛感情を抑え込む必要も殆どなく、結果的にハーレムが構成される事が多い。


『性別の違いから、愛の有無……意図的にハーレムを構成した者から、気づいたら無意識に出来上がってたという者まで、ハーレムそれぞれ出来上がった理由も性質も違うんだ。本人達が納得して作られた良いハーレムと、凶悪な手段で相手を魅了・洗脳して築き上げた悪いハーレムも過去には存在する』


 一度気になったらとことん研究するシュゼムの念話が止まらない。


 意図的にハーレムを作った人より無意識にハーレム作っちゃってた人にイラッとしてしまうのは、私が卑屈だからだろうか? 


『だけど、どのハーレムにも1つだけ共通してる事がある……ハーレムを形成する人間は美貌、地位、金、強さ、魔力……あるいは何かしらの力を使った魅了を保てる精神力……とにかく、ハーレムマスターは常人にはない力を複数兼ね備えている』


 ハーレム作ってる人に後ろから刺されそうな独特な単語を言い終えてシュゼムのハーレム講義が終わった。


『……たくさん魅了がある人に多くの人を惹きつけられるのは、当たり前じゃない? 大した魅力がない人に複数人が寄っていったりしないでしょ?』


『ヴィオラは魔力しか長所がないベスタ嬢が何で高品質のハーレムを作れてるのか、気にならない?』


 確かに――レナは確かに魔力こそ強いけど、他は大した事ない。

 容姿だって私の方が可愛いと思うし、成績だって私の方が上だし。地位だって、ほぼ平民だけど私の方が上だ。


 なのに――レナの周りにいる将来有望な男達は、私に目もくれずにレナを淡い熱を持った眼差しで見つめている。


『気にならない? ってと聞かれたら気になるけど……そんな事、直接レナに聞いたらいいじゃない。知らない仲じゃないんだし』


 以前、レナと話してる時にシュゼムと遭遇してしまって、仕方なく紹介した事がある。

 以来、2人は見かけたら挨拶しあってるし、レナなら断らないだろう。


『「何で君ハーレム作ってるの? 彼らの好意に本ッ当に気づいてないの?」なんて聞いたって、正確な回答は得られないよ』

『ああ……確かにそれは本人に聞けないわね』


 私も以前、レナに『好きな人いないの?』と聞いた事がある。


 その時は『皆好きだよ? でも友情と愛情の違いは私にはまだよく分からない』みたいな事を言われた。


『僕は複数人からあんな熱を帯びた眼差しを向けられて平然としてられるベスタ嬢が不思議で仕方ない。でも激しい嵐も中心は穏やかっていうし……本当に気づいてない、という可能性も捨てきれない……彼女が意識的にハーレムを作っているのか本当に無意識なのか分からない……そこを確認するなら、彼女が形成してるハーレムを崩してみるのが一番かなって』


(あれこれと言い訳してるけど、何だかんだ言いながら結局シュゼムもレナに惹かれてるんじゃ……?) 


 そう思うと同時に、心に棘がチクリと刺さったような、居た堪れない痛みを感じる。

 冷めきった初恋まで踏み躙られるような感覚に逃げ出してしまいたくなる中、再びシュゼムの念話が響いた。


『それに、ヴィオラも子どもの頃「私も一度くらい素敵な男の人達に囲まれて愛されてみたい」って言ってたでしょ?』


 7年近く前、まだシュゼムに淡い想いを抱く前――シュゼムから『6人の男に愛されるアルマディン女侯爵の話』を聞かされた時に呟いてしまった一言を、心底後悔する。


『……でも、この薬を使って色んな男にちやほやされても、薬の効き目が切れたら去られるんでしょ? 貴方は研究できていいかも知れないけど、私は惨めになるだけじゃない』


『いやいや、二週間って結構長いよ? 慎重に親交を重ねて、薬の効果が切れる前に相手とキスの1つでもしてしまえば良い。ベスタ嬢を取り巻く男は皆真面目な奴みたいだし、あいつらは一時の誤ちでもちゃんと責任を取ると思う。由緒正しい貴族ばかりだから将来も手堅いし……何よりこの薬、飴玉っぽく作ったから飴の中に紛れ込ませて「レナと2人で一緒に作ったんです」と言って渡せば、簡単に食べてくれると思うよ』


 スラスラ並べ立てられる念話を聞けば聞くほど、不安が募ってくる。


『……簡単に言ってくれるけど、皆有力貴族の子息よ? そんな事して、もしバレたら』


『大丈夫だよ。この薬に想い人への想いを打ち消すとか、性的に興奮させる媚薬みたいなヤバい効果ないから。あくまで魔力を込めた相手に関心を持って、好意を持ちやすくするだけの薬。猫みたいに喉撫でたり餌付けした程度でベッタリくっついてこないから。先生からも使用制限かけられなかったし。それにベスタハーレムの奴らは、「こんな薬を盛られたんだ」と言いふらして回るような馬鹿な人間じゃない』


 確かに――レナの周りにいる男達が自分の品格と名誉を犠牲にしてでもど田舎の令嬢を貶めるような人達かと言われたら、違うと思う。


『ヴィオラ、もっと気楽に考えたら? 彼女に好きな人がいるならともかく、いないんなら今のうちに1人くらいもらってもいいんじゃない? それに……ヴィオラは知らないだろうけど、好意を持ってない人間から好意を持たれるのは困るし、凄く疲れるんだよ。だからこれはベスタ嬢の助けにもなると思ってる。まあ彼女が本当に無意識にハーレムを作っているとしたら、の話だけどね』


 二週間だけ人の気を惹きつける薬。毒性も無いし、危険物じゃない。


 眼中にない私を、眼中に入れてもらうだけ。

 そこで私が頑張って、本当の好意を持ってもらえればいい。


 シュゼムの言いたい事は理解できる。使ってみたい、って気持ちもある、けど。


 でも、でも――やっぱりこういう物を使って人の気を惹きつけるのは何だか卑怯な気がして、分かった、と言えない。


 やるともやらないとも言えず黙り込む私に、シュゼムは一つため息をついて肩を竦めた。


『……やっぱり、ヴィオラには無理かぁ。ベスタ嬢と違ってハーレムを形成・維持できる器じゃないから、薬で惹きつけてる間に好意を抱かせる事もできないか』


『な……何よ、その言い方』

『ああ、別にヴィオラを馬鹿にしてる訳じゃないんだよ? 魔力しか取り柄がないベスタ嬢相手とはいえ、何の取り柄もないヴィオラじゃ薬を使っても叶うはずない。良かれと思って言ってみたんだけど、絶対失敗しそうだよね。お願いする相手間違えたなぁ』


『ば……馬鹿にしないでよ! 私だって、きっかけさえあれば好意を維持する事くらいできるんだから!』


『そう? それじゃあやってみせてよ。魔力を込めた薬はマナベリーから作った飴玉に紛れ込ませれば見分けがつかないから。これ、飴玉の材料費とレシピ。ベスタ嬢誘って街で材料買って、余った分はヴィオラのお小遣いにしていいよ』


 ぽんっ、と惚れ(るかもしれない)薬が入った袋と銀貨を手渡される。


『君は二週間ハーレム気分を味わった末に一人良い男を捕まえて村に帰らないで済むし、僕は薬の本格的な人体実験が出来るしハーレムについて研究できる……良いことづくめだね!』


 ひょっとして、嵌められた――? と気づいた頃には、シュゼムはその場から立ち去っていた。



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「婚約破棄された桃色の~」や「選ばれなかった紫色の~」ではアルマディン女侯やラリマー公が、「馬鹿にされた萌黄色~」ではアベンチュリン侯が登場しています。

感想、誤字脱字報告は本作目次欄の下部にフォームへのリンクを設置してますのでアカウントをお持ちでない方もお気軽にどうぞ♪
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