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to decide  作者: 村瀬誠
第二章:進撃する希望
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第三話:魔界

クレイス「どうやら、ここが魔界のようだな。」


アキナ「不気味なところね…嫌な雰囲気。」


レット「ようやく結界は終わりっスか、長かったっスねー。」


クレイス「それだけ先代は魔物を、そして魔王を危険視していたのだろう。」


メルティナ「それで、これからどうするのですか?このまま当てもなく魔王城を探すのですか?」


クレイス「王都ヴィストリアは、魔王城に最も近い場所とされている。このまま西へ進んでいけば恐らく魔王城に辿り着けるだろう。」


レット「確か、勇者が旅をする時に必ず国王へ挨拶に行くもの、王宮がヴィストリアにあるからっスよね。」


クレイス「ああ、『勇者を歓迎し、民のため勇者に尽力する』。王族には代々この言葉が受け継がれている。最も、今回は尽力する方ではなく歓迎される方ではあったが。」


クレイス「さて、では改めて魔王城を目指そう。幸いにも、この周辺に魔物はいない。」


わざわざ危険な結界の近辺に住処を構える魔物もいないらしく、ざっと見回してみたがその姿は一匹も確認されなかった。


クレイス「じっくりと魔界を探索したくはあるが、第一目標である魔王が最優先だ、飛んでいくぞ!」


レット「うっス!」


アキナ「ええ!」


メルティナ「はい!」


クロ「…ん。」


…。


魔王上を目指し軽快に空中を飛行している最中、ふと疑問に思ったのかレットが口を開く。


レット「そういえば食料って後どのくらい残ってるんスか?魔界だと調達もできないっスよね。」


アキナ「好きなだけ持ってっていいって言われたから、ざっと十年分くらいは持ってきたけど…。」


レット「十年分!?流石に多くないっスか?」


アキナ「何言ってるのよ、うちには大飯食らいが二人もいるのよ。それに場合によったら結構な時間、魔界で過ごさなきゃいけなくなるんだし、余るぐらいが丁度いいのよ。」


メルティナ「毎食毎食、アキナ様には感謝の言葉しかありません。」


アキナ「たくさん食べてくれるのは作る側としても嬉しいしね。ただ、毎回似たような料理で代わり映えしないけど…。」


クロ「…でも、おいしいよ?」


アキナ「ありがと。無事に帰ったら、もっと美味しいもの作ってあげるわね。」


クロ「…ん、たのしみにしてる。」


レット「普段は何考えてるか分かんないスけど、こういう時だけは分かりやすいっスねー。」


アキナ「いいじゃない、素直なのはいいことよ。」


クレイス「む…。皆、一旦止まってくれ。」


視界に何かを捉えたのかメンバーに静止を促すクレイス。

その視線の先には、悠々と黒い毛並みの獣が一匹歩いていた。

狼よりふた回りほど大きいそれは、魔物であった。


レット「…いよいよお出ましっスね。」


クレイス「見たところ一匹だけだな。相手をしてくる、皆はここで待っていてくれ。」


クレイスは急降下し魔物へと剣を向ける。

気配に気付いた魔物が咄嗟に反応し、その鋭い爪と牙をクレイスに突き立てようと襲いかかる。

それに臆することなく、クレイスは魔物へ向け剣をひと振り。

すると見事に魔物は真っ二つになりその場に倒れ、その体は風にさらわれていくように灰と化し崩れていった。

魔物の消滅を見届けたクレイスは再び飛翔し仲間の元へと戻る。


レット「結構呆気なかったっスね。」


クレイス「魔法を使うまでもなかったな、まああの程度なら問題はない。」


アキナ「魔物が出てきたってことは、城に近付いてはいるってことかしら。」


クレイス「断定はできないが、そうであってほしいな。」


メルティナ「では、このまま向かいましょう。」


クレイス「ああ。ついでに道中魔物を見かけたら倒していこう、魔物を一匹でも多く駆逐するのだ。」


アキナ「そうね、魔王を倒しても魔物がいなくなるわけじゃないし、殲滅は必要よね。」


クロ「…つぎ、クロがやる。」


メルティナ「クロさん、もし魔物との戦闘で負傷しましたら直ぐにわたくしめをお呼び下さい。立ち所に駆けつけ傷を癒します、それはもう舐め回すように!」


クロ「…やっぱり、やめとく。」


メルティナ「あぁん!クロさんのいけず!」


それからもクレイスたちは飛行を続け、魔王城を目指した。

道中何度か魔物と遭遇することもあったが、クレイスたちはそれらを難なく撃退していった。

クレイスが光の斬撃を放ち魔物の群れを一網打尽にし、岩に擬態していた魔物はクロが獣化したその爪で粉砕し、全長二メートルを超えるであろう鳥型の魔物はアキナが炎で形作った弓矢で焼き殺していった。

進むにつれ魔物の数も、そしてその種類も増えていったが、その全てをクレイスたちは消し去っていく。

大体の魔物がほぼ一撃で倒せるとあって、一回の戦闘にかかる時間はそう多くはなかった。

そうして飛行を続ける中、クレイスの目にあるものが映る。


クレイス「…。」


メルティナ「どうかしましたか?急に立ち止まって…。」


クレイス「…そんな、馬鹿な…。」


アキナ「なによ、早く行きましょ。」


クレイス「あれを、見てくれ。」


レット「なんスか?まさか、もう魔王城が見えてきたんスか!?」


クレイス「そうではない。だが…ありえん。奴らにそんな芸当ができるとは到底。」


困惑するクレイスの視線の先にあるもの。

それは至って見慣れたものではあるが、『それ』がこの魔界に存在することが何を意味するのか。


クレイス「奴らの、住処だ…。」


アキナ「ならとっとと行ってサクッとやっつけましょ、今まで通り。」


クレイス「問題はそこではない。奴らが、住処を作っているのだ。」


レット「…?別におかしなことじゃないんじゃないっスか?今までにも群れで行動する魔物はいたっスから、穴蔵くらい作ってるんじゃないっスか。」


クレイス「いや、あれは家だ。我々が暮らす人間界でごく溢れた…民家だ。」


材質は土などで出来ているものもあるが、中には魔界に存在するはずのない人間界に存在する樹木でできた家など、それは見るに『集落』であった。


クレイス「あれは明らかに人間が作り上げたような建造物だ。魔物があれほどのものを作るなど不可能だ。」


レット「んーと…単純に、魔王が作ったってことはないっスか?この世界の住人に住処をー、みたいな。」


クレイス「だとしても、ここは魔界全土から見たら辺境の地だぞ。まさか魔界に住む魔物の数を全て把握しているとでも言うのか?もし仮に把握していたとしても、その全ての魔物に住処を与えたというのか?」


レット「…そう言われると不自然っスね。」


クレイス「そもそも奴らの習性は野生の獣と同じだ、希に群れをなしている魔物もいるが数はそう多くない。穴蔵以上の住処を自分たちの手で作り上げるなど、人間を襲うことしか脳にない奴らにできるとは思えん。」


メルティナ「ではどうしましょう、あの集落を調べてみますか?」


クレイス「ああ、こればかりは確かめてみないことには何とも言えん。今ある情報だけでは納得のいく解答を得るのは難しいだろう。」


アキナ「あいつらが襲ってきたら、今まで通り倒しちゃっていいのよね?」


クレイス「こちらに敵意を向けたものだけ倒していこう。…あくまでも可能性としてだが、人間と同等の知恵を持った生き物がいるかもしれない、上手く事が運べば事情を聞き出せるかも知れない。」


レット「中々に面倒なことになってきたっスね…。」


クレイス「ただ単に魔物を殲滅するだけならば住処ごと消し飛ばしてもいいのだが、こういった不可解な謎はできるだけ解き明かしておきたい。魔界に関する書物は人間界にそう多くはない、後世に残す意味でもできるだけ魔界の仕組みを知っておきたい。」


クレイス「では行こう、これまでと同じように襲いかかってきたら致し方がない、迎撃する。」


逸る気持ちを抑え、遠くに小さく見える集落を目指すクレイスたち。

そして目にした光景にまたもや不信感を募らせる。

それはクレイスたちの常識では考えられないものであった。


メルティナ「あれはなんでしょう…。人間…にも見えますが。」


クレイス「いや、間違いなくあれは魔物だ…。しかし、こんなことがあり得るのか?人間の姿をした魔物など…。」


牛の様な角が生えていたり、トカゲの様な尻尾が生えていたり、身長が二メートル越えの巨漢であったりと、一部外見は人間のそれではないが、その集落に住まうものたちは人間と変わらぬ姿をしていた。

人間と同じく二本の足で歩き、手を用いて器用に道具を扱う。

人間と変わらぬ生活が、そこにはあった。

家の数は十にも満たず、見る限りでは片手で数えられるくらいの数しかいなかったが、クレイスの中の常識が崩れていくには十分だった。


クレイス「(到底信じられるものではないが、現状を受け入れるしかあるまい。…不可解極まりないが、逆に考えれば今までに知ることのできなかった魔界の実態を探るいい機会だ。)」


クレイス「私が合図したら、あの民家の裏手に隠れる。付いて来てくれ。」


魔物?に気付かれないよう指示通り民家に隠れ身を潜めるクレイスたち。

そこで生活する住人の観察を行う。

耳を澄ませてみると、どうやら家の修繕についての話をしているらしい。

土が風化してきて脆くなってきていると、隣人に嘆いているようだった。


クレイス「(人間と同じ様に言葉も発せるのか…。そのような芸当ができるのは、せいぜい魔王くらいだと思っていたが。)」


クレイス「(…一度、先入観を捨てよう。凝り固まった目で見てしまうと、いざという時に対応できなくなる。)」


アキナ「なんか普通に話してるみたいだけど、どうするの?」


クレイス「私が行って話を聞いてみようと思う。もし私が剣を抜いたら皆は空に撤退してくれ。」


メルティナ「お一人で大丈夫ですか?」


クレイス「撤退する時はこの集落を一掃するつもりだからな、もしそうなったら皆の方が危なくなる。」


レット「ま、それもそうっスね。」


クレイス「では、行ってくる。」


クレイスは民家の裏手から姿を現し、世間話をしている魔物へと声を掛ける。

表面上普段通りを装ってはいるが、警戒レベルは最大限に。


クレイス「すまない、少し話を聞きたいのだが。」


魔物?1「お、なんだいあんた。」


魔物?2「ここの住人じゃねーな、てか…。」


まるで品定めでもするように、頭のてっぺんから足のつま先までクレイスを観察する魔物。


魔物?2「おめー、もしかして勇者か?」


クレイス「!よく分かったな。私はクレイス・バーミリオット、勇者でありディーゼロッテ王国の王子だ。」


魔物?2「魔界に人間がいるわけねーしな。いるとしたら勇者くらいだろ。」


魔物?1「そうか、ついに勇者がやってきたのか。」


クレイス「(なんだこののんびりとした対応は。今のところ襲いかかってくる気配はないが…。)」


勇者を名乗る者が目の前にいるというのに、魔物?たちは動じる様子が全くない。


魔物?1「で、その勇者がこんな辺境の村になんの用だい。」


クレイス「…君たちは、私を攻撃しないのか?」


そう質問するのは愚かだと思いながらも、溢れる疑問から自然と口が動く。


魔物?2「?なんでおめさんと戦わなくちゃいけねーんだ?」


魔物?1「あんたが俺たちを殺すって言うなら、流石の俺たちも抵抗するけどよ。」


魔物?2「あー、もしかしてあれか。おめさん魔界のこと知らねーのか。」


クレイス「人間界にある文献なら一通り目を通したとは思うが…。」


魔物?1「それは前の勇者の時のだろ?あれから大分経って魔界も色々変わったんよ。」


魔物?2「そうそう、おかげで俺たちみたいな魔族は爪弾きにされて、こんな辺境で暮らしてんだからな。」


クレイス「まってくれ、今、聞きなれない単語が出てきたが…。魔族、とは何だ?」


魔物?1「おめさんそれも知らねーのか。まあいいや、時間だけは無駄にあるしな、教えてやるよ。」


…。


先代の勇者が魔王を打ち取り、人間界と魔界の間に結界が張られた後。

新たなる魔王が即位した際、

『勇者の驚異がない今こそ人間界を攻め落とすべき、逆らうことは許さん!』

と人間界へと侵攻を強行しようと魔王が魔界全土に呼びかけた。

当時はまだ復興作業が各地で行われており、とても侵略に参加できるような状況ではなかった。

失った兵の数も多く、魔王の重鎮であった魔族の中からも反対意見が出ていた。

補足であるが、魔族とは人間の姿を持った魔物の総称であり、理性と知性を兼ねた彼らは通常の魔物の上位に位置する。

そしてこれにより魔界は二分されてしまう。

権力を盾に、魔王は自分の意見に従わない者を地方へと飛ばし(物理的に)。

残った兵をなんとかかき集め人間界へ侵攻しようと試みたが、大半の魔族や魔物が毒霧の森で命を落としてしまった。

そこで自分の見通しの甘さを痛感したのか、魔王は城へと帰還した。


魔族1「今も城に篭ってるみたいだけどよ、まあ自業自得だぜ。」


魔族2「俺たちも今更戻ろうとも思わねーしな。」


クレイス「そうか、そんなことが…。」


魔族1「ま、てなわけでむしろ俺たちはあんたを応援してるぜ。」


魔族2「あの鼻持ちならねーやつを、コテンパンにぶちのめしてくれよ。」


クレイス「ああ、そのためにここまで来たのだ。必ず魔王を仕留めてみせる。」


クレイスが魔族たちから情報を収集している一方、その様子を伺い待機しているレットたちは。


レット「結構長く話してるみたいっスね。」


アキナ「クレイスは驚いてたみたいだけど、あのタイプの魔物って珍しいの?」


レット「オレっちに聞かれても知らないっスよ…。」


メルティナ「ああ、クロさんの香しい匂い…。」


クロ「…っ、はなれて…っ。」


メルティナ「ダメですよ、クロさん。密着しないと見つかってしまいます。」


クロ「…だからって、だきつくな。」


アキナ「…あんたたち、じゃれるのはいいけど静かにね。」


メルティナ「はい、静かにクロさんを堪能しております。」


レット「なんかもう、この光景にも慣れてきたっスね…。」


クロ「…なれ、ないで。…たすけて。」


アキナ「あ、ほら戻ってきたわよ。」


クレイス「遅くなってすまない。…何をしているのだ?」


メルティナ「いえ、ほんの少しクロさんとの愛を育んでおりました。」


クロ「…はぐくんで、ない。」


クレイス「メルティナ、離してやれ。」


メルティナ「残念です…。」


メルティナがクロから手を離すと、クロは一目散にクレイスの背中に隠れる。


アキナ「それで、どうだったの?話は聞けた?」


クレイス「ああ、どうやら魔界でも色々あったようだ。」


クレイスは魔族たちから聞いた情報を伝える。


アキナ「ってことは攻めるなら今がチャンスってこと?」


クレイス「いや、聞いた限りでは先代の勇者が結界を張ってそう間もない頃のようだから、千年以上経っている今となっては状況は変化しているだろう。」


レット「できれば今どんなふうになってるか聞けたらよかったっスけど、話を聞く限りだと知らなさそうっスね。」


クレイス「その一件以来、ここに留まっているらしいからな。」


クレイス「そしてどうやら、この方面には彼らのようにかつて城を追われた魔族が点々としているらしい。」


クレイス「大半の魔族は、魔王城を挟んで、更に西にいるらしい。」


アキナ「じゃあ城に近付くまでは比較的に安全ってこと?」


クレイス「恐らくはな。油断は禁物だが、万一に備えるくらいで良いだろう。」


クレイス「よし、では進むとしよう。次に会う魔族からも、有益な情報が得られればいいが。」


レット「それは難しい気がするっスけどねー。元々魔王に反発して飛ばされたんスよね、だったら城の内情とかは知らなさそうっスよね。」


クレイス「まあ、あまり期待はしていないがな。」


そうして、クレイスたちは集落を離れ再び魔王城へと向かうため飛び立つ。

そんな彼らを見つめる十以上の赤い目。

恐らくこの集落に住まうであろう魔族全員が、クレイスたちを見つめていた。

その顔に表情はなく、ただただ見つめていた。

クレイスたちの姿が見えなくなる、その時まで。


…。


それからいくつかの村を見つけては魔族に事情を聞き、魔界についての情報を集めた。

しかし得られる情報に大差はなかった。

目に見える進展といえば、城を目指すに連れ村の規模が大きくなっているということだけだった。

途中、人間ということで難癖を付けられることもあったが、クレイスが剣を抜く前に周囲の魔族に諫められることの方が多かった。

元々魔王の強行軍に反対なだけあって、争い事を良しとしない魔族が大半を占めているようだった。

目に見える脅威は排除しようと言っていたクレイスだが、敵意のないものに刃を向けることはなく、戦闘は最初に魔界へ訪れた頃と比べると格段に減った。

魔物ではなく魔族の数が増えたというのもあるが、そこに住む魔物も魔族によって躾けられ、共存していたというのも大きい。

そうして魔王城を目指し突き進む中、ようやく城らしきものが視界に入ってくる。

遠くに空高く聳える塔のようなものが見え、付近の住人によるとあれが魔王城とのこと。

まだまだ距離があるとはいえ、目標物が目に見える形で現れ、クレイスたちは一層の気合を入れる。

そして翌日、逸る気持ちを抑えつつ、周辺の村に住む魔族に聞き込みを行う。

この日も順調に、平和に事が済むはずだった。

いつもの通り聞き込みを行い、魔王城を目指す。

だがそれは、一人の魔族の登場によって困難に陥る。


クレイス「情報ありがとうございます、助かりました。」


魔族A「よいよい、この老いぼれが知っていることなんぞたかが知れておる。」


魔族A「それよりも、魔王が再び圧政を敷かぬよう懲らしめておくれ。」


クレイス「ええ。では仲間が待っておりますので、これで失礼します。」


アキナ「なんか印象変わるわよね。」


レット「なにがっスか?」


アキナ「魔族のことよ。人間に対してもっと交戦的なイメージだったんだけど、ここにいる人たちはそうじゃない。」


アキナ「ここに来た時に戦った魔物がすぐあたしたちに牙を向けてきたから、そう思うのかもしれないけど…。」


メルティナ「クレイス王子も、魔物は絶対的な悪!という感じでしたからね。」


レット「人間にもいろんな奴がいるっスから、魔族にもいろんな奴がいてもおかしくないんじゃないっスか。」


レット「元々、こっち側に住んでる魔族は争いを好まないってのもあるんだろうっスけど。」


クレイス「待たせたな、では次に行こうか。」


アキナ「ちょっと待って、なんかあっちの方騒がしくない?」


耳を澄ませ住宅街の方を見ると、何やら断末魔のようなものが聞こえる。

それも一度や二度ではなく何度も。

そして何かを振り舞わすような空気を切る音も聞こえる。

民家が視界を塞ぎ、何が起こっているのか把握はできないが、危険が迫っていることは十分に理解できた。


魔族A「いかん、いよいよ奴がここまで来たか。お前さんたちも早う避難せい!」


腰の曲がった魔族がクレイスたちに忠告すると同時に老体を必死に動かし逃げ出す。

周りを見ると、他の魔族たちも悲鳴と共に走り出していた。


クレイス「あれは…。」


ズシン、ズシン、と足音がする度に地面が揺れ動く。

足音は次第に近付き、そしてその正体が露になる。

それは体長三メートルの屈強な魔族で、頭には捻れた大きな角が二つ生え、赤く硬い体毛に身を包んだその男は、手に大剣を持ち魔族を切り捨てながら近付いてくる。


クレイス「貴様は何者だ!なぜ住人を殺す!」


危険人物と即座に感じ取り剣を抜いたクレイスが魔族に声を浴びせる。


???「なんだお前は、魔族ではないな?」


クレイス「質問に答えろ!なぜこんな惨たらしいことをする、彼らはここで平和に暮らしているだけだろう!」


???「…今この場に生きていること、これがこいつらの罪だ。さてはお前、勇者か。」


クレイス「そうだ!クレイス・バーミリオット、それが私の名だっ。」


ディバルバ「俺はディバルバ、魔王様に忠誠を誓う誇り高き魔族だ。人間風情が俺に意見するのか。」


その圧倒的なまでの威圧感に、これまで出会ってきたどの魔族とも違うことを否が応にも思い知らされる。


クレイス「理由もなく同族を殺すなど野蛮人に他ならない、貴様は私が消してやる!」


ディバルバ「ふんっ、魔王様に逆らう魔族を殺して何が悪い。」


クレイス「皆、戦闘態勢に入れ!これ以上被害を出させるな!」


非戦闘要員のレットとメルティナは一旦物陰に避難し、クレイス、クロ、アキナの三人で囲むように陣取る。


アキナ「別にあんたたちが潰し合うのは結構だけど、見てて気分悪いのよね。」


吐き捨てるようにアキナが言う。


クレイス「私も、最初は魔物を絶対悪と信じ憎んでいた。しかしここに住む魔族たちは皆心優しかった。それを切り捨てるなど、断じて許さん。」


ディバルバ「はっ、たかが人間如きに何ができるというのだ。魔王様に忠誠を誓う、結魔の俺に敵うとでも?」


クレイス「貴様が何者であろうと関係ない、碌に話し合いもせずに武力行使を当たり前とする。そんな輩に遠慮する必要はない。」


ディバルバ「ふん、ならば抗ってみせろ。貴様如きひ弱な人間に遅れを取るなどありえぬわ!」


戦闘が開始されると、クレイスはディバルバの首を狙うため飛び上がり目に見えぬ速さで切りつけた。

…しかし。


ディバルバ「…軽いな。」


クレイス「なにっ…。」


ディバルバの持つ大剣によってその攻撃は防がれてしまう。


クレイス「(あの巨体、そしてあの重厚な剣でさっきの剣撃に反応したというのか!?)」


クレイス「クロ!同時にかかるぞ!」


単騎で突っ込んでも勝機はないと感じたのか、クロに号令をかけ再び攻撃を繰り出す。

単純に手数は倍、更に集中し高速攻撃を仕掛ける。

だがその攻撃の全てをディバルバは躱し、防ぎきり無傷のまま。


アキナ「支援するわ!熱くなるわよ、二人共!」


圧倒的な強さを見せるディバルバにアキナが加勢するため、炎の玉を打ち込むべく詠唱を始める。


アキナ「火中に燃えろ!ブレイジング・グレネーディア!」


ディバルバの足元に火の玉を投げつけると、その巨体を覆い尽くすほどの火柱が上がり炎によってディバルバは包まれる。

しかしそれがどうしたと言わんばかりに、火柱の中から声が上がる。


ディバルバ「どうした。この程度で俺をどうにかできると思っているのか!」


そう叫んだディバルバが大剣をひと振りすると、まるで大剣に吸い込まれるかのように炎が消え失せた。

そしてアキナの方へ振り返ると同時に、その大剣を猛スピードで振るう。

それをなんとか防ごうとアキナは詠唱をするが…。


アキナ「絶対防御!アイシクラル・スパイク!」


壁のように幾重にも重なった氷の棘は、触れたものを凍らせ更に防御力を増幅させる魔法。

ディバルバの大剣が棘に触れた瞬間、触れた部分から凍りついていった。

だが、それで勢いが削がれることはなかった。

氷の刺は爆風と共に吹き飛び、その余波でアキナは遥か彼方まで吹き飛ばされてしまった。

大剣にまとわりついた氷に目をやると、それはみるみる氷解していった。


クレイス「アキナ!」


ディバルバ「さあ、お仲間の一人が飛んでいったぜ。助けに行かなくていいのか?」


クレイス「くっ。」


クロ「…っ。」


仲間を傷付けられ激怒したクロが感情的にディバルバに飛びかかる。


クレイス「よせクロ!なんの策もなしにこいつは…!」


ディバルバ「もういっちょ…盛大に吹っ飛ばしてやるぜ!」


大きく振りかぶった爪で切り裂こうとするが、下からフルスイングされた大剣が目前に迫り、とっさに防御の姿勢を取るが防ぎきれるはずもなく、クロも弾丸のように遠くの山まで吹き飛ばされていってしまった。


クレイス「クローっ!」


ディバルバ「ははは!おもしれーくらいにポンポン飛びやがる!…あとは、オメーだけだな。」


クレイス「…。」


剣を構えディバルバを睨みつけるが、その額には冷や汗をかいていた。

先程とは打って変わって沈黙の膠着状態が続く。

視線を逸らさず対峙するが、ディバルバの表情に焦りはなく、むしろ余裕めいたものすら感じる。

時間にしておよそ数十秒ではあるが、ニヤリと笑ったディバルバが突如襲いかかる。

上段から鋭く振り下ろされた大剣をシュビルト・フォーンで受け止めるクレイス。

威力はそれほどなかったが、クレイスはその異変に気付く。


クレイス「(シュビルト・フォーンに付与した魔力が、吸われている!?)」


シュビルト・フォーンに目をやると、宿っていた光の魔力が大剣に流れこんでいるのが見える。


ディバルバ「…ようやく気付いたか。コイツは触れたものの魔力を吸収するんだよ。だから、こんな風に密着させると…っ。」


軋むような音と共にシュビルト・フォーンにヒビが入り始める。


ディバルバ「早くしねーと折れちまうぜ?もっとも、防御以外の選択肢があればの話だがなぁっ!」


クレイス「ぐぅっ…!」


ピシピシと亀裂は全体に広がっていき、シュビルト・フォーンはもう限界寸前。


ディバルバ「オラァ!真っ二つになりやがれ!」


そこからディバルバが更に力を加えると、音を立ててシュビルト・フォーンが崩壊していく。

シュビルト・フォーンという防御壁が無くなり、クレイスの眼前に大剣が迫ったその時。

クレイスの右腕に装着してあったグレートミライザーの紋章が光り、クレイスの前に展開され大剣の行く手を阻む。

なぜこのタイミングで展開されたのか、なぜクレイスに装着されずに展開できたのか。

疑問を浮かべる暇もなく、グレートミライザーは身代わりとなって引き裂かれていく。

攻撃の余波によって吹き飛ばされたクレイスが最後に見たのは、紋章に戻りバラバラになったかつての友の姿であった。

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