第二話:立ちはだかる壁
父バルレイに、そして国に別れを告げ、クレイスたちは魔界があるであろう進入禁止エリアへと足を踏み入れた。
アキナが飛行魔法をそれぞれにかけ、結界へと向かう。
そして飛行することおよそ三十分、乗り越えるべきその結界が目前に迫る。
枯れた砂漠の中、吹き荒れる嵐によって砂が巻き上げられ、侵入する者の行く手を拒む。
レット「これが例の結界っスか…。」
見渡す限りの砂嵐。
右を向いても左を向いても空を見上げても、それは延々と続いているように見える。
クレイス「まずは第一関門、といったところだろうな。」
アキナ「それで、ここからどうすんの?」
クレイス「ひとまず飛んでみて、上にどの程度広がっているかを確かめてくる。皆はここで待っていてくれ。」
メルティナ「分かりました、お気を付けて。」
そう言ってクレイスは魔法により光の翼を背中に羽ばたかせ、空高く舞い上がっていく。
クレイス「(あの巻物によると、この結界は魔界を取り囲むように形成されている。)」
クレイス「(多少面倒ではあるが、空から入り込むことができれば楽なんだが…。)」
クレイスが飛び立ち結界の規模を調べている一方で、レットたちも何やら結界に向かって実験を行っているようだった。
アキナ「土の巨像グランディング・ウォーリア!」
アキナの魔法により、巨大な土壁が二枚道を作るように前方に出現、しかしそれはすぐさま崩れ去り砂嵐の中へと消えていく。
レット「やっぱダメっスかねー。」
アキナ「火属性も水属性も氷属性も風属性も、いくら攻撃して吹き飛ばしても意味ないし、壁を作ろうとしても壊されちゃう。」
明確に、物理的に存在する壁のようなものであるならば、ここにいるメンバーで十分に対処できるだろう。
しかしそれでは結界が張られた意味がない…魔物はもちろんのこと、この結界は悪戯に人間が魔界へ足を踏み入れないようにする為のものでもあるからだ。
メルティナ「これだけの規模になりますと、中を進むだけで遭難しそうですね。」
そしてこの結界は、単に侵入を拒むだけのものではなく侵入者に対し警告を促す役割も持っていた。
大量に撒き上がる砂埃に視界は奪われ、更には方向感覚すら失われる…一度迷ってしまえば脱出することすら難しくなる。
レット「普通に突破するのは無理そうっスね…。一通り試してはみたっスけど、後はクレっちが帰ってくるのを待つしかなさそうっスね。」
アキナ「でもこれって魔物をこさせないための結界でしょ?そう都合よく上からなんて行けるのかしら…。」
アキナの疑問も尤もだ…飛行能力を持つ魔物の侵入を許してしまってはなんの為の結界なのか。
レット「まあそれはクレっちが帰ってくれば分かるっスよ。」
そうして特にやることのなくなったメンバーは大人しくクレイスの帰りを待った。
ただじっとしているわけではなく、各々がこの結界をどう越えるかを思案しては見たものの、そうそう有力な案が見つかるはずもなく…。
結果的に、クレイスが戻ってくるまで結界を眺めていることしかできなかった。
レット「お、クレっちおかえりっス。上はどうだったっスか?行けそうっスか?」
クレイス「千キロほど上昇してみたが、果ては無さそうだ…。」
それだけ上昇しても尚、途切れ目は愚か砂嵐が弱まっている様子さえもなかった。
結界としての役目を十二分に果たしてはいるが、これではどうすることもできない。
アキナ「どうするの、これでノコノコ帰ったらみんなの笑いものよ。」
クレイス「…もう一つだけ方法がある。」
メルティナ「それはなんですか?」
この現状を打破できる策を思いついているのか、クレイスはそれを口にする。
クレイス「地面を潜るんだ。」
アキナ「地面?…あ、そっか!地面の中なら砂嵐なんて関係ないものね!」
砂嵐を突破できないということは、言い換えればそれは砂嵐が起きていないところなら問題なく進めるということ。
地面より上からの侵入ができないのであれば、地面の下から侵入すれば良いのだ。
クレイス「ああ、自分たちの周りにバリアを展開しながら進めば問題はない。ただ、方向を見失わないよう展開したバリアを伸ばしていかなくてはいけない。そしてある程度進んだらバリアを縮小させる、だから真っ直ぐ進んでいるかどうか後方にて確認する必要がある。」
クレイス「そこでこの役目を、アキナとクロに担当してもらいたい。」
アキナ「あたしとクロ?」
クレイス「二人なら、万が一バリアが消失しても、自身の身を守れるだろう?それを考えての人選だ。」
メルティナ「むむむ、またアキナ様とクロさんは二人でしっぽりとよろしくするのですね。」
アキナ「だからあんたはその妙な言い回しをやめなさいよ…。」
相も変わらないメルティナのその発言を聞いて呆れるアキナであったが、これで突破口は見えた。
そして、この砂嵐をくぐり抜けるべく行動を開始する。
…。
クレイスが透明な立方体のバリアをメンバー全員を囲むように生成し地中へと潜っていく。
そうして砂嵐の影響を受けないであろう深さまで潜った所で次は西へと向かう。
クレイス「よし、この深さまでくれば砂嵐の影響も受けないだろう。」
レット「今どのくらい潜ったんっスか?」
クレイス「大体五百メートルくらいだな。さて、では二人共、私たちが一キロほど進むまでバリア生成を後ろから見張っていてくれ。そして確認が済み次第こちらに来てもらい、再び待機、その流れの繰り返しだな。」
アキナ「了解。もし横にずれそうになったらどうするの?」
クレイス「その時は壁伝いに何かしらの魔法を放ってくれ。右に反れたら左側の、左に反れたら右側の壁に魔法を放ってくれ。」
アキナ「分かったわ。」
クレイス「では行ってくる。レットとメルティナは付いて来てくれ。」
レット「了解っス。」
メルティナ「分かりました。」
二人の確認を取ると、クレイスはバリアの前方の面を鋭く尖らせ前進を始めた。
…。
クレイス「大丈夫だったか?」
アキナ「ええ、ちゃんとまっすぐ進んでたわ。」
クレイス「よし、ではまたここで見張りを頼む。」
あれから一キロほど進み、一旦後方の二人と合流しそれに合わせてバリアを縮小。
レット「これを繰り返していくんスよね。」
クレイス「徒歩での移動となるから時間はかかるだろうが、他に方法がないからな。」
…。
それから半日、クレイスたちは地中を進んでいった。
代わり映えのしない砂色な光景が延々と続く。
クレイス「さて、今日はもう休むか。皆も疲れただろう。」
レット「歩きっぱなしってのも結構疲れるもんっスね…。」
アキナ「休むのはいいけど、その間バリアはどうするの?」
クレイス「一度可変バリアから固定バリアに切り替える。それから皆で寝床を用意しよう。」
そう言うとクレイスは目を瞑り意識を集中させ、バリアを拡張。
地中の砂を押しのけていき、バリアを固定するために魔力を注入。
メンバー全員が寝そべっても十分過ぎるほどの広さを確保する。
クレイス「とりあえずはこんなものか、先に食事にしよう。その後はこの空間を仕切って一人一人部屋を作る。各自割り当てた箇所で休むようにしてくれ。」
アキナ「じゃあ早速作るわね。…よっと。」
アキナは腰につけた袋から魔鉱石を二つ取り出すと、それぞれ中から食材と調理器具一式を取り出し設置した。
目の前に並べられたそれらを見て、アキナは呟く。
アキナ「便利なものね、これだけのものを入れられるなんて。」
レット「オレっち特製の収納石っスよ。食材を入れる魔鉱石には冷凍機能も完備してあるっス。」
クレイス「この収納石は王宮でも使われていたが、ここまでの性能のものは中々ないぞ。」
レット「意外と知られてないんスけど、拡張回路を組み込めば結構な量のものも入るんスよ。小さな一軒家くらいなら楽々入るっス。」
アキナ「じゃあパパッと作っちゃうわね。うちは大食らいが二人もいるから大変ね。」
クロ「…あきなのごはん、おいしいから。」
メルティナ「美味しい食べ物が目の前にあると、ついつい口に運んでしまうのですよね。」
アキナ「あまり凝ったものは作れないけど、腕によりをかけるわ。」
こうしてクレイスたちはアキナの料理を食し、仕切りが設けられた部屋で各々自由に過ごした。
そして休眠を取り、翌日も再び地中を進む。
淡々と歩みを続け、代わり映えのしない景色を眺めながら二十日が経過していた。
…。
レット「結構歩いたっスけど、もう砂嵐は抜けたんスかねー?」
クレイス「分からないが、浮上して確かめるのも危険だろう。もしまだ結界の中だとしたらあっという間に吹き飛ばされ、方向を見失ってしまう。」
メルティナ「そうなってしまえば、砂嵐の中を延々彷徨うことになるでしょうね。その命が尽きるまで。」
レット「発見される頃には骨だけになってそうっスね…。」
クレイス「見つかる前に骨も風化していそうだが…。というより、まず遺体が発見されないだろうな。こんなところまで足を踏み入れる人間はそうそういない。」
メルティナ「…あら?クレイス王子、なにやら砂の色が変わってきていますね。」
それはほんの僅かの違いだったが、メルティナはそれに気が付いた。
周囲を取り囲む砂、それが湿り気を帯びているように色が暗くなっている。
クレイス「ああ、地上と関係あるかは分からないが…。」
レット「ここまで来てようやく目に見える変化があったっスね。相当進んだっスけど…。」
クレイス「…。」
メルティナ「クレイス王子?なにか気になることでも?」
クレイス「…いや、ほんの少しだが気温が下がって来ていると思ってな…。」
それもまた注意深く確かめていなければ気付けない程の、小さな変化。
メルティナ「そうですわね、言われてみれば確かに…。」
レット「もしかしたらもうすぐ結界を抜けるかも知れないっスね。」
クレイス「だといいがな。」
現れた些細な変化、それが結界の途切れ目を意味するものと期待を寄せてみたものの…。
それが確実なものと断定できる判断材料もなく、そのまま歩みを進める。
そうして歩き続けること一週間、地中の変化は更に大きなものとなっていた。
柔らかいはずの砂は石のような強度を持ち行く手を阻み、凍えるような寒さがクレイスたちに襲いかかっていた。
そこでアキナが全員分のヒーティック・カバー(熱を帯びた布のようなもの)を作成し、それを身に纏い寒さを凌ぐ。
別世界となった地中、それでも歩みを止めることはなくクレイスたちは一歩一歩着実に進んでいく。
…。
クレイス「ん、これは…。」
突如、いつものように押し広げていたバリアが何か障害物にぶつかったように鈍い音を立てる。
その正体を確かめるため、クレイスはその障害物の表面に這わせるようにしてバリアを広げていくと…。
メルティナ「氷、ですか…?」
レット「みたいっスね…。え、どういうことっスか。」
クレイス「薄々そうではないかと思っていたが、やはりそうなのか…?」
眼前に広がるのは行く手を阻む青き壁。
バリアの進行を許さないほどの強度持つそれを見て、クレイスは考え込む。
レット「魔界に辿り着いた…ってわけでもないっスよね。」
クレイス「ああ、これは単なる氷だろう。」
そして上を見上げ、レットに指示を出す。
クレイス「レット、クロとアキナを呼んできてくれ。」
レット「いいっスけど…。」
クレイス「頼む。」
…。
アキナ「どうしたの、何かあった?」
クレイス「これを見てくれ。」
クロ「…こおり?」
クレイス「ああ、どうやら氷塊に道を塞がれてるらしい。」
アキナ「前から寒くなったと思ってたけど…。」
クレイス「恐らくこの氷塊と関係しているだろう。」
クレイス「そこで、一度地上を見てこようと思う。」
今までのようにバリアで押し広げていくことは不可能。
そう判断したクレイスは地上へ脱出するべく、その安全を確かめに行くと言う。
レット「大丈夫なんスか?上がどうなってるか分からないんスよね。」
クレイス「このまま無理矢理突き進んでもいいが、それでは時間がかかりすぎる。…それに、何かしらの変化が起きているのは間違いない。それを確かめておきたいんだ。」
クレイス「アキナ、一旦このバリアを任せる。私はバリアを一度解き上へ行ってくる。」
アキナ「分かったわ。…気を付けてね。」
クレイス「必ず戻ってくる、それまで皆を頼むぞ。」
アキナ「…うん。」
アキナにバリアの管理を任せ、新たに自身にバリアを纏わせクレイスは地上へ向けて浮上していく。
万一のことを考え、スピードは出さずゆっくりと、凍った砂をかき分けるようにして押し上がっていく。
クレイス「…やはり、か。」
地上へと顔を出したクレイス。
その目に映るものは、ある意味想定内であった。
そこには巨大な氷塊が山のようにそびえ立ち、行く手を阻んでいた。
強風に煽られながら後ろを振り向くと、凍った砂地がどこまでも続いていた。
クレイス「どうやら砂嵐は抜けたようだが…これは。」
クレイス「…考えるのは後にしよう、まずは戻ってこのことを伝えなければ。」
地上の様子を確認したクレイスは再びバリアを纏い地中へと潜っていく。
砂嵐を抜けた先に待ち受けていた氷山、これが意味するものとは…?
…。
メルティナ「…本当に、氷山があったのですね。」
クレイス「ああ、信じがたいが目の前にあるこれを見せられてはな…。」
クレイスは地中に残るメンバーに地上で見たことをありのまま伝え、そのまま共に地上へと舞い戻ってきた。
そして目の前の光景を目の当たりにした面々は、圧迫感を感じるほどの存在感を放つ氷山に圧倒されていた。
アキナ「ここからいきなり氷になってるわね…。それまでは砂なのに。」
クレイス「…私たちは思い違いをしていたのかもしれない。」
レット「何をっスか?」
クレイス「先代の勇者が張った結界は、一つではないかもしれない…ということだ。」
ここに至るまでに、クレイスの頭の中ではある一つの考えが浮かんでいた。
アキナ「それってつまり、この氷山も結界ってこと?」
クレイス「ああ、恐らく幾重にも結界が張られているのだろう。…魔物の侵入を防ぐために。」
メルティナ「では、この氷山だけではないかも知れないのですね、結界は。」
クレイス「可能性としては十分ある。」
砂嵐だけではなく、今目の前に聳えるこの氷山も結界の一つではないか?
それがクレイスの見解だった。
更に可能性として、砂嵐と氷山、この二つ以外の結界が存在する可能性も現状から推察できる。
レット「あの砂嵐だけじゃないんスね…。」
クレイス「まあ多少驚きはしたが、むしろこういった障害の方が突破しやすい。」
氷山の表面に触れ、その感触を確かめるクレイス。
メルティナ「何はいい案があるのですか?」
クレイス「簡単だ、吹き飛ばしてしまえばいい。」
レット「見事なゴリ押しっスね…。」
クレイス「その方が手っ取り早いからな。…さて、あの砂嵐の事を考えると、この氷山も相当な範囲に生成されているだろうな。皆下がっていてくれ、穴を開ける。」
四人が後ろに下がったのを確認し、両手を前に突き出し魔法を詠唱するクレイス。
クレイス「高出力ラディケイト・サーチレーザー!」
極太の光線が放たれ氷山を貫いていく。
光が消えると、そこには人一人分が通れそうな程の穴が真っ直ぐに続いていた。
…しかし。
クレイス「なっ…。」
アキナ「え、うそ…。」
その穴はみるみる内に塞がっていき、まるで何もなかったかのように復元されてしまった。
レット「修復機能持ちっスか、厄介っスね…。」
クレイス「やはりそう簡単に通らせてはくれないか…。」
アキナ「どうするの?またバリアを張って強引に進む?」
クレイス「いや、今回こそ上から侵入できるかもしれない。飛んで確認してくる。」
そう言うとクレイスは颯爽と飛翔、氷山の頂点に向かって羽ばたいていった。
そうして待つこと十数分。
レット「あ、戻ってきたっス。どうだったっスか?」
クレイス「ああ、上からなら問題なくいけそうだ。ただ巨大な氷山がいくつも連なって入り組んでいる。しっかりお互いを確認しながら進もう。」
アキナ「了解。じゃあヒーティック・カバー作り足すわね、そろそろ効力切れそうだし。」
クレイス「頼む。それと皆に飛行のバフもかけてやってくれ。」
アキナ「ええ、こんな寒いところちゃっちゃと抜けましょ。」
こうしてクレイスたちは飛行しながら、幾重にも連なる氷山の間をすり抜け魔界を目指した。
氷山はその一つ一つが巨大なため、かなりの高度で飛行しなくてならず、更にかなりの距離を迂回しなくてはならない。
天候も非常に荒れやすく、猛烈な吹雪の中での飛行となった。
分厚い雨雲に覆われているため時間感覚が麻痺してしまったが、適度に休息を取り体力を回復させる。
休息を取る時は、地中にいた時のようにバリアを固定しその中で体を休めていた。
凍えるような寒さはバリアに断熱加工を施すことと、アキナのヒーティック・カバーを包むことで対応。
そうして飛行すること約三週間、ついに氷山の向こうに見える景色がクレイスたちの視界に入る。
…。
レット「うひぃ、やっと氷山を抜けたと思ったらこれっスか…。」
アキナ「ホント、先代の勇者様は一体いくつ結界を張ったのよ。」
クレイス「まだ先は長い、か…。」
氷山を抜け、一旦地上へと降り立ったクレイスたち。
目の前に広がる光景に、クレイスの予想が裏付けされる。
上空には空を覆い尽くすどす黒い雨雲。
雷鳴が絶え間なく鳴り響き、周囲の音をかき消す。
そして絶え間なく降り続ける豪雨に、一同は辟易する。
だがここで不満に嘆いていても仕方がない、元より困難は覚悟の上。
クレイス「ここはバリアを展開しつつ飛行しよう。移動だけなら氷山を越えるより遥かに楽だ。」
レット「けど、こんな爆音じゃあ何かあった時にどうするんスか?声聞こえないっスよ。」
今はまだ大声で話せば聞こえなくもないが、鼓膜に響くその爆音が与える影響は大きい。
アキナ「任せて、みんなに共振の魔法を付与して、意思疎通ができるようにするわ。」
メルティナ「そんなこともできるのですね。」
アキナ「魔法については雑食だからね、あたしは。一通りの魔法は使えるわよ。」
クレイス「では頼む。」
アキナに共振の魔法をかけてもらい、悪天候の中クレイスたちは魔界を目指すため再び舞い上がった。
最初は襲いかかる落雷の対処に手間取っていたが、上空へ向け広くバリアを展開することで対応。
これまでの道中と同じく、休息を取る時はバリアで簡易的な居住スペースを確保し羽を休めた。
そうして十日ほど飛び続けると次第に視界は開けていき…。
目の前に、新たな結界が姿を現した。
…。
クレイス「今度は溶岩か…。」
グツグツ煮えたぎるそれは、遠くからでもその熱量を感じ取ることができた。
メルティナ「本当に、いくつあるのでしょうか、結界は。」
レット「考えるのも億劫になってきたっス…。」
元々体力のないレットは、既にこの段階でばてていた。
アキナ「でもここを渡らなきゃ魔界にはいけないんでしょ?だったら行くしかないじゃない。」
レット「それはそうっスけど…。」
クレイス「これは…どうしたものか。」
レット「どうしたんスか?パパッと飛んで向こう岸に行きましょうよ。」
クレイス「そうしたいのは山々だが…。」
アキナ「あ、あたしなんとなく分かったかも。」
レット「え、なんスか。」
アキナ「クレイスは休息を取る時のことを考えてるのよ。」
メルティナ「そうですわね、休息を取るときはバリアを張らなければならないですから。」
レット「そんなのいつも通りじゃないっスか、何を心配する必要が…。」
クレイス「いや、一つ問題がある。」
クレイス「空中でバリアを固定するためには常時魔力が必要になるのだ。」
アキナ「そうなるとあたしとクレイスだけだとキツいのよ。まだあたし長時間バリアを展開するのは難しいし…。」
今までは地上や地中などバリアを支える土台があったが、今回渡らなければならない溶岩の海にはそれがない。
バリアを固定すること自体は何ら問題ないが、常時五人の人間を乗せ浮遊させるとなるとそれ相応の魔力が必要となる。
メルティナ「クレイス王子に任せきりになってしまうということですね。」
クレイス「魔力的には問題ないのだが、集中力が持つかどうかだな…。流石に休息を取らないでバリアを張り続けるのは厳しい。」
クロもメルティナも、それなりに魔力を有してはいるがそれはあくまでも戦闘時や治癒によって効果を発揮する。
クレイスやアキナのような細かい芸当は難しいのである。
…と、ここで何か策が閃いたようで、レットが名乗りを上げる。
レット「あ、なら固定バリアを作ってもらえれば、簡単な飛空艇みたいなものなら作れるっスよ。」
アキナ「ホント!」
レット「その代わり魔力をバカ食いするっスけど、クレっちがいれば問題ないっスよね?」
クレイス「ああ、魔力が必要なら私から遠慮なく抽出してくれ。」
レット「じゃあバリアを作ってもらっていいっスかね。制御装置なんかは中から作って繋げるんで。」
クレイス「大きさの指定はあるか?」
レット「まあ今まで作ったバリアの大きさでいいんじゃないっスかね。」
クレイス「分かった、では…。」
クレイスはメンバー全員を取り囲むようにしてバリアを展開し、その場で固定。
後の作業をレットへと託し、その様子を見守る。
レット「いやー、戦力になれないオレっちでも役に立つことがあってよかったっス。」
クレイス「こういうのは適材適所だ。こういった技術的なことはレットにしかできないからな。」
レット「そう言ってくれると嬉しいっス。それじゃあちゃっちゃと仕上げるっスね。」
そうして数時間の作業の後、動作チェックを終えた飛空挺は溶岩の海の上空を渡り始める。
レット「ふぃー、即席にしては中々上出来じゃないっスかね。あ、コードとかに引っかからないよう気を付けるっスよ。」
壁の四面、床や天井などあらゆる箇所から制御するためのコードが繋がれていた。
制御装置はバリアの真ん中に設置しており、一際大きな基盤には魔鉱石が五つ付いている。
クレイス「この魔鉱石はなんだ?」
レット「これまでみたいに部屋を分けた時に、それぞれがこの魔鉱石が触れるようにしたっス。これに触って魔力を注入すればストックできるんで、好きに使えるようにしたっス。」
アキナ「へー、便利なものね。」
これならばクロやメルティナでも飛空挺の魔力維持に貢献できる。
そんな粋な計らいを見せるレットは、久々に機械弄りができてどことなく満足気であった。
そうして飛空挺に乗り移動を続けること約一ヶ月、特にトラブルに遭遇することもなく次の結界へと足を踏み入れる。
…。
アキナ「あれは…沼地みたいね。」
眼下に広がるのは真っ赤に煮えたぎる溶岩とは対照的な、暗くジメジメとした沼地。
レット「どうするっスか?降りられそうな所もあるっスけど。」
クレイス「いや、下手に近付かない方がいいだろう。結界の一部として存在しているのだ、ただの沼ではあるまい。」
クレイス「確かめようと近付いて引きずり込まれてしまっては元も子もない。ここは飛空挺に乗ったままやり過ごそう。」
この時のクレイスたちは目にすることはなかったが、クレイスのその予想は正しかった。
沼から一定範囲内に生体反応を持つ者の侵入が確認されると、沼から触手のようなものが伸び対象を捕縛し沼へ引きずり込もうとする。
更にこの沼は強力な酸を有しており僅かに触れただけでも皮膚が焼け落ちてしまうほど。
結界を突破することだけに重きを置いたクレイスの判断が功を奏する結果となった。
クレイス「…。」
レット「どうかしたっスか、クレっち。」
移動中は特にすることもなく雑談に花を咲かせている面々であったが、一人クレイスは思案に耽っていた。
クレイス「いや、少し疑問に思ってな…。以前、数十年前に王都近郊で魔物が発見されたという話はしたと思うが、どうにも腑に落ちなくてな…。」
クレイス「砂嵐程度なら突破できる魔物もいるかもしれないとも考えたが、ここに来るまでの間の結界は確認できただけも四つ。」
クレイス「その全てを突破することができる魔物などいるのだろうか。報告書には野生の狼とそう変わらない大きさだと記載されていた…。人間が駆逐できるレベルの魔物がこの結界を全て乗り越えてきたとは到底思えない。」
飛行能力を持たない魔物であれば、まずこの沼地と溶岩の海を越えることはできない。
複数の魔物で連携を取りながらであれば、あるいは突破できるのかもしれないが…本能のまま人間を喰らうことしか頭にない魔物にそんな芸当ができるとも考えにくい。
メルティナ「言われますと確かに気になりますわね。今のわたくしたちのように、何かに運ばれてきたということもないでしょうし。」
クレイス「…いや、その可能性は捨てきれない。」
アキナ「え…。」
クレイス「考え過ぎかもしれないが、魔王がこちらの戦力を確かめるためにわざと魔物を人間界へと送り込んだ、とも考えられる。」
レット「それは流石にないんじゃないっスか?それだったら、そんなまどろっこしいことせずに人間界で暴れ回ればいいじゃないっスか。」
クレイス「だがこの結界を超えられるのは、魔王か、それに匹敵する魔物でなければ無理だ。それにも関わらず、人間界に現れたのは大型の野生動物と変わらないほどの力しか持たない魔物だった。どう考えても疑問は残る。」
クレイス「…まあ、ここまで考察しておいてなんだが、その疑問も含めて魔王さえ倒してしまえば全て解決する。」
アキナ「そうね、さっさと倒してさっさと帰りましょ。」
判明している事実から推測することはできるが、それはあくまでも推測に過ぎない。
そして、推測する以上のことは現段階では不可能。
しかしそれらの疑問も、魔王を倒せば全てが解決する。
諸悪の根源たる魔王を完全にこの世から消し去り、残る魔物を掃討することができれば人々はその驚異から解放される。
感じる疑問にもどかしさを覚えながらも、クレイスはそれを一旦頭の片隅に追いやる。
打ち取るべき悪を倒し、民に平和が訪れると信じて…。
…。
レット「霧が出てきたっスね…。」
クレイス「ああ、次の結界か。」
アキナ「下ももう泥沼を抜けたみたいだし、降りてみる?」
クレイス「そうだな、こうも視界が悪いと何が起こるか分からん。レット、一旦着陸させてくれ。」
レット「了解っス。」
沼地の上空を移動すること約一ヶ月、眼下に広がる大地が沼から土へと変わってくるのと同じくして辺りに薄く霧がかかり始めていた。
初めはそれほど気にならなかったが、次第にその霧の濃度が濃くなっていき見える範囲が徐々に狭くなっていった。
そのまま飛行するのは危険と判断し飛空挺を降りたクレイスたちであったが…。
クレイス「いかん、これは毒霧か!エア・バブル!」
その異常にいち早く気付いたクレイスは清浄な空気の層でメンバー全員を包み込む。
見ただけでは判断できない、微かに感じる毒をクレイスは感じ取り即座にメンバーを守る。
レット「な、なんなんスか。ど、毒?」
メルティナ「一度飛空艇に戻りますか?」
クレイス「いや、あの飛空艇で進むのはやめた方がいい。視界が悪すぎる。」
アキナ「どうするの?このまま進む?」
クレイス「ああ、魔法を使い飛行するのも危険だろうな。何か障害物が現れても対処しきれない。」
レット「ここに来ていよいよ歩きっスか…。」
アキナ「グダグダ言わないの。」
クレイス「(先程、ほんの一瞬であったが毒を吸い込んでしまった…。どうやら即死性はないようだが油断はできない、皆にも影響がないといいが…。)」
クレイス「皆体調が悪くなったら逐一報告してくれ、先程吸った毒の影響が後々出るかもしれない。」
メルティナ「あ、それでしたらわたくしにお任せ下さい。」
手持ちの薬草や解毒剤で事足りればいいが…。
そんな心配をするクレイスだったが、ここでメルティナが名乗りを上げる。
クレイス「メルティナ?」
メルティナ「わたくしでしたら毒を吸い出すことができますので。」
アキナ「吸い出すって、あんたは大丈夫なの?」
メルティナ「はい、わたくしなぜか毒にも耐性がありまして、毒の強さにもよりますが即死性のもの以外なら一時的に体内に取り込み、排出することができるのです。」
レット「ここに来て衝撃の事実っス。ちなみに、どうやって毒を吸い出すんスか?」
メルティナ「傷を癒す時と同じく、肌を触れ合わせればそれで十分です。」
クレイス「では、頼まれてくれるか。」
メルティナ「はい、お任せ下さいませ。」
順々に肌へと触れていき毒を吸い出していくメルティナ。
全員に触れ終わると少し距離を取って毒を排出しに行く。
因みに聞いたところ、どうやって毒を排出しているかは内緒らしい。
そして可変バリアを展開し、魔力消費量の多い空気の層を解除してクレイスたちは歩き出した。
次第に霧はその濃度を更に密にしていき視界を奪っていく。
数時間歩き続けただけで辺りはすっかり白一色となってしまった。
レット「なんか、ちゃんと魔界に辿り着けるか不安になってきたっスね…。」
アキナ「あんたはまたそんな弱気なこと言って。」
レット「仕方ないじゃないっスか!怖いものは怖いんスから!」
クレイス「まあ無理もない。こうも視界が悪いと何かが起きても対処のしようがないからな。」
レット「…うぅ、分かってたっスけど、改めてそう言われると余計に緊張してくるっス…。」
道なき道を、先の見えぬ道を延々と歩き続ける…頭では進むしかないと割り切っていても、元々人間に備わっている本能が危険を促し足が竦む。
その先に何があるか分からないという未知に対する恐怖、更にその未知に対し自ら足を踏み入れ無ければならない恐怖…それが数時間に渡ってその身に降りかかっているのだ、レットが弱音を吐いてしまうのも当然のことである。
しかしそれでも歩みを止めるわけにはいかない…ここで後戻りをするという選択肢はないのだから。
そうして神経を磨り減らしながら進んでいくと、突如バリアに衝撃が走る。
何事かと思い前方をよく確認してみると、それは…。
メルティナ「これは…樹木、ですね。」
アキナ「みたいね、森林…なのかしら。」
クレイス「これが次の結界か…。」
霧で視界が塞がれており辺りを見渡すことはできないが、どうやら草木が生い茂る森林へと足を踏み入れていたようだった。
密集する大木…アキナが炎の魔法で焼き払ってみるものの、氷山の時と同じようにすぐに再生してしまう。
クレイス「これは、思ったよりも厄介かもしれないな…。」
レット「可変バリアをこう…上手い具合に広げていくことはできないんスか?」
クレイス「できなくはないが、この木が邪魔だな…。展開速度が極端に落ちてしまうから、あまり効率的とは言えない。」
レット「ダメっスか…。じゃあどうするっスか?」
クレイス「そうだな…定期的にかけ直さないといけないが、それぞれに最小限のバリアを張るとしよう。」
アキナ「でも、それだとはぐれちゃわない?」
クレイス「魔力の糸でそれぞれのバリアを繋げば問題ない。全ての糸を私のバリアに繋げておけば集合する時に手間もかからないだろう。」
アキナ「…面倒だけど、それしか方法はなさそうね。」
クレイスは移動が苦にならない程度の大きさのバリアをメンバー全員に展開した。
本人の意思によって自在に変形できるようにプログラミングを施し移動を開始する。
全員が同じルートを通るわけではないので、バリア同士を繋ぐ魔法の糸に物理透過効果を付与。
互いの存在を確認するために声を掛け合いながら進んでいった。
…。
レット「代わり映えしない景色は味気ないもんスけど、まだ視界が開けてるぶん移動は楽だったっスね。…あの飛空艇が恋しいっス。」
一旦休息のため身を寄せ合う五人。
スペース的に悠々と寛げることはできないが、それでも体力を回復させるべく体を休める。
アキナ「そうね、特に何かがあるわけじゃないけど、あれはあれで居心地良かったわね。」
飛空艇は今も毒霧の森林の手前に放置されている。
収納石に収めることもできたが、魔王の城を調べる際の収穫物がどれほどあるか分からないため断念。
メルティナ「ですが今のように、皆様で身を寄せ合って休息を取るのも悪くありません。」
アキナ「あんたのそれは、合法的にクロとくっつけるからって意味でしょ?」
メルティナ「はい!」
クロ「…!」
アキナ「いい笑顔ね、あんた…。」
クレイス「…大丈夫か、クロ。」
クロ「…まだ、だいじょうぶ。」
クロ「…まだ、おそわれてない。」
クレイス「いや、流石にメルティナもそこまでのことはしないだろう…。」
クロ「…いいきれる?」
クレイス「ん、まあ…。確かに今は私たちもいるからな、二人きりになったらあるいは…。」
クロ「…でしょ。」
クレイス「…この話はやめよう、してもいいことは何もない。」
クロ「…ん。」
どこか悟りを開いたような表情で淡々と話すクロの瞳からは、光が消えていた。
そして微速ながらも歩き続け約一ヶ月半が経過。
その頃には不明瞭な視界が徐々に開けていき、行く手を阻む大木もいつの間にか姿を消しその歩みは順調そのものであった。
アキナ「随分前から真っ直ぐ進んでるけど、もう森林を抜けたのかしら?」
メルティナ「心なしか、霧も薄れて視界が開けてきた気がしますわね。」
クレイス「警戒は怠るな、次の結界がどんなものかは分からないからな。」
レット「っていうか、この結界はいつまで続くんスかねー、いい加減飽きてきたっスけど。」
アキナ「あたしたちは遊びに来てるわけじゃないのよ、つべこべ言わずに歩きなさい。」
安易に期待してはいけない…いつしかそこに辿り着けると自分に思い込ませ、言い聞かせここまでやってきた。
そしてようやく、その待ち望んでいた景色が瞳に映る。
…魔界。
見上げる空は血の色のように赤く染まり、煌々と輝く月が白く不気味に浮かび…枯れ果てた大地に緑はなく、荒れた土地がどこまでも続いていた。
『魔物』と呼ばれる化け物の住まう世界。
そして、その魔物を統べる王の世界。
幾多の結界を乗り越え、ついにクレイスたちはその地へと足を踏み入れる。




