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8.晩餐

「なんだ、これは……」

「とうとう幻覚が……あたし、もうダメかも」

 その日の晩、帰ってきたジークとフィリンは、テーブルに並んだ食事を前に、呆然と呟いた。

 魚の香草焼きに、グリル野菜のマリネ、スープはちゃんと具が入っていたし、パンは柔らかそうな白パンだった。

 大して豪華なメニューではない。と言うより、一般的な水準だったが、この一週間近く、残飯同然の食事で空腹を満たす「作業」を続けてきた彼らにとっては、望むべくもない絶品だった。

 テーブルを間違えているのではないか。幸運という言葉に対して、すっかり用心深くなった二人は、状況を再確認した。リサは当たり前のように着席しているし、女将さんもメニューを間違えたような様子はない。

 恐る恐るフィリンが口を開いた。

「こ、こ、これ、もしかして、食べてもいいの?」

「待て、フィリン。迂闊に手を付けるな」

 食事に手を伸ばしかけたエルフの少女を、ジークが鋭く制止した。かつてこれほど真剣な表情をしたことがないのではないか、という彼の様子に、フィリンはびくりと手を引っ込めた。

「悪徳商法ではよくある手だ」

「どういうこと?」

「サービスを利用してしまってから、後で法外な代金を請求する手法だ。なにかの手違いでないとしたら、この罠を仕掛けた奴が手ぐすね引いてこちらを監視しているかもしれない」

「な、なるほど……」

「そんなことありませんよ」

 明らかに挙動不審な様子で周囲の警戒を始めた二人を見かねて、リサが苦笑とともに種を明かした。内緒でアルバイトをしていたことと、そのお金で滞在期間を延長し、食事を用意してもらったことだ。たちまちフィリンが声を上げた。

「えー!? じゃあ、あたしたちの苦労は……」

「投資の失敗というのは、よくあることですから、これも良い経験です。今回はささやかながら保険が有効に機能して良かったです」

 リサは精一杯の慰めの言葉をかけたが、ジークは恥じるしかなかった。成り行きとは言え、彼女たちを主導する立場にあるので、その分の責任を感じていたのだ。せめて養わなければならないと思っていたのに、逆に養われることになってしまったジークの心境は複雑だった。

「まあ、助け合ってこその仲間だよね。それじゃ、遠慮なくいただきまーす」

 フィリンはそんなジークの心情などお構いなしに、食べていいと分かった料理を満面の笑顔で頬張り始めた。

「さあ、ジーク様もどうぞ召し上がってください」

「うん。そうだな、フィリンの言う事も正しい、か」

 ジークは微笑して、そう言った。

 特殊な体質をしているとは言っても、それを活かして経験を積んで来たわけではない。剣の腕も、振るいどころがなければ仕方がない。だから足りない部分は補い合って、それが仲間というものなのだと、ジークは理解した。

「そうか、仲間か……」

 明確な目的も目標もなく、成り行きで寄り集まった三人だが、考えてみればそういう関係なのかもしれない。

 悪くない。心に沁みる温かさを、そんな風に表現するジークは、やはりひねくれ者だった。



 久しぶりに人並みの食事を楽しんでから、食後の香草茶に余韻を味わっている所で、リサはマーク卿のスカウトの話を切り出した。

 話を聞き終えて、ジークは首を傾げる。

「いい話だと思うけどな」

 リサが気の進まない様子だったのが、ジークにはよく分からない。

「ですが、そうなると時間の自由が利きませんから、ジーク様の調べ物をお手伝いできませんし……」

「それは気にするようなことじゃない。俺の個人的な都合だし、お願いした立場だから、どうこう言えるようなものじゃないしな。それに時間は幾らでもあるんだから」

「ですが……」

「俺が言うのもなんだけど、一生を根なし草として生きられるわけじゃないだろう。やりたい事があるのなら、それもいいけど、この街に根を下ろして生きて行くのも悪くないと思うぞ」

 リサは唇を噛んだ。ジークならそんな風に答えるのではないかと、薄々は分かっていたが、実際に言われると寂しかった。

 あなたにとって、わたしは必要ありませんか? リサは内心で問いかけながら、口にしたのは別の事だった。

「ジーク様は……どうされるのですか?」

「しばらくはここに居るつもりだけどな、どういう形で、いつになるかは分からないが、結局は出て行くことになるだろう。老いもせず、死にもしない人間なんて、化け物にしか見えないだろうから」

 それまでにリサが自立して生きて行ける道を探し出せるなら、それはいい事だと、ジークは笑みを浮かべて付け加えた。

 それが自分の身の上を心配するジークの優しさだとは分かる。だが、それは同時に残酷な言葉でもあった。遅かれ早かれ、どこかで別れるつもりだという宣告に他ならない。

 リサから見ると、ジークはどこか曖昧な存在だった。自らの真意を杳として明かすことがない。記憶を取り戻し、転生する白竜シーリアを迎えに行くという目的があると言いながら、それを優先することがない。

 永遠に生きられる存在ゆえの余裕なのかと考えもしたが、本当はジーク自身には何も望みがないのではないのかとリサは疑っていた。自分のために生きられないから、他人に目的を求めているのではないのか。

 だから、こうして助けが必要のない相手は、ジークにとっても必要ない存在ということなのか。ジークの役に立って、必要とされたいという思いは、潜在的な不安に突き動かされた結果ではなかったか。

 巡る思考はたちまち深みに落ちて行って、リサがいけないと自覚した時には、不意の涙がじわりと浮かんでしまっていた。

「リサ……?」

 フィリンが驚いた様子で声をかけてきた。慌てて涙をこらえようと、目をつむった時には手遅れで、浮かんでいた涙が一滴、頬を伝っていた。

「すみません。先に休ませてもらいます」

 取り繕うこともできず、リサは逃げるように席を立って、その場を後にした。

 その姿をぽかんと見送ることしか出来なかったジークとフィリンは、リサが二階に姿を消すと、すぐさま我に返った。

「ジーク! なんで泣かせてんのよ!?」

「え、あ……俺か? 俺、変なこと言ったか?」

「それは、その……分かんないけど、他に原因なんかないじゃない」

「それはそうなんだが……」

「ぼさっとしてないで、謝って来なさいよ」

 フィリンに睨まれて、ジークは気の重い様子で立ち上がった。

 本当に自分が何をしたのか分からないとあっては、何をどう謝ればいいのか、ジークには分からなかった。もちろん、フィリンに言われるまでもなく、リサを放ってはおけないのだが。

 どちらにせよ、考える時間を置きたかったのだが、燃え立つような翡翠の瞳で睨みつけるエルフは、そんな時間的猶予を与えてくれそうにはなかった。

「しょうがない」

 何の用意もできないまま、ジークは階段を登った。

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