23.幹部会議
城砦騎士団本部の会議室で、騎士団総長以下、幹部十二名による緊急会議が催されていた。議題は先の討伐で討ち漏らすこととなった『悪魔』への対策である。
討伐失敗から日数も経過しており、会議じたいは七度目を数えていたが、議論は遅々として進まなかった。
まずもって討伐するのか、放置するのか、その辺りの基本方針すら定まっていない状態だった。交戦した生存者は一名しかおらず、しかも当該者は昏睡状態とあって、有力な情報が得られなかったためだ。
フィリンとカシェットからの聞き取り調査で、多少の情報は得られたものの、実際のところ、それがどの程度の脅威なのか、と言った疑問を解消するには至らなかった。
査察局が中心となって提案した第二次討伐隊編成は、事務局――特に人事部の幹部による反対意見に遭って膠着状態に陥っていた。幹部会議において最大の勢力を持つ財務局幹部は、討伐の是非いずれも一長一短として、回答を保留し、これもまた膠着状態の強化に繋がっている。
意見の相違は畢竟すると、人的にも物的にも消耗の予測される作戦を阻止したい文官と、派手な作戦による武威を示したい武官との政治的な対立であった。
後継者問題に頭を悩ませる事務局は、騎士団が保有する直接的な戦力を可能な限り削減したい。探索者ギルドを媒介とした嘱託職員による『警備部』の設置を企図しているとの話も漏れ聞こえており、査察局はこの事態を憂慮していた。
ジークがその会議席上にオブザーバーとして招聘されたのは、目覚めてから二日後のことだった。
石造りの城砦内部は、外壁の厚みの分だけ見た目よりも手狭で、城砦の強度を保つために部屋も小分けにされている。それはこの会議室においても同じことで、会議用の長机に十二名が顔を揃えると、それだけで圧迫感を覚えるほどだった。
その机から離れた部屋の隅に、隻腕となったジークは席を与えられていた。いまだ体調が完全ではないことから、付き添いとしてリサが隣に立っている。
「揃ったな。では、始めよう」
宣言したのは議長を務める城砦騎士団総長グユーム卿である。まだ壮年と聞くが、その頬はこけ、蓄えた髭も貧相な印象を強めるばかりだった。肉体的にも強健とは言い難く、極端ではないものの痩せ型だった。
「会議の参考人として、件の『悪魔』と交戦した探索者を召喚している。議論に入る前に、まずは彼への質疑から始めたい。質問のある者は?」
まず挙手したのは、ジークリート召喚の実務を担った書記長マーク・レイモン卿だった。
「単刀直入に伺いたいが、君の目から見て、『悪魔』の討伐にはどの程度の戦力が必要と思われますか?」
シンプルだが難しい質問だった。ジークが普通の人間なら瞬殺されていた。それを何十人掻き集めたところで、対抗できるとは思えない。
「あくまでも私見ということなら」
構わない、と言うようにマーク卿がうなずいた。
「まず腕の立つ前衛を最低でも五十名ほど。後衛に熟練の魔術師を可能な限り動員すれば、あるいは」
「その場合、想定される被害は?」
「戦闘開始から三十秒以内に、前衛は全滅すると思う。即死ないし重傷だ」
「馬鹿な!」
椅子を蹴って吠えたのは、討伐派の急先鋒である査察局長ザーリッツ卿だった。実戦部隊の統括者として相応しい、分厚い体躯を誇る三十代前半の男だ。
マーク卿はそれを片手で遮った。まだ彼の質疑応答は終わっていない。
「つまり、その犠牲で稼いだ時間で、可能な限り強力な魔術を行使し、敵を仕留める――そういった算段ということでしょうか?」
「それ以外にないと思う。まっとうな剣術勝負では対抗できない」
「結構。質問は以上です」
マーク卿が総長に向き直るのを待って、ザーリッツ卿が質問の許可を求めた。グユーム総長がそれを許可する。
「先ほどの算段の是非を問う前に、どうやって貴様だけが生き残ったのか、その辺りを聞きたいものだな?」
「先立って経過詳報は提出したはずだ」
挑発的なザーリッツ卿の質問に、ジークは冷淡に応じた。
詳報は会議への参加とともにマーク卿から求められたもので、ジークの口述を元にリサがまとめた書類だった。無論、知られてまずい事を書けるはずもなく、リサと相談しながら内容を調整してある。ただ余りにも凄惨な内容になるので、そのリサにもすべてを話したわけではなかった。
提出した報告書は、要約すれば、全身の打撲や左腕の喪失によって気絶し、そのまま見過ごされた所を救助されたという内容だった。ただし、銀の騎士の戦闘能力に関しては、推測も含めて可能な限り詳細を付記している。
「それは知っている。だが、取り繕った報告書には書けんような事があるのではないか? この『悪魔』は人語を解すると言うではないか。たとえば、何らかの取引をした、とか……」
ジークは心底呆れた。何を言い出すのかと思えば、くだらない。マーク卿から武断派と聞かされていたが、この程度では高が知れるというものだ。要は机上の空論に慣れ過ぎて、実戦というものを理解していない。
「馬鹿げてる。おまえの頭には何が詰まってるんだ」
「貴様ッ!」
「参考人は口を慎み、聞かれた事を答えるように」
瞬間的に沸騰したザーリッツ卿を抑えるように、総長が口を挟んだ。積極的にザーリッツ卿を擁護したわけではなかったが、参考人の非を鳴らした総長に、査察局長は表面的には温度を下げた。
「奴は俺が死んだと思ったのかもしれない。どちらにせよ、気が触れているとしか思えない言動だったから、真意など分かりはしない」
「交戦した探索者は、すべて原形をとどめないほど「破壊」されていた。貴様一人が原形を保っていたのは?」
「真意など分からないと言ったぞ。その辺りを知りたいなら本人に聞け。会話が成立するとも思えないが」
「どうだかな……」
「質問は終わりかね、ザーリッツ卿?」
見かねたグユーム卿が割って入る。査察局長は総長の口出しに従って、質問を終えた。
総長はひとまずの質疑応答を打ち切り、参考意見を踏まえた上での議論に会議を進ませた。どうも総長自身は討伐の是非を問う会議じたいを面倒事だと思っているようだった。
さて、これは騎士団の援護なしに行く羽目になりそうだと、ジークは落胆した。
会議の情勢に関しては、先にマーク卿から聞き及んでいる。事務局方はジークの意見を盾として、頑として討伐を承諾しないだろう。ジークの推測どおりに事が運べば、査察局は壊滅的な打撃を被る。財務局もその経済的損益を考慮すれば、どちらに傾くかは自明である。
ここで甘言を弄して騎士団を積極的に動かすという選択もあっただろうが、それでは無用の犠牲を増やすだけだ。騎士団の実戦部隊がどれほどの練度かは知らないが、どのレベルにあったとしても、それは人の世のことである。常識を逸脱した怪物を前に、どれだけ抗えるのかには疑問があった。
ジーク自身にしても、今のままでは前回の続きを演じることになる。何か対抗策のひとつでも講じなくてはならないのだが、あれほど規格外となると小手先の奇術でどうこうなるようにも思えなかった。
せっかく有力な手掛かりらしきものが見つかったのに手詰まりというのは、少し歯がゆい。
「妙ですね」
会議の様子を見守っていたリサが、そっと耳打ちして来た。ジークが視線で問うと、彼女は「ザーリッツ卿です」と短く答えた。
ジークは視線を動かして、議場で最も大きな体積を占める男を見て、リサの言わんとする所を理解した。
会議の趨勢は今や決しようとしている。第二次討伐案は否決の流れに向かっており、文官たちはその段取りとして発言しているような状態だった。もはや査察局がどれだけ吠えても覆せるような状態ではない。実際、討伐派の発言はことごとく切り返されて、徐々に発言権を失っていた。だと言うのに、ザーリッツ卿は奇妙に余裕を持って構えている。
「議席での面子を守りたかっただけで、本当は再度の討伐隊など出したくなかったんじゃないのか?」
「そういう方だとは伺っていませんが」
「とすれば、切り札があるという話になる」
「切り札、ですか?」
「この土壇場で切り返せるだけの材料さ。何を隠しているのか知らないが……」
思わぬ流れに慌てる素振りさえない、というのは奇妙だった。とすれば、先ほどの中身のない質疑からして、予定していた演出だということになる。
だが、ザーリッツ卿は動かない。リサの聞き知った評判が見立て違いだったのではないかと、その方がしっくりくるような状況だった。
議長を務めるグユーム卿は、会議の趨勢が決したものと見て、締めに取り掛かった。
「議論百般は出尽くしたように思える。そろそろ採決に移りたいと思うが」
「その前にひとつ、査察局から提案があります」
その流れを遮ったのは、先ほどから沈黙を守っていたザーリッツ卿だった。まとまりかけた会議を混ぜ返すような話に、グユーム卿は迷惑顔をしたが、議長の職務として発言を許可した。どのみち議題が否決されるなら、最後に査察局側の言い分も取り上げておこうという政治的な配慮だった。
「まず実際に先の討伐隊の損害は、件の『悪魔』が極めて強力だという参考人の意見を補強するものであると考えられる。となれば、我が精鋭をもってしても、少なからぬ被害を免れ得ないという諸卿の意見には小生も同意せざるをえない」
姿勢を翻すような発言に、討伐派の面々は裏切られたような顔を見せ、また非戦派は意外な発言に警戒の姿勢を見せた。
「だが、『魔窟』内の治安維持を目的とする査察局の立場からすれば、やはりこれを放置することはできない。その点では財務局と見解の一致するところであると思うが、いかがか」
ザーリッツ卿の意図は不明ながら、理屈としては正論である。財務局長は肯定した。しかしながら、同時に牽制も行った。
「査察局長の意見には賛同する。ただし、懸案の武力解決に関しては、確実な排除の保証がなければ同意できない。参考人の意見を参照すれば、一応の対抗策はあるものの、これが機能するのか確証はなく、討伐完遂を保障するもでもない」
財務局長を始めとした文官の多くは、ザーリッツ卿が論点をずらし、面子を守るための特攻を提案していると見た。それはジークも同じである。愚かと言うしかない。規模は違うが、これではかつての大遠征の二の舞である。
だが、ザーリッツ卿の提案はまだ始まってすらいなかった。
「討伐は騎士団の『魔窟』経営に利するが、同時に打つ手がないのも事実。そこで本会議に提案したい。査察局は『聖剣』の使用許可を申請するものである」
ザーリッツ卿の提案から、会議は荒れに荒れ、怒号が飛び交う状況となって、ジークとリサは別室を与えられて待機を命じられた。会議室では、いまだに議論と言う名の罵り合いが続いていることだろう。
お茶と菓子を用意された談話室で、二人は何をするでもなく座って待っていた。
「もう出番はなさそうなものですけど」
「非戦派はまだ俺が使えるタイミングがあると思ってるんじゃないのか? そろそろ夕方だし、帰りたいな。遅くなるとフィリンがうるさそうだし」
「それは会議が早く終わる事を祈るしかありませんね。しかし、まさか切り札があんなものだったなんて……」
「効果的だったようには見えたな。でも、俺にはよく分からない。『聖剣』ってのは、何なんだ?」
「白竜の騎士ジークハルトが用いて、魔王を討ち果たした剣だそうです。その後、幾人かの手を亘り、創設された城砦騎士団がその管理を負うことになったとか」
ジークは思わず立ち上がった。
「それって、つまり、白竜に与えられた剣ってことじゃないのか?」
「そうは思えません」
有力な手掛かりではないのかと思ったジークに、リサは即座に否定意見を述べた。
「神から授かった剣だとすれば、それを白竜の騎士が他人に譲渡するとは思えません。騎士団が箔付けのために来歴を偽った模造品ではないかと思います」
「そうか……リサがそう言うなら、根拠があるんだろうな」
ジークは椅子に座って、自身を落ち着かせるようにティーカップを手に取った。その右手が微かに震えている。ジークは忌々しげに手を見た。意識を回復してから、ずっとこの調子だった。うまく力が加減できない。
「はい。本物であれば、とんでもない価値がありますが、騎士団創設期の同年代資料には、一切記述がなく、創設後半世紀ほど――ちょうど騎士団が低迷していた時期ですね――その辺りに記述が見られます」
凋落著しい騎士団の正統性を示すため、当時はいまだ人々の記憶に残っていた『勇者』の伝説を利用しようとした、と考えるのが妥当だろう。そして、伝説が人々から忘れ去られるに連れて、『聖剣』の権威が失われるのは当然だった。
「でも、それならそれで真相を知ってる幹部連中が、ああまで慌てることはなかったんじゃないのか?」
「皮肉な結果、なのかもしれません。真相がどうあれ、箔付けに秘蔵した『聖剣』を、まさか騎士団自身が否定することはできないでしょう」
「魔物を従えた魔王すら討った剣なら、どんな魔物だろうと倒せないはずがない。非戦派はヤツを倒せる保障を問題にしてたからな。ザーリッツに一杯喰わされた、ってとこか。俺たちが会議から締め出されたのも、その辺のぶっちゃけた話を聞かれたくないから……」
「わたしはそのように解釈しますが」
「くだらないな……」
ジークは呟いて、椅子の背もたれに身を預けた。身と心に、じわりと疲労の広がりを感じた。ダメージの回復はほとんど終わっていたが、疲労感がなかなか抜けない。五感も薄いヴェールを掛けられたような感じがして、かなり鈍っている。
シーリアが夢で告げた内容――一般的にはこれを神託と呼ぶのだろうが――は、いまだに思い出せない。逃げ水のように、考えれば考えるほど答が遠のいていくようなもどかしさがあった。
「少し、疲れたな」
「お休みなってください。何かあれば起こしますから」
そうさせてもらう、と答えて、ジークは目を閉じた。




