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人を助けるということ

 步果さんの手相を見てから数日が過ぎ、週明けの月曜日を迎えていた。

 未だに步果さんからの連絡はない。


 もちろん僕としては何もない方がいい。けれど未だに浮気をして暴力を振るう彼氏と付き合っているとしたら心配だ。

 朋花もそれを心配しているらしく、久し振りに放課後に相談をすることとなっていた。

 一緒に歩いているとは言い難い距離感で例の小学生の溜まり場となっている公園に向かっている時──


「よう、八卦見の昴」


 そんな奇妙な呼びかけをしてくる人は一人しかいない。

 声がした方に振り返ると、歩果さんが壁に寄りかかってスマホを弄っていた。

 ちょっと怒っているように見えたが、照れ隠しで怒ったふりをしているだけのようにも見える。


「步果。来てくれたの?」


 朋花は小走りで步果さんに駆け寄った。步果さんの方はやや複雑な顔をしてそれに応対していた。

 結局三人で公園へと向かう。


 道すがら朋花は愉しそうに話し掛けていたが步果さんのリアクションは微妙だった。

 とはいえ前回駅で会ったときよりは朋花に対する態度も軟化している。

 気温は日に日に上昇しており、そのせいなのか公園にいる子供の数は前回の半分ほどになっていた。


「それにしてもわざわざ步果の方から会いに来てくれるなんて」

「だから別に朋花に会いに来たわけじゃないから」


 二人の温度差は激しいものがあったが、朋花は気にした様子もなく優しい顔で頷いていた。


「その占い師に用があったんだよ」


 顎でしゃくり指され、居心地の悪さを憶える。


「お礼ならいいよ。前も言ったけど易料は朋花から貰ってるんだから」

「はあ? お礼なんかしないし。文句を言いに来たんだよ」


 睨みつけてくる瞳は羞恥で潤んでいた。まだかなり惚毒は効いているようだ。


「あんたが別れた方がいいっていうから彼氏と別れたの。おかげでビンタされたし」

「殴られた!? ひどい! 警察に言うべきだよ!」


 朋花は血相を変えて步果さんの顔に痣がないか確認し出す。


「警察なんて行かないって。てかそんなことしたらあたしの方が捕まるから。ビンタされたあと殴ったり股間を蹴り上げたりとか過剰防衛なくらいやり返したんだから」


 頬に添えられた朋花の手をやんわりと払って苦笑いを浮かべた。これまで会った二回より、今日の步果さんはかなり穏やかな様子に見える。


「さすが步果。それにしても別れられてよかったね」

「よくないよ。せっかく出来た彼氏なのに」


 步果さんは恨めしげに僕を睨む。

 人助けというのは感謝されるとは限らない。


「責任とってあんたがあたしと付き合ってよね」


 予想通りの言葉だったが、それでもやはり重く気怠い気分にさせられた。

 ここで断ればきっと恨まれるだろう。もしかしたらその元カレにしたよりも激しい攻撃をしてくるかもしれない。

 答える前から身体に力を籠め、殴られる衝撃に備える。


「ごめん」

「ごめんっ! 步果!!」


 僕の声を遮るように朋花が謝り、勢いよく頭を下げた。


「三田君は私と付き合ってるの!」

「は?」


 僕と步果さんの声が重なった。


「黙っててごめん。恋愛なんて絶対にしないと宣言していたから、なかなか言い出せなくて」


 朋花は僕の顔を見て『口裏をあわせて』という顔をした。すぐに理解して、演技に付き合う。


「すいません、步果さん。隠すつもりはなかったんですが」

「はあ!? ふざけないで! 朋花と付き合ってるのかって訊いたら『付き合ってない』って言ったよね? 隠すつもりなかった? 騙しておいてよくそんなこと言えるね!」

「ごめんなさいっ」


 これはもうビンタくらいは覚悟しようと、目を固く瞑り首を竦めた。

 しかし数秒立っても何の攻撃もなく、恐る恐る目を開けると步果さんは手を振り上げた恰好で固まっていた。瞳からは溢れた涙がこぼれている。


「步果さん……」


 彼女の顔は悔しさと怒りで顔を歪ませて僕を睨んでいた。

 やはり五分間も手相を見たのはやりすぎだったようだ。今さら慚愧の念に駆られる。

 人を傷付けてしまった苦しみで胸が張り裂けそうだった。

 これなら思い切り殴られた方がよっぽどマシだ。自分を戒めるように、ぎゅっと爪を立てて自分の太ももを握った。


「なんなの、あんたら。人に彼氏と別れろとか言って……まんまと言いくるめられて別れた私を見て、あたしを見て笑ってたんでしょ!」

「違う! 笑ってなんかいない!」


 朋花は狼狽えながら步果の肩を掴んだ。


「嘘つきっ! 触んないでっ!」

「朋花は君が心配だったんだ。それだけは分かってくれ!」

「そんなこと、あたしだって分かってたよ!」


 步果さんは充血した赤い目で僕たちを睨んだ。


「あたしだって……あたしだって彼氏が適当で最低な奴だってことくらい、分かってたよ!」


 その声は色んな感情が入り混じった、心の嗚咽だった。


「でも人からそう認めさせられるのって、嫌でしょ、悔しいでしょ。分かっている答えを相手に言わせるのって、すごく残酷なことだよ。親切のつもりかもしれないけど、上から目線ですっごく偉そうっ! ムカつくっ‼」


 步果さんはそう吐き捨てると走り去ってしまった。


「待って!」

「追わないで!」


 走り出そうとする僕を朋花が掴んだ。


「そっとしておいて上げて。お願い」

「でも」

「今は苦しくても自分の力で立ち直るしかないんだよ、歩果は」

 

 朋花はぎゅっと唇を噛んで痛みに耐える顔をした。

 確かに僕が追い掛けて優しい言葉をかけたところで何にもならない。それは分かっている。


「でもこのままじゃ朋花と歩果さんの友情も壊れかねない。せっかくここまで頑張ってきたのに意味ないだろ」

「ううん。ちゃんと成功したよ」


 朋花は首を緩く振りながら、とても穏やかな顔をした。


「私は步果に不幸な恋をして欲しくなかった。その目的は達成できたんだから、成功だよ」

「だけどこのままだったら朋花は步果さんに恨まれたままになる」

「それでもいいの。步果を助けられたなら」


 もう腕を掴まれていないのに、僕は動けなかった。


「おかしいだろ。朋花は親友を救うために努力したのに、嫌われるなんて」

「そんなものなのかもしれないよ。人を助けるとか、親切にするって、意外と感謝されることとはほど遠いことなのかもしれない。むしろおせっかいだと嫌われることなんだよ、きっと」

 

 朋花は静かに微笑んだ。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「そんなの、報われないだろ」

「ううん。報われてるよ。だって私は感謝されたいんじゃなくて、步果に幸せになって欲しいだけなんだから。その目的が達成されたなら、報われたんだよ」


 朋花は背筋を伸ばして僕に頭を下げる。


「三田君もありがとう。ごめんね。私に振り回された上に步果にまで嫌われて。一番の被害者は三田君だね」

「いや。この忌々しい力で人を助けられたんだ。僕だって収穫はあったよ」


 この力を使って人助けが出来るかもしれないと朋花に言われ、確かに僕は期待した。

 朋花の友情にも心を打たれ、役に立ちたいと思った。

 でもやってみて分かった。

 人を助けるというのは、人に嫌われることにも似ているということが。


「なあ、朋花」

「なに?」


 目的が果たせたというにはあまりに悲しげな顔で、朋花は僕を見た。


「手を、握ってもいい?」

「仕方ないな。頑張ってくれたお礼に特別だよ」


 朋花の手が僕の手を握る。身体のどこが触れ合うのとも違う、優しい温もりが手のひらから伝わり全身へと広がっていった。



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