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3話 待ち合わせというやつは苦手だ


 待ち合わせというやつは苦手だ。電車が5分遅延するとか、そんなちょっとしたトラブルがあっても遅刻はしないように、余裕を持って家を出る。すると、トラブルなんて何も起こらず、30分前には待ち合わせ場所に着くことになる。


 9時34分。僕は待ち合わせ時刻26分前に、第2キャンパス前駅に着いてしまった。


 さて、どうしたものか。とりあえず改札を出て、柱に背中を預ける。目の前を、大学生らしき人や、制服を着た高校生なんかが通っていく。僕の今日の格好は私服だ。昨日の話し合いの中で、動きやすい格好の方がいいだろうということになった。


 待ち時間、これといってすることもない。LINEで着いたことを連絡しておくかと思いスマホを取り出すも、早くから来て張り切っていると思われるのも嫌だなと思い、スマホをポケットへとしまいなおす。


 こういう時の時間つぶしに僕が何をするかなんて、まぁ、ほぼ決まっているわけで、僕は例によって文庫本をバッグから取り出した。26分なんて、読書をしていればすぐだ。


 が、本を開こうとしたところで、改札から出てきた人と目が合う。


「早いですね」


「紅林さんも」


 改札から出てきたのは、無地の濃い赤のシャツを着た紅林さんだった。私服で会うのは新鮮だ。夏の合宿以来。


「それ、タイトルは何ですか?」


 僕と紅林さんはそれなりに仲はいい方だと思うが、2人でただ時間を消費するのは些か気まずい。沈黙は辛いからか、紅林さんは話題を振ってきた。


「『If……then……』っていうSFです。もしも願いが叶うならって感じの話です」


「『If……then……』ですか。読んだことないです。願いが叶うなら、ですか」


「本当はもう少しぐちゃぐちゃした前置きが入りますが。帯を見た時には猿の手とかそういうタイプの話かなって思ったんですが、どうもそうでもないようです」


「でも、単に願いが叶ってハッピーエンドではないですよね?」


「まぁ」


 今読んだところまでだと、バタフライエフェクトの話に近そうだ。不自然に願いを叶えた結果、世界は不自然に歪む。


「具体的な内容を話すとネタバレになりますから」


「そうですね。今度、私も読んでみようかと思います」


 ネタバレを避けた結果、会話が終わってしまった。これ、相手が先輩なら、勝手にああだこうだと喋ってくれるから楽なのだが。時計を確認するも、まだ10時までは20分近くもある。


「私たちって、本と勉強以外だと話題ありませんね……」


 紅林さんは苦笑を漏らした。


「そうですね……。別に、今日はいい天気ですねとか、そんな話をしてもいいですけど」


 実際、今日はいい天気だ。清々しい秋晴れ。過ごしやすい1日になるでしょうと天気予報でも言っていた。


「天気ですか。確かにいい天気ですね。……虚しくないですか、この会話?」


「虚しいというほどでは。ただのキルタイムですから」


「それでももう少しマシな話題がある気がします」


「マシな話題ですか」


 なんだろう。天気は定番だって聞いたんだけどな。政治と宗教は揉めるからダメなんだったか。僕、無党派層の無神教だが。


「会話が詰まった時の話題の定番って知ってますか?」


「たぶん、会話が詰まった時の話題の定番という話題ではないと思います」


 紅林さん、存外に手厳しい。


「話題、紅林さんから振ってくれれば、テキトーに話しますよ」


 結局、丸投げした。少し考えてから、紅林さんは口を開く。


「蒼井くんは、恋愛小説って読みますか?」


 紅林さんからもたらされた話題は、まさかの恋愛。恋バナは話として定番かもしれないが、その手の話はあまり得意ではない。


「読まないことはないですよ。得意ジャンルかといえば、全然そんなことはありませんが」


「あれ、面白いですか? いえ、恋愛感情が登場人物の行動原理にスパイスを与えて、結果、物語が膨らみを持つっていう面白さはわかるんです。ただ、最初から最後まで終始恋愛の話は、何が面白いのかわからなくて……」


 なんでそんな話題を……? 文句を言ってこちらが話題を提供しなくてはならなくなるのは嫌なので、テキトーに答えはするけど。


「まぁ、僕としても恋愛感情はスパイスくらいの役割である方が好みですね。人間の感情は複雑で、様々なものが入り混じるものじゃないですか。それが、『好き』の1つになっていたら、つまらないと思いますよ、そんな物語は」


 終始恋愛ばかりな物語でも、感情表現が『好き』の一辺倒なんてことはないだろうけど。そんな話は流行るわけがない。


「恋愛小説に大きな需要があるのは、恋愛感情が多くの人にとって共感しやすいからでしょうか?」


 そう言われると、どうだろう?

 憧れ、恐怖、憤り、絶望、焦り、願望、執着、羞恥、失望、郷愁、快楽、嫉妬、嫌悪、同調、殺意……それらに対して、恋慕が殊更共感しやすい感情だろうか?


「そうではない気がしますね。共感というよりは、感情の強さではないですか? 恋愛感情は身近にあるかなり強い感情ですから」


 なぜ、恋愛小説の需要の分析なんてしているんだ。早く先輩なり大白先輩なり来ないだろうか。


「なるほど。それは、わからなくもないです。確かに、キャラクターが強い感情を持っている方が物語は展開していきそうですね」


 納得していただけたのならよかった。さほど考えて言った意見でもないけれど。


「例えば、」


「おっ、2人ともはやーい」


 紅林さんが口を開きかけたところで、先輩が改札から現れた。時計を確認すると、時刻は9時50分。待ち合わせ10分前に来るとか、先輩、ちゃんとしている人みたいだ。先輩がちゃんとしているわけがないのだが。などと失礼なことを思いつつ、「おはようございます」と先輩に告げる。


「おっはよー。紅ちゃんもおはよー」


「おはようございます。服、可愛いですね」


 紅林さんはサラッと先輩の服装を褒めていた。今日の先輩の容姿を端的に表現するなら、オシャレな小学生。小学生向け雑誌のモデルみたいな感じだ。確かに、綺麗よりも可愛いという形容がずっと似合う。


「おぉ、女の子の服を褒めるなんて、紅ちゃん男子力高いなー。それに比べて蒼くんは……」


 先輩は残念なものを見るような目でこちらを見てきた。無論、これは先輩の冗談だ。だから、僕はまったく気にせずに、「なんですか?」と言う。


「蒼くん、今日の服、普通だね」


 先輩は笑顔で、それはもう満面の笑みでそう言った。基本的に、僕は服を値段で決める。売っているもので最安値のものを買う。だから当然、服にこだわりなんてない。


「そうですか。……先輩はよく似合ってますよ、子供服」


「カッチーン、なんだよー、サイズがSとかMじゃなくて140cmの服を買ってるのかそんなにおかしいか? ん?」


 途端に突っかかってくる先輩だった。……本当に子供服なのか。


「真白先輩、大丈夫です。よく似合ってます」


「紅ちゃん、今その言葉は追い打ちにしかならない。わたしはどうせチビですよー、お子様体型ですよー」


 その反応がお子様なんだが……。


「賑やかっすね……」


 呆れたような顔の大白先輩が合流し、4人全員が揃ったのは、まだ10時には5分ほどある時間だった。


「大くーん、蒼くんがわたしをいじめるんだよー」


「ああ、そうなんすか。じゃ、全員揃ったし行きますか」


「大くん!? いくらなんでも返しが雑過ぎる!!」


 そんなコント紛いのやりとりを繰り広げながら、僕たちは元治大へと歩き始めた。


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