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9話 悪いのは僕ではない

「蒼井くん」


 放課後。ここ数日はなかったのだが、今日は担任との語らいの時間があるらしい。


「なんですか?」


「君は今の1組の状況を知っていますか?」


 話題は1組か。佐倉何某(なにがし)が転校したり、新しい担任になったりしたのは先週の木曜だったか、金曜だったか。まだ日も経っていない。


「紅林さんは過ごしやすくなったと言っていましたね」


 煩わしいのはなくなって、クラスメイトとは全く話さなくなったと言っていた。


「新しく担任になった松田先生曰く、酷い状況だそうですよ」


「それは、前の担任があれでしたからね」


「今村先生は今村先生なりに頑張っていらっしゃいました。ただ、その方法が1年1組というクラスに適していなかったのです」


 適さない方法で頑張った辺りがあれだと言っているのだ。


「1組が文化祭で何をするか知っていますか?」


「知りません」


「ホットケーキを売るそうです。が、どの時間帯に誰が接客をして誰が調理をするのか、それすら決まってはいないそうです」


 ポップコーンは別にできたてを売るわけではないので、2組には調理班はない。しかし、ホットケーキではそうもいくまい。


「なんでそんな状況になっているんですか……」


「もともとは佐倉さんが仕切っていたそうです。彼女が全てを回していた。それが突如いなくなって揉めに揉めていると、そういうことらしいです」


 それはまぁ、不運だったな。


「文化祭って、大抵はクラスに数人やりたがる人がいるんで、その人たちに大体全て丸投げすればいいんじゃないですか?」


 2日間シフトに入っていても構わないという人も意外にいるものだ。


「それを今村先生は否定したみたいですね。文化祭はクラス全員で協力するから価値がある、だから、特定の数人だけが頑張るなんて認めないと力説したそうです」


「別に、前の担任が何を言ったかなんていいじゃないですか、無視すれば」


「そういうわけにもいかない状況らしいです」


 1組のことなんて僕には関係ないが、まぁ、大変そうなのはわかった。


「その話を僕なんかにしてもどうにもなりませんよ?」


「クラスから1人いなくなると、そこまでの影響があるということを君に知ってもらいたかったんです」


「いなくなったのは担任も合わせて2人ですけどね」


 まぁ、クラスにも影響力のあるものとそうでないものがいる。

 今回は、バカな真似をして転校することになったのがたまたま影響力があったという、ただのアンラッキーだ。


「紅林さんの一件、案外穏便に済んだと思っているかもしれませんが、そんなことありませんよ。今の1組の状況は、あの一件が引き起こしたんです」


 だから何だと言うのだ。あの一件は佐倉何某のせいで起こった。紅林さんは生半可な対応をするわけにはいかなかった。同じことが繰り返され、日常化しないように。


「紅林さんの方法が間違っていたとは思いません」


「間違っていたとは言いません。彼女の言い分は理解できます。彼女を攻めるつもりも、もちろん君を攻めるつもりもありません。

 ただ、知ってほしいんです。間違っていない行動でも、代償はあることを。そんなことはどうでもいいと思わないでください」


 実際、1組の現状など僕にとっては至極どうでもいい。完全に関係のない対岸の火事だ。

 たぶん、1組に属している紅林さんも同じように思っているだろう。クラスメイトとの関わりは絶ったのだから。


「僕にとっても、たぶん紅林さんにとっても、1組のことなんてどうでもいいですよ。1組が文化祭で失敗しようが成功しようが、関係がない」


「今回、君には確かにあまり関係のない話です。君は、自分が紅林さんの立場だったらと考えてください。それでも関係はありませんか?」


「関係がないこともないですが、気にすることもないという感じです」


「関係ないと断言しなかったところに、君の成長が感じられます。でも、できれば気にもしてほしいことです」


 因果関係があるのだから、関係はある。だが、そんなことを気にはしない。


「君が紅林さんと同じ立場になったら、恐らくは同じことをするでしょう。それは間違ってはいません。しかし、その後には、自分の行為によって何が起こったのかを考えるべきです」


「考えたって、後悔は起こらないでしょう? そうしなければならない状況にあったのだから、仕方がない。悪いのは僕ではない。考えたってそれは変わらない。なら、考える必要はありますか?」


「あります。君たちはもっと、他人のことを考えるべきです。君たちの周りにいるのは、小説で名前も与えられないその他大勢ではないんです。それぞれに名前があって、意思があるんです」


「周りを(おもんばか)って、自分を曲げられる人間ではないんですよ。僕は」


 僕にとってのクラスメイトはやはりその他大勢で、優先すべきはその他大勢よりも僕自身だ。


「自分を曲げろとは言っていません。ただ、周りも見ろとそう言っています」


「見ても見なくても、結論は変わりませんよ」


「それでも見ろと言っています」


 それに意味はあるだろうか。


「善処します」


「君は嘘をつかないのですね。それは君の長所であり、短所です」


「ここでわかりましたと言っても、信用されないことくらいはわかってますよ」


 前向きに検討する、善処する、心に留めておく、便利な言葉はたくさんあるのだ。


「君が変わるには、まだまだ時間が必要なようですね。それこそ、高校生活3年間くらいの時間が」


「来年の担任も先生になったりします?」


 それはハズレではないにしろ、まぁ、鬱陶(うっとう)しい。


「それはわかりません。ですが、担任でなくなっても君のことを気にかけるつもりです」


 そんなに問題児ですか、僕は。試験も成績も学年トップなんだが……。


「それは鬱陶しいですね」


 もはやこの人には気を使うこともあるまい。言葉を選ぶこともない。


「教師は鬱陶しいものですよ」


 その言葉を熱血漢の教師が言うなら様になるが、終始無表情の担任が言うのはどこかイメージと齟齬(そご)がある。

 担任の本質は熱血漢に近いのかもしれないが。いや、それはないか。


「教師は激務ですね」


「ええ、でも、やりがいのある仕事です」


 顧問の言うことを信じるなら、この人も普通の精神をしていないのだろう。


「今日は部活ですか?」


「ええ」


「紅林さんにも、もう少し周りを見るように言ってください。では、さようなら」


「ただ言うだけなら。では、失礼します」


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