10話 自分にとってのいい人がいい人
「なんか、担任がもっと周りを見るようにと紅林さんに言っておいてくれと言ってました」
パソコン室に入ると、いつも通り他の3人は揃っていた。僕は早々に伝言を済ませるのだった。
「なぜ、長谷川先生が?」
紅林さんは疑問顔である。紅林さんにとっては担任はただの生物の先生だ。いきなりお小言をもらうような相手ではないだろう。
「文芸部の生徒のことをだいぶ気にかけているみたいです。まぁ、たぶん僕のせいですね」
「ハセ先って、蒼くんのこと大好きだよねー」
問題児ほど可愛いという理屈が通るのであればそうかもしれないが、まぁ、好かれているわけではないだろう。
「問題が多いってだけですけどね。担任という立場から見れば、僕は面倒な生徒でしょう」
「長谷川先生も無理矢理仕事を割り振ろうとする人ですか?」
紅林さんにそう問われた。どうだろう。仕事を振ってはくる。無理矢理かといえば、ある程度は強制だ。
でもまぁ、明らかに合っていない仕事は振ってこないか。ちゃんと僕には1人でできる仕事、もしくは勉強に関わる仕事を振ってくる。その辺りはわかっている人だ。
「無理矢理と言えば、無理矢理ですが、各生徒に合った仕事を振ろうとはしてる人です」
まぁ、設計は僕には荷が重かったが。
「そうですか。心に留めておきますと伝えておいてください」
善処するとあまり変わらない答えが返ってきた。まぁ、こんなものだろう。担任にも、言うだけだと言ってあるし。
「わかりました。1組の新担任はどうですか?」
「困惑しているみたいでした。いきなり担任になって、1週間後に文化祭ですから当たり前ですね」
「誰になったのー?」
「松田先生です」
「まっつーか!」
「松田先生……あぁ」
僕は自分が習っていない先生の名前はほぼ覚えていないが、部長や大白先輩は1年以上この学校にいるのだし、名前を聞けばピンとくるのかもしれない。
部長が○○先と呼ばないのは珍しいな。
「まっつーの授業は面白いよ! コアな話が聞けるから。そのせいで授業進まないけどね」
「試験前にプリント配って生徒に丸投げするやつっすね」
それは好き嫌いが分かれそうだ。
「科目は何ですか?」
「化学!」
尋ねると即座に部長が返答した。化学は1年次には履修しない科目だ。来年にはお世話になるかもしれない。
「まっつーの授業はいいよ。うん。わたしが太鼓判押すよ」
「松田先生の授業って、成績上位向きで、下位層はついていけないやつっすから、部長には合ってるんすね」
教科書に書いてあることくらいわかってるという人にとってはいい先生らしい。
「まっつーは理想の教師だよ。うん。学級経営もよかった」
部長は何度も頷きながら、松田先生を褒めるのだった。部長に褒められる教師というのは、なんか、大丈夫なのかという気になる。
「わたしの去年の担任、まっつーだったんだよ。まっつーね、文化祭とか何もしない。好きなやつで組んで好きなようにやれーって丸投げ。もう、完璧っ!」
それが部長の理想の教師なのか。もう、それ、教師いなくていいじゃん。
「それでね、準備時間に何もやってないと、ならこれでもやっとけって問題くれるの! なぜか数学の」
部長好みの教師であることはわかった。だが、多くの生徒からは嫌われそうだ。
「それはいいですね」
紅林さんが少し目を輝かせた。そういう担任、僕としても嬉しいが。
「多数派からは嫌われてるタイプの先生っすけど」
「わたしにとってのいい先生がいい先生!」
まぁ、そうだろう。自分にとってのいい人がいい人。当たり前だ。
「あとね、まっつーはあの年でオタクなんだよ。ラノベの話ができる。これ、ポイント高い!」
「松田先生、50歳は超えてますよね?」
「うん! 54!」
紅林さんの問いに即答する部長。年齢まで把握しているのか。部長、松田先生好き過ぎではなかろうか。
「見た目はおっさん、中身は高2、その名も、松田……なんだっけ?」
名前は把握していなかった。まぁ、下の名前なんて聞く機会はほとんどないか。
「よし、今度紅ちゃんのクラスにまっつーからかいに行こっ。紅ちゃんのクラス、文化祭は何やるの?」
「さぁ?」
紅林さんまさかの疑問符である。夏休み前時点では僕もクラスの出し物を知らなかった身ではあるが、現状はその話題が飛び交っているのでさすがにそれくらいはわかるものだと思う。
「ホットケーキを焼くそうですよ」
部外者の僕が回答するのだった。
「蒼くん、何で知ってるの?」
「担任がそう言ってました」
「ふーん。蒼くんのところは何だっけ?」
「ポップコーンを売ります」
頭にポップくん(仮)の姿が浮かんだ。特に関わりがないが、僕はあのマスコットがもう嫌いだ。もっと短足になれと言いたい。
「大くんは?」
「ギョウザピザ屋っす」
「それって、ギョウザとピザを売るの? なに、その組み合わせ?」
「ギョウザの皮で作ったピザを売るんす」
「それやったことある! すごく簡単にできるやつだ」
「その簡単にできるやつっす」
「手抜きだね」
部長は笑顔でそう言った。
「いや、手抜きじゃないっすよ……」
対して、大白先輩の顔は引きつらせる。
「それぞれいくら? 食べ歩くならお金の心配しないと」
部長はメモ帳を取り出した。
「50円っす」
「50円だったと思います」
「わかりません」
「うん! なら大丈夫そうだ。いやー、1食50円と思えば安いね」
ギョウザピザとか1枚当たり50円なら、確実に自分で作った方が安い。ポップコーンだってそうだ。まぁ、ギョウザの皮は当然1枚単位では買えないが。
「それが1食に足る量なら、破格の安さですね」
「蒼くん、そういうこと言わないの。お祭りなんだから高いのは仕方ないの。お金で思い出を買うんだから仕方ないの。仕方ないのっ!」
怒られてしまった。思い出を買うのか。文化祭の思い出、金を払ってまで欲しいものでもない。
部長もムキになるあたり、高いと思っているのではないだろうか。
「あっ、あと食べ歩きなんだけど、わたし当日仕事ができちゃった」
なんと。部長がクラスの仕事をするなんて。部長はそんなことをする最後の人物だと思っていた。
「だから、首からダンボール看板ぶら下げてるけど、別にいいよね?」
仕事ってのは歩く広告塔か。歩いてればいいだけだし、容姿の目立つ部長にはうってつけの仕事だ。
なんか、うちの担任も僕に同じことをさせそうな気がする。隣に部長がいるなら、十分目立つし。
「別にいいですよ。お化け屋敷でしたよね。お化けの格好をするんですか?」
「浴衣着るかもー」
「あぁ、座敷わらしですか」
「なんだとー!!」
怒られた。違ったか。浴衣、と言うよりたぶん着物の妖怪。部長、座敷わらしにぴったりだが。
「雪女ですか?」
紅林さんの問いに部長が怒ることはなかった。座敷わらしと雪女には格の差があるようだ。もしくは年齢の差が。
「知らないけど、それっぽい格好って感じで。面倒だったら普通に制服にするけどね」
「それ、十中八九制服になる言い方っすね」
「大くんがそう言うなら張り切っちゃうよー。いっそのこと電気ネズミの着ぐるみ着てこようか?」
「それと一緒に文化祭回るのは嫌っすね」
着ぐるみで登校はできないだろうし、着ぐるみを学校に持ってくるのも厄介だろう。それでも本気になったらやりかねないのが部長だが。
「大くんは仕事あるんだよね?」
「言われた通り、土曜の午前はピザ作るっす」
「大くんは調理班かー。まぁ、その顔で接客はねぇ」
「言い方ひどくないっすか」
「それで、蒼くんは仕事ないんだよね?」
部長は大白先輩の言葉は無視して、こちらを向いた。大白先輩はそんな部長には慣れたもののようで、別に怒っているようでもなかった。
「はい。たぶん。シフトに入ることはないと思います。部長と同じ状況にはなるかもしれませんけど」
「ハセ先は蒼くんが大好きだもんね」
「仕事を何かしら振ってくるでしょうね、たぶん」
部長は僕から紅林さんの方へ視線を移す。
「じゃあ、紅ちゃんは?」
「クラスの方がまとまっていなくてよくわかりません。何をしろとは言われていないので、何もしなくていいのかもしれません」
「なるほどぉ。紅ちゃんもフリーなら、土曜日の午前中以外は4人で回れるねっ」
部長はウキウキとした様子を見せる。別に、食べ歩きなんてさほど面白いものでもないと、個人的には思うけれど。
「あー、部長、日曜の午前は他のやつと回るかもっす」
僕や部長、紅林さんは文芸部以外の繋がりは薄いが、大白先輩はそうではない。
「裏切り者ぉ」
部長は悲しむ顔を作ってみせた。
「俺も色々あるんす」
「彼女か! 彼女だな! 」
部長はそう詰め寄り直後、
「いや、大くんに彼女なんてできないか」
と平坦なトーンで言うのだった。
「ひどくないっすか? いや、彼女じゃないっすけどね」
大白先輩、顔が怖い以外はとてもいい人だし、彼女がいても別に不思議ではない。部長の言い方はひどい。
「大くん。みんなのいい人はモテないんだよ。好きな子を特別扱いしないと。さぁ、好きな子の名前を言ってごらん」
部長は暖かい眼差しでそう言った。
「女子って恋話好きっすよね。正直面倒っす」
「大くん、その発言は間違いなくモテない」
「そうっすね。そんなわけで、日曜の午前もたぶん無理っす」
「ふーん。じゃあ、午前中はどっちも3人か。蒼くん、両手に花だね」
部長、その言い方好きだな。
「そうですね。僕には荷が重いんで1人で回っていいですか?」
「だめー。そうだっ! 妹ちゃんも入れて4人はどう? 両手に花じゃなくなるよ?」
「花を増やしてどうするんですか……」
「妹のことを花だなんて、蒼くんシスコン?」
その返答は「はぁ」と盛大にため息をつくにとどめた。
部長も結構鬱陶しい人だ。価値観が似ていなければ、絶対に近づきたくない相手だ。本当に自分中心。そうあることに強いこだわりがあるが如く。
「蒼井くんって妹がいるんですか?」
「紅ちゃん知らない? えっとね、コミュ力があって、教師受けがよくて、さらに顔もいい子だよ!」
そう言われても、紅林さんは「そうなんですか」とただ頷くだけ。当然だ。いきなりそんな紹介されてもさっぱりだろう。
「真白先輩は会ったことがあるんですね」
「それがないんだよねー」
紅林さんはその返答に困惑する。会ったことがないのに、コミュ力だの教師受けだの顔だの、まぁ、おかしいよな。
「何で会ったことないのにコミュ力とか教師受けとか知ってるんすか」
「蒼くんがそう言ってたー」
「確かに言いましたが、その3点が妹の特徴というわけでも……」
「妹ちゃんの写真とかないの?」
さて、スマホの中に妹の写真などあるだろうか。思い返すまでもなく、ないな。
「ありません」
「そっかぁ。文化祭でエンカウントするかな?」
「さぁ?」
妹がどう回るかなど知るわけがない。知っているなら全力で回避するのだが。
「妹さん、文化祭に来るんですか?」
「中3なんで、学校見学に」
「一浜を受けるんですか?」
「ええ、まぁ」
とても居心地が悪い。早く妹の話が終わらないだろうか。しかし、そんな願いは叶わず、妹の話は続く。
「蒼井の妹なら頭いいんだろうな」
「まぁ、一浜なら余裕で受かるとは思います」
「それでも一浜受けるって、蒼くんがいるから?」
「たぶん、家から近いからです」
「そう言えば、蒼くん徒歩だよね。今度蒼くんの家で遊ぼうよ!」
友達を家に呼んだ経験は僕にはない。たぶん妹の友達が来たこともない。家に人を呼ぶというのは、どこか忌避感がある。
「嫌です。家に他人をあげたくありません」
「えぇー。わたしが行きたいって言ってるんだよ?」
なんだその、わたしが望んでいるんだから叶えろよ発言は。部長以外が言ったら、何言ってんだこいつと本気で思うだろう。部長は自己中たることに誇りを持っているような人だから仕方ないが。
「嫌です。部長の望みでも叶わない時もあります」
「えぇー。学校帰りに蒼くんの家に寄ってくのを定番にしたかったのにー」
ものすごく迷惑だ、それ。
「まぁ、うちはNGで」
「うー。なら、文化祭の打ち上げはどこでやるんだよー!」
うちでやるつもりにだったのか……。と言うより、食べ歩きの打ち上げをやるつもりなのか……。
「打ち上げっすか?」
「小説だと定番なのに、わたしやったことない! だから、やりたい!」
「後夜祭行けばいいんじゃないっすか?」
「人が多いのやだ!」
「終わった後、ここでちょっと遊べば打ち上げっぽい感じになるんじゃないっすか?」
「ここ、飲食禁止ー」
わがまま放題言うくせに、そのルールは守るんだな。いや、よく飴舐めてるから守ってはいないか。
「別にトランプやるのが打ち上げでもいいんじゃないっすか。文芸部っぽくて」
トランプやるのが文芸部っぽいのはどうかと思う。
「それでもいっか」
しかし、部長はどうとも思わなかったようで、その案をあっさりと受け入れた。
「よし、そうと決まったら新しいゲームを開拓しないと」
そう言って部長はトランプゲームを調べ始めるのだった。
なんか、ただ喋っていただけなのに疲れた。




