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31話 その黒歴史は糧になる


「へぇ、売り上げの良かった年の傾向分析か。今の高校生って文化祭でそこまでするんだ。結論が文集なのに文章を書かない方が売れるってのも面白い。実際それで売れたの?」


「いえ、あの、全部創作なので。まぁ、売れたって設定で」


 とりあえず体裁を整え書き並べたフィクションに、倉間氏は以外にも興味を示した。しかし、興味を示されても答えられるものがない。


「これ、全部が全部創作なの?話を盛ったとかじゃなくて完全に作り話?」


「そうですね。骨組みになっていることのいくつかは事実と関係するところもありますけど、そもそも文化祭で文集売ってませんし、根本から嘘ですね、まぁ」


 体裁が整っていれば創作でもいいと言ったのはそちらだろう。この「文化祭で文集の売り上げを歴代トップにしよう作戦」はほぼすべて創作だが、割と見せられるできになったとは思う。


「いや、もちろん、この手のもので創作をする生徒はいるよ。というか、そういう生徒は別に少なくない。でも、文化祭で文集売った話なら、努力して売り上げを出したってとこが嘘なのはよくあっても、文集売ったってところから嘘ってのはレアだね。

 そういう人は文集売った話にしないし。実際にあったことの話を盛る方が書きやすいのは明らかだし。よく完全な創作にしようなんて思ったね」


「僕はそもそもが主体的に何かを乗り越えた経験なんてないですから。創作する以外の選択肢がありません」


 事実に少し脚色を入れる程度では僕の煤汚れた灰色の高校生活は繕えない。いや、さすがに煤汚れた灰色と形容されるほどにうらぶれた高校生活だというのは卑下が過ぎるけれど、人様に誇れるような高校生活とは言い難いのは事実。


「斜に構えてるね。男子高校生らしいっていえばらしいけど。それはさておいて、これはこれでいいと思うよ。推薦で使うってなら要修正だけど、一般で出すだけなら十分使い回せるんじゃないかな。うん。こんなものでいい。ちょうどいい完成度」


 褒められてるんだか貶されているんだか。まぁ、使えるっていうならそれはいいのだろう。


「対して設楽さん。この手のものに会話文は要りません。無駄に字数圧迫されてるし」


「えー、エピソード書くのに会話なしとか物書き的にありえないですよ」


「こんなところで自分のことを物書きにしない。君、ただの高校生だから。エピソードを面白おかしく書くことは求められてない。伝わればそれでいいだよ、こんなの」


「つまんないですよ、そんなの」


「そりゃつまんないよ。大学に出す真面目な作文なんだから。はぁ。設楽さんがこの授業を真面目に受ける気がないのはわかりました」


 倉間氏は軽くため息を吐き、今度は紺野さんの方を見た。


「紺野さんのは、ザ 無難って感じかな。生徒会活動ってのはそこまでありふれてるわけじゃないし、これはこれでいいと思う。普通に読めて、マイナス評価はされません。使えます」


「あれ、紺野さんって生徒会の人だっけ?」


「いえ、蒼井くんと同じく創作です。基本、兄の話なので完全な創作ではありませんけれど」


 紺野さんも創作だったらしいが、この人は今やほぼ生徒会役員みたいなところもあるし、嘘八百ということではないと思う。


「君たち全員、ちょっと変わってるね。こんなのさ、普段の勉強頑張ってましたってのを大袈裟に書くだけでいいんだよ。別に特別なことを嘘ついてまで書かなくても。

 というか、推薦とかで出す志願書だったら創作はやめた方がいいからね、本当に。それは大学側もちゃんと読むし、面接もそれに基づいて訊かれるし、嘘は当然バレるから」


 推薦入試は公募も指定校も今のところ受けるつもりがない。まずもって母親は認めないだろうし、母親を説得する労力を要してまで推薦で受けたい大学もない。


 そもそも、受けたいと思う大学が現状ないわけだが。


「いらないアドバイスかもしれないけど、君たち、高校生のうちに色々書きな。あ、こんな作文の話じゃなくて。漫研と文芸部、いいじゃん。羨ましいよ。高校生の時期にしか書けないものって絶対あるから。

 発表とかはしなくていいからさ、色々書いてデータとして残しときな。紛れもなく黒歴史だけど、その黒歴史は糧になるよ、たぶん」


「プロのアドバイスですね!」


「だからプロじゃないって。名も知れぬ雑誌に読み切りを1作。それがボクの限界だった。で、その1作は高校生の時に描いた作品を直したものだった」


 倉間氏の視線は斜め上を向いた。


「絵とか、コマ割りとか、シナリオ構成とか、そういう技術は間違いなく向上したはずなのに、ボクは高校生の頃のボクに及ばないんだよ。あの頃のボクに描けたものが今のボクには描けない」


 羨望のような眼差しを僕に、設楽さんに、紺野さんに向ける。まるで、壮年者が若者を羨むように。


「漫画は趣味として書き続けるだろうけど、ボクは天下の帝東大生だからね、プロの漫画家になる道を選ぶ道理はない。ボクはプロになる気はもうないんだ。

 で、そんなボクでも、高校生の頃の黒歴史は、それは確かに黒歴史だけど、でも糧になったと思ってる。漫画を描くための糧じゃなくて生きる上での糧に、大袈裟な言い方だけど」


 息をふっと吐くと倉間氏は教師らしい佇まいを取り戻し、黒板を背に僕たちを見回した。


「だから、1作だけを世に出した名も知れぬ漫画家ではなくて、後にエリート街道を進むであろう帝東大の2年生としてのアドバイス。高校生の時期にしか書けないものを書くといい。そして、それは消さずに残しておくといい」


 ただ思った。きっとこの人は漫画家になりたかったのだろう。でも、たぶん、最初から諦めていたんじゃないだろうか。


 なれるわけない、そう思いながら、でも目指した。結局なれなくても、そもそもがなれないと思っていたから大きなショックもない。ただ、やっぱりという諦観の念がそこに大きくもたれかかっている。そんな印象を受けた。


 倉間氏は笑って言った。


「この授業、やっぱつまらんね。明日は塾長には内緒でラフに行こう。ボク、別にこのバイトクビになってもいいし」


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