13話 夜の散歩
「最悪、何時になったら帰る?」
妹に尋ねると、「うーん」と顎に手を当てた。今の時間は20時半を過ぎた頃。まぁ、別にまだその辺をウロウロしていても問題ない。しかし、いつまでもというわけにはいかない。
「22時とか? 補導されないギリギリで」
「そう」
妹は結構粘るつもりらしい。それだけ喧嘩する両親のいる家に帰りたくないのだろう。
「じゃあ、どこ行く? 改めてファミレスとかに入って時間潰す?」
「兄さんファミレス好きなの? めちゃくちゃ推すけど」
「いや、別に好きってわけじゃない。普段出歩かないから選択肢が少ないだけで」
「兄さん、デートでもサイゼリヤとか入りそう」
実際、菜子さんと2人でサイゼリヤに行ったことは何度かあるか。いや、別にいいじゃないか、安くて長く居られるんだから。僕は妹の言葉に沈黙で応じた。
「先輩さんの面倒はちゃんと見ないとダメだよ。定期的にデートに連れて行って、ちゃんとしたご飯を食べて」
真面目なアドバイスなのかもしれないが、なんか、犬の飼い始めにされる「ちゃんと散歩に連れてって餌もあげないとダメ」という注意となんとなくニュアンスが似ているような気がする。
「随分と菜子さんと仲良くなったんだな」
「正直、LINEしててめっちゃ楽しい。学校の友達とは違う楽しさっていうか」
「そう」
「兄さんと先輩さんが学生結婚とかして、アパートとか借りたら私も住むからよろしく」
「は?」
色々とツッコミどころが多い。
「というか、兄さんがうち出るなら、私ついてくから」
「いや、当然でしょみたいな顔してるけど、仮に僕が地方の大学受けたら、そこまでついてくって言ってる、それ?」
「兄さんは地方の大学を受けません。私と先輩さんで全力で止めるもん。兄さんなら都内に行ける大学いくらでもあるし」
まぁ、実際、地方を受けるつもりはない。今日のこの状況を見て、妹を残して僕が出ていくというは悪い気もするし。
「だって、兄さんが出ていってあの家に3人とか絶対無理だし。兄さんが大学入学で出ていったなら、その年、私が受験生でしょ? ムリ ムリ ムリ ムリ。私、お母さん刺しちゃうよ、たぶん」
冗談めかして言っているが、妹は本気で言っているし、それが本気だと僕も本気で思っている。
「さて、じゃ、兄さん推すファミレスじゃなくて、ちょっと歩こ、腹ごなしも兼ねて。夜の散歩」
「別にいいけど、目的地は?」
「梅桃公園とか。ちょうど桜が見頃でしょ。夜桜とか風流じゃん」
梅桃公園。名前に反して梅も桃もなく、桜はある公園。ここからだとそれなりに歩く。
「往復で30分ぐらい歩くことになるけど」
「別にいいじゃん」
「まぁ、いいけど」
とりあえず歩く出す。妹は左に立ってついてくる。
「はい、チーズ!」
「は?」
突如、写真を撮られた。
「何?」
「先輩さんに送ろっかなって。兄さんと夜デートなう」
「さぞ賑やかな返事が返ってくるだろうな」
「先輩さんのオーバーな言い回し、実は結構好き」
「ふーん」
それからしばらく、妹はスマホをいじりながら歩いた。夜の住宅街、人通りは多くない。歩きスマホだが、特に咎めなかった。
「妹ちゃん、本当に蒼くんのこと大好きだよね、だって。手繋いでるの? って訊いてる。繋いで写真送る?」
「お前、ブラコンって言われるの抵抗ないわけ?」
「先輩さんになら、ないなぁ。
そりゃ、クラスメイトとかに言われたら超嫌だけど、なんで嫌かっていえば、ブラコンって言われるのがってより、いじる理由ができるといじられキャラになっちゃうからだし。いじられキャラはそのままいじめられキャラになりかねないし。
実害がないなら、ブラコンって言われても別に。ていうか、実際ブラコンだし。
兄さんに依存してますよ、悪い? てか、兄さんが依存させてるんだけど」
「依存ねぇ」
「私は兄さんがうちからいなくなったら発狂するし、兄さんだって私がいなくなったらそうなるでしょ?」
「それはブラコンとかシスコンとかより、親の問題が大きいけどな」
兄妹で一緒にいたいという感情より、両親と3人きりは嫌だって方が主となる理由だろうし。
「ねぇ、うちって異常?」
「さぁ?」
何をもって普通で、何をもって異常なのか。家族の在り方にそんな基準は存在しない。だから、普通とか異常とかは決められない。
「別に暴力とか振るわれてないし、ネグレクトされてるわけでもない。うちみたいな家なんてきっとそこかしこにある。でも、そこかしこにあるからといって息苦しさはなくないんないし」
まぁ、僕たちは普通に暮らせているのだから、その時点できっと恵まれている。今以上を望むのは贅沢だと言われても仕方がない。
「例えば、旭ちゃんに比べたら、私が不幸なんて言ったら引っ叩かられるレベルでしょ」
「まぁ」
うちは親がちょっと頑固だというだけ。それだけで当人にとっては息苦しくても、客観的に見ればそこまでのことではない。
「こんな話ししてたら病むー。先輩さんに写真送ろって話だったでしょ」
「何が悲しくて、妹と手を繋ぐ写真を彼女に送るんだよ」
「手、繋ぐ?って言ったら兄さんに拒否されました(泣)。送信。
ちなみに、先輩さんとのデート中はやっぱり手とか繋いだり? 兄さんそういうのできなそうだし、先輩さんから? でも、先輩さんもそういうの謎テンションにならないとできなそう」
「何が悲しくて、妹に彼女とのデートの詳細を語らないといけない」
僕は辟易とした態度で返したが、妹はなんかニマニマしている。
「兄さんたちって、どうでもいい話はすっごく盛り上がれるのに、そういうところはずっと奥手なままそう。キスとか絶対まだでしょ」
「どうでもいいだろ」
「先輩さんから、蒼くんは訊かずにいきなり繋げば拒否はしないよ、だって。手は繋いだことあるんだ」
菜子さんは妹になんでそんな返事をするのか。もっとふざけて意味不明なことを言ってくれればいいのに。
「歩きスマホは危ないからやめときな」
「いまさらー。もう公園着くけど」
僕たちは公園にたどり着いた。ほぼ満開の夜桜。花見をしている人もちらほらいる。ベンチはすでにうまっていた。
「やっぱり、深夜の公園といえばブランコでしょ」
「まだ深夜ではないけど」
僕たちはブランコに腰掛けた。




