16 囚われ人
一華の説明を聞き終えた真琴は渋い顔だ。不老不死を手に入れたいが為に神にケンカを売るなど、バカとしか思えない。話によると、仙人を筆頭に、人ではない三人が神の世界へ青柳を止めに行ったという。住民の病は、盗られた魂を取り戻せば回復するのだとか。
「それで? 何であんたはそんな格好してんの?」
本殿に居た真琴は御神木の――門の前で倒れていた。通りかかった彼らの内の誰かが上着を掛けてくれたのだろう。彼女の話を聞く限り、後は彼らに任せるしかないように思う。人を超えた者達の諍いなど、人が手を出せるとは思えない。
しかし、此処に居る一華はどう見ても待っている者の格好ではなかった。まるで今から、お呼ばれした結婚式に出席するかのような、華やかな訪問着姿の出で立ちだ。
「神様の宴に参るのですから、それなりの格好をしないと失礼でしょう? 叔父たちには置いていかれましたが、わたしは仕事であちらに行く必要があるんです。それに、結婚を申し込まれたのはわたしですから、自分でお断りに伺いませんと」
と、口元を隠してニコリと笑った。顔は笑っているが、かなり怒っていると思われた。
「面白いじゃない。あたしも行くわ。あたしだって花嫁になれって言われたんだからね。みんな纏めてノシ付けて返してやる!」
まるで昔に戻った気がした。今の彼女は、人形のように感情を押し殺すようになる前の、子供らしく、傲岸不遜な頃そのものだ。ならば自分も、という思いが湧き上がる。信じていた頃のように信じたい。相手は自分が幼い頃より、それに、先祖代々祀ってきた相手だ。冤罪で良かったと心から安堵した。
「そんな格好してるから、変質者が寄ってきたんじゃないですか?」
「うっさいわよ! そういえば、あいつ、あたしのこと変態呼ばわりしたのよね。目にもの見せてやるわ」
この格好も、もしかしたら自分の体質を悲観して、違う自分を見て欲しいと思ったからかもしれない。だが、キッカケなど最早どうでもよかった。
支度を整える為に母親の部屋へ向かう途中、倒れた家族や氏子達が居た。自分一人だけ見逃された理由は、役に立った褒美のつもりだろうか。
「ふざけやがって……」
今の真琴を支配するのは恐怖ではない。余計なものを削ぎ落とした、純粋な怒りだった。
* * *
安曇は、青柳の不始末は自分の不始末だと謝罪した。弟子を止める為に桃園へ行くと言うので、良も共に行くと名乗り出た。友である卯槌が心配でもあるし、世話になった少女達の憂いを取り除いてやりたいとも思った。
千紘も、思いつめた顔をして一緒に行くと言った。だが、危険な場所となっている可能性が高い。一華は置いていく事にした。本人は最後まで行くと主張したが、千紘はもちろん良も承知しなかった。
桃園へ続く門には、既に結界は無く、何者かが通過した形跡があった。門を抜けると、ある意味予想通りの光景が広がっていた。
美しかった世界は見る影もない。あれだけあった桃の木は一つもなく、見渡す限り、荒廃した大地が広がっている。水分が欠乏した不毛の地ではないが、至る所にある水溜りが臭気を放つ、ドブ底のような腐敗した世界だ。
そして――。
「卯槌!!」
良は倒れ伏した友人に目を見張った。傍にはひょろりとした男が立っており、彼の周りには沢山の蝦蟇がいた。男はこちらを――安曇を見て顔を歪めた。安曇も負けないくらいの顔をして、かつての弟子を睨んだ。
「てめぇ、随分好き勝手やってんじゃねぇか」
「破門した人間が何をしようと関係ないだろ?」
「大神実はどうした」
「あんたが言ってた死に損ないないなら、あそこだろうさ」
青柳が指したのは桃園の主が住まう屋敷だ。元は立派だった屋敷も、青柳の力の影響か、幽霊屋敷のような有様となっている。
「力のない老いぼれなどどうでもいい。今やこの世界は俺の支配下だ。もっとも死に損ないなら今頃、穢れに蝕まれて虫の息かもしれないがな」
青柳は、蟠桃さえ手に入ればそれでいいと言う。卯槌の口から吐かせるつもりのようだ。おそらく、大神実を庇った卯槌が食い止めようとしたが、適わなかったと見て取れた。
「君は力づくでこの世界を蹂躙し、破壊した! そのせいで蟠桃が消失するとは考えなかったのか!!」
千紘が叫んだ。迂闊な行為は目的を達成するどころか遠ざけてしまう。今すぐやめろ、と主張したが、青柳は涼しい顔だ。
「考えねぇよ。すでに収穫されているのは確認済みだ。それに、蟠桃は今手元に無いとこいつが言うんだ。どこかに隠したんだろうさ。俺はその隠し場所を聞いてんだよ」
良は目眩を感じて額に手を置いた。
「卯槌くん! 君バカじゃないのかい!?」
「まったくだ! 男のウッカリは可愛くもなんともないぞ!」
千紘と良が揃って声を上げると、彼はムクリを身体を起した。
「うるさい! お前たちこそ、呪われた身で勝手に出て行ったり、早合点してお上を放って行った分際で何を言うか! 馬鹿はお前らだ!!」
「君の言い方が悪いんじゃないか! 誤解するような言い方をした挙句、イキナリ監禁されたら誰だって逃げ出すさ!!」
安曇の話を聞いて、千紘は自分の軽率な判断を反省した。卯槌に対しても反省しろとは思ったが、倒れた彼を見た途端、その考えは霧散した。だが彼の墓穴についツッコミを入れてしまい――案外元気そうな彼に安心したせいもあって、文句が口をついて出てきた。
千紘のブーイングに良も乗った。
「そうだ! こちらの主張も聞け! おれは男に監禁されて喜ぶ趣味もないし、ラーメンが食べたかったんだ!」
「ラーメン?」
「ああ、こちらの食べ物は少々物足りなくてな」
「うーん、分からなくもないけど」
「……てめぇら、一体何しにきたんだ?」
緊迫した空気がすっかり無くなってしまった。元弟子の責任ということで、珍しくシリアスモードで頑張っていた安曇は脱力した。
「俺は大神実の様子を見に行くから、ここは任せていいか?」
本来は自分がここを請け負うべきだが、卯槌も元気そうにしているし、彼らに丸投げする事にした。しかし、神を心配した千紘も共に行くと言い出した。迷う安曇に良は、
「心配ないさ。ここはおれ一人で十分だ」
と、力強く言った。
だが、腐敗した大地に雨が降りだした途端、良はまた呪われた姿――蝦蟇に戻ってしまった。
「ウロウロするな! この役立たずめっ!」
情けない事に、助けに来た友人に助けられている現状だ。
「すまないなっ、その通りだよ! だがお前こそ、なぜ防戦一方なんだ!?」
卯槌は桃の木の化身だ。人と樹が混じった半化けの、木に変えた長い手足で、周りを囲む数多の蝦蟇たちの突進を跳ね除けている。しかし、叩き潰すではなく、跳ね除けるだけだ。お陰でちっとも数が減らず、卯槌の体力を削る一方だ。
「正解を潰すわけにはいかないからな」
青柳がニヤリと口角を上げた。
「どういうことだ?」
「……妻が囚われている。ずっと行方が知れなかったが、あいつが連れて来た」
青柳が従える蝦蟇のいずれかが妻を囚えているのだと、卯槌は荒い息で説明した。
「ククッ、連れてきて正解だったみてぇだな。ホラ、こっちも忘れるなよ」
青柳は嗤いながら、空中に作り出したいくつもの水の塊を飛ばしてくる。卯槌が殆どを叩き落としたが、
「良!!」
洩れた一つが良に命中した。卯槌は意識を飛ばした彼を助けようとしたが、青柳が行く手を遮った。こっちに集中しろと言うが、勝手な主張だ。卯槌は忌々しそうに睨みつけた。
「そう睨むなよ。俺だって苦労したんだぜ? あんたも覚えていないだろうが、俺は十年前の結婚式に出たんだ。その時はすんなり入れたのに、今回は入れなかった。おかしいだろ? しかも、あんたの奥方に案内を頼んだら、すげなく断られてなぁ。蟠桃もくれないって言うから、腹が立って引き裂いてやったんだ。生きていたのは、本体を別に隠してたのからか? まぁ、そんなわけで、今度は結婚式で見かけた人の巫女を案内役に仕立てようと接触した。だが、これも手間取りそうだったんで、結局、この世界そのものを俺の領域に書き換えることにしたんだ。仮にも神相手に力比べをするんだから、勝算は高くて五分だと思っていたが、案外簡単に勝てたもんだ。話に聞いた通り、大神実は百年前に力を失ったんだな。大地を揺らして俺の力を払い除けようとしていたのは……あんただろ」
つまり、卯槌こそが最後の砦で、それも風前の灯火だと青柳は笑った。
「……そうでしょうか。わたしはあなたのような小物に神が負けるとは思えませんが」
突然、場に割り込んできた少女の声。その場にいた者達は一斉にそちらを見た。そこには大きな鞄を抱えた一華が居た。青柳は虚を突かれて目を丸めたが、すぐに余裕を取り戻した。
「わざわざ喰われにきたのか?『朝霧一華、来い』」
「お断りします」
「何?」
一華はゆっくり眼鏡を外した。以前となんら変わりない漆黒の瞳が、ひたりと青柳を見据えている。自分の術が欠片も残っていない事を認めた青柳は眉をひそめた。
「お前、俺の術はどうした?」
「そんなもの、もうありませんよ。詰めが甘いですね。その上、計画性もなく、効率の悪い仕事ぶりを自慢するなんて呆れます。それにあなたは嘘つきですね」
「神の遣いを名乗ったのが気に入らなかったのか? まさか本当に神に嫁ぎたかった、なんて言うんじゃねぇだろうな」
「まさか。わたしが言っているのは、そちらの方の奥方が、あなたの手の内にあるということです。だって、ほら。花嫁はあちらにいるじゃないですか」
青柳の後ろに、白無垢姿の女が立っていた。綿帽子で顔を隠してはいるが、紅く彩られ、柔和に持ち上げられた唇がハッキリ見える。
「馬鹿な」
過去に見た姿と重なる。思わず花嫁に近づき、手を伸ばした。顔を確かめようと綿帽子を取る。が、空蝉のように中身がない。
「なんだっ!?」
大量の粉が降ってきた。反射的に目をつぶる。目を開くと、様相が一変していた。
どこから湧いたのか、見たことのない豪奢な着物を纏った女が卯槌の奥方――青柳が捉えていた魂のみの彼女を庇って距離をとり、こちらを睨んでいる。足元には苦しそうにもがく蝦蟇たちの姿があった。
手に付着した粉を舐めて眉を顰めた。
「塩か……小賢しいな」
塩には邪気を払う力があると知られているが、今回最も効いたのは、浸透脱水作用の方だろう。あまり知られていないが、蛙もナメクジ同様、塩が弱点だ。半透膜状の粘膜で体を覆っている両生類であるから、塩をかけられると体内の体液が外へ流れ出し、脱水状態に陥ってしまう。
「うわっ、小賢しいってどこの小悪党だよ」
「だから小物なんですよ」
「納得だな」
今度は知らない男の声がした。袴姿の男が、さほど距離のないところに佇み、口角を上げている。手の甲には、赤い――拭った紅が付着していた。
「どうした? おれの美しい花嫁姿に見惚れたか?」
「誰かと思ったら立花真琴か。女装癖のある変態がそんな格好でどうした?」
「てめぇ、また変態って言いやがったな!? あれは女装であって女装じゃねぇ! ただ自分の長所を伸ばしているだけだ! 似合う格好をして何が悪い!!」
「……先手必勝はどうなったんです?」
真琴はブツブツと文句を言っていたが、顔を引き締め、スっと姿勢を正した。手首に巻きつけていた鈴を鳴らし、手を合わせる。
――目にもの見せてやるって、また名前を呼ばれたらどうするんですか?
――そんなもの先手必勝だ! それに、神がおれ達の味方なら、力を貸してくれるはずだ。あいつはぜってーぶっ飛ばす!! ……にしても、なんでそっちはあいつの術が効かなかったんだ?
――内緒です。
――ホント可愛くない……
「高天原天津祝詞の太祝詞持ちかが呑むでむ祓ひ賜ひ清め賜ふ」
静かに祝詞を唱えて柏手を打つと、真琴の手から衝撃が起こったかのように、勢いよく青柳が吹っ飛んだ。
* * *




