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Square  作者: AkIrA
44/44

#44:肯定

約束の18時には少し早い時間。

緊張した面持ちで碧は会社の正面玄関に佇んでいた。

時折後ろにあるガラス張りの窓を振り返っては自分の格好を確認する。

化粧は直したものの、色気のない灰色のスーツ姿。

せめてもう少し色味のある服を着て来れば良かったなどと今更な後悔を繰り返した。

そうして何度目かの後悔を溜め息と共に吐き出した時、見覚えのあるシルバーのセダンが碧の横でスピードを緩めた。



「待たせたか?」

「あ、御堂さん!全然!」



溜め息をついているのを見られたか、と慌てて碧は取り繕う。

そんな碧に首を傾げながらも御堂は助手席側へ回りドアを開いた。



「ま、ええわ。乗って下さいますか?お嬢さん。」

「…ッ、御堂さん紳士みたい」

「みたい、やなくて紳士やの。はよ乗って。」


クスクス笑う碧の背中を押して御堂は車の助手席へ乗るよう促した。

碧がシートベルトを締めたのを確認すると、ドアを閉めて自らも運転席へ乗り込んだ。



「少し寄り道してええか?」

「あ、はい…」


碧の返事を確認すると、御堂はアクセルをゆっくり踏み込んだ。

景色がどんどん賑やかになり、ある一軒の店の前で車は停まった。

サイドブレーキを引きエンジンが切られる。

「じゃ、降りよか」と、御堂はシートベルトを外しドアを開ける。

碧も慌ててその後を追って車から出た。



「ここは…?」

「まぁ、ええから。」



見るからに高そうな店に物怖じしていると御堂が後ろから碧の肩に手を回してきた。



「取り敢えず入って」

「あ…ハイ…」



自動ドアが二人に反応して開き、綺麗な女性店員が笑顔で会釈をした。

それに応えるように御堂が軽く手を挙げる。



「いらっしゃい、貴志くん」

「久しぶりやな、茜」

「だね。中々来てくれないから飽きられちゃったのかと思ったぁ」



ふわり、と花が咲く様に笑う茜。

親密な雰囲気に思わず碧は御堂を見上げた。

するとげんなりした様子の彼と目が合う。

嫌そうな顔を隠しもせず御堂は茜へ視線を戻した。



「誤解を招く言い方は止めてくれへん…?」

「何でよー僕と貴志くんの仲じゃん。」

「え…?僕…?」



目をしばたかせた碧に茜がまた綺麗に笑う。



「初めまして、貴志くんの友人の茜圭吾ですー茜って呼んでね?」

「混乱するかもやけど、コイツ生物学上は男やから」

「でも心は乙女なので仲良くしてね。」



ニコニコと差し出された手。

碧はその手をおずおずと握り返す。

予想に反したしっかりした手に「男」だということを思い知らされた。



「で、彼女連れでどうしたの?」

「まだ彼女ちゃうわ…って、そんなんはええねん!これから忍の店行くんやけど折角やからこの子に似合う服見繕ってくれん?」

「…貴志くんからそんな台詞聞く日が来るなんて…!明日は槍でも降るんじゃない?」

「要らんことは言わんでええからはよせぇ!」

「はぁい。えぇと…」



茜が振り返る。

そう言えばまだ名乗って無かった、と慌てて碧は頭を下げた。



「申し遅れました!御堂さんの後輩の葉山碧と言います!」

「フフッ、そんなに畏まらなくて良いのよー近所のお姉さんくらいに思ってね?」



軽くウインクして茜はくるりと踵を返す。

そして沢山並んだ服を掻き分けながら楽しそうに言葉を続けた。



「鎖骨綺麗だから見せた方が良いと思うのよねー、色白だから濃いめの色でも映えそう!こんなのどう?」



嬉々として茜が差し出してきたのは、ターコイズブルーのAラインワンピース。

胸元はカシュクールになっていて、スカートの裾は白のレースで縁取られている。



「着てみて?きっと似合うわよ!」

 


試着室に押し込められて渡されたワンピースを拡げる。



「あお」とも「みどり」とも呼べる自分の名前。

中途半端な自分を表している様で好きになれなかった。

でも手にしたワンピースの色は「みどり」とも「あお」とも取れそうな深い海のような色で、素直に綺麗だと思えた。



「着れた?開けて良い?」

「あ、はいっ!」



ファスナーを上げ終わったタイミングで茜が声をかけてきた。

碧の返事を確認するとカーテンが開けられる。




「うん、やっぱり似合うわぁ!」

「ありがとうございます…」

「カーディガンはこれね。バックはこれで…髪も纏めるからこっち座って!」



姿見の前に座ると茜が碧の髪を器用に編み込んでいく。

御堂の姿が見えない事に少し落ち着かなさを感じ視線をさ迷わせると、それに気づいた茜が優しく微笑んだ。



「貴志くんにも着替えて貰ってるんだ。折角碧ちゃん可愛いのに隣に並ぶのがスーツ姿のオッサンじゃいただけないでしょ?」



悪戯っぽく茜が笑う。

碧もそれに釣られるかのように笑った。



「茜さんは、御堂さんとは何時から友達なんですか?」

「僕と貴志くんと…忍くん、は大学の時からの友達なの、スッゴい二人ともモテてたんだよー」

「そうでしょうね…御堂さんも松田さんも格好良いですもんね」

「そうでしょー?寄ってくる子皆顔目当てでさ。特に貴志くんは僕や忍くんがやめとけって言っても情で訴えかけられたらそんな女の子とも付き合っちゃうんだよね。結果はいつも同じ…女の子の方が本気で貴志くんを好きな訳じゃ無いから仕方ないんだけどね…」



編み込み終わった髪をくるりと回してピンで固定し、そこで茜の手が止まった。



「僕としては碧ちゃんみたいな良い子が貴志くんを好きになってくれたら嬉しいんだけど…ね?」

「私は良い子なんかじゃ無いです…誰かを選ぶ事が怖くて、理由を付けては決断を先伸ばしにしてる…私のせいで皆が動けなくなってるのに。」



仕上げに、と花が付いたピンを編み込みの終わりに刺して茜は微笑んだ。



「知ってる?恋愛ってとても労力がいるの。相手を受け入れるのも、ゴメンナサイって断るのも。だから悩むのは当たり前。悩んで悩んで前に進むのよ。」



茜の言葉が胸にストンと落ちてきて。

碧は何だか泣きそうな気持ちになった。

悩み進めない自分の事を、誰より自分が一番否定していた。

だから自分を肯定してくれた茜の言葉が素直にとても嬉しかったのだ。


「あり、がとう…ございます…」

「大丈夫よ、碧ちゃんはそのままで。」


ニコッと笑った茜が碧の手を引いて立ち上がらせる。

そのままスタッフルームの扉まで引っ張って行くと、勢いよくその扉を開いた。



「おわっ!?ノックくらいせぇよ!!」

「貴志くんの裸見れたらそれはそれで役得だったのにー残念残念。」

「お前はええにしても、葉山に見られたら俺がセクハラ上司になってまうやろが!」

「こんだけ好きアピールしといてセクハラとか今さらでしょー?」

「ぐっ…!」


勝ち誇ったように鼻をならすと茜は言葉に詰まった御堂の前に碧を押し出した。


「さっ、ちゃんとエスコートしなよね?」

「………」

「呆けた面してんじゃねーよ、関西弁が。」


顔に似合わない男らしい声を発した茜を見て。

あぁやっぱり男なんだなぁ、なんて場違いな事を碧は思った。


「素が出とる…」

「あら、いけない。つい…ね?」

「忍にしろお前にしろ…ほんっとに俺に容赦あらへんなぁ…」

「愛ゆえでしょ?とりあえず女の子待たすとか最低だから早く行けって言ってんの。愚図が。」


頬に手を当ててニコニコと可愛らしい仕草をしながらも口からは毒々しい言葉が次々飛び出す。

御堂は肩を竦めると、息を1つ吐いてから碧へ手を差し出した。


「じゃ、行こか?」

「…はい」

「いってらっしゃーい。忍くんによろしくね?」

「ハイハイ」

「マジでよろしくね?茜がめっちゃ可愛くなってたーとか、デートしたってもええんちゃう?とか気の利いた一言添えとけよ?マジで。」

「自分で言えや…」


好きな相手の為に自分を変えたんだから茜の行動力は頭が下がるばかりだ。

しかし今一歩の押しは弱い。

性別の事を一番気にしてるのは他でもない茜だから。

御堂は茜の頭をポンと叩くと小さく微笑んだ。


「店閉めて一緒に行かん?」

「な…に言ってんの?デートの邪魔じゃん!それに…忍くんも迷惑だしっ…」

「忍が迷惑とかそんなこと言う器の小さい男やと思う?」

「それ…はっ、」


もごもごと口ごもる茜の手を今度は碧が握った。


「一緒に行きましょう!」

「えっ…」

「だって…私、茜さんの言葉、嬉しかったから…茜さんもそのままで素敵です。だから…」


真剣な碧の目に茜はフッと笑った。


「あーぁ、ほんっとに。貴志くんにしては気の利いた真似してくれるじゃん。」


相変わらず悪態をつくその横顔はやっぱり嬉しそうで。

碧まで何だか嬉しくなった。

用意してくる、と踵を返した後ろ姿を見送って御堂と碧は顔を見合せて笑った。

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