それぞれの想い
銀河一美少女ティリスちゃん号がゼバ星系を後にして二時間が経過した。ティナが不在であったが、フェルが中心となって生存者達に対する対応に全力で取り組み、ようやく各々の部屋の用意が済んで状況は落ち着いた。
フェルとしてはティナの傍に居たかったが、ティナが助け出した人々を放置する気にもなれず懸命に取り組み、一同も一息吐けたのである。
「何から何まで……貴女達の助けがなければ、私達はあのまま無惨に死を迎えていただろう。改めて、心からの感謝を捧げたい。ありがとう」
深々と最敬礼を捧げるセシリアを見て、フィオレが肩を竦める。
「礼はティナに言いなさい、セシリア。決めたのはあの娘なんだから。フィーレも疲れているみたいだし、私も少し休むわ。フェルとクレアも休みなさいよ」
眠そうに船を漕いでいたフィーレを抱き抱えて、フィオレが談話室から出て行く。
「私も……部屋に戻ります。ごめんなさい」
フェルは明らかに疲労とは違う何かを抱え込み青ざめたままのクレアが、ふらつきながらも自室へ向かう様子を心配そうに見送った。ついていこうとしたが、やんわりと断られたためだ。
「セシリアさん」
「セシリアだ、フェラルーシア。私も貴女と皆と同じようにフェルと呼んでも構わないだろうか?」
「もちろんです、セシリアちゃん」
「むっ……セシリアちゃん、か」
「あっ、不愉快でしたか……?」
「ああ、いや!そうじゃないんだ。戦士なんてやっているからな、そんな風に呼ばれたことがなくて新鮮な気分だ」
自然と笑みを浮かべるセシリアを見て、フェルもまた笑顔を浮かべる。
「ふふっ、セシリアちゃんは勇ましい戦士である前に可愛らしい女の子ですよ?」
「ははっ、貴女達は不思議な者達だな。私を見れば、誰もが奇異の目を向けてくるものだが」
「それを言うなら、私やティナだって普通と違いますよ?見た目なんて関係無い。私達はその大切なことを知っていますから」
当然のように返すフェルにセシリアは一瞬呆気に取られたが、直ぐに笑みを浮かべた。
「やはり貴女達はとても気持ちが良い者達だな。ティナが目覚めたら改めて礼をさせて欲しい」
「ティナも喜ぶと思いますよ」
「ははっ、彼女の笑顔は活気をくれるからな、今から楽しみだ。私は皆を見て回って休むことにする。フェル、貴女も無理をしないようにな」
「ええ、セシリアちゃんも」
セシリアを見送ったフェルは、もう一度艦内にマナを行き渡らせて全員の状態を観察し、誰も問題が無いことを確認するとそのまま医務室へ向かった。
合計十基用意された医療カプセルの一つが今も稼働中であり、フェルは迷わず稼働中のカプセルへ歩み寄る。
中は薄い緑色のナノマシン溶液で満たされており、そしてティナがその中で静かに横たわっていた。
フェルは椅子を一つ持ってきてカプセルの傍に腰を降ろし、そっとカプセルに触れる。
マナ欠乏症、フェルからすれば最早見慣れた光景であるが、それでもあの時の記憶が強くフラッシュバックする。
一瞬だけ感じたマナは何処までも透き通っていて、濃密であった。それはティナからチートと呼ばれるフェルのそれを凌駕する程に。
「貴女の秘密はたくさん知っていますけど……ティナは、こんな隠された力があると知ったら……どう想うのでしょうか?」
今まで以上にたくさんの事が出来ると意気込んで素直に喜ぶ姿を幻視して、フェルは優しげな笑みを浮かべた。
「ティナなら、もっとたくさんの事が出来るようになったって、喜ぶでしょうね。でも、本当の事を知ったら……知られちゃったら、貴女の自由は無くなってしまう。女王様の後継者として、アードを離れることは出来なくなってしまう。
だから……許してください、ティナ。まだ本当の事を知る必要は無いんです。本当の事を知らなきゃいけなくなるその時まで、優しい嘘で、貴女を包み込みます。
その時に私を恨むかもしれないけれど、私のわがままを許してください。私はもっと、ティナといろんな所へ行きたいから。一緒に居たいから」
ティナへ向けて翳されたフェルの右手に小さな魔法陣が展開される。
「……深い……っ……」
それはかつて、ティリスが連邦の腹心であるイワンへ行ったものに類似する記憶操作魔法。
理論はあるものの実践するには高度なマナが必要であり、そもそも相手がマナを保有している場合激しく抵抗されるので、アード人やリーフ人相手にはほとんど意味を為さない魔法である。
フェルはティナからチートと称される膨大なマナにものを言わせて、ティナの記憶へ干渉する。だがティナ自身の封じられた膨大なマナの一部が既に解除されているため、フェルでさえ苦痛を感じる程の抵抗を受けた。
だが彼女は冷や汗を流しながらもそっとティナの記憶に触れて、覚醒時の記憶へ干渉して書き換えていく。ゆっくりと、苦痛を与えないように優しく。
「……私って、最低……」
全てを終えた後、フェルの小さな呟きを聞いたものはアリアだけであり、アリアもそっと記録から一連の情報を抹消した。
それはフェルの想いであると共に、セレスティナ女王の意志なのだから。
一方、ふらつきながらも何とか自室へ戻ったクレアは、そのまま壁に背を預けて力なく座り込んだ。脳裏に過るのは一族の祖先が作り出して、今もなお猛威を振るい続けるセンチネルのこと。
通常より遥かに巨大なセンチネルウォーカーだけでも衝撃的だったのに、原生生物へと擬態する能力はノーム側でも把握していない全く未知の進化を果たしていたのだ。
幸いにして今回遭遇した個体は年月の結果通信機能が破損していたのか、外部へ信号を発した痕跡は無く進化のデータが共有される事態は避けられた。とは言え、それを確認する術は存在しない。
自身の一族が引き起こした夥しい犠牲と悲劇、しかも今回は記録ではなく直に体験させられたのだ。自身が背負う重責は、若い彼女の心を蝕み続けている。
「ごめんなさい……ごめんなさい……誰か……助けて……」
深い絶望の中、彼女は涙を流しながら決して口にしてはいけないと誓っていた、助けを乞う言葉を口にしてしまった。
それは、彼女の限界が目前に迫っていることを示していた。




