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魔王アーノルド 第1部

 

「『死してなお歩み続ける(キープスタンディング)』ーー!」

 

 それは熟達した死霊術士(ネクロマンサー)が最後に覚える呪文。

 自らの命と引き換えに取り返しのつかない事態を引き起こすものだ。

 

 変化は劇的だった。

 肉体の死とともにバラバラに砕けていっていた俺の精神がひとところに集まる感触。

 

 真っ暗闇に包まれた視界にふつふつと光が灯る。

 光は中心に集まっていくと眩い巨大な光となって視界を真っ白に塗りつぶした。

 

 光が収まる一足前に俺は目を見開いた。

 

 一番最初に目に入ったのは真っ赤に泣き腫らした目を驚きに見開くスージーの姿だった。

 

「……うっうー?」

 

 信じられないものを見たという俺に向けられた驚愕の瞳はやがて喜びの色に染まる。

 泣き止んだスージーの後ろには頭を押さえながら神刀を懸命に構えようとするサクラの姿。

 

「くっ! 呪い属性対策は万全だったけれど、『泣き女(バンシー)』の精神効果属性の泣き声なんて対策してきてないのよ……!」

 

 スージーの泣き声が止んだことで正気を取り戻して悪態をつくサクラは目を開いた俺を見て驚愕した。

 

「な、なんであなたが……まさか!?」

 

 動揺するサクラを横目に俺はスージーの手を取ってゆっくりと身を起こす。

 立ち上がり、埃を払うように片手を振るうと身に纏ったボロボロの魔法使いローブが形を変える。

 

 灰色のローブは色と形を変化させ、漆黒のマントとなった。

 俺の体格に合ったそれは禍々しいそれは超自然の力によって風もないのに僅かにはためいている。

 

 俺は地味でちぐはぐな宮廷魔術師風の出で立ちから、いかにも強者の風格を漂わせた魔王然とした厳しい出で立ちとなった。

 続けざまに俺は両手を左右に広げて掲げ、威厳たっぷりの声で宣言した。

 

「我が眷属たちよ! 我が命によって再び立ち上がれ! ーー『夜よ来たれ(サモンブラックナイト)』!」

 

 瞬間、俺の周囲から闇の霧が拡散される。

 世界を侵食する悍ましい闇は一気に広まり、中天に差し掛かる太陽すら喰い破るようにかき消してしまった。

 

 真っ昼間だった王城周辺は今この時だけ仮初の闇夜が訪れた。

 夜とは即ち、蠢く死者(アンデッド)の時間だ。

 

 同時に瓦礫のあちこちから光が立ち上る。

 

 光の数は8つーーーーそれはアンデッドの進化の光だった。

 

 急転直下の状況にサクラが叫ぶ。

 

「こ、このデタラメな能力は『死者の皇帝(デスロード)』!? 自分自身をアンデッドにしたっていうの?」

 

死者の皇帝(デスロード)(デスロード)』は特殊(エクストラ)系最上級アンデッドだ。

 自らもアンデッドと成り果てたネクロマンサーの成れの果てである。


「正気? そんな様になちゃったら、アンタもう死ぬこともできないのよ!」

 

 正気を疑うサクラの言葉に俺は確固たる意思で答える。


「俺は仲間を守るためなら、どんな手段でも使う。たとえそれが取り返しの付かない邪法だったとしても」


 サクラは信じられないとばかりに声を上げながらもこちらに攻撃の意思を向ける。


 狙いは俺ではなくスージー。

 アンデッドになったばかりの俺よりも、バンシーにまた泣かれてはかなわないということなのだろう。

 

 慌ててもう一度バンシーの能力で泣きだそうとするスージーを俺は肩を抱いて引き寄せる。

 びっくり顔のスージーに俺は語りかける。

 

「もう泣かなくていいんだスージー。どんなことしても……お前は俺が守るから」

 

 俺の精一杯の臭い台詞にボッと赤くなるスージー。

 その姿を見てカチンときたサクラは神刀を俺たちを諸共に斬りつけようと振り上げる。

 

「イチャついてんじゃないわよ!」

 

 だが神刀の刃よりも俺の呪文詠唱のほうが速かった。

 

「『我が降臨を(ファミリア・)歓喜せよ、眷属よ(インビテーション)』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 詠唱終了とともに瞬時に視界が変わる。

 眷属の元に瞬間移動する上級呪文は俺と俺が抱きしめたスージーを仲間の元にテレポートさせた。

 

 眼前刃が迫る光景の代わりに現れたのは、喜びにうち震えるシェルリとオフィーリアの顔だった。

 

「ゴリさぁん! 無事だったんだねぇ!」

 

「ご無事でしたかゴリ様!」

 

 安堵の声をあげる2人は浄化の炎で焼かれて消滅したはずだった。

 だが、彼女らを生み出した術者である俺がデスロードに進化した恩恵で2人は進化し、姿を変えて蘇っていた。

 

 素っ裸の全身に包帯を巻いた姿をしていた『高貴なる木乃伊(マミーロード)』のシェルリは進化して王族のような豪奢なドレスを纏っていた。

 

 エジプト風の薄手で気品ある純白のドレスには金糸で神秘的な刺繍が全身にわたって施されている。

 元気印のシェルリのトレードマークだった短い茶髪の頭には黄金の王冠。

 エスニックな印象を与える王冠の中心にはサファイアの瞳が埋め込まれた大きなコブラが首をもたげている。

 

 古代エジプトのファラオを思わせるそれは死体(ゾンビ)系最上級アンデッドの『旧き砂漠の女王(ハトシェスプト)』の姿だった。

 

 そんなシェルリに対し、豪奢なチャイナドレス姿の『尸解仙(シージェシェン)』だったオフィーリアは正反対の中華風で清楚な服を纏っていた。

 

 半透明で薄い青色をした仙人のような衣装、大きくはためく長い羽衣を両手に纏い、天女のようにふわふわと宙に浮かんでいる。

 長い黒髪を桃色の簪でゆったりとまとめている容姿はまさに仙人のそれだ。

 

 アンデッドにあるまじき神聖な気配を宿すそれは『仙女(シェンニュイ)』に進化したオフィーリアの姿だった。

 

「2人とも、心配かけちまったな」

 

「うーうー!」

 

 俺とスージーが微笑み返すと2人は嬉しそうに破顔した。

 

 感動の再会も束の間、テレポートで転移した俺たちの居場所を察知したサクラが瓦礫から飛び出してきた。

 

「ちっ! 面倒ね! けれどあなたを倒せば終わりなのは変わらない!」

 

 高く跳躍したサクラは躊躇なく呪文を詠唱し、アンデッドの弱点である炎魔法を放った。

 

「焼き尽くせ! 『火球乱舞(メテオスウォーム)!』」

 

 サクラが頭上に掲げた片手から巨大な火球が7つ現れた。

 すべてを燃やし尽くすようなそれをサクラはこちらに向けて振り下ろす。

 

 殺到する大火球。

 回避も迎撃も不可能な魔法を冷静に一瞥し、オフィーリアが俺たちを守るように一歩前に出る。

 落ち着き払った優雅な所作で神をまとめていた簪を外し、ゆらりと眼前の中空に簪で大きな円を描く。

 

 簪でなぞられた空間はまるで切り取られたように不自然な歪みが生じた。

 サクラが放った7つの火球はその空間に触れるとまるで最初から何もなかったかのように空中で消失した。

 

「うーわなにそれ! 妙な能力使ってるんじゃないわよ!」

 

 跳躍から着地したサクラは魔法が防がれると知るや遠距離攻撃から近距離攻撃に切り替えるべく深く踏み込んで突進してくる。

 

 それに対し今度はシェルリが両手を胸の前で組んで祈りの仕草をする。

 すると俺たちの周囲にエジプトのピラミッドにあるようなファラオの棺が合計で10個現れた。

 

 俺、スージー、シェルリ、オフィーリアの4人はそれぞれ別々の直立したファラオ棺に守られるように中へ閉じられた。

 棺はその場でぐるぐるとシャッフルされ、俺たちにサクラの攻撃が当たる確率は10分の4になった。

 それを見て鼻で笑いながらサクラが神刀を振るう。

 

「ハッ! なんの意味があるのよその時間稼ぎ! 喰らえ!」

 

 まず1つ目の棺が真っ二つになった。

 しかしその中身は空っぽ、外れだ。

 

「次ぃ!」

 

 続いて2つ目の棺が魔法で強化された蹴りによって粉々に吹き飛ばされた。

 その中身も空っぽ、外れである。

 

「そろそろ当たれ!」

 

 更に3つ目、空中で回転しながら神刀で棺を唐竹割りにするも外れであった。

 

「ちぇっ! 女神だっていうのにツイてないわ」

 

 舌打ちしながら次の棺を破壊しようと移動するサクラの様子を俺たちは頭上から観察していた。

 笑いをかみ殺しながらシェルリが言う。

 

「ぷぷぷっ。あの勇者、まだ私たちがどれかの中にいると思ってるんだからぁ!」

 

 『旧き砂漠の女王(ハトシェスプト)』の能力である『踊る王の棺(コフィンダンス)』は強固な防御力を誇る棺で仲間を守るためのものだ。

 しかしその防御力がサクラのバカみたいな高い攻撃力(チート)の前では無力なことはわかりきっていた。

 

 なので、複数の棺を出現させてまるで運試しのように見せかけた後、オフィーリアが簪で作り出すポータルで全員脱出していた。

 今俺たちは『仙女(シェンニュイ)』の持つ天の羽衣の能力でオフィーリアに手を繋がれながらふわふわと地上20メートルくらいの宙を舞っている。

 

 サクラは苛立たしげに棺を破壊してまだこちらに気付いていない。

 俺は眼下で棺の破壊に夢中になっているサクラから、更に頭上に視線を向ける。

 

「やっていいぞ」

 

 俺は空中を舞う俺たちの、さらにさらに頭上に向けて合図を送る。

 合図を受けた天を突く巨人は重々しく頷くと拳を振り下ろした。

 

「いくらなんでもおかしいでしょ! これだけ連続で外れるってどれだけの確率ーーーー」

 

 そろそろおかしいと思い始めたサクラの頭上に。

 隕石のような燃え盛る巨大な拳が振り下ろされた。

 

 

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