魔王アーノルド 第2部
「うん? ーーう、うわあああああああ!?」
自分の頭上に突如現れた隕石の如き燃え盛る巨大な拳に当たる直前で気付いたサクラは水平に大跳躍した。
ギリギリ紙一重で拳の直撃は避けられた。
だが振り下ろされた拳は崩れた王城の瓦礫をこともなげに粉砕し、地面に突き刺さった拳は地震と衝撃波を生み出した。
拳の直撃を受けた瓦礫が炎を纏って周囲に飛散。
回避したはずのサクラの全身に次々とぶち当たり、生き残っていた聖騎士たちも多くが巻き込まれていった。
盛大に吹き飛ばされつつもサクラは平気な顔で立ち上がった。
見上げてきたサクラが俺たちと目が合う。
「あ、危な……。無茶苦茶してくんじゃないわよデカ女!」
サクラが罵声を浴びせたのは俺ではなく、今しがたの大破壊を生み出した巨人。
『燃え盛る巨人』から『不滅の炎帝』に進化したコトリだった。
30メートルの炎を纏った巨人だったコトリは今や目測で身長を測ることすら困難なほどの大巨人となっていた。
その拳は大地を割り、火山の噴火めいた大爆発を起こすことが可能だ。
単純な破壊力において俺たちの仲間の中で最強の存在となった、当のコトリはといえば。
「ひ……ひいいいい! 高い、高過ぎるよぉおおお……」
大きくなりすぎた自分の視点の高さに怯えていた。
どれだけビッグな女になっても小心者のコトリに安心感が湧く。
しかし、そんなコトリの致命的な一撃も、直撃しなければ意味がない。
いや、本来は直撃しなくてもその余波だけで生身の人間であれば10回は死ねるのだが、サクラの防御力は常軌を逸している。
あいつは肉体は生身の人間だと言っていた。
恐らくは女神が持つデタラメな魔力に物を言わせた魔法防御か。
サクラの持つ魔法防御を突破できなければ、どれだけ俺たちが強くなろうともこの勝負で勝つことはできないだろう。
俺がそう冷静に戦況分析していると、いつの間にか気を取り直したサクラが氷魔法の呪文を詠唱していた。
その氷魔法は一度コトリを一刀両断して倒したあのデカい氷の刃を神刀に纏わせた。
「大きくなったくらいで調子乗るんじゃないわよ!」
もはや人外の挙動としか言えない恐ろしく素早い連続跳躍でサクラはコトリの足に向けて接近する。
そう、どれだけ大きくて強い身体を得ようとも、足は二足歩行する人間にとって弱点なのだ。
「ーーーーっ」
俺がコトリを守る指示を出す前に、黒い影が高速でサクラに向かって放たれた。
人間離れした動きで飛び回るサクラを弾丸めいて追いすがる黒い影は横合いからサクラに激突した。
「うぐっーー!?」
不意に横っぱらから列車に跳ね飛ばされたような衝撃を受けたサクラは初めて本気の苦痛を滲ませた声をあげた。
それでもなんとか受け身を取って瓦礫をまき散らしながら勢いを殺して停止した。
再びコトリに攻撃を仕掛けようとする前にさらなる追撃の黒い影が迫る。
迫りくる巨大な大戦斧の切っ先をサクラが女神らしからぬ野太い気合いの入った声で受けとめる。
「こんのぉ!!」
鋭い金属音が鳴り、激しく火花が散る。
攻撃を受け止めつつも突進力を殺しきれなかったサクラは黒い影ーーーー黒馬に騎乗した黒い鎧を纏った騎士の突進攻撃によって空中に連れ去られた。
空を翔ける黒馬には首が無い。
付け加えるならば、首の無い馬に跨る黒騎士もまた首が無かった。
首の無いアンデッドは大戦斧を持たない腕に抱いた自らの首から、聞き慣れたぶっきらぼうな言葉を吐く。
「まったく……コトリは、世話が焼ける」
それは『暗黒騎士』から騎士系最上級アンデッド、『死の宣告』に進化したメリリーの姿だった。
『死の宣告』はその名が示す通り、デュラハンが存在する周囲に問答無用の死の呪いを振りまく、生者はその姿を見ただけで絶命するほどの恐ろしいアンデッドだ。
進化前のメリリーは大戦斧を神刀で斬り裂かれて敗北したが、今のメリリーはデュラハンが振りまく夥しい死の呪いを大戦斧の先端に一極集中で発動している。
さしもの神刀といえど高純度の呪いを一瞬で浄化することはできず、こうして鍔迫り合いのように空中を翔けることになっていた。
「器用な真似をするようになったじゃない! じゃあこいつはどうかしらね? 『其は神狼の咆哮、天賦の牙を持ちてーーーー」
両手で神刀を支えたままサクラが詠唱を開始する。
手による動作を伴わない呪文なのか、サクラの開いた口の中にみるみるうちに神聖な魔力が溜まっていく。
俺はそれを見て何らかの指示を出そうと思ったが、やめた。
コトリ、メリリーと出てきたのだ。
次に誰が出てくるのかは自ずとわかってくる。
なにせ、俺と出会う前からの仲の良い冒険者パーティだったものな。
「穿て! 『銀牙ーー」
いざサクラの口から魔法が放たれるという瞬間、突如現れた半透明の手がサクラの顎に触れて無理矢理口を閉ざした。
「あらぁ、ダメよぉ? 女の子がそんなに大きく口を開いちゃあ下品よぉ」
行き場をなくした魔法がサクラの口内で爆発する。
「ぶふーーっ!?」
顔に大ダメージを受けたサクラは目を白黒させている。
その様子を見て空中に現れた半透明の美女ーーーーシーリーンは上品にクスクスと笑う。
『地縛霊』だったシーリーんは進化して死霊系最上級アンデッド、『闇を司りし死霊』となっていた。
堕落の象徴とされる疎ましい名を冠する死霊。
これまでと同じ半透明の霊体でふわふわ浮かんでおり、外見こそそこまで変化はないが王都から出られないという戒めからは解き放たれている。
加えて肉体を意識して完全なる無色透明にすることができ、今しがた突如現れたような完全無欠の隠密行動が可能となった。
「ゲホッ! ゲホゲホッ! な……なんてことすんのよ!」
口からカートゥーンアニメのような白い煙を吐きながらサクラが怒鳴る。
「うふふふふ……」
シーリーンはというと、サクラのそんな言葉に耳を貸してか貸さないでか、両手が塞がっているサクラの手元に半透明の手を伸ばした。
「性懲りもなく私の中に入ろうっていうの? いくら進化したところで女神である私の精神をどうにかできるなんて思わないことね!」
侵入攻撃に備えて身構えるサクラの耳元に、シーリーンは妖しい呪文を投げかけた。
「暗黒に身を委ねなさい。『堕落の囁き』ーー」
シーリーンの手はサクラの手からさらに先に伸び、神刀の刀身に触れる。
神聖なるものを堕落させる『闇を司る死霊』の本領発揮だ。
アンデッドに対し絶対的な効果を発揮する白く輝く神刀「桜」。
これまで猛威を振るってきたその短剣は邪悪なシーリーンの手に触れられた部分からボロボロと崩れ出した。
「バッ……!? それはヤバいわよっ!」
絶対的優位を揺るぎないものとしてきた神刀を破壊されそうになってサクラが狼狽する。
前門のデュラハン、後門のスペクター状態では流石に不利だと感じたのか、サクラは闇雲に魔法を発動した。
「『何か適当に爆発しろ』!」
魔法学者が聞いたら卒倒しそうな魔法の術理を完膚なきまで無視した無茶苦茶の呪文。
女神の魔力にものを言わせたデタラメそのもののような魔法は言葉通りの効果を発揮した。
サクラを中心に起こった神聖な魔力を帯びた爆発によってメリリーとシーリーンは吹き飛ばされた。
メリリーは持ち前の浄化魔法耐性で、シーリーンは危険を察知して姿を消したことで事なきを得ている。
肝心のサクラは安くない自傷ダメージを受けはしたが、間に挟まれて空中を引きずり回される状態からは脱していた。
無様に瓦礫の上に落下したサクラは肩で息をしている。
「ハァハァハァ……」
神刀「桜」は刃こぼれこそしているが、まだ神聖な力を完全には失っていないようだ。
あるいは彼女の異常な魔法防御力はその刀に由来していたのか、魔法防御に綻びが見える。
今ならば、勇者サクラを打倒できるだろう。
魔法防御のお陰で未だ肉体に深刻なダメージこそ受けてはいないが、ままならない戦況にサクラは子どもじみた地団駄を踏む。
「くそっ、神聖騎士たちは何をやっているのよ! 勇者である私を手伝いなさいよ!」
窮したサクラは自らが手駒として使い潰そうとした神聖騎士団の生き残りたちにまで助けを求めた。
援護を期待して周囲を見やったサクラの元に神聖騎士たちが集う。
しかしーーーー
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