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女神サクラ 第7部

 

『あぁ……?』

 

 俺は意識もはっきりしないままサクラに念話を返す。

 

『だから、この異世界生活はどうでしたか、と聞いているのですよ。それなりに楽しかったのではないですか?』

 

『何が言いてぇんだ?』

 

 ぼんやりとした視界にサクラがゆっくりとこちらに歩み寄る姿が映る。

 

『不運にも笑える死に方をしてしまったけれど、私という女神のお陰で異世界で二度目の夢を見られたじゃないですか。少し変わった形でしたがあなたの夢だった異世界ハーレムも堪能できたでしょう』

 

 その歩みからは敵意が感じられず、ただ不思議な親愛の情のようなものが感じられた。

 

『だから……もうそろそろ終わってもいいのではないですか?』

 

 女神(サクラ)の言葉は不思議な説得力があった。

 サクラに看取られて死ぬのなら仕方ないことだと思えるほどの。

 

『何を、勝手なことを言ってやがる』

 

 反論する俺の念話には力が籠もっていない。

 

 たしかに、本来はつまらない死に方をしてそこで俺の人生は終わりのはずだった。

 それをこうして異世界転生(イセカイッド)主人公みたいに第二のチャンスがもらえて、そこそこ楽しい生活を送ってこれた。

 

『ファ○ク……』

 

 たしかに、幕引きが女神っていうのはシャクだが悪くない終わりなんじゃないか?

 

 俺がこのまま生きながらえても、消滅しちまった仲間たちは蘇らない。

 第一、俺みたいな死霊術士(ネクロマンサー)なんてこの異世界の連中からしたら邪魔なだけなんじゃないか?

 俺さえ消えれば、化け物(アンデッド)なんてものはこの世からいなくなる。

 その方がこの異世界からしても良いことなんじゃないだろうかーー。

 

『あなたはむさ苦しくて、他の神々に飽きられるようなつまらない男でしたが……少なくとも私はあなたの異世界生活をそこそこに楽しんで見ていましたよ』

 

 俺はなんだかこれまでのことがすべて夢の中の出来事で、そろそろ夢から醒めるべきなのではという気がしてきた。

 

 気が付けばサクラは俺のすぐ傍まで来ていた。

 止めを刺すべく、こともなげに神刀を振り上げる。

 

 俺はただぼんやりとその光景を眺めていた。

 不覚にも、楽しかった思い出が次々と蘇って満ち足りた気持ちになってきている。

 

『じゃあね。楽しかったわよ、アーノルド』

 

 神刀が振り下ろされる直前、何かが俺の視界を遮った。

 

「うー!」

 

 スージーだった。

 スージーが、俺を守ろうとして神刀の前に飛び出したのだ。

 

 それまで夢現で自分が死ぬのを受け入れていた俺は一瞬で覚醒した。

 

「バッ……! 馬鹿野郎! 何やってるんだスージー!」

 

 もう動かないと思っていた身体が反射的に動く。

 スージーの手を掴んで後ろに全力で引っ張る。

 俺よりも体重の軽いスージーは簡単に俺と位置が入れ替わる。

 

 スージーは紙一重で神刀の刺突を逃れたが、代わりに俺の胸に神刀が突き立った。

 

「がっーー!?」

 

 神刀はやすやすと俺の胸骨を貫いた。

 今度こそ致命傷だろう。

 

「うっうー!」

 

 倒れかかる俺の身体をスージーが抱き寄せる。

 全身から一気に力が抜けていくのを感じる。

 力が抜けた手足の先から、段々と何も感じなくなっていく。

 

 脱力してうなだれる俺のことをスージーが必死に呼びかけてくれる。

 それをどこか他人事のように感じていた俺は、「大柄で筋肉質の大の男が少女の膝枕で横になる姿は、人に見せられたものじゃないな」なんて他愛のないことを考えていた。

 

 もう幾許もなく、俺の命は尽きるだろう。


 あぁ、でも。

 最期にスージーを助けて死ぬっていうのも悪くーーーー。

 

 ない、と思った瞬間。

 

「ーーっ!?」

 

 スージーが俺にキスをしてきた。

 それはもう、勢いがつきすぎて俺の唇にスージーの歯が当たって血が出るくらい激しい奴だ。

 

 口の中に鉄っぽい味がするキスの感触はほんの短いもの。

 スージーは身を離すと、唇に俺の血が付いたままサクラに向き直る。

 倒れた俺の視界に映るスージーの背中は仄かに光始めていた。

 

 眩い光に包まれるスージーをサクラはつまらなさげに見ている。

 

『この期に及んで進化? 下級アンデッドが中級アンデッドになったところでなんだっていうのかしらね』

 

「ーーーー」

 

 サクラの悪態に反論することもできない。

 いよいよ意識が朦朧としてきた。

 

「スー……ジー……」

 

 それでも俺は気合で意識を繋ぎ止めながら、スージーの姿を捉える。

 

 光が収まってそこに現れたのはいつものスージーだった。

 

『うん……?』

 

 サクラが怪訝そうな声をあげる。

 それもその通りで、スージーは進化したというのに姿形がたいして変わっていなかった。

 

 強いて言うなら、いつものかわいい村娘っといった質素な装いとは服装が変わっている。


 それなりに質が良さそうに見えるドレス。

 貴族とまではいかずとも良家の子女が纏うべきそれははしかし、薄汚れていて全体的に灰色だ。

 なんなら元の服装よりも地味になっているとさえ言える。

 

『てっきり死体系(ゾンビ)中級の「意思ある死者(レブナント)」のかと思ったのだけれど。派生進化かしらね。ところでなんだったかしら、このアンデッド……? たしか特殊系(エクストラ)のーー』

 

 サクラはどうせたいしたことないアンデッドだろうと油断している。

 その隙を逃すわけにはいかないのだが、今まさに死の淵にいる俺にはどうすることもできない。

 

 今の俺にできることは。

 ただせめて死ぬ瞬間までスージーの姿を目に焼き付けることくらいだ。


 ああそれもーーーーあと数秒のことだろう。

 

 重い瞼が否応なく視界を閉ざす。


 その寸前、スージーは何やら両手を顔に当て。

 汚れてくたびれたドレスを扇状に床に広げながらその場にうずくまった。


 悲劇の絵画のような絵になる姿を見てハッとサクラは声を上げた。

 

『あっ!? まさか「泣き女(バンシー)」ーー』


 サクラが慌てて神刀を構え直すより先に、俯いたスージーが大きな声で泣き出した。

 

AAAAAAAAAA(アアアアアアアアアア)AAAAAAAAAA(アアアアアアアアアア)AAAAAAAAAA(アアアアアアアアアア)!!!!」

 

 それは瓦礫が崩れるほどの大音声だった。


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