女神サクラ 第6部
ミラとの視界同調が切れ、俺は自分の視界に戻ってきた。
最初に目に入ったのは俺を心配そうに見つめるスージーの瞳だった。
「うっうー? うーあうー?」
相変わらずうめき声でしか会話できないスージーだったが、俺は彼女が何を聞きたいのかをすぐに理解し。
「……やられちまった。シェルリと、オフィーリアも」
スージーの両目に大粒の涙が溜まっていく。
泣き虫なスージーのことだ、すぐに泣き出すかと思ったが、スージーは自分の口に両手をあてて声を押し殺した。
涙をこらえたその瞳には涙の代わりに決意と覚悟が溢れている。
スージーの腕を強く握り、俺たちはゆっくりと立ち上がった。
そんな俺たちを見てロイテンシアが神妙な雰囲気で話しかけてきた。
「前衛の仲間たちはすべて倒れ、我々はいよいよ孤立無援。そして相手は無敵の勇者様ーー。さて、駄目で元々でお尋ねしますがアーノルド様、何か逆転の策はおありですか?」
「……生憎と、人より健康で筋肉な肉体くらいしか持ち合わせはないな」
「うー!」
スージーが「私もいる」と自己主張した。
ロイテンシアはそれを聞き、何も言わずに封鎖された入り口の扉に向かって一歩前に出た。
「ロイテンシア?」
彼女はいつもの作り笑いではない自然な笑みで答える。
「ふふっ、無辜の民を守るのも治世者の務めですよ」
普段の王女然とした隙の無い振る舞いから外れた、それはとても人間らしい振る舞いだった。
彼女の意味深な変化に俺が怪訝な顔をした時、入り口の扉が外側から爆発した。
「うおっ!?」
虚を突かれた俺がそちらを見やると、扉は一撃で破壊されていた。
「ハロー? 待たせたかしら。この私が直々に幕引きに来てやったわよ」
バリケードで封鎖された扉を蹴り壊して、ラスボスが現れた。
勇者サクラは短剣を肩に当てて三下のチンピラのような悪い態度で部屋に入ってくる。
そんなサクラをロイテンシアは王女のドレスの裾を摘み上げて恭しく挨拶した。
「ごきげんよう、噂に名高き隣国の勇者様。私はロイテル王国第9代王女、ロイテンシア・ローン・ロイテルと申します」
ロイテンシアの顔には先程俺たちに向けた自然な笑顔とは打って変わって無機質な作り笑いが浮かんでいる。
「せっかくのご訪問を歓迎したいところなのですが、生憎と何の準備もできておりませんゆえ、日を改めてお越しいただけませんでしょうか?」
「アンタに用はないのよ王女サマ。劣化版死霊術士の分際で女神……じゃなかった、勇者の私に話しかけないでくれる?」
サクラの酷い言い草にロイテンシアは真面目ぶった態度で頷き。
「ご忠告痛み入ります。確かに私は『死者の姫』、所詮はアーノルド様のような死霊術士の真似事ができるだけの身ではありますがーー」
すっと両手をサクラに向けて伸ばした。
「ーーこういうこともできるのですよ」
瞬間、大量の下級アンデッドがサクラの頭上に現れた。
知能の低い下級アンデッドたちは口々に涎を垂らしながらサクラに喰らいつこうと汚いうめき声をあげた。
「う"う"〜あ"あ"〜!」
「ふぅん?」
つまらなさげにサクラが神刀を頭上に向かって振るうと、一撃で10体以上のアンデッドが消滅した。
しかし、アンデッドは増え続ける。
無限に湧き続けるゾンビたちにさしものサクラも驚いた顔をした。
「なにそれ!?」
抵抗すべく連続で短剣を振るいアンデッドを一度に複数消滅させるが、出現するアンデッドの数の方が多い。
数秒後にはその数はサクラが消滅させる数を遥かに凌駕し、ついにはサクラの身体の上にアンデッドたちが雪崩のように覆いかぶさった。
床に倒れ伏すサクラの上に更に更にアンデッドは増え続ける。
ロイテンシアは能力を解除せずに口を開く。
「正当なネクロマンサーであらせられるアーノルド様は上級アンデッドすら生み出すことができますが、死体が無ければアンデッドを生み出せません。対して『死者の姫』である私は、下級アンデッドしか従えられませんがーーこのように、死体がなくとも無数に生み出すことができるのですよ」
下級アンデッドはサクラの身体の上に山となって積み上がり、サクラの姿が見えなくなるどころか部屋を埋め尽くさんばかりに増え続けている。
俺とスージーは慌てて壁際まで下がる。
視界ほとんどがアンデッドに埋め尽くされはじめ、俺はロイテンシアに向かって叫ぶ。
「ロイテンシア、お前!?」
「悪く思わないでくださいませ、アーノルド様。この国の王女である私にはーーーー自分や仲間の命を捨ててでも、国民を守る義務があるのです」
ロイテンシアは自分と、俺とスージーの命を代償に、この部屋をアンデッドで埋め尽くして勇者サクラを圧死させるつもりなのだ。
ロイテンシアは柔らかい笑みをこちらに向け、自らもアンデッドに埋め尽くされていった。
彼女が見えなくなってもアンデッドが生み出される速度は落ちない。
「フ○ック! ゾンビに埋もれて死ぬとか最高に冴えない死に方だぜ!」
ついにアンデッドの山は俺たちの身体をも埋め尽くし、咄嗟に俺とスージーは互いの身体を強く抱きしめた。
すぐに呼吸もできないほど苦しくなり、意識が朦朧としてきた時サクラの絶叫が聞こえた。
「こんな地味な終わり方で納得できるかー!」
サクラの絶叫と共にサイクロンに巻き込まれたかのように視界がぐるぐると回り、視界が真っ白になった。
ーーーー気が付けば、そこは屋外だった。
見上げた青空にはちょうど中天に差し掛かったお天道様
より正確に言えば、王城が吹っ飛んでできた瓦礫の上に俺とスージーは倒れていた。
サクラがどんなパワーを使ったのかは知らないが、圧死するくらいならと部屋どころか城ごとぶっ壊すなんて相変わらずふざけた奴だ。
しかしこれだけの大破壊が起きてよく無事だったもんだと感心して自分の身体を見ようと身を起こそうとしたが力が入らない。
「ーーーー?」
いつもの軽口を叩こうとしたが声すら出ない。
どうやら、「爆発したけど無傷でラッキー!」なんて異世界転生主人公みたいなことはなく、きっかり致命傷を受けているらしい。
すると近くで誰かが俺のことを呼んでいるのが聞こえてきた。
「ーーっ! ーーっ!」
どうやら耳もおシャカになっちまったらしい。
せめて目線だけでも声が聞こえる方向に向けるとスージーと目が合った。
彼女の両目からは大粒の涙が溢れていた。
あぁ、ごめんなスージー。
もう軽口で返事をしてやることもできそうにない。
『あら、意識だけはまだあるようね。念話ならまだ聞こえるわよね?』
スージーと反対の方向からサクラの念話が飛んできた。
そちらを見やると、サクラが倒れ付したロイテンシアの心臓に神刀を突き立てているところだった。
悪態、恨み言、愚痴、ありとあらゆるネガティブな言葉をサクラに投げかけてやりたかった。
しかしそれを遮るように投げかけられたサクラの次の言葉は意外にも穏やかなものだった。
『……それで、異世界生活は楽しかったですか?』
それは出会ったばかりの女神サクラの口調だった。
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