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勇者サクラ 第5部

 

 ノワールの戦いはまさに人外の戦いだった。

 魔王軍幹部クラスの実力を持った元吸血鬼としての凄まじい力、それがアンデッド化することで更に強化されているのだ。

 

 普通の人間である俺は視覚同調しているノワールの視界がジェットコースターに乗せられているように見える。

 目で追うこともままならないノワールの猛攻をしかしサクラは離れずに捌き続けている。

 

 ノワールの人外の戦いにサクラは人間の身でありながら追いすがる。

 嵐の暴風のように連続して叩きつけられるノワールの大鎌をサクラは避け、あるいは短剣で逸らす。

 吸血鬼の怪力で振るわれる重い大鎌を直接受ければ人間の腕力ではひとたまりもなく潰される。

 サクラは叩きつけられる死の刃を人間離れした技巧で回避する。

 

 繰り返し降りかかる死線をかいくぐる胆力、そしてその優れた技巧は、決して女神が自ら転生することで得られるチート能力などではない。

 絶対の自信に裏打ちされた努力と研鑽の賜物だった。

 

「やっぱり異世界ファンタジーってのは自分で戦ってナンボよねぇ! そこのところは前に出るしか能のないどこぞのゴリラと気が合うわね!」

 

「くっーー! この女、本当に人間か!?」

 

 命のやり取りに高揚したサクラが歓喜の声を上げ、人間の身で自分の猛攻を凌ぐノワールは舌打ちをする。

 狂奔する相手に動揺したノワールの手にサクラの短剣が突き刺さる。

 

「ぐっ、しまったーー!」

 

 好機を逃さんとばかりにサクラはノワールの手から大鎌を叩き落し、返す刀でノワールの首を狙う。

 

 ノワールは後退して体勢を立て直そうとするが、サクラの突進力がそれを上回る。

 もはやここまでかという時に、ノワールは俺に念話を送ってきた。

 

『今だよ! やって!』

 

 それはノワールと俺が事前に取り決めていた最後の手段を使うための合図だった。

 できれば使いたくないと思っていた手段を使う時が来てしまい、俺は僅かに躊躇してしまいそうになる。

 しかしこれこそが最後のチャンスだとして、俺は遠隔で死霊術を唱える。

 

「『渇望せよ、(スターべ)死せる者たちよ(ーション)』!」

 

 呪文を掛けられたノワールの視界が暗転する。

 次の瞬間、ノワールは後退する姿勢から無理矢理停止と同時に前方に飛び出した。

 

GRRRRRR(グルルルルルル)!」

 

「うわっ!? 何なに何?」

 

 人体の構造に反する動きを見えるノワールに驚いたサクラは迎撃が間に合わず両腕を捕らえられる。

 神刀「桜」がその手から離れて廊下を転がる。

 

 暴走したノワールはそのまま力任せにサクラを地面にねじ伏せると涎を撒き散らしながら牙を剥き出しにして唸る。

 

GAAAAAA(ガアアアアアア)!」

 

「危なっ!?」

 

 馬乗りになって首筋に噛みつこうとしたノワールの牙をサクラは器用に見をよじって避けた。

 ノワールは完全に正気を失っている。

 

 ーー『渇望せよ、(スターべ)死せる者たちよ(ーション)』はレベル12の死霊術だ。

 その効果は配下のアンデッドを強制飢餓状態にすることである。


 アンデッドは本来、不死の肉体を頼りにした人体の構造を無視した動きや損傷を省みない攻撃が長所だ。

 だが、強力な能力を得た上級アンデッドほど生前の知識や自我を取り戻し、そういったアンデッド特有の行動は精神的に取りづらくなる。

 

 しかし、飢餓状態になったアンデッドは例えそれがどれほど理知的な上級アンデッドであろうとも自らの根源的な欲求には逆らえない。

 即ち、目につくを喰らい貪ることである。

 

 次こそはと首筋目掛けて牙を突きたてようとするノワール。

 

「アハハ! いいじゃない! 化け物(アンデッド)はそうでなくちゃね」

 

 サクラは狂乱するノワールの様子に喜色満面で応じると押さえつけられた右腕を強く開いた。

 するとそこに、廊下を転がっていった神刀「桜」が弾かれるように飛んで手の中に舞い戻った。

 

『まずい! 離れろノワール!』

 

 咄嗟に念話を送るも、狂乱状態にあるノワールが俺の声に耳を傾けることはない。

 

 ペン回しのようにサクラが手首で短剣を回すと、腕を押さえていたノワールの手首が宙を舞う。

 

「いくら強くても、頭が悪くちゃ獣と同じね!」

 

 飢餓状態のノワールはその刀がアンデッドにとってどれほどの脅威か認識できなくなっていた。

 痛みを感じないノワールは躊躇せずそのまま噛みつこうとしてーーーーその牙が届く前に首を切断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッデム!」

 

 俺はノワールとの視覚同調が切れると同時に、ミラとの視覚同調を始めた。

 奥の手と言われたミラがどこに潜んでいるのかは俺も聞いていない。

 

 果たして俺が見た視界には床に転がるノワールの生首とサクラがいた。

 

「……? ここはどこからの視点なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首のなくなったノワールの胴体をサクラは両足で蹴り上げ、「いてて」と腕をさすりながら立ち上がった。

 ちらりとこちらノワールの首を見やる。

 

「あなたはそこそこ強かったけど、魔王ほどじゃないわね」

 

 捨て台詞を吐くとサクラはノワールの亡骸から視線を切る。

 その視線の先には既に俺とロイテンシア、スージーが立てこもる王の寝室の閉ざされた扉が見えていた。

 

「あともう一匹いた気がするけど、一緒に立てこもっているのかしらね?」

 

 独り言を呟くサクラの背後にゆっくりとミラの視界が近づく。


 そこで初めてわかった。

 ミラがいるのはーーーーノワールの胴体の中だ。

 ミラは『死神(グリムリッパー)』の能力で自由に姿形を変えることができる。

 その能力を使ってミラは最初からノワールの体内にいたんだ。


『なんて無茶な作戦を立てるんだお前……』


 さしもの俺も絶句して声をかけるがミラから念話は返ってこなかった。

 いつもの生意気なミラのことだから聞こえていて俺を無視しているのかと思ったが違う。

 同調したミラからは正気を失うほどの猛り狂う怒りの感情が溢れている。


 そしてその激情を、すべて殺意に変えてミラは完璧な隠密を行っている。


 ミラが強い意志を持って手を伸ばすと、戦闘中にノワールが取り落とした大鎌が音もなく浮かび上がり、彼女の手中に収まった。

 

 これはホラー映画のように被害者の背後に音もなく近寄るハンターの視界。

 目の前には無防備なサクラの背中。

 

「じゃあちゃっちゃとあの扉をぶっ壊して……」

 

 ミラはまったく気づかないサクラの首筋目掛けて死神めいて大鎌を振るった。

 

「……『その首を(ジャック・ザ)捧げよ(・リッパー)』」

 

 その言葉は特殊(エクストラ)系アンデッド『死神(グリムリッパー)』であるミラが持つ特殊能力を発動させる呪いの言葉だった。

 

 物理的攻撃だけでなく、死の呪いによって通常の回避や防御では絶対に受けられない不可避の首狩り攻撃を行うものだ。

 俺もまだ見たことがない最上級アンデッドであるデュラハンの能力、「死の宣告」にすら近しい絶対的な呪い。

 

 強力な死の呪いが宿った大鎌の一撃は問答無用でサクラの首を刈り取るーーーーかに思われた。

 刃が首に触れる直前、不可視の膜のような防御がサクラの首を守った。

 

 避けられないはずの死の刃が防がれ、ミラは初めて隠密を解いて叫んだ。

 

「嘘っ!? 信じられない!」

 

 暗殺に気付いたサクラは弾かれるように振り返ると滑らかな所作でミラの身体を袈裟掛けに両断した。

 驚きの声すら上げられなかったその顔には初めて焦りが浮かんでいる。

 

 アンデッドを消滅させる神刀で両断されたミラは即座にその活動を停止するかに見えたが、強い恨みで閉じかける視界を見開く。

 

「よくも私の大事な部下(ノワール)を殺ってくれたわねーー!!」

 

 片翼、片腕だけになってミラはサクラの首を掴んだ。

 斬られた時点で即消滅するはずの神刀を受けても動くほどの怨念。

 殺気を漲らせた片腕で首の骨を砕かんと力を振り絞る。

 

「ーーーーフッ!」

 

 だが、余裕を捨て去って振るったサクラの刀がミラの全身を切り刻む方が早かった。

 完全に抵抗できなくしてからサクラは深く嘆息した。


「ふぅ……。今のは危なかったわ。まさか仲間の身体の中に潜んでいたなんてね」


 残った片手も、片翼も、首すらバラバラにされたミラは最後の抵抗にサクラを睨む。


「事前にグリムリッパーの能力を知っていて抵抗呪文を唱えておいてよかったわ。やっぱり何よりもこの女神の知恵こそが一番のチートよね〜」


 消えゆくミラは死に際に強烈な呪詛を撒き散らし。

 

「お前、だけはーー死んでも。許さないーーーー」


 粉々になって消滅した。


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