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まさか私がそんな提案をしてくるとは思わなかったのか、兄は「え」ときょとんとした表情を浮かべる。
私はベンチの下の方へと視線を向ける。
あの時の私は今よりかは無邪気だった。両親から愛されなくても、何故か大人になれば全て解決すると希望を見ていた。
けど、それはただの淡く儚い夢に過ぎなかった。年齢を重ねると共に現実を受け入れていった。
この世に私を助けてくれる人はいないのだと……。
それなのに、今こうして兄が私の元へやって来た。少しずつ、また微かな希望を取り戻している自分がいた。
「何を書いたかさっぱり覚えてないもん。お兄ちゃんは?」
「俺もあんまり覚えていない」
「じゃあ、見てみる?」
兄の顔を覗き込むと、彼は「そうだな」と笑顔を向けてくれた。
あのタイムカプセルを開ける日を決めた日のことを思い出す。二十歳までは待てないから「自分たちが大人になったと思った日」という曖昧な設定にした。
今思えば、年齢を決めなくて良かったと改めて思った。だって、二十歳になる頃にまだこんな場所にいるなんて地獄だ。
一刻も早くこの町を出たいという思いがずっとあった。
「楽しみ~~」と言いながら私は滑り台を滑った。……何年ぶりに滑り台なんか滑っただろう。
久しぶりの感覚に少し心が躍った。「楽しむ」という感覚を長い間忘れていた。
私は地面に着地して、兄に「お兄ちゃんも早く来て!」と声を掛ける。
滑り台の上から彼は私を愛おしそうに、でもどこか切なそうに見つめていた。その表情のわけを私は知っている。
守りたいのに私を守り切れなかった男の表情だ。
……大丈夫、お兄ちゃんには充分守ってもらっていたよ。
もし兄も両親みたいに私を奴隷として扱っていたら、私は精神的に死んでいたと思う。まだ平然を保ってられるのは兄がいたからだ。
「今行くよ」
兄も滑り台を滑る。
なんだか子供時代の初々しい気持ちを取り戻した気がした。兄と過ごしたこの公園での思い出がたくさんある。
私が年上の男の子にちょっかいを出されていたら、真っ先に兄が助けに来てくれた。
……あの年上の男の子たちはきっと私のこと好きだったんだろうな。
兄が下りてくるなり、私たちはベンチの方へと向かった。深い闇の中で街灯に照らされたベンチは少し不気味に感じた。この下に私たちの当時の思いが詰まっているんだ。
なんだか少し緊張する。
「大人になった日に見るって言ってたけど、今の私たちって大人なのかな……」
高校生ってどうなんだろう。
小学生からしたら、高校生はとても大人に思える。当時の私もそう思っていた。
けど、いざ高校生になると、まだまだ子供のような気もする。自分の何が変わったのかと聞かれても分からない。
私は小学生の頃から成長していない。……大人って案外そんなものなのかも。
兄はフッと優しく口角を上げた。
「紗英は家を出たんだろ? 立派な大人だよ」




