44 タイムカプセル
家出で大人か。あんなに大人に憧れたのに、随分とあっさりなれるものだなと思う。
私にとって大人になるということは、もっと壁が高い気がした。実際は、ただ年を取るだけで人は大人になれるんだよね。
「……お兄ちゃんは? 大人になった?」
私は兄の方を横目で見た。彼はぼーっとベンチの下へと視線を向けながら「う~~ん」と少し考える。
「俺が今大人なら、紗英はこんなに苦しまずにすんだかもしれない」
何も言い返せなかった。
私が「そんなことないよ」って言っても無駄だと思う。兄が感じている罪悪感や責任は私の言葉でなくなりはしない。
兄はそのままベンチに近寄り、背もたれの端と座るところの端を持ち、グッと持ち上げて横へとずらす。
私もその様子を見て、すぐに反対側を持ち、ベンチを動かす手伝いをした。
ある程度横にずらすと、私たちは夢中で昔タイムカプセルを埋めた場所を素手で掘り始めた。
土が入って爪が汚れるなんてどうでも良かった。とにかく、ここに埋まった私の当時の思いを見つけ出したかった。
かなり堅くなっている土を掘るのは指が痛くなる。兄は「俺がやるから」と言ってくれたが、私はそれを断った。
「大丈夫。それに、これは自分の力で見つけ出さないと意味がない気がするから」
私はそう言って、不格好のまま必死にタイムカプセルを探した。
幼いながらに結構深くまで掘ったんだな、と自分で感心する。
お互い無言のまま必死に掘り続けていると、カンッと何かに当たる音が聞こえた。
「あ」と声を出す。ジャム瓶の上のようなものが見えた。
「これかな?」
「……ハハッ、まさか本当にまだあったんだな」
兄は口の端を小さく上げて笑った。
ないと思っていたような口ぶりだ。確かにもう随分と昔のことだからタイムカプセルがなくなっていたとしても不思議ではない。
「結構深かったね」
瓶が出てきた深さを見ると、雨に打たれても出てこないように本当に頑張って埋めたんだろうなということがよく分かった。
幼いながらにして、この秘密を必死に守りたかったのだろう。
……私、何を書いたんだろう。
兄は最後に周りの土を大きく掘って、ジャム瓶を力強く掘り出した。
懐かしい瓶……。油性ペンで田原律、田原紗英と書いた文字はすっかり消えていた。いちごジャムと書かれたラベルはボロボロになっており変色していた。とてもじゃないがいちごジャムと読めるような状態ではない。蓋の部分は結構さびれていて、少しへこんでいる。
逆に、よくここまでもった。もっと酷い状態を想像していた。
兄がジャムの蓋に手をかけて、ギュッと思い切り力を入れて回す。
「かたっ」
「上手くいかない?」
「蓋が劣化し過ぎて開かないんだ」
兄は眉間に少し皺をよせて、また蓋に力を入れて開けようとする。彼の腕に血管が少し浮き出ていて、男の人の手だ、と思う。
ちゃんと男の人なんだな……。
兄が男性であることなんて当たり前なのに、その当たり前を改めて実感した。
「割っちゃう?」
もう二度と埋めることのない瓶だ。割ってもいい。
私のその言葉に兄は手を止めた。




