七話 スライム令嬢と騎士
箱に詰められて数時間後、私は大聖堂の地下で一メートル四方のガラスケースに閉じ込められていた。上部にはなにかの投入口のようなものがあり、足もとには蛇口のような弁があった。外に出られそうな隙間はない。周囲にはローブに身を包んだ男たちが何やら相談をしている。
わけがわからない。私はなぜ拉致されたのだろうか。彼らは教会の人間だというのに、なぜ魔物の私を殺さないのだろうか。そもそもなぜ私は教会の中に入れているのだろうか。
「クソッ、なんでフェアクロフの娘がスライムになってるんだ? アルラウネっていう話だっただろ。これじゃあ不老薬はおろか魔花すら育てられないじゃないか」
「まあ、落ち着けよ。思っていたものとは違うが別の収穫がある」
周囲の男たちの声を盗み聞きしていると、先程話していた男と目があった。男はニヤリと笑った。
「サンプルを取ってみるとそこのお嬢様の体に回復効果があることが分かった。スライムを切り取って回復薬として売ればかなりの額になるだろう」
男は瓶を取り出し、私に見せる。中にはゲル状の液体が入っていた。その意味深な行動が気になって、私は自分の体を確かめた。
…………指が全て無くなっていた……
無くなった指をじっと見る私をニタニタ笑いながら眺めている男に、私は中指だけを再生して立てた。
「威勢がいいねぇ。だがそれもいつまで持つかな?」
部屋の扉が開き、複数の男が何かを引きずっている。それが何かわかったとき、私は思わず口元を抑えた。
…………死体だ。それもかなり腐敗している。
「まったく、街が大きくなって人が増えていくってのに土葬なんて時代遅れだと思わないか? 対して墓参りもしなければ金も出さないってのに。だからこっちで有効活用するべきだよなぁ?」
男たちは死体を担ぎ上げ、私のいるガラスケースの中に落とした。凄まじい腐臭が私の鼻をつく。本当に地中から持ってきたようだった。
ただでさえ狭いスペースがさらに狭くなる。死体は直視に耐えるほど損傷していて、ハエが飛び回っていた。気持ち悪い。
「ほら、食えよ」
「……ふざけないで」
「はっ、スライム風情が食うものを選り好みする気か? 全く、脳なんて無駄な器官を作るから面倒なことを起こすんだ。お前に必要なのは消化器官と再生能力だけだ」
男は大げさに頭を振った。そして近くの燭台から松明を手に取り、ガラス越しに私の方に近づける。狭いガラスケースの中では避けることも叶わず、熱で私の体が溶けていく。
まずい……
「あとはお前の体が自動でものを食うようになるまで溶かすだけだ。液体なら瓶に詰めるのにも便利だしな」
私はガラスケースを叩いた。ビクともしない。どんどんと動かせる体の範囲が減っていく……このままじゃ大変なことになる……
その時、上空に金色の魔法陣が浮かびあがった――
※※※※※
――時は少し遡る。
「あ、ウェイン様、こんにちわ。お嬢様はどうしました?」
セレスが連れ去られるのを目の当たりにした僕は、セレスの屋敷を訪ねていた。彼女を連れ去った連中は教会の連中だろう。彼女が魔物である以上、騎士団に協力は頼めない。
僕を出迎えたメイドは、一週間前にセレスと一緒にいたメイドのコレットだった。話が早い。僕は単刀直入に告げた。
「セレスが連れ去られた。力を貸してほしい」
コレットは困ったように屋敷内の様子を伺った。
「あー、ちょっと私ではわかりかねます。担当者を呼んで来るので少々お待ち下さい」
コレットはそういって屋敷の奥にひっこもうとした。僕はその手を掴んだ。
「君がミミックスライムなのは知っている。君たちを捕まえる気はない。面倒は抜きにしよう」
コレットは目を見開いてたじろいだ。
「な、何を根拠に……」
「君はシナモンを見て異様に怯えていた。薬への混入の危険は方便だろう。花瓶へのスライムの混入に気付かない連中がただの香辛料にそこまで気を配るはずがない。
それにセレスが人間でないのは前から知っていたが、当時はスライムでは無かった。後天的にスライムになった人間が香辛料や熱などの日常的なものに弱点を持って過ごすのは危険極まりない。だから可能な限り以前からスライムだったものに身の回りの世話をさせるだろう」
「……憶測に過ぎませんね」
コレットは余裕たっぷりに笑った。
「ならシナモンを握るんだな」
ウェインはコレットの手を掴んでいる方とは反対の手をポケットに突っ込んだ。スライムでないなら断る理由はない。
「わ、わかりましたから。もうっ、普通こういうのは犯人と決定的な証拠が出るまで駆け引きしたりするものでしょう?」
コレットは掴まれていた手をゲル状にして引き抜き、観念したように手を挙げた。
「時間がない。君は大聖堂に入ったのだろう? 魔物なのにどうやったんだ?」
「え?普通に入りましたよ。不老薬なんて使って神の摂理に反してるような教会に神聖な力なんてありませんから」
ケロリと言ってのけたコレットに、ウェインは額に指を突いた。むちゃくちゃだ。
「……なんの騒ぎです?」
屋敷の奥から青い長髪の教鞭をもった女性が出てきた。その纏っている異様な雰囲気にウェインが思わず身構えると、コレットはその女性の方に駆けていった。
「ヘクタリオ先生〜! あの悪徳捜査騎士が酷いんですよ! 普通なりすましを見分ける時は推理で正体当てません?」
コレットがその女性に泣きつくのを見て、ウェインは眉をひそめた。
「……ヘクタリオ? ……まさかな」
「はいはい、魔女ですよ」
あっさり正体を明かしたヘクタにウェインは肩を落とした。
「僕は一応騎士なんだが……流石に舐めすぎていると思うぞ」
「そもそも魔物とわかってる相手に婚約を仕掛けているのですからあなたも相当ですよ」
「何も知らないのはお嬢様だけですね〜」
余裕綽々な二人にウェインは頭を抱えた。なんなんだこいつら。セレスを嫁に貰うとこいつらと親戚付き合いしないといけないのか?
「とにかく! そのセレスが教会の連中に連れ去られたんだ。襲撃を手伝ってくれ」
「嫌です」
ヘクタはにべもなく告げた。あまりの冷酷な態度にウェインはくってかかった。
「セレスがかわいくないのか!」
「そりゃかわいいですよ? 大事な孫娘ですし。でもこういうのは親や婚約者に花を持たせようと思ってね」
「親?」
そういってヘクタは教鞭で空中に金色の魔法陣を書いた。
※※※※※
魔法陣から現れた男が空中で剣を抜き、一瞬で剣を走らせた。松明をもった男の腕が切り落とされる。ローブの男たちが蜘蛛の子をちらしたように離れていった。
「ウェイン!!」
「セレス! ……ひどい体だな」
私は顔以外が全て液状化していた。そこらへんの魔物よりよっぽどモンスターだ。
「レディの身体的特徴を揶揄するのはよろしくないと思います」
「はは、でも元気そうで良かった」
私に笑いかけたあと、ウェインは剣を構え直して敵を見据えた。
「……今回こそ君を守る」
剣を向けられたローブの男たちがたじろぐ。所詮は神官、いくら集まろうと武に生きる騎士にかなうはずがない。
「ま、待て! ここは教会の中だぞ! 神聖なる場所で剣を抜いていいとでも思ってるのか!」
「本当に神聖な場所ならどうして魔物が中にいるんだ?」
ウェインがニヤリと笑って、ガラスケースを叩いた。私が全力で体当たりしても壊れなかったケースがいともたやすく割れた。熱の影響が無くなった私はなんとか自分の体を取り戻していく。
「き、貴様こそ、騎士の癖に魔物の味方をする気か!」
「彼女のためなら騎士の位なんていくらでも返上するさ」
ウェインは真剣そのものの顔でローブの男たちに迫っていく。
「その必要はない」
威厳ある声とともに、部屋の扉が開かれた。そこから二人の人間が入ってくる。
「お父様に……お、お母様!?」
「久しぶりね、セレス。本当は一週間ぶりくらいだけど」
緑色の髪をした母が私に微笑んだ。懐かしい気持ちに包まれる。しかしそれよりもその言葉が気になった。
「一週間ぶり? どういうこと?」
「地下室の水槽にいたのよ。もう知ってると思うけど、私アルラウネだから」
「…………いや、知らないけど」
「えっ? 魔花と言えばアルラウネじゃない。ずっと育ててたのに気づかなかったの? そもそも七年前まではあなたもアルラウネだったのに」
「は、はあ」
確かに植物と魔物の組み合わせと言えばアルラウネだけど、当然のことのように言われると困る。そもそも水槽の魔物はそのへんで捕まえてきた魔花製造用の野良魔物だと思っていた。
「僕は知ってたよ。君の血は透明で、骨が維管束だったから」
「えっ?」
ウェインの思わぬ裏切りに私は困惑した。私が魔物って知ってたの? じゃあ私がスライムとバレないように屋敷で怯えていた日々はどうなるの……?
「な、なんですか、あなた達は!」
置いてけぼりを食らっていた教会の男たちが問いかけた。面倒くさそうに父が一歩前に出て書類を広げる。
「ああ、すまない。先に事務的な話を済ますべきだったな。先程国王から法律が発布され、君たちの国教認定が取り消された。違法な不老薬を使っていた疑いと、魔物に対する防御効果が失われている以上保護する必要は無くなったという理由だ」
ローブの男たちの間にどよめきが起きる。
「あんたが売った不老薬だろうが!」
「知らんな」
父は鼻で笑った。
「そういえば国王様もいつまでも若々しいわよね、セレス。あなたが生まれた頃と全然見た目が変わってないわ」
母がいたずらっぽく笑った。なるほど。
「今から国がそちらに与えた土地は没収される。既に騎士団が他の部屋を捜索している」
えっ? 私やお母様は魔物だけど騎士団が来ても私は大丈夫なの? そんな疑問を察したのか父が言葉を続けた。
「魔物と人間の混血児に関しては長年の差別問題の解決のために保護されることになった。つまり君たちが私の娘にした行いは拉致監禁のうえ傷害にあたる。覚悟しておけ」
「待て! この腕はどうしてくれるんだ! 傷害による違法逮捕だぞ! その騎士も逮捕しろ!」
ウェインに腕を斬られた男がくってかかる。私は自分の体の一部が入った瓶とそいつの腕を拾って、男に近づいた。
「な、何をするつもりだ?」
私は腕が無くなった男に落ちていた腕をくっつけて瓶の中身をかけた。腕がまたたく間に繋がる。その光景をみて、ローブの男は呆然としていた。
「どの腕が斬られたんですか?」
私は皮肉っぽく笑った。
魔物に対抗できないとあって、この街の教会はことごとくうち壊された。新しいまっとうな宗教が出来るまでは騎士団が常駐するらしい。
※※※※※
「それで、何も知らなかったのは私だけ、というわけね」
私はハーブティを飲みながらため息混じりに言った。テーブルにはウェインとコレットが座っている。
「だってお嬢様が自分のことがスライムってわかるとむちゃくちゃしそうじゃないですか。透明化して泥棒したりとか、他人になりすまして人間関係むちゃくちゃにしたりとか」
「失礼ね、そんなことしないわよ」
「やるよ、セレスなら」
ウェインが苦笑した。彼の中では私はそういう人間らしい。
「そもそも発端はコレットが大聖堂なんかにいたからでしょう? なんであんなところにいたのよ」
「あの時点で教会を切り捨てて国王側につくと決まってたからですよ。それで不都合な証拠を消しに行ってたのです」
「ははあ、アホそうに見えてそんなことをしてたのね」
「実は旦那様の部屋に導いたのもわざとですよ。あのタイミングでお嬢様がスライムだってことに気づかせないとウェイン様に捜索されて死んでましたからね」
「あなたが大聖堂を見つからずに逃げ切れていたらその必要はなかったわけね」
「あ、あはは」
コレットが茶目っ気たっぷりに舌を出す。このクソメイド。こんな面倒なことをせずに全部説明していればこんなに危ない目に合わずに済んだのに。
「それにしても式はいつ挙げるんですか?」
コレットの疑問に私達は固まった。そうだ、私達は婚約していたんだった。
「……教会が元に戻ったらかな」
「いや、魔物は教会で挙げられませんよ」
当然の指摘である。指摘したコレットは面白そうにニヤニヤしている。
「僕は結婚の形に拘らないよ。なにせ相手は不定形だからね」
「ほほう、スライムジョークですね。でもお嬢様はどうなんです?」
「まあ……おいおいね。今度お母様にどうしたか聞いてみるわ」
私はハーブティに口をつけた。魔物の結婚ってどんなものなんだろう。想像がつかない
「ならついでにどうやってお嬢様が出来たかも聞いて下さいよ。アルラウネもスライムも無性生殖ですよ」
私は思わずお茶を吹き出した。コレットが手を伸ばして吸い取っていく。スライムとバレてからのこと、このメイドはますます露骨になっていく。
「あーあー、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。植物は株分けで増えますし、スライムのような単細胞生物は分裂ですよ。ほら、よく見てて下さい」
そういってコレットは自分の腕を千切った。千切れた部分が徐々に人型になっていく。そして小さなコレットが出来上がった。
「こうやって子供が出来るんです。やってみますか?」
「そ、そんなにかんたんに出来るの?」
「ええ、実はこの屋敷のメイドは全て私の娘ですよ」
私は恐ろしい闇を垣間見た気がした。なら誰がコレットの正当な後継者なのだろう。
「……待って、私ってなんかアルファスライム? とか言うのを寄生させて生き返ったのよね。ならスライム部分は私なの? 私じゃないの? 死ぬ前の私と同一性はあるの? 私って何者?」
思考の泥沼にハマった私をコレットは面白いものを見るように見ていた。みかねたウェインが私の肩に手を置く。
「君は君だよ。普通の人間だって常に代謝して常に体の一部が入れ替わっているんだから。気にすることじゃない」
「そ、そう? そうよね! ありがとう、ウェイン」
「そういえば子供の頃のアルラウネだったお嬢様を株分けした鉢植えが研究室にあったような」
「―――――――――」
「セレス!? 落ち着いて!」
私は時折自己同一性に迷うことがあるけど、なんだかんだ幸せな生活を送っていた。結局のところ愛は何にでも勝つのだ。