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晴れた日には星をひとつ

トティは昼過ぎからムーンランドの血がゾクゾクと騒ぐのを感じていた。

金の飛び竜に乗った小人に特殊小包を預けてから、どれだけ部屋の中を歩き回ったことだろう。


やっぱりリベルを一緒に送ったのはまずかったんじゃないかしら……

でもここが勝負のしどころだと押し切られちゃったし。

ああ、ダグラスの反応が怖い。こんな思わせぶりな態度をとっちゃって、なんて思われるだろう。

女嫌いのダグのことだから、友達だと思っていたのにと、トティのことを嫌悪するかもしれない。

それに仕事が忙しい時に煩わせるんじゃないって、怒り出すかしら?


うまくいかなかった時の事ばかり考えて気持ちが擦り切れそうになってきたので、トティはいつもの花畑へ散歩に出ることにした。


日差しが傾きオレンジ色の陽光があたりを染め始めると、貴族学院の校舎に絡むアイビーが赤く燃えているように見えてくる。涼しいというよりも寒くなってきた花畑には、吾亦紅(われもこう)が秋風に揺れ、林の中にある紅葉や銀杏木(いちょう)の色を引き立てていた。


季節が終わろうとしているんだ。


西の空に茜色の雲がたなびき始めた時、林の小道に妖精のリベルの光が見えたような気がした。

トティがそちらへ目を向けると、ダグラスの大きな影がリベルと一緒にいるのがわかった。

途端にトティの胸が飛び上がり、激しく鼓動を鳴らしだした。


ダグラス……来てくれたの?


トティの姿に気づいて、走ってくるダグラスは苦悶の表情を浮かべているようにも見える。


「トティ! ここだったんだね。暗くなってきたのに危ないじゃないか!」


ダグラスはこの前のこともあって、心配してくれたようだ。


「大丈夫よ。忍びの者がいつもどこかにいるから」


「それにしたって……いや、そんなことを言いに来たんじゃないんだ」


ダグラスはしばらく下を向いて気持ちを落ち着けてから、真っすぐにトティの方を見て足を一歩引くと(ひざまず)いた。


「トティ、いやトリニティ・セルマ様、僕の心は常に貴方のもとにあります。昼も夜も君の面影が脳裏を去りません。トティといると心から安心して、生きる力が湧いてくるのを感じるんだ。僕とこれからもずっと一緒にいて欲しい。け…結婚してくれませんか?」


トティの頬を知らず知らずのうちに涙がつたっていた。

泣き笑いのようになったトティは、鼻をクスンと言わせながらそっとダグラスの手を取った。


「ウゥ……嬉しいよぅ。ダグラス、私もダグラスとずっと一緒にいたい。あなたの側においてください」


「トティ!」


ダグラスは立ち上がって、トティを強く抱きしめた。以前のような遠慮がちな抱擁ではなくて、もう離さないぞとでもいうような意思をひしひしと感じた。

トティはあたたかいダグラスの胸にずっと顔をうずめていた。


夕闇が徐々に広がっていき、東の空にセデスの青い星が(きら)めき始めた。


「フゥ~ 緊張した。植物学の論文を発表した時よりも震えあがったよ」


「クスクス ダグラスったら」


トティは背が高いダグラスを下から見上げた。バサッとおりている金褐色の長い前髪に、いつものように眼鏡が見え隠れしている。けれどここまで近くにいると、彼の茶色の瞳が優しくトティを見つめているのがわかった。


二人はお互いのぬくもりをすぐ側に感じながら、今後のことを話し合っていた。腕を組んで歩く恋人たちの様子を、忍びの者たちと空の星が微笑んで見守っていた。




◇◇◇




オディエ国の学会で植物学の論文を発表している、トリニティ・セルマ・ラザフォード侯爵夫人の堂々とした様子を、ドルー・ダレニアン卿夫人は(あき)れて見ていた。


最初にトティに会った時には、恥ずかしがり屋の小さな女の子だと思っていたけど、詐欺よねぇ。


トティはいまだに背が低いことに変わりはないけれど、子どもを産んでからあちこちが丸みを帯びたふっくらとした身体つきになってきて、もう幼い女の子のようには見えなくなった。可愛らしいお母さんという感じだ。


トティは小さな身体に似合わず、精力的にファジャンシル王国の先進的な産業をオディエ国に誘致していった。魔導車の輸入に始まり、兄のジェイド皇子の尻を叩きながらクーラーの燃料供給システムを作りあげてしまった。


そしてトティはその後、うちの兄のダグラスの影響か植物学にも傾倒していった。二人の研究によって、ファジャンシル王国の農産業はより豊かになっている。

またそれだけではなく、トティ自身はオディエ国の研究者との共同事業でこの国の気候に合った植物を改良育成していき、美味しい食材を世の中に増やし続けている。母のセリカも、この新しい食材でまた変わった料理を産み出している。ここのところのランディの店の賑わいもトティの功績によるところが大きい。



オディエ国側も、エクスムアとラザフォードの両家が我が国に豊かさと発展をもたらしてくれたとして、今回のトティの論文発表に合わせて、親族一同を国賓(こくひん)として招待してくれた。

うちの両親は、護衛のタンジェントたち夫婦やノーラン子爵姉弟のこともあり、以前からこの国を旅行してみたかったらしい。トティの晴れ姿を見た後は、ムーンランドを訪ねてトティのおばあ様に会いに行くそうだ。その後で、昔なじみのウィルに会うためにノーラン子爵領に寄ると言っていた。



「うちの末っ子がここまで活躍してくれるとは思いませんでしたよ」


尊王陛下とジェイド皇子が苦笑しながら、トティを貴族学院に送り出した当時のことを話してくれた。


「本当に望外の活躍でした。アーロン殿下かケージ殿下に見初められでもしたら、大成功だと思っていたんですが……」


「僕がトティと結婚してしまって、すみません」


ダグラスの言葉を、二人が大慌てで否定した。


「とんでもない。あなたにもらって頂いて、予想外の成果をあげてくれました」


「エドとマリーはこの上ない贈り物ですしなぁ」


尊王陛下も双子の孫の前では、メロメロのおじいちゃまだ。今も二人のことを考えただけで相好(そうごう)を崩している。兄夫婦の末っ子である双子は、今二歳の可愛い盛りで、ドルーにしても自慢の甥と姪だ。



発表を終えたトティが弾むような足取りで、真っすぐにダグラスの方へ歩いて来る。


二人の笑顔が合わさって抱き合う様子は、その場にいた人たち全員に幸福な思いをもたらしてくれた。

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

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